失ったもの、手に入れたもの
どうも、作者です。
今回初の短編になりますが、この作品は宮座頭数騎様が企画された小説です。テーマを決めてみんなでそれぞれ短編を書こう!……というアレです(アレって何だよ)。
短編にしては長いですが、読んで頂ければ幸いです!もちろん、ご感想もお待ちしております(笑)。そして、興味が湧いたら、探してみて他の方が書いたものもご覧下さいませ。素敵な作品です。
では、本編へどうぞ!
王都から西、遥か先にある大規模の森。そこは通称『魔の森』と呼ばれ、その名の通り『魔物』なるものが群をなして生息していた。
ここでまず、魔物について説明しなければならないだろう。
そもそも、魔物という名称は元々魔物がそう名乗ったわけではない。いつの頃だったか、ある人物が恐怖の意を込めて『魔に生まれし物』、魔物とそう呼んだのだ。そして、その魔物を治める長の存在を『魔を支配する王たる存在』、魔王と呼んだのだ。余談だが、魔物を呼ぶのに『物』扱いをして人とは違うと遠ざけているのにも関わらず、その長たる魔王を『王』と、人の括りで呼んでいるのは、ある意味滑稽だと言える。
ともかく、魔物というのはその魔王を頂点にドラゴン、ゴーレム、スライム、はたまた人間の姿の者まで、種類は様々であった。それと同じようにまた考え方も様々で、全ての魔物が人間を襲うわけではない。そう考えているのは、ほとんどの人間が幼い頃から植え付けられている、『固定観念』によるものであった。
魔物である彼らだって、泣き、笑い、怒る。魔王に不満を抱く者だっているし、人間に好意を持っている者だっているのだ。ここで、『だから人間は愚かだ』と論ずるのは容易いが、それは人間にも言えることだった。魔物にも人間に偏見を持っている者もいるし、人間の中にも魔物に偏見を持っていない者も、またいる。ただ、それが魔物より人間の方が多い、それだけのことだった。
そんな、微妙な関係の中に、魔物と人間は成り立っていた。傭兵と呼ばれる、魔物を退治することを生業とする人種もいたが、彼らは依頼で動く。つまり、実害のある魔物しか相手にしないのである。だから魔王も、さして気にはかけていなかった。その程度のものは、所謂自然界における食物連鎖の範囲内であったからだ。
だが最近、そうも言っていられない事態に陥った。
それが、『勇者』の存在だった。
勇者は表面的には『魔物を退治する者』で、傭兵らと同じ括りにされてしまうことが多い。だが、本質的には彼らと傭兵は大きく異なる。
勇者は、王からの命による『魔物の完全抹殺』を基に行動しているのだ。故に、最終目的は魔王を滅すること。そのためならば、彼らはどんな魔物でも、戦う意志のない魔物でも敵と認識して襲いかかる。これは、先程とは違う明確な『種族根絶』の危機であった。
魔王は、恐怖した。もちろん、自分の身を案じてではない。そんなことでは『魔』全てを治める『賢王』には成り得ない。彼が恐怖したのは、もっと全体を見てのことだった。
先に述べた通り、魔物と一括りに言っても、またその中でたくさんの種族に分かれているのだ。当然、その中には動物と同じように絶滅を危惧されている種族もいる。魔王は、『命』だけではなく『種』そのものを奪おうとしている勇者に恐怖した。そして同時に、憤慨した。
これは人間の、エゴではないか、と。
我らはそれぞれに種を育み、お互いに深入りしすぎずにいた。それが、種としての理想だったからだ。それぞれが違いすぎる我らは、深く交じれば必ず反発するであろうことは、自明の理だったからだ。だから、何処かで同胞の命が奪われても『それは人とて同じこと』と割り切ってきたのだ。人間を喰らう者は、喰わねば生きていけない種類のそれであり、またそれに人間が対抗するのも道理。どちらが悪いわけでもなかったのだ。
だが、『魔物』という種族そのものを滅ぼそうとするのは、動物に例えれば『危ないからライオンを滅ぼす』と言っているのと同義である。決して許されることではない、魔王はそう思った。
だから魔王は、初めて『人間』に懸賞金をかけた。しかも、破格の100万Gだ。こう書くと、『人間社会での通貨など魔物社会では価値がないのではないか?』という疑問が湧くかもしれないが、実際のところその考えは少しばかり間違っている。
確かにGは、通貨としての価値を持たないが、魔物には宝石のような価値を持っているのだ。魔物は比較的、光り物や綺麗なものを好む傾向にある。それらは金や銀などの華々しい人間の通貨を、愛好した。そのため、『通貨』を『通貨』で買い取りするという、面白い慣習が魔物社会には出来上がっているのだ。だから、価値はそれなりにある。まぁその背景には、魔物社会の通貨が見た目石ころのような粗悪なものだという事情があるのだが。閑話休題。
とにかく、魔王のかけた賞金は魔物社会でも十分に通用するものであった。それゆえ、魔物たちに走った衝撃も大きかったということだけ、言っておこう。
さて、魔の森と一括りにしても大規模な森なので、ある程度の区切りがあった。名前は色々あるが、長くなるので割愛させてもらう。その中の一つ、平和主義な魔物たちの多い『セレッソの森』は、今日も穏やかであった。
木々たちはさわさわと静かに揺れ、心地よい風が吹き抜けていた。そこかしこには、色とりどりの花たちが咲き誇り、景観に文字通り花を添えていた。
そして、そんな中一つの木の下で、気持ちよくすやすやと眠っている魔物が二人。
一人は黒い身体を持ち、体長は三メートルにも及ぶ『ドラゴン』。巨体に相応しく四肢は固く、太い。手や足から覗かせる爪、頭の上の角、大口からはみ出ている牙は、獰猛さを象徴しているかのようでもあった。だが今はその影も無く、琥珀色の眼を閉じうつぶせに寝転んでおり、時折まるで、いびきのように小さい炎をボウッ、と吐いていた。
