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短編怪談集 「不可思議談」  作者: 沖光峰津
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 第一話 つかまえた

 世の中には不可思議な出来事がある。幽霊や妖怪が出てくる霊現象だけでなく、ちょっとした行き違いや思惑の食い違い、勘違いによって思いも寄らない体験をした人もいる。実在の人物や動物のなかにも理解できないものが居たりする。原因すら全く分からない出来事もある。

 そのような怪談話では一括りに出来ない不思議な出来事を「不可思議談」として纏めてみました。尚、登場人物は全て仮名です。


 登山と言うほどではないが山登りが趣味という高見さんから聞いた話だ。

 大阪に住んでいる高見さんは普段は近くの小山に散歩がてら登るのだが連休が取れると足を伸ばして奈良県や和歌山県の山に行くという。

 今から十年ほど前、スマホ黎明期で携帯電話が全盛の頃だ。連休の取れた高見さんは久し振りに足を伸ばして奈良県へと向かった。

 季節は初夏、駅を出ると観光客が疎らにいた。

 誰に邪魔されることなく山登りを楽しみたかった高見さんは他の登山客を尻目に駅からタクシーを走らせる。

 三十五分ほどで目的地に着いた。過疎の村を抜けた先にある山だ。仕事で知り合った人から聞いた山で整備されていないが山道はあるという、持ち主が分からなくなり何十年も放置されている山らしい。

「ここでいいんですか?」

 不審がるタクシーの運転手に高見が笑みを向ける。

「ええ、知り合いの山でしてね、登山の穴場なんですよ」

「それならいいですけど……」

「あはは、心配しないでくださいよ、自殺なんてしませんから、電話番号教えてください、帰りに呼びますから」

 高見の態度に自殺志望者ではないと判断したのか運転手が苦笑いを返す。

「まぁそれなら……気をつけてくださいよ」

 会社の電話番号が書いてあるメモを差し出すと運転手はタクシーで戻っていった。


 舗装された道路から横に伸びるコンクリートで出来た山道を歩いて行く。

「思った通り誰も居ない」

 登山客はもちろん、地元の人もいない、山へと続く道の脇には何年も前から放置されたと思われる荒れた田畑があるだけだ。

「おおぅ、いい感じじゃないか」

 暫く歩くとコンクリートも無くなり土が剥き出しの山道になった。道を塞ぐように左右から伸びた草が冒険心を擽ってワクワクしてくる。

「草ぼうぼうだな」

 更に歩くと左右から伸びた草だけでなく道である足下からも草が生えてきていた。

「車は無理だな、それだけ人が入ってないってことだな」

 既に車が通れる道ではなくなっている。歩きならどうにか通れるといった感じだ。

「俺だけの登山コースだ」

 それほど大きな山ではないし携帯電話の電波も通じるので遭難する心配も無い、高見は鼻歌交じりに草を掻き分け登っていった。

「誰だ。こんなとこに車捨てたのは!」

 気持ち良く歩いていた足が止まった。道の脇、五メートルほど離れた所に軽トラックが捨ててあった。

「まったく……どこにでも居るんだよな馬鹿は」

 愚痴りながら通り過ぎた。山の持ち主ならともかく、腹立たしいが高見には何も出来ない。


 所々で道を塞ぐ草を掻き分けながら五分ほど歩いていると赤い物が落ちているのを見つけた。

「電話か?」

 携帯電話を拾った。二つ折りでパカッと開いて使うタイプだ。

 当時、高見が使っていた携帯より二つほど前の型だ。バッテリーが切れているのか壊れているのか電源は入らない。

「物好きが居るものだな」

 自分の他にも誰かが山に登ったのだと口元に笑みが浮んだ。

「赤だし女かもな、警察に届けてやるか」

 背負っていたリュックの右ポケットに赤い携帯電話を突っ込んだ。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 二分ほど歩いただろうか、電話の音で足を止める。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 えっ? 自分の電話の着信音じゃない。辺りを見回すが他に人の気配は無い。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 直ぐ後ろから音は聞こえた。リュックだ。あの拾った携帯電話だ。

