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妖怪新撰組!  作者: 北畠 親々
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序章

 

 ーー綺麗だ。

 上品で奥ゆかしい所作、それに反して無邪気で天真爛漫であることを物語る大きな瞳。

 それらが絶妙に混ざり合っているように感じた。

 これまでも、綺麗だとか可愛いと感じた女子には出会ってきたが、これは格別だ。 

 芸能人に会うとこんな感じなのだろうか。


 

 控え室の斜め右前にいる1人の女性を見て、そんなことを思いながら、僕、氷渡陽介は、これから始まる西京大学入学式に向け襟元を確認した。

 今年から入学する身で言うのも烏滸がましいが、この大学は国内1位2位を争う国立大学だ。

 東京からわざわざ京都のこの大学まで来たのは、単に一人暮らしをしたいからだった、別に親との仲が悪い訳ではなく、単純に1人静かに暮らすのが好きなのだ。

 ドラマやアニメのようなキラキラとした学生生活にも憧れるが、どうせできないのなら、中途半端に輝くよりも静かで安全な暮らしを送りたい。

 氷渡という冷たく暗いイメージの苗字を相殺するために親がつけた陽介という名前は完全に僕から乖離したものになった。

 そんな僕でもやはり、美人に憧れが全くないわけではない。今も、右前の美人が同級生ということに喜びを感じていることは否めない。


 有名国立大学の入学式というだけあって、何やら小難しい論理で将来への展望を語る権威ある教授や、今にも日本を前進させてやると言った熱い眼差しを持つ生徒に溢れていた。

 式が終わりオリエンテーションの案内が配られその日は解散となった。 

 京都駅で東京に帰る両親を見送りJR嵯峨野線に乗り込む。5分もかからずに着く丹波口駅を降り10〜15分歩くと、僕の京都での本拠地に辿り着く。

 学生寮「ドーミー壬生」だ。

僕の静かな学生計画に反する学生寮というセレクトは安さを理由に両親によって決定された。

ただでさえ一人暮らしの仕送りをしてもらう以上文句は言えない。

ドーミー壬生は少し古めで規模が小さく全体で15人程しか入居していない。

幸い全部屋1人部屋であるので自分の時間は確保されている。

風見慎之助という50代程の男性が管理人を務めており、アルバイトは少数雇っているものの、オプションとしてついてくる朝食や夕食は基本的に風見さんの奥さんによって切り盛りされている。3日前に引っ越しが完了し入居したばかりだが、だいぶ勝手は分かってきた。