もう一人の方は、そもそもが人型の魔物『ヒュライク』であった。透き通るほどの真っ白の髪は、陽光に照らされ銀に光りながら、その長さゆえか地面につけられていた。紅く輝く瞳は閉じられ、今はきめ細やかな睫毛だけが視界にうつる。服装はその白髪と対照的で、黒いドレスを身に纏っていた。長袖で丈は膝下ぐらいまでに届き、ドレスには白いフリルがふんだんにしつらわれていた。頭には黒く、そして白いフリルが付いたカチューシャをつけていた。所謂、ゴシックロリータ調の服だ。スカートに隠されて下は見えないが、控えめに山をつくっている胸が女性らしさを強調していた。そんな彼女は先程の黒のドラゴンにもたれかかり、可愛らしい寝息をたてていた。
白と黒のコントラストが、異色を放っていた。
「お〜い! レイン〜! ラルフ〜!」
ふいに、変声期を過ぎた青年の低い声が辺りを響かせた。その声に黒のドラゴンは片目を開けたが、少女はすやすやと眠ったままだった。
「……騒がしいぞ。何事だ、ナグ?」
ドラゴンは起きあがることはせず、片目だけ開けたままで、自分たちを呼んだ青年に問い掛ける、低く、厳かな声だった。
対する青年は、これまた人の姿だった。短めの栗色の髪は、快活な印象を受ける。黒の半袖シャツのベルトを巻き、ポケットのついただぼだぼのズボンをはいている。腰からは鞘に収まった状態のナイフを下げていたが、今説明したほとんどは肩からかけられらた薄緑のマントで隠されていた。そして唯一、人と違っているところは、その尖った耳だった。
「起きたんだったら、立って話せよラルフ」
青年、ナグは腰に手を当てて『不満だ』と言いたげに息を吐く。だがその様子は穏やかで、本気で言ってないであろうことは、彼の性格を知っている者ならば容易にわかる。黒のドラゴン、ラルフはそのままの体勢で、きっぱりと言った。
「我が動いたら、レインが起きてしまうであろうが」
「それでいいんだよ……全く」
ラルフの言葉に、ナグが溜息をつく。でかい図体して、レインには過保護なのだ、この竜は。
「ほら、レインも起きろ
「こ、こら! やめんか!」
ナグが呑気に寝ている少女、レインを揺すると、ラルフがその下で文句を言う。ナグはそれには気にせず、更に頬をぺちぺちと叩く。
「ん……、ぅん……?」
ラルフは口を開けて慌てふためいていたが、レインはそれでようやく起きたようだった。
「起きたか? レイン」
うっすらと瞼を開けたレインに、ナグは柔らかい笑みを浮かべながら言う。起き抜けで、レインはまだもたれかかっていたままだったので、ラルフはそのままの姿勢だった。
「……ナグ? おはよう」
「それより、ラルフからいい加減降りてやれ?」
目をこすりながら寝惚けて言ったレインに、ナグはラルフを指差しながら言った。レインは靄がかかった頭で、ゆっくりと自分の下を見る。そして、一気に顔を上気させる。
「……! ご、ごめんラルフ!! 今、どくから!」
大急ぎで立ち上がり、ラルフに謝罪するレイン。地面についていた白髪は勢いよく風にたなびき、見ると腰辺りまであったこともようやくわかった。
ラルフは『別に我は構わんが……』と言って自分も立ち上がり、あまりの勢いに転びそうになったレインを支える。
「はいはい、いちゃついてなくていいから」
それをナグは、冷めたような笑みを浮かべて棒読みで言う。その茶化すような言葉にレインはますます顔を赤らめ俯き、ラルフはさして気にしていないように低く、まるであくびのように唸った。
「……それで? 何の用だったのだ?」
「あぁ、うん。忘れるとこだった」
場の空気が落ち着いたのを見計らって、ラルフが木にもたれかかるようにして座りながら言った。人間のあぐら座りのような座り方で、足の上にはレインがちょこんと座っている。ナグは『いつものこと』と最早それには触れず、マントの中から一枚の紙を取り出した。その紙は、魔王が手配した勇者への賞金のビラだった。
「この勇者一行を倒した者には、100万Gを与えるものとする……」
「何だこれは?」
「何って、……そのままだよ」
手に取っておずおずと内容を読んだレインに、自分を見据えて腕組みをしながら聞いてくる、非情に人間らしいドラゴン、ラルフ。ナグは自分の予想していた反応と違うことに内心驚きつつも、両手を上げて『当然だろ』という風に言った。
「この手配書の意味はわかっている。……馬鹿ではないのだからな。我が言いたいのは、これを我らに見せてどうするつもりなのだ? ということだ」
「え?」
対してラルフも、さも当たり前のように疑問を投げかける。あまりに焦れったい反応に、ナグは思わず間抜けな声を上げるほどだった。ナグは手配書をレインから素早く奪い取り、描かれている勇者の似顔絵を手で叩きながら言った。
「決まってんだろぉ!? ……俺らで、勇者を倒すんだよ!!」
「えぇえええ!?」
「何だと……!?」
ナグの言葉に大げさに驚くレインに、怪訝そうな表情を浮かべるラルフ。ナグはようやくの期待通りの反応に、やっと満足したかのように笑うと言った。
「そうだ! そうすれば一攫千金、しばらくは遊んで暮らせるぞ!!」
得意気に腕を組むナグ。100万Gは、前述した通り魔物社会でも莫大な財産となる。だがここで『一生』ではなく『しばらく』と言ってのけるところが、非常に魔物らしい。魔物たちの寿命は人間と比較にならないほど長い。1万、2万をゆうに越える者もいる中では、いくら多額の金を持っていても『一生』と言えないのは、想像に難くないだろう。
だが、二人の反応は鈍いものだった。
「やめた方が……いいと思う」
「阿呆かお前は。論外だ」
二人揃って、ことごとく反対の意を示す。レインは苦笑で、ラルフは明らかに呆れている。ナグは『ありえない』とばかりに言った。
「おいおい何でだよ!? こんなチャンス滅多にないぜ?」
「だって……。この紙にも、魔王様から『ただし勇者は恐ろしく強い。よって、手練れの者に限る』って書いてあるし……」
言われて、ナグは目線を落とす。よく見ていなかったが、紙には確かに魔王からの警告としてそう書かれていた。ラルフも『そらみろ』と鼻をならすが、ナグはそれでも怯まない。