 リュックのポケットに入れていた電話を慌てて取り出す。

「やっぱり」

 思わず呟いた。拾った赤い携帯が着信表示で光っている。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 暫く躊躇していたが落とし主が困って掛けてきたのだろうと電話に出た。

「もしもし……」

『……まえるよ……』

 ザーザーという雑音で何を言っているのか分からない。

「何です? もしもし」

 聞取ろうと高見は電話を耳に押し当てた。

『つかまえるよ』

 ザーザーという雑音を押し退けてハッキリと女の声がした。

「えっ? 何です……携帯の持ち主さんですか?」

 意味が分からず高見が聞き返す。

『つかまえるよ、つかまえるよ、フフッ』

 そう言って電話は切れた。

「ちょっ、ちょっと待ってください」

 高見は慌てて耳に付けていた携帯電話を顔の正面に持ってくる。

 携帯電話には何も表示されていない。

「何で……」

 拾った時に電源を入れても点かなかったのを思い出す。

「何で繋がったんだ?」

 何かの拍子に僅かに残っていた電気で電話が繋がったのかと何度か試すが携帯電話は電源すら入らない。高見は携帯電話をリュックのポケットに押し込んだ。

「警察に持っていくか」

 辺りに人の気配は無い、道の両脇に迫る藪、その向こうは木々が生えている鬱蒼とした山中だ。

 薄気味悪さを感じて高見は山登りを中止した。


 山を降り始めて暫くして着信音が聞こえてきた。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 拾った赤い携帯電話だ。

 リュックのポケットから携帯電話を取り出す。

「電源入ってる」

 着信ランプを確認すると高見は電話に出た。

「もしもし」

『つかまえるよ』

 ザーザーという雑音混じりに女の声が聞こえた。

「もしもし、携帯を拾ったんですけど届けますから……」

 相手の聞き辛い声を聞こうと高見は右耳に携帯電話を押し当てた。

『つかまえるよ』

 電話を当てている右とは反対側、左から声が聞こえた。

「うぇっ!?」

 喉の奥から変な声が出た。

『つかまえるよ』

 声と共に気配を感じて振り返る。

『フフッ、フフフッ……つかまえるよ』

 化け物がいた。人の形をしているがグチュグチュと膿んでいるような赤黒い顔、頬は肉が落ちたのか剥き出しの歯、額も所々白いものが見える。目は無かった。赤黒い穴が二つ空いている。

『捕まえるよ』

 腐臭に甘みが混じったような匂いを吐きながら化け物が言った。

「うわっ! うわぁあぁーっ」

 叫びを上げて高見は逃げた。

『つかまえるよ』

 気配が追ってくる。

 道無き道を高見は必死で走った。

 突き出た木や草が手足を引っ掻く、痛みを感じるがそれ以上に追ってくる化け物が怖かった。


 どれくらい走っただろう、追ってくる気配はもう無い。

「何だアレは……」

 切れ切れの息で呟くと走る速度を緩めた。

「何処だここ?」

 逃れようと闇雲に走っていたので位置がわからない。

 その時、着信音が聞こえた。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 掴んでいた携帯電話が鳴っている。

