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私をつくるもの  作者: 松岡美穂
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ばぁば

そんな母が初めに倒れたのはいつのことだったのだろう。

物心がついた頃には入退院を繰り返していた。

ストレスと職場であるスナックでの飲酒が転じて肝臓を悪くしていた。

母が入院すると私はいつも、離婚前から家族ぐるみで仲良くしていた三人家族の家に世話になっていた。

兄と姉がいくら歳を離れていてもまだまだ子供である。さすがに幼い私の面倒は見れないと判断してのことだった。


念の為実名は避けるが、ここでは仮にその家族を岩丘家と呼ぶことにしよう。

岩丘家は私の兄と同い年の一人息子を持つ家庭だった。

おばさんとおじさんのことはいつの間にか「ばぁば」「じぃじ」と呼んでいた。

よく岩丘家で飲み会のようなものが開かれており、言葉を覚えるか否かという小さな私は、母のおふざけの言葉をまんまと受け入れ、そのように呼ぶようになっていた。


ばぁばは専業主婦をしていたので、いつでも一緒にいてくれた。

笑うと恵比寿様のようだったが、怒る時は母と同じように恐ろしかった。


ばぁばは家事を一通り終えると、リビングで私を膝の上に乗せて『笑っていいとも』の録画ビデオを見るのが好きだった。

そこをお喋りな私がばぁばに話し掛け、つい応答してしまって面白いシーンを見逃しては「また美穂のせいで見逃した!」と、プンプンと怒りながら巻き戻しボタンを押していたのが常だ。


そういえばこんなこともあった。

夕方頃、ばぁばがクリームソーダを食べたいと言い始め、私は前のめりで賛成した。

さっそく準備をして団地を出て、ステーキ専門のファミリーレストランへ、ただクリームソーダを注文するためだけに向かった。

歩いて10分もしないであろう道だったが、小さな私と手を繋いで歩くため、もっと時間は掛かっていただろう。

道の途中にポツンとお地蔵さんがあり、ばぁばと私はいつも、そのお地蔵さんに二人並んで手を合わせた。

手を合わせながら何を思っていたのか、ハッキリとは思い出せないし、もしかしたら何も考えていなかったかもしれないが、ばぁばと二人で同じ行動をするのが楽しかった。

私は相変わらずずっとお喋りで、口を閉じることは無く、そうしているうちに何をしに歩いているのか忘れてしまったらしい。

ファミレスに到着するなり、私はクリームソーダではなく、ご飯ものを注文したのだった。

ばぁばは「クリームソーダって言ったじゃない!」と憤慨し、その日はずっと怒っていた。


ファミレスを出るとコンビニへ立ち寄り、ビールの500mlの缶を買って、公園で私がアスレチックなどで遊んでるのを見ながら呑む、というのも私たちの習慣だった。

しかし、ばぁばも私の母と同じく、肝臓を患っていた。

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