「俺たちの強さなら大丈夫だって! やばくなったら逃げりゃあいいだろ?」
「そう言うが……、お前精霊魔法を使わないではないか」
ラルフの言葉に、ナグは初めてぐ、と黙り込む。ラルフの面倒くさそうな態度にではない、『精霊魔法』についてだ。
そもそも、精霊魔法とは何か。魔法共々、説明しなければならないだろう。
まず、魔法というものは誰でも使えるものである。『誰でも』というのは少々語弊があるので訂正するが、『ある程度の練習を積んだ者』なら誰でも、ということである。魔力は人間、魔物どちらにも平等して存在し、元から体内に持っているものだ。
対して『精霊魔法』は誰でもが使えるというわけではない。いや、寧ろ使えない者の方が圧倒的に多い。精霊魔法は、『エルフ』という種族限定の先天性のものなのである。それゆえ、精霊魔法を見ることは、極めて珍しい。
エルフという種族の最大の特徴は、魔物でありながら『人間』寄りに定義されているところだ。細く尖った耳と端正な容姿を持っていて、争いを好まない。その嗜好は人間に愛され、エルフは唯一と言っていい、人間社会に溶け込んでいる魔物でもあった。
エルフは自然を愛し、精霊たちと心を通わせることが出来た。そしてそれが、精霊魔法の誕生となった。エルフたちには元々、魔力が存在しない。そこもエルフたちの『異』なる所以なのだが、いくら平和主義といっても身を守る術は必要だ。そこで、エルフたちは精霊の力を借りた。エルフたちは自然に属性などの区別をつけず、全てをそのまま受け入れた。だから精霊魔法はある意味で『無属性』とも言えた。だから単体では精霊魔法は、再生や防御などの守衛的な魔法なのである。無駄に長い、特殊な詠唱も必要としない。
だがそれは、普通の魔法と組み合わせると凶悪な魔法になることを、ナグは知っていた。……身をもって、体験していたからだ。
ナグは『ヒュライク』の父親と、『エルフ』の母親との間に生まれた。つまり、『ハーフ』だったのだ。耳にはエルフの名残を残していたものの、ナグは普通の魔法しか使えなかった。ハーフの者は大抵どちらかの血を色濃く受け継ぐ、これは昔からだった。ナグは魔法の才能はピカイチで、小さいながらも大人を凌ぐ力量だった。だがその才能は、いずれ歪んだ形で父母に見せることになる。
ナグは、いじめられていたのだ。エルフというのは、魔物の中でも『異端』な種族。子供心には、それのハーフであるナグの存在は格好の獲物だった。
「生意気なんだよっ! お前!!」
そうやって、叩かれているだけの時はまだ良かった。だが段々とそれはエスカレートしていき、ついにはある日、一人がこう言い出した。
「その尖った耳が無ければ俺らの仲間なんだよ! だからその耳、俺が切ってやる!!」
「……!!」
それは、あまりにも衝撃的な発言だった。
「や、やめろよ!!」
「おい! 身体抑えろ!!」
ナグはさすがに抵抗して暴れるが、他の子供らに羽交い締めにされ、動けなくなる。リーダー格の少年が、ニヤニヤと笑いながらナイフを取り出す。
近づく、距離。
怖い……、恐い……、コワイ……!!
嫌だ…………っ!!
「やめろぉっ!!」
ナグが一喝、その瞬間身体から衝撃波がほとばしる。取り囲んでいた三、四人の少年たちは、いずれもあっけなく吹っ飛ばされた。詠唱もなく、何のタイムラグも無しに出た魔法。
そう、ナグはこの危機的状況において、初めて『精霊魔法』が使えるようになったのだ。それに喜ぶべきか、悲しむべきなのかはわからないが、少年たちの弱い身体では最早動くことは出来なかった。
「はぁっ……、はぁっ……!!」
だが、ナグの様子がおかしい。少年たちの様子は一目瞭然だというのに、息は荒く、立ち上がって彼らを睨んでいた。『ナイフで耳を切られる』という恐怖が、彼に冷静な心を失わせてしまったのだ。
「ナグ!!」
「大丈夫!?」
突如、声とともに成年の男女が二人茂みから現れる。どこかに消えてしまったナグの様子を心配して、探しに来ていた父と母であった。
「良かった、無事で……!!」
そして場の様子を見て、ナグが生きていることに喜ぶ母。父は、子供たちに息があり、生きていることを確認していた。
「……ナグ?」
「……り、……て……なり…………」
だが、二人ともがナグの様子がおかしいことに気付く。二人に気付いていないように、ナグは何かをしきりに呟いているのだ。それが呪文の詠唱だと気付いた時には、すでに魔力が奔流しだしていた。
「ナグよせ!! 私の言っていたことを忘れたのか!?」
「ナグ!! 私たちのことがわからないの!?」
必死に、愛する息子の名を叫ぶ。そう、ナグは父に日頃から教えられていたのだ。『魔法は正しく使え』と。だがナグは今それに背き、自分を散々痛めつけた少年たちを殺すために魔法を使おうとしている。それどころか、大好きな優しい父と母に気付かず、今この瞬間魔法に巻き込もうとしているのだ。
「我に仇なす者を、滅する……」
「……ナグ」
淡々と詠唱を続ける息子を目の当たりにし、父は説得を諦めた。そして母と一緒に後ろに下がると、対抗魔法の用意をした。ナグの魔法に間に合うように、早くて強い魔法を。
「永遠の苦痛を与え、彼の者を断罪せよ。……焼き焦がせ。バーニング・サン」
「なっ!? ……こ、これほどの」
最後の言葉とともに、ナグの手から放たれた火球。それを見て父は、思わず息を飲んだ。それはまさしく『太陽』と呼ぶに相応しいもので、放っておけばこの森全てを飲み込むような規模だった。球の周りには火の玉が覆うように蠢き、ゴウゴウと球の周りを跳ね回っている。
精霊魔法と、魔法を同時に使っている。父は、そう直感した。そして、その危険度もわかっているつもりだった。驚きながらも、最後の詠唱を口にする。
「絶対零度の氷柱よ、芯まで眠らせ。……アイシクル・ツリー!!」
「ハード・コア!!」
父の叫びと共に、母も精霊魔法を唱える。地面から突き出た極寒の氷柱はどんどんせり上がっていき、冷気を纏って火球を受ける。
