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私をつくるもの  作者: 松岡美穂
3/3

意地と意地

ばぁばも少々ヒステリックなところはあったが、私の母には到底敵わないだろうと思う。


何回目の退院か覚えていないが、とにかく母が家に戻っており、仕事にも復活していたある日。

私の保育園では町内を何周かに分け、小さなお神輿を園児たち全員が担いで回る行事が予定されていた。


家から保育園までの道のりは、大人が歩けば10分ちょっとくらいの所にあったが、毎日母は車で送ってくれていた。

夜中までスナックで働いている母は、飲みすぎたり帰りが遅くなったりするとなかなか起きてくれない。

私が目を覚まし母を揺すると、「朝ごはん食べてて…」とモゴモゴした口調で言う。

私は台所へ行ってコーンフレークに牛乳を注ぐか、昨日の余りのご飯を電子レンジで温めて生卵を落として食べた。

その日も、母はなかなか起きてくれない日だった。


一人でテレビを見ながらご飯を食べていると、母はむくっと起き上がり、家を出る準備をした。準備と言っても、ジーンズにTシャツ、髪の毛はオールバックでポニーテール、すっぴん。決して世の女性の"準備"には程遠かった。

いつものように車に乗り込み、保育園へ向かう。

車中、お神輿の時間はお昼頃だから、始まる頃に母のお手製の浴衣を持って行くね、と言われた。

浴衣は姉が着ていたお古ではあったが、母が作った浴衣が着られるというのは、他の子との差がつくようで嬉しかった。

私は元気よく頷く。


保育園で別れを告げ、お神輿の準備で園内は賑やかだった。

そうこうしているうちに、第一週目のお神輿チームが出発した。

私は保育園の玄関で母を待つ。

第二週目が行く。母はまだ来ない。

そのうちに先生が私に声を掛ける。

「お母さん、なかなか来ないねぇ…。美穂ちゃん、次でお神輿担いじゃおうか?浴衣は後で着れるから、ね?」

私は首を横に振った。

「もう少し待ってみる。」

目の前で行っては帰ってくる他の園児たちが眩しく見える。


母が到着したのは最後のお神輿が行ってしまった後だった。

母は息を切らしながら園内に入ってきて、私に謝った。

同時に「お神輿担いできたら良かったのに…!」とも。

何故遅れたのかは覚えていなかいが、母は薬も服用していたし、仕事の時間が遅くて睡眠が十分に取れていない状態だった。恐らく仮眠のつもりが爆睡に変わったのだろう。


私は悲しさとイラつきでずっとムスッとしていた。

母は宥めるように、色々話し掛けてきてくれていたが、私はだんまりだ。

家に帰ってもまだ不機嫌は直らず、怒ることにも実は飽きそうになってきていたのに、ほぼ意地の塊となってしまっていた。


母が自らの太腿をパンパン、と叩く。

「もういいでしょ?ほら、こっちへおいで」

優しくしてくれている母の腕に飛び込みたいのに、意地がそうさせてくれず、それがまた歯痒く、私はそれを拒否しながら泣いた。

ここで母の限界が到達する。

「いいかげんにしなさい!」と激怒し始め、怖いと思いながら、私も負けじと大声を張り上げながら反論する。

終いには、絶対に言ってはいけないと分かっているはずなのに、どうしようもなく母を傷付けたい衝動に駆られてしまった。


「お母さんなんて、早く死んじゃえばいい!」


母は怒った勢いをそのままに、自分の作った浴衣をビリビリに破き始めたのだった。

私の着たかった浴衣が無惨な姿になっていく。

ビリビリになった浴衣から手を離し、母は台所へ向かった。いつもより盛大な音を立てながら夕ご飯を作っていた。その間、私は声を上げて泣いた。


私と母はそっくりだ。

今思うと私が発した最悪な言葉も、母が破いた浴衣も、それぞれ同じことだった。

二人ともその場で後悔しているのだ。後悔しているのに、素直に謝れない。血で争う、厄介な親子だった。

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