 まず、自動ドアを通り左側が小さなホールとなっておりソファや椅子が置いてある。

今は恐らく僕より年上の男たちが談笑している。軽く会釈すると物珍しげな目で見てきたので恐らくまだ、僕の素性を知らないのだろう。

寮のレセプションは今夜やると風見さんが話していたら数時間後にはまた顔を合わせるのかも知れない。そのまま直進し階段を登ると食堂と厨房がある。

一昨日からここの料理を食べているがなかなかのクオリティだ。

3階4階が居住者の部屋となっており各階8部屋ずつある。

3階は基本的に女子、4階は基本的に男子という割り当てで僕も例に漏れず4階だ。階段で4階まで上がり切ると1番奥から二つ手前の部屋406が僕の部屋だ。


 ここで僕の静かなる生活を脅かしうる危険人物を紹介しよう。僕の部屋の手前側の隣に住む僕と

同じ新大学1年生佐久間舜だ。


「おっ、ようすけ〜」


 今405から出て来てこちらに手を振っている男がそれだ。

社交的で気前がよく明るい性格と言えば一般的にお隣さんとしてはかなり良い条件なのだが僕にとっては最悪だ。

現に一昨日の夕食時1人で食べているといきなり声かけて来て、すでに呼び捨てで僕の名前を呼んでいる。

佐久間も出身は東京らしく大学は京都市内の有名私立大学に通っているらしい。

サッパリとした短髪で、大学生らしいファッションで清潔感がある。


「陽介は入学式帰り?」

「うん。佐久間は?」

「今から京都探訪さ。せっかく京都に来たんだしね。陽介も行くかい?」

「いや、遠慮しておくよ。」


 残念そうに口を尖らせた佐久間はそのままスキップでもするのかのように階段の方へ歩いて行った。僕が鍵を開け部屋に入ろうとした時、階段から佐久間が大きめな声で言った。


「今日の歓迎会楽しみだな」

「ああ」


 早速近所迷惑で他の入居者に目をつけられなければよいが、なんてことを考えながら鍵を閉め念願の自分だけの空間へと入り込む。


 午後6時食堂へ向かうとそこにはすでに10人ほどの学生が集まっており、大皿に料理が並べてあった。食堂には6人がけの机が3つあり、真ん中の机には佐久間がすでに座っていた。僕がきたことに気づき風見さんが手招きする。


「氷渡くん。真ん中の机の空いてる席座って。まだ少し早いけど全員揃ったしそろそろ始めましょうか。」


 どうやら僕が最後だったらしい。急いで佐久間の隣の席に座ると前には恐らく僕らと同学年であろうおどおどとした女子が座っていた。

風見さんが新入居者を確認すると、1番奥の机に座っていたしっかりしてそうな女子に目配せをして厨房へと消えていった。

目配せを受けた女子は立ち上がり手を叩いて周りの話していた学生たちを黙らせる。


「私はこのドーミー壬生で学生リーダーを今年担当する大学3年の本庄南です。新しく入った3人はよろしくね。色々始める前に乾杯だけしちゃおうか」


 目の前に用意されている恐らくオレンジジュースを手に取る。


「じゃあ、ドーミー壬生での新しい出会いに乾杯!」


 本庄さんの合図で周りの先輩達は酒を飲み干し美味しそうに声を上げる。恐らく歓迎会という名の飲み会でもあるのだろう。


「まずは新大学1年から自己紹介してくれる?」


 本庄の指示を受けすぐに佐久間が立ち上がる。


「どうも、東京からやって来ました。佐久間舜です。趣味は色んなところを歩き回ったり下らない事を調べたりすることです。よろしくお願いします」


 その下らない事が人との会話を円滑にしているのかもしれない。

周りの先輩らは佐久間が話し終えると拍手や意味の分からない声を上げる。

佐久間が座りながら僕の肩をタッチしてきたのでどうやら次は僕の番のようだ。


「同じく東京から来ました。氷渡陽介です。これといった趣味はないですが本はよく読みます。これからよろしくお願いします。」


 明らかに佐久間と比べてノリの悪い僕の自己紹介にも、送られる拍手や歓声のテンションは変わらなかった。

僕が座りながら前の女子に目配せをすると、その女子が立ち上がる。


「片山朱莉です。出身は福岡県で、趣味は音楽鑑賞です。これから宜しくお願いします」


 見た目のゆるふわ感に反してハキハキとした話し方だ。拍手と歓声が止むと先輩たちの自己紹介が始まったが、覚えることが出来たのは本庄さんが、プロレス好きということだけだった。

一通り自己紹介が終わると後は完全に宴会になる。一年の佐久間が人当たりいいのは知っていたが片山の方もいわゆるサバサバ系女子というやつで話していて楽だった。寮の学生同士は見た限り皆仲が良さそうで問題を抱えた人も居なそうだ。側から見れば無愛想にも思える僕にも当たりよく接してくれ、僕も柄にもなく会自体が終了しても食堂に残って話し続けていた。色んな人と連絡先を交換し終わりお開きになると、佐久間は僕の肩に手をかけてきた。こいつは酒を飲んだのかと思うほど非常にテンションが高い。


「このドーミー壬生の隣に『ふじみず』って旅館の別館があるだろ。そこから働いてる女の子めちゃくちゃ可愛いぞ」


 囁き声で僕にそういうと、すぐに今週末どこかに行こうという話を始めた。



 入学式で見たあの女子には敵うまい。


そんなことを思いながら僕は406のドアを開ける。






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