熱気と冷気の、激しいぶつかり合い。だが、それもすぐに終わることとなる。
氷柱は火球の熱によって溶け、脆くなった部分に衝撃を受ける。精霊魔法により普通の魔法より強固な耐性を持っていたが、耐えきれずに一気に砕け散った。
それでも氷柱は火球の威力を弱め、先程の半分くらいまでには縮んでいた。
だが、それだけ弱められたとしても尚、そこら一帯を焼き尽くすには十分だった。そして、もう二人は抵抗はしなかった。腕をぶらんと下げて『死』が迫っているにも関わらず、優しく微笑むと、言った。
「ナグ……、どうか、自分を責めないでね」
「お前の魔法は……、俺を越えたぞ」
直後、とてつもない轟音と共に、火炎が二人を包んだ。二人だけではない、倒れていた少年たちも飲み込み、滅茶苦茶に渦巻いて爆ぜた。帯電するように辺りを飛び跳ねていた火の粉は、ちりちりと周りを踊り舞い、やがて天に伸びるように弾けた。後には、木一本残っていなかった。
実はナグの技は、そこまで強力でもなかった。事実、父と訓練している時のあの魔法の規模は、今の大きさの十分の一にも満たぬほどであった。そのことからも、純粋にあらゆる『力』を持った精霊魔法の凶悪さが計り知れる。
その後、ナグは逃げ出した。正気に戻り、自分のしたことを全て思い出したからだ。何処へ向かえばいいのかはわからなかったが、ここにいてはいけない。そう思い、泣きながら走った。
それからは自分の精神の弱さを呪い、『精霊魔法』を封印した。そして、そんなものに頼らずとも生きていけるように、血反吐を吐くほどに身体を鍛えた。
そうして、今に至るのだ。
「バカヤロー、そんなもん使わなくたって勇者ぐらい倒せらぁ!!」
ナグは何ともないように、頭の後ろで手を組みながら笑った。……二人は複雑そうな、笑えばいいのか悲しめばいいのかわからない、といった表情だった。
レイン、ラルフ。この二人は、ナグの過去を知っている。『精霊魔法』を使わない理由もだ。ナグが、話したのだ。
もちろん、簡単にほいほいと喋ったわけではない。それは、奇しくもナグが二回目の精霊魔法を使うことになったある出来事のあと、話された。それにより三人は仲間となり絆を深めたのだが、ここでは割愛させてもらう。
「な! 行こうぜ? 三人ならいけるって!!」
再度、ナグが明るく振る舞って言う。頑なに誘う理由には、二人に裕福な暮らしをさせてやりたいというものがあった。二人は、ハーフである自分を快く仲間に迎え入れてくれた。なのに自分は、何も出来ていないのではないか。そういう思いがナグの心の中にはあった。100万Gもあれば、こんな森ではなく首都の『ヘルグレース』で過ごすことだって出来るのだ。
だが、二人の答えは先程と変わらず。
「……危ないからやめよう? ね?」
「やめとくがいい。命あっての、富だぞ」
二人は本当に心配して言っているようだが、ナグにはそれが違うように聞こえた。ナグは不愉快さを隠すこともなく、叫んだ。
「……あぁ、そうかいわぁったよ!! 俺一人で行くよ! ただし、賞金は分けてやんねぇからな!!」
「あ! ナグ! 待ってよ!!」
「馬鹿者! 戻ってこい!!」
二人の声を無視して、ナグは一目散に走り出していってしまう。残されたレインとラルフは、焦りを浮かべて顔を見合わせた。
ナグは、走っていた。もちろん、勇者を探すためだ。一人では心許ないかもしれないが、それでも、そんじょそこらの人間には負ける気はしなかった。木から木へ飛び移り、ある程度王都の近くまで来たところで、足を止めた。
物音がしたからだ。ナグやレインなどの『ヒュライク』は、見た目は人間と同じと言っても、能力まで同じなわけじゃない。ナグの鋭敏な耳には、確かに武器と鞘がこすれる音が聞こえたのだ。
ナグは素早く、そして慎重に音のする方へ近づいていった。そして、そこいらの草むらから見付からないよう覗き込む。
……人間は四人いて、一人は軽いマントを肩から被っている軽装の女。恐らく魔法系だろう。そしてその前には黒い髪をした、両手にパンテージをした先程よりも軽装の青年。これは、素手な所を見ると、格闘家だと思われる。更にその前には、全身を黒い鎧に包み、顔さえも隠れた状態でどでかい斧をかついでいる、……多分男。
そして、ナグは一番先頭にいた青年を見つけたとき、確信した。この一行は勇者たち一行だと。男は手配書の似顔絵にそっくり、最早完璧と言っていいほどであった。サラサラの蒼い髪をしていて、軽い鎧。背中には体格に似合わない大きさの剣を背負っている。間違いなく、『勇者』そのものだったのだ。
だが、ナグは戸惑った。言わずもがな、こちらは一人、あちらは四人だからだ。ナグだってそこまで馬鹿じゃない。四対一がどれだけ不利かなんて、十分にわかっていた。しかし、あれだけ意地を張って啖呵切って出てきた手前、退くことも出来なかった。『やばくなったらすぐ逃げられる』と結局草むらから飛び出していったナグは、この時点で相手を見くびっていたと言わざるを得ない。
「……!! 魔物か!?」
「……勇者、覚悟っ!!」
不意打ち。卑怯だと言われるかもしれないが、多人数相手にはまずリーダーを潰すことが必要だ。その意味で、この強襲は非常に効果があるものだと言える。
……もちろん、普通の相手だった場合だが。
ガギィンッ!!
「くぉっ……!」
「んなっ!?」
何と勇者は、ナグが常人では気付くことすら出来ない速さで襲ったのにも関わらず、そのナイフを咄嗟に剣で防いでいた。鞘の付いたままだったが、同じ金属を防ぐには、それで十分だ。
「ちぃっ!!」
自分の奇襲が防がれるなど、微塵も思っていなかったナグは、短く叫ぶと後方へ大きく翻って距離をとった。荒々しく砂埃が舞う中、勇者たちはその間に、戦闘の準備を整えた。
「危なかった……。お前、魔物だな?」
「へっ! だからどうしたっていうんだ、勇者さんよぉ!!」
勇者の落ち着き払った言葉に、ナグは不敵に笑うと叫んだ。だが、内心驚きと焦りでいっぱいだった。
まじぃな……。こいつ、想像以上に強ぇ……!
