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短編怪談集 「不可思議談」  作者: 沖光峰津
8/21

第八話 火の玉

 大阪市に住んでいる中川智子さんが中学二年生の頃の話、平成十年頃の事だ。


 夏休みに母の実家である三重県へと遊びに行った。

 実家に住んでいる伯母の娘で同い年の()智子(ちこ)さんと毎年会うのを楽しみにしていた。

 山の斜面を削って造成した場所にぽつぽつと家々がある小さな村だ。

 昔は林業が盛んで伯母の家も山を幾つも持っていて林業で生計を立てていたが今は山も殆ど手放して伯父は会社勤めのサラリーマンをしている。

 山肌にある畑で西瓜を採ったり、山間を流れる小さな渓流で遊んだり、虫の音を聞きながら寝るのが心地好くて夏に帰省するのが年間行事になっていた。

 自然の少ない大阪市内で育った中川にとって誰に気兼ねすることなく自然と触れ合える事の出来る田舎が母の実家だ。

 現在は村人六十人もいない小さな村だが御盆には帰省客で賑やかになる。盆祭りや渓流釣り大会など近隣の村々と合同で行う行事もあって帰省してきた子供たちは大はしゃぎだ。

 行事の一つに隣村にある寺での怪談大会があり、怖い話の好きな中川は怖いのが苦手で嫌がる紗智子さんを連れて毎年参加していた。紗智子さんが嫌がるのは無理もない、昔から少し霊感があり見える人なのだ。


 その年も当然の如く怪談大会に参加した。

 夜の八時過ぎ、和尚さんや檀家有志の怪談が終り、肝試しが始まる。寺の後ろにある小さな墓地を一周してくるだけというものだが怪談を聞いた後では物凄く怖かった。

 二人一組で回っていく、小さい子がいる場合は三人組だ。

 九時を少し回ったくらいだが彼方此方に明かりのある都会と違い田舎、それも山の中は真っ暗だ。そこをポケットに入るくらいの小さな懐中電灯だけを持って回るのだ。


 中川と紗智子の番が来た。

「行くよ、さっちゃん」

「うん……」

 二人で手を繋いで歩き出す。怖い話しが好きとはいえ怖いものは怖いのだ。

 墓地の一番奥に番号の付いたクジが置いてあってそれを取ってくる。番号の景品と交換できるという遊びだ。周辺の村々が合同で催しているだけあって景品は結構値の張る物が混じっているので子供たちにも好評なのだ。

「景品にあった猫のぬいぐるみが欲しいなぁ、さっちゃんは何が欲しいの?」

 怖がりの紗智子を元気付けようと中川が陽気に話し掛ける。

「うん、私は……」

 繋いでいた中川の手がギュッと握り締められる。

「何か見えるの?」

 こくっと頷く紗智子を見て中川が足を速める。

「通り過ぎれば大丈夫だよ」

「うん、供養されてるのは悪さしないけど……」

 紗智子が墓地の右奥を見つめた。無縁仏のある場所だ。

「大丈夫だよ、早く行こ」

「うん……」

 ギュッと握り返す紗智子の手を引っ張って中川が早足で墓地の奥へと向かった。



 小さな墓地だ七分ほどで奥の突き当たりに辿り着く、

「今回は場所違うんだね、去年はもっと向こうだったよね」

 目印のような丸い石の近くにある折り畳み椅子の上、大きな懐中電灯で照らされた缶の中に番号の書かれた竹の棒が置いてある。

「うん……ここあまりよくない…………」

 口籠もる紗智子を余所に中川がクジに手を伸ばす。

「何番にしようかなぁ、さっちゃんはどれにする?」

 景品の番号は教えて貰えないので何が当たるかは分からない。

 ジャラジャラと竹の棒を回すように選んでいる中川の手を紗智子が止める。

「猫のぬいぐるみだよね……これだと思う」

 紗智子が二十八番の竹の棒を抜き出して中川に差し出す。

「ありがとう、さっちゃん」

 中川が笑顔で受け取った。

「さっちゃんは何にするの?」

 二十八番の番号の付いた竹の棒を片手でクルクル回しながら中川が聞いた。

「ミキサーの調子が悪いってお母さん言ってたから」

 目を閉じて少し考えてから紗智子が三十と書かれた竹の棒を抜き取った。

「ミキサーかぁ……じゃあ帰ろうか」

 いつも自分のじゃなく他の人が喜ぶものを選ぶなと思いながら中川は紗智子の手を握った。

 くるっと回れ右して歩き出そうと引っ張るが紗智子が動かない。

「どうしたの?」

 小首を傾げる中川の右横で紗智子が右手を上げた。

「何が……」

 紗智子の指差す先を見て中川の言葉が止まる。

 青白く光る火の玉がゆらゆらと飛んでいた。

(きゃぁ……)