「うわぁあぁーっ」

 拾った携帯電話を投げ捨てると高見は必死で走った。

「おわっ!」

 五分ほど走っただろうか、転びそうになって体勢を整えて足を止めた。足の下、土の感触から堅いコンクリートの感触に変わっている。

「道だ。やった」

 コンクリート製の山道の先にアスファルトで舗装された道路が見える。


 〝リリーン♪ リリーン♪〟


 後ろから微かに電話の音が聞こえてくる。

「捕まってたまるか」

 高見は力を振り絞って道路へと走って行く、鬱蒼とした山道から日の当たる道路へ出てやっと人心地がついた。

「助かった……」

 息を整えていると向こうからやって来る車が見えた。白い軽トラックだ。

「止まって! 止まってください」

 高見は両手を広げて道路の真ん中へと出た。軽トラックは高見を避けるようにして通り過ぎると十メートルほど先で止まった。

 高見は慌ててトラックへと駆け寄る。

「助けてください」

「どうしたんです?」

 農家の主婦らしき中年女性が車の窓を少し開けて高見を不審げに見ている。

「すっ、すいません、山で……山を歩いてたら道に迷ってしまって町まで乗せて貰えませんか?」

 化け物や携帯電話のことを話しても信じてもらえないだろう、不審者だと思われると乗せて貰えないと考えて道に迷った振りをした。

「あぁ……そうですかそれは大変でしたねぇ、町に行く途中でしたからどうぞ」

 中年女性は助手席のドアを開けてくれた。

「助かります」

 安堵した顔で高見は助手席へと乗り込んだ。


 中年女性が運転しながら話し掛けてくる。

「この辺りの人じゃないですね」

「ええ、知り合いに教えてもらって山登りしてたんですよ」

 すっかり安心した高見も笑顔でこたえる。

「そうですか、山以外に何にも無いですからねぇ」

 呟くように言う女性をチラッと見る。山々の影でそう見えるのか中年女性の顔が青白い。

 雰囲気を明るくしようと高見が大袈裟に声を大きくする。

「そんな事ないですよ、綺麗な景色があるじゃないですか、ビルだらけの町より山の方がいいですよ」

「山なんて何もいいことありませんよ……誰も探してくれないし……」

 消え入りそうな声に振り向くと中年女性の顔が真っ青だ。

「大丈夫ですか?」

 持病でも持っているのかと高見が声を掛ける。

『ふひっ、ふひひひっ』

 中年女性が笑いながら軽トラックを止めた。

「大丈夫ですか? 運転代わりましょうか?」

 ハンドルに突っ伏すように頭を伏せた女性を高見が助手席から心配そうに覗き込む。

『つかまえた』

 顔を伏せたままで中年女性が高見の腕にしがみつく、

「ちょっ、なにを……」

 戸惑う高見の直ぐ前で中年女性が顔を上げる。

『つかまえたぁ』

 あの化け物だ。

「ふぁっ! うわぁあぁーっ」

 高見は逃れようと仰け反るが狭い軽トラックの中だ。

『つかまえたぁ』

 所々に白い骨の見えるグチュグチュに腐った顔をした化け物が高見の肩に腕を回して嬉しそうにニタリと笑った。

 それ以降記憶は無い、気が付いたら病院のベッドの上だった。医者に訊くと山道の脇で倒れていたそうだ。自転車で通り掛かった地元の高校生が倒れている高見を見つけて通報してくれたという。

 その日の午後、警察から事情聴取を受ける。信じてもらえないと思いつつ、高見は山で拾った携帯電話のことや化け物のことを話した。

 当然信じてもらえない、道に迷って疲れて幻覚でも見たのだろうと片付けられた。


 一ヶ月ほどして警察から連絡があった。

 なんでも山で見つかった軽トラックから白骨遺体が見つかったという、担当した警官が高見のことを覚えていて何か関連は無いかと呼ばれたのだ。

 現地に行って事情聴取を受ける。遺体は地元の農家の主婦だ。死後半年は経つらしい。

 色々訊かれたが高見は当時仕事が忙しく休みも取れない状況でアリバイもあり事件に関係ないと判断され帰された。

 後日、警察から連絡がきた。あの女性は夫の浮気を苦に自殺したらしいという事だ。

 事情聴取で何度も訴えたが携帯電話はどこを探しても見つからなかったそうだ。


 こんな事があってから高見は山で携帯電話を見ても決して拾うことはないという。

「近頃は結構落ちてることがあるんですよ、スマホ」

 そう言って話を終えた。



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