そんな思いは表情にはおくびにも出さず、策を考えるために時間を稼ぐことにした。
「勇者! 魔物社会では、お前の首に賞金がかかっているのは知ってるか?」
「何、俺の首に……?」
「おい、ザン。油断するなよ」
ナグの言葉に、勇者は片眉をぴくりと上げる。格闘家は心配して勇者、ザンに注意するが、勇者は『わかってる』とだけ言ってナグの方へ向き直した。
「へぇ……、俺もとうとうお尋ね者か? で、いくらなんだ?」
「……ひ、百万Gだ! それだけの値打ちがあれば、どの魔物も血相を変えて襲ってくる!!」
勇者の余裕そうな態度にナグはますます混乱しながらも、少しでも戦意を喪失させようと嘘をついた。勇者はそれに何故か、怪訝そうな顔を浮かべて首を傾げる。
「魔物社会でも、俺たちの世界のお金でいいんか?」
「そこかよっ!! もっとあるだろ!! それは恐ろしいとか、なんとか!!」
「そんなことはない。魔物を倒すのは、俺の使命だからな」
リズムを崩されっぱなしのナグに、勇者は全く変わらない口調で淡々と言う。勇者の戦意を削いでやろうと思っての策で、逆にこっちが削がれていては何の意味もない。ナグはこれ以上の無駄なお喋りをやめ、覚悟を決めてもう一度勇者に向かい走り出した。
「調子の狂うお気楽野郎だっ!!」
そう、毒を吐いて。
「……来るか」
ナグは一気に勇者の懐まで踏み込むと右手のナイフで首元を、左手のナイフで心の臓を狙う。勇者はそれにやっと鋭い目を向けると、峰がついてない大型の剣を器用に扱い、斜めに寝かせて二つを防いだ。ナグはそれに構うことなく体を反時計回りに回転させると、その勢いのまま回し蹴りを勇者の頭に繰り出した。勇者がそれをしゃがんで回避すると、ナグはすぐさま左のナイフで下から斜めに顔を切り裂こうとする。勇者が更にそれも右へ避けると、すぐ前にはナイフが迫っていた。勇者が右に避けることを予想した、ナグの右のナイフだ。だがそのまま勇者の顔に突き刺さるかと思ったナイフは、勇者の縦向きの剣によって弾かれた。さっきまで横に持っていた剣を、いくら何でもそこまで速く持ち直すことはできないはずなのに。ナグはそう思っていたが、勇者の右足が浮いていることから、柄を蹴って咄嗟にガードしたのだと悟る。
一瞬の、攻防だった。
ナグはまたも後ろに下がると、小さく舌打ちをする。勇者もまた、少々驚いていたようだった。
「その強さ……、お前ただの雑魚じゃないようだな」
「誰に向かって言ってんだよ」
「へっ、魔物が! ほざいてろ!!」
ナグの言葉に勇者は口の端をつり上げ、一瞬だけ後方で構えていた女性へと視線を向ける。そして、ナグに向き直り直進してくる。
「そぉらっ!!」
そのまま、横一文字に剣を切り払う。ナグは素早く判断し、身を屈めてそれを避ける。
「へぇ、馬鹿っぽく見えたからてっきりジャンプするのかと思ったぜ。そしたらその隙に切ってやったのに」
「ほざけ!!」
ナグは攻撃を一瞬止めた勇者に立ち上がるも、勇者は攻撃をやめていたわけではなかった。先程右から横に振られた剣、その剣はまだナグの右にあったのだ。反撃のために立ち上がっていたナグは、直感した。
……戻ってくる!?
「でぇいっ!!」
「くっ!」
その予想通り。勇者は力任せに剣を逆流させる。ナグは何とか上に跳んでよけるも、ハッとする。勇者がすでに、目の前にいたからだ。
「ほら。……ジャンプしただろ?」
直後、勇者は縦に構え直すと剣を勢いよく振り抜いた。だが、それで終わったわけではなかった。ナグは両手のナイフをおもむろに地面に突き刺すと、腕に力を込めて体を横にずらす。その結果、勇者の渾身の一撃は空を切る。
ナグはその内に体勢をを立て直そうとしたが、突如、頭を後ろから衝撃が襲った。
「ぐぁっ……!」
ナグを襲った人物は、ナグの後方に待機していた。先程ナグが魔法系と判断した女性で、恐らく後ろからナグの隙を窺って、放出系の魔法を放ったのであろう。ナグは一瞬、視界が眩む。
そしてその一瞬が、目の前の相手には命取りだったのだ。自分の目の前で剣を構える勇者を揺らぐ視界で確認して、ナグは思った。
……殺されるのか、と。
「はぁっ!!」
だが全員の予想と違って、ナグは死ななかった。いや、それどころか止めをさそうとした勇者の体が、勢いよく吹っ飛ばされた。鎧の男、格闘家、魔法使いの三人はそれぞろ驚き、勇者に駆け寄る。そして、一番驚いていたナグの両隣に、真っ白い髪の少女と、黒い鱗のドラゴンが降り立った。
「大丈夫!? ナグ!」
「全く……、無茶しおって……」
先程勇者を蹴り飛ばした右足を軸におき、構えたまま横目で言うレイン。呆れたように言いながら、ナグを庇うように前に出るラルフ。二人ともいつもと変わらない態度だが、顔には汗が滲んでいた。
「お前ら……」
「危ないって言ってもやるんでしょ? だったら、手伝うよ」
「三人で行くと言った時も危険だと言っただろぅ。……そうなれば、一人の方が危険なのは猿でもわかるわっ! 阿呆ぅ!!」
尻餅をついたままナグが二人を見上げると、二人ともが心配したような(見た目わからない奴もいるが)顔で言ってくる。ナグは、どうしようもない安心感と、駆けつけてきてくれたことへの喜びを感じた。ようやく、立ち上がる。
「サンキュー。……ありがとうな」
「二回言ってどうするの……?」
「阿呆が」
軽口を叩き合いながら、三人はそれぞれ構え、勇者たちを睨み付ける。ナグはそれから、さすがに体勢を立て直している勇者にむかって、言った。
「さっきは悪かったな。……第二ラウンドといこうか?」
「……むかつく魔物だぜ」
言い終わると、まるで初めから申し合わせていたかのように、人数が多い勇者側の一人を除いて、一対一になるように散開していった。もちろん、一人は魔法使いである。先程のように圧倒的に隙がある時以外では、近接戦闘の際の援護は危険だ。その機会を窺うように遙か後方へと下がった。
ナグと勇者、レインと格闘家、ラルフと鎧の男という構図で戦闘は再開し、それぞれがそれぞれの死力を尽くす。
「しっかし、近くで見るとますます女の子じゃねぇか。……やりにくいなぁ」
「いいけど、私は手加減しないよ? 命かかってるし」
お互いに間合いを取り合いながら、格闘家の男はぼやく。それに対してレインは、ひたすらにドライだった。格闘家の男はそれに『あっそ……』と呟くと、
「それはこっちも同じだっての!!」
と言って一気に間合いを詰めてきた。
右の拳がレインの顔面目掛けて容赦なく飛び、レインもそれに驚くことなく体をひねって避ける。そしてそのまま右膝を曲げ、低くなりながら左足を伸ばして、男に足払いを仕掛ける。男はそれを軽く跳んで避け、迫ってくる左拳を掴んでぐい、と引き寄せた。