 悲鳴を上げようとした中川の口を紗智子が手で塞いだ。

「ダメ、智ちゃん」

 いつになく真剣な紗智子の顔を見て中川はコクコクと頷いてこたえた。

 紗智子がそっと中川の口を押さえていた手を離す。

「わかった早く逃げよう」

「うん、でもあれは大丈夫だと思う、それよりも嫌な気配がする」

 顔を強張らせる中川の隣で紗智子は中川以上に険しい表情をしていた。

「智ちゃんこっち!」

 急に紗智子が中川の手を引っ張った。

「きゃぁ!」

 短い悲鳴を上げながら中川は見つかったらヤバいと火の玉を見つめた。

 火の玉は相変わらず青白い光を放ってユラユラと墓石の間を飛んでいる。

「もっとこっち」

 紗智子に強く引っ張られてよろけながら中川が振り返る。

 足下に何かいた。

「気を付けて智ちゃん、捕まらないように」

 中川の手を引っ張りながら紗智子が叫んだ。

 今まで中川が立っていた近くの丸い石、その根元から細い二本の腕が突き出ていた。

「きゃあぁーーっ」

 腕に気付いて中川が悲鳴を上げた。

 白い腕は何かを探すように這うように地面を蠢いている。

 紗智子が近くの墓に供えてあったワンカップのお酒を掴んだ。

「お借りします」

 言うが早いか紗智子はワンカップ酒の蓋を開けて蠢く手に振り掛けた。


〝がっ、かぁぁあぁ……〟


 丸い石から唸るような低い声が聞こえて同時に細い二本の腕がシュッと引っ込んで消えた。

「なっなっ……何? アレ何なの?」

 震える声を出す中川の背を紗智子がポンポンと叩いてくれた。

「もう大丈夫よ」

 笑顔でいうと紗智子は左を向いてペコッと頭を下げた。

「火の玉が……」

 中川が見つめる先、青白い火の玉がユラユラと墓地の左奥へと飛んで見えなくなった。

 紗智子は振り返るとワンカップ酒を貰ったお墓に一礼する。

「ありがとうございました。明日、ビール持ってきますね」

「ありがとう……」

 助けて貰ったのが何となく分かって中川も頭を下げた。

「紗智子ちゃん」

「ダメ」

 何か聞こうとした中川を紗智子が止めた。

「知らない方がいいよ、変に知識を付けると寄ってくるからね」

「うん、わかった」

 色々訊きたかったが紗智子の神妙な顔を見て中川は止めた。

 その後は無事に終り、中川は希望通り猫のぬいぐるみが当たり、紗智子はミキサーを貰って帰った。

 翌日、家にあった缶ビールを持って二人して墓地に行き、ワンカップ酒を貰ったお墓に供えた。



 大阪へ帰る前日の夜、中川は思い切って訊いてみた。

「怪談大会のアレは何だったの? 気になってさ……さっちゃんがダメって言うならいいけど」

 枕を並べて横になっている紗智子が少し考えてからこたえてくれた。

「あれはたぶん、無縁さんだと思う」

 仰向けで寝ていた中川が寝返りを打つように紗智子の寝ている左を向いた。

「無縁さん? あの丸い石もお墓なの? でも無縁仏は右奥にあるんでしょ?」

「うん、でも忘れられたお墓だと思う……ずっと昔のお墓」

 紗智子は仰向けのまま天井を見つめていた。

「そっか、助けてくれてありがとうね、さっちゃん」

 中川も仰向けになる。

 紗智子が首だけを右に向けた。

「うん……でも……」

 中川も首だけ左に向ける。

「でもって何?」

「あの手に捕まってたらヤバかったと思う」

 中川が肘をついて上半身を少し持ち上げた。

「ヤバいって?」

 右上から覗き込むような中川の目を紗智子が神妙な顔で見つめる。

「魂持って行かれてたと思う」

「マジでか」

 驚く中川の下で紗智子が目を閉じた。

「だからお墓はあまり行きたくないの、供養したつもりでも供養されていない無縁さんがいるからね」

 そう言うと紗智子は寝返りを打って中川に背を向けた。

「ありがとう、さっちゃん」

 それ以上は話さないという事だと理解して中川は頭を枕に戻した。

「私じゃないよ、あの火の玉が見えなかったら私も気付かなかった。御先祖様が助けてくれたのよ」

 中川が首だけを回して紗智子を見る。紗智子は背を向けたままだ。

 火の玉の飛んでいった墓地の左奥には母方の先祖代々の墓があるのは毎年墓参りをするので中川も知っている。

「そっか、でも私を助けてくれたのはさっちゃんだよ、ありがとう」

 目を閉じながら中川が礼を言う、眠ったのか紗智子は何もこたえない。



 これが中川智子さんが教えてくれた話だ。

 中川さんは家庭を持った今でも子供たちを連れて毎年遊びに行っているという。

「毎年欲しいのを当ててくれるのよ、さっちゃん、それで怪談大会に誘ってたの、お化けも怖いけどさっちゃんの力も怖いよね」

 最後に付け足して中川さんが笑った。



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