「しかも上玉だなぁ。……魔物なのが、もったいねぇや」
ニヤリ、と嫌らしく笑った男に、レインは自分の左手をくいっとひねる。そして、油断していて体勢が崩れた男の鳩尾に、右足で抉るように回し蹴りを入れた。
「が……、はっ……!」
「余所見してると、こんな風になるよ?」
そして、呻く男を見下ろしながら冷たく笑う。だが男は何事もなかったかのように立ち上がると、苦い顔をして言った。
「ってぇ……、やっぱ、可愛い子ちゃんでも魔物は魔物か……」
レインは構えを崩さないまま、目を見開く。先程の蹴りは確かに、寸分も狂わず鳩尾に入ったはずだ。なのに、男はまるでちょっと殴られたかのように、楽々立ち上がっているのだ。男は、そんなレインの視線に気付くと、またも笑うと言った。
「あぁ。……鍛えてあんのよ、さすがにな」
「……そうみたいだね」
レインは再び鋭い眼光を目に宿し、白い髪を風に揺らしながら言った。
少し離れた場所で、ラルフと鎧の男が向き合っていた。二人は何も語ることなく、ただお互いに黙って立っていた。そして、ちょっとして、風が弱くヒュウッ、と吹いた瞬間。
「グォオオオォ!!!」
「ぬぇあぁああ!!!」
それが、合図だった。どちらともなくぶつかり合い、牙と斧で、鍔迫り合い(つばぜりあい)を繰り返す。ラルフも男も、鈍重な見た目とは裏腹に、激しい立ち回りを演じていた。
ふいに、ラルフが後ろへと仰け反る。男は、それがドラゴン特有の『ブレス』前の動作だということを、これまでの経験で判断する。そうして構えている内に男が逃げようとした時、ラルフは頭を元に戻し、口から高濃度の黒い焔を吐いた。
「なにっ! ぬぁああ!!」
「ふふ。黒い焔は初めてか? 人間」
焔は陰鬱な漆黒を纏い、横に広がり辺りを黒く染めた。黒の焔は男を燃やす、というより霧のように包み込んだ。その焔は熱を持ってはいなかった。だが、どれだけ男が振り払おうともがいても取れることはなかった。その焔は男の視界を防ぎ、行動を間接的に封じ込めた。焔から出ようと走っても、それに合わせて焔も付いてくるのだ。
ラルフはその間に、今度こそ大きく頭を振りかぶった。そして焔に狙いを定めると先程よりも豪快に大口を開けて、噴射するように赤い炎を吐いた。
「これが本当の炎よ、くらえぃ!!」
炎は黒い焔に触れた瞬間、あまりにも激しい大爆発を起こした。推測すると、あの黒い焔は視界を奪うためともう一つ、引火の役目を果たしていたのだろう。男を中心にして起こった爆発で、ラルフは勝利を確信する。だが、そこに立っていたのは紛れもなく先程の男、その者だった。更に、多少鎧は煤焦げているが、全くと言って良いほどの傷を負っていない。これにさすがにラルフが狼狽していると、男の後方に小さく、魔法使いの女性の姿が見えた。
「なるほどな……」
「……危険な生き物だ。このままにしておくわけにはいかない」
鎧の男は、妙に落ち着き払った声でそう言った。先程までの慌てようがまるで嘘のようで、『仲間に助けられたくせに』とラルフは辟易した。
「やってみることだな」
そして、低く通る声で言った。
「はっ!!」
「ふっ!!」
場所は変わり、再びレインと格闘家。お互いに最早手加減などというものは微塵も存在せず、ただ拳や蹴りを乱れ飛ばせていた。レインは絶えず動き回り長い足を武器に蹴り主体、男は軸を決めたままあまり動かず、拳主体の戦い。このままでは埒があかないと判断したレインは、一度後ろへと距離を取るためにバク宙を見せる。ふわり、と優雅に黒いドレスが舞い、それに続いて白の髪が踊る。そのあまりにも華麗な身のこなし、美しさに、格闘家は見惚れ少し気を抜いたように言う。
「なぁ、お前ホントに魔物?」
「しつこいなぁもう……」
レインは地面に軽やかに着地すると、目を細めてぼそぼそと何かを呟いた。
「汝の在るべき姿は棘。汝の見るべき者は敵。汝に求める結果は氷……」
「あぁんっ!? てめ、魔法も使えるのか!?」
それが呪文の詠唱だと気付いた男は、先刻までの余裕とは一変、血相を変えて走り出す。しかし、すでにレインは最後の詠唱に入っていた。両手を男にかざし、言う。
「汝が欲する敵はここに! ……弾けろ! アイシクル・スプレッド!!」
瞬間、レインの両手に薔薇の形をした、氷塊が現れる。透き通るような碧は、不似合いな太陽に照らされて美しく輝いていたが、『綺麗な薔薇には棘がある』とはよく言ったもの。薔薇からはレインの向いている方向全てに、針ぐらいの細い氷が次々と発射されたのだ。
「あっ……ぐぅっ……!!」
男は、腕をクロスさせて防ぎ、どうにか致命傷だけは避けた。だが傷を負ったことは確かで、両腕からは、だらだらと真っ赤な血を滴らせていた。
「これでも、駄目か……」
「野郎……!!」
悔しそうに口を噛んだレインに、男は怒りに口を歪めた。
「なかなかいい勝負をしているようだな、他の奴らも」
「まぁな、俺の仲間は強ぇから」
「ふん。魔物にも仲間意識があるのか」
言って同時に勇者は剣を薙ぎ、ナグは小さく跳ねて回避した。勇者はまたも同じ避けかたをしたナグに小さく笑って自身も跳ぶが、ナグは考えなしに跳んだ訳ではなかった。
「……巻き起これ一陣の旋風! エアロ・インパクト」
ナグがニヤリと笑みを浮かべながら叫ぶと、突風が勇者を襲い、剣の近くで衝撃を生む。それに勇者の両手は勢いよく弾かれ、バンザイのような体勢を晒してしまう。
「やべっ……!」
「くらえぇっ!!」
空中に跳べば身動きが取れないのは、ナグだけではない。つまり、先程とは一変、形勢は逆転した。ナグは思いっきり振りかぶり、両のナイフを平行に切り下ろした。
「ぐぅっ……!!」
致命傷とまではいかないが、肩を裂かれる痛みに勇者は苦悶の声を上げる。勇者はゴロゴロと転がりながら受け身を取り、同時にナグから距離をとる。肩から血を流す勇者を見て、ナグは汗を拭いながら言った。
「へっ……。二度も同じ手にかかるか」
「そのよう、だな……」
勇者はそれに自嘲するように小さく笑うと、両手で剣を縦に持ち、静かに目を閉じた。
「我纏いしは動なる雷。この身の核に舞い落ちて尚、包み込むは静なる光……」
「……!!」
「宿りて轟け! エレクトリック・フィルム!!」
勇者はその言葉と同時に、両手で剣を空高く掲げる。すると、暗雲が立ち込めてもいないのに天から雷が落ち、勇者の剣に落ちた。辺りに激しい雷鳴が響く。
他の者と戦っていたレイン、ラルフもそのあまりの魔力にこちらに気付いたようだった。ナグはまるで、膜のように剣に帯電する雷を、苦々しい思いで眺めながら言った。……魔法を使えたことには、最早動揺しないで。
「無垢なる剣に炎獄を与えよ。右の刃は紅蓮の炎、左の刃は揺らめく蒼炎。……燃えろ! デュウェル・バーニング!!」
「……ふん」
勇者はそれを驚くことなくただ見据える。ナグの右手のナイフは言ったとおりに紅く燃え盛り、左のナイフは青白く燃えていた。これでどちらの武器も付加魔力をつけられていることになったが、……勇者はにべもなく言う。
「……文字通り、ただの付け焼き刃だな」
「るせぇ、わかってんだよっ!」
そう、同系統の魔法だが勇者のとナグのでは圧倒的に差があった。もちろん、勇者が上だ。ナグは苛つくように吐き捨てると、双炎を持って突進した。
右、左と交互に炎剣を繰り出すが、勇者は受けようとせず避けるだけだった。何とか当てようと右の炎剣を横に切るが、それも回避され前のめりになる。そして、勇者はやっと見つけた隙を、見逃さなかった。
「……せいぜいガード、しろよっ!?」
言い、上から斜めに振り下ろす。ナグは避ける暇がないことを一瞬で悟り、揺らめく両剣で咄嗟にそれを受け止めた。瞬間、電気と炎が弾け飛び、閃光と共に火花が散る。
だが、均衡を保っていられたのも束の間だった。元々の武器の力の違い、何より使っている魔法の規模の違い、それらは歴然な差となって現実にあらわれる。勇者の剣はナグのナイフにさえめりこみズブズブと侵食していった。ナグがまずいと思った時にはもう、ナイフは断ち切られていた。
「くそっ!!」
バリバリッ、と雷が叫び、袈裟に振り下ろされた剣。刹那、辺りを真っ赤な鮮血が染めた。
そして、一帯を不気味なぐらいの静寂が包んだ。切られたはずのナグ、勇者は目を見開いて何も喋らない。ラルフ、鎧の男、格闘家、魔法使いらも全てこちらを見て呆然としている。
ナグの目の前では、白い髪に黒のドレスを着た美しい少女が、仰け反りながら踊っていた。右肩から袈裟状に伸びる傷口からは、おびただしい量の血を噴出している。黒い衣服は身体を守る役目を全く果たさずに無惨に破れ、斬撃は体の奥深くまでを刻んでいた。
その少女には、もちろん見覚えがあった。屈託無く笑う、まるで太陽のような少女。
「……レインッ!!!!」
「レイン!!!」
遠くで、黒のドラゴンの叫びも聞こえた。ナグは目の前に勇者がいることも忘れて、地面に倒れ伏したレインを抱き起こした。
「レイン!! おい、レイン!?」
ナグは気が狂ったかのように、動かないレインの名を叫ぶ。勇者は程なく落ち着きを取り戻し、無防備なナグを切り捨てようとしたが、後ろから鬼のような形相で迫ってくラルフに、身をひいて仲間の元までさがった。
「しっかりしろ!! 目を開けろよ、レインッ!!!!」
「あっ……、は……!!」
「馬鹿者! みだりに動かすでない!!」
どんどん生気を失っていくレインに、泣きながら肩を揺するナグ。ラルフはそんなナグに怒号を上げ、厳しく諭した。ナグはその言葉にレインを抱くだけにするが、その間にも血は流れ続けている。傷口からは、未だに残る電流。
「ナグ! ……レインが危ない! ここは一旦退くぞ!!」
「あぁ!!」
「させるかよ」
レインを抱きかかえた状態でナグが頷き、後方から逃げようとするが、そこには切っ先をこちら側に向けて勇者が立っていた。さらに反対側には格闘家、右左には魔法使い、鎧の男がいつの間にか立っていた。
「ぬぅっ! 囲まれておったか!?」
「くっ、そぉ……!!」
「もう、終わりだ」
ナグは涙をぼろぼろと零しながら、何も出来ずにいた。こんな状態のレインを連れて、この包囲網を抜けることなんて、到底出来ない。
畜生……! ナグは思った。俺が情けない為にレインが俺を庇って、それで俺のせいで死んでいくっていうのか……!? だが現状、どうすることも出来ずにレインはどんどん冷たくなっていくだけだった。
畜生……! 畜生……!! ちくしょぉ…………!!!
悔しくて、情けなくて涙が止まらなかった。勇者はそれを見て何も言わずに、静かに詠唱を始めた。
「暗雲よ、我が意に従い渦巻きて、紫電の怒りを彼の者に導きたまえ……」
「ナグ! 今はとりあえず防ぐのだ! 防御魔法だ!!」
「……う、あ……!」
ラルフの必死の叫びにも、ナグは答えない。ハァハァ、と動いてもいないのに呼吸は荒くなり、胸の鼓動は早くなる一方だった。
「えぇい、ならば我だけでも!! 風よ、我の周囲に集まりて、包み込む盾となれ……」
見る見るうちに膨大な魔力が勇者に集まっていくのを見て、ラルフが焦りながら詠唱を開始する。空を見上げると言葉の通りの黒い雲が立ち込めて、幕放電を放っていた。魔法のあまり得意でないラルフでもはっきりとわかった。
……これは、まずいと。
「一条の稲妻よ、さんざめけ!サンダー・ドロップ!!」
「ここに形を成して現れろ! エアロ・フィールド!!」
二つの魔法が一斉に発動する。言葉と同時に勇者の剣が鋭く光り、暗雲から紫電が舞い降りる。同時に辺りを風が渦巻き、空気の膜がラルフたちを包み込んだ。
規模の小さい電気の伝導ではない、最早槍というほどの鋭い衝撃。
「ぐぅぅっ……!!」
空にかざしたラルフの両腕を、尋常ではない痛みが襲う。ラルフの叫びにナグは一瞬顔を向けるも、頭を抱えてまたしゃがみ込む。
「どうしたというのだ! ……ナグ!!」
ラルフは叫ぶも、ナグは何処か虚ろな目をしていた。
稲妻は障壁の頂点を中心に、拡散するように周りへとも広がっていく。バチバチ、と凄まじく耳を劈くような音が響き、眩いほどの閃光が辺りを包む。目を開けているのは勇者と、ラルフと、そしてナグだけであった。
「……! しぶとい、野郎だ……」
勇者もかなり苦しそうだったが、ラルフはそれ以上だった。元々ラルフは魔法が不得手で、普段は使うことすらしないのだ。精神力はすでに限界で、障壁は今にも壊れそうだった。ラルフは弱る身体に鞭を入れ、張り切れんばかりの声を上げた。
「ナァグゥゥ!! お前はまた……大切な者を失っても良いのかぁ!!?」
ラルフの決死の言葉に、ナグはようやく状況に気付いた。また、正気を失っていたらしい。上を見ると、防御結界にヒビが入っているのを、魔力の流れで感じる。
「汝、怒れ。汝を侵食する不浄に。汝、悲しめ。汝のために傷つく他者を見よ……」
ナグは静かに、言葉を紡ぐ。ラルフがやっと立ち上がったナグを見て、安堵したように薄く微笑む。ナグは思う。
そうだ……。俺は、何の為に『精霊魔法』を封印した……?
「汝、気付け。ほとばしる怒りは、壊すための礎には成り得ぬこと」
「ナグ、早く……!」
そうだ、俺は気付いている筈だ。何の為に『精霊魔法』を封印したのか……。怖かったからだ……、大切な者を傷つけるのが。大切な者が傷つくのが。……大切な者を、失うのが!
「そして、汝、誇れ。汝の宝は、汝が護るべき者たち……!!」
なら、俺は今『精霊魔法』を使おう。……『大切な者』を、護るために!!
「輝け!! フォース・サンクチュアリ!!!」
ナグは力の限り、叫ぶ。すると地面から、ナグたちを囲むようにして光が円を描き、陣のように輝く。そしてオーロラのようにどこまでも高く光は伸びていき、神々しいくらいの煌めきを放った。そのまま光は全範囲に輝きを増し、誰も目を開けていられないぐらいに燦々と降り注ぐ。
ピカッ、と一際大きく光った瞬間、陣は消え、後には中にいた三人しか残っていなかった。
そう、あの稲妻も消えてなくなっていたのだ。
「……!?」
「一体、何が……!?」
勇者たちは信じられない出来事にしきりに呟くが、ナグにはそんな時間はない。やることはわかっているのだ。レインを助けるため、逃げるため、この包囲網をとく。代わりにレインを優しく抱いたラルフと、目で合図をしながら言い始める。
「我に仇なす者を屠りさる。……我の道を進む者に鉄槌を与える」
「……まずい!」
「地獄の業火で骨まで溶かせ。フレイムバーン・サークル!!」
ナグが言い終わり、右手をぐるりと三回、時計回りに回す。すると、それに合わせてナグを中心とした先程の陣と同じ円から、波状の灼熱が周りにいた勇者たちを襲う。第一陣を防いでも、すぐに第二、第三の獄炎が迫ってくる。それを咄嗟に判断した勇者たちは、受けずにそこらの草むらに身を屈めて飛び込んだ。その森林ごと炎は薙ぎ払い、一瞬で黒ずみにして次々に爆ぜる。 周りの草木は、跡形もなく焼け野原となったのだ。これには、さすがのラルフも息を飲んだ。だが、驚いてばかりもいられない。すぐにレインを抱えたまま、ナグの元へと走る。
「くそ……! 待てっ!!」
ようやく身体を起こした勇者は、野原の真ん中に密着して立っているナグたちに叫ぶ。だがそれは最早遅く。ナグはすでに最後の詠唱を唱えていた。
「導け。……ライト・ムーヴメント」
その瞬間、辺りを包む閃光と、電流の小さい音が聞こえた。それに一瞬目を奪われ、数秒後目を開けると、もうそこには誰もいなかった。
「……転移魔法!?」
「逃げられるとは……」
そう。雷の伝導魔法と、空間座標の精霊魔法。この二つをナグは合わせて使い、ナグたちは跡形もなく姿を消したのだ。
「……何て奴らだ」
若干焦げた衣服の匂いに顔をしかめながら、勇者は呟いた。
「レインッ! 大丈夫かっ!!」
「目を開けるのだ、レイン!!」
一面が草原となった先刻までの場所と一変、ナグたちはいつもの風景の中にいた。ひらひらと優雅に舞い落ちる木の葉も、今の心境では不吉にしかかんじられない。
二人は安全になった場所でレインの名を叫ぶ。その姿は見るも無惨で、先程からろくな治療も出来なかったため、血は流れる一方。傷口はパックリと開いたままで、今にも死にそうだった。
「……ナグ! お前がっ! …………お前が、馬鹿なことを考えるから……!!」
「う……、あ、俺……」
キッ、と睨むように視線をナグに向けるラルフ。その言葉尻は悲痛なものに支配され、琥珀色の瞳からは威厳も何もなく涙を零れさせていた。ナグもまた恥もなく泣いていて、『俺のせいで』と心の中で自分を責め続けていた。
……その時だった。
「……バカッ!!」
二人の内の誰でもない、凛と澄んだ、だけれども辛そうな声。ナグとラルフは同時にレインの顔を覗き込む。
「ラルフ……、ナグを責めちゃ、駄目だよ……?」
「レイン……」
顔を向けて、途切れ途切れで喋るレイン。ラルフはその言葉を、真剣に聞く。
「でも、レイン。俺……」
「私ね、二人が大好き。……あんな勇者とかいう人よりね。だから、ナグのためにあんな奴らにやられたって、全然平気。……それでナグが自分を責める、そっちの方がもっと嫌」
瀕死の身体だというのに、何故かレインは微笑んで、慰めるように話す。その綺麗だった真っ白な髪は所々血に染まり、紅くしみを作っていた。それが尚更悲しくて、ナグは何も言えずに涙を流した。
「ラルフ、わかった? こんなことで、お互い離れないで……? 約束、だよ」
「あぁ……、必ず守る」
「……!!」
レインの言葉にラルフは、真剣な口調で言った。レインはそれに『ありがと』と短く息を吐くように言うと、何故か安心したようだった。
「な、何だよ? その、最後の遺言みたいな言い方は……! おい、レイン! ラルフ! 黙ってないで何か言えよ!!」
「……」
「……」
二人は、何も答えない。レインはただ困ったように笑みを浮かべ、ラルフは何かの覚悟を決めたように座り込んでいた。そして、レインはそっと目を閉じる。
それがナグには、『もうお別れだ』という合図に見えた。
「おい! レイン!! レインッ!!!」
「ナグ……、もうよせ……」
「よせ!? よせって何だよ!? 見てろ! 俺が、今から魔法で助けるんだ!!」
泣きわめき、レインの心臓に両手をかざすナグ。ラルフは目を閉じ、悲しそうに首を振る。
ナグは、必死だった。ナグはこれまで『治癒』の魔法など、切り傷を治す程度のものしか使ったことがない。それ以上の上級の魔法も、知らない。だが、それでも。何もせずにはいられなかった。『レインを助けたい』、その思いだけが彼を突き動かし、精霊魔法を使っていた。
『増幅』の力を使えば、あるいは……! そう一縷の望みをかけ、ひたすらに魔力を込める。
「ナグ……、精霊魔法使ってくれるんだね……」
レインはうっすらと瞼を開け、囁く。魔法を使い、一度見たことのあるレインには、わかるのだろう。
「さっきも、使ってくれたね……。使いたくなかったのに……」
「当たり、前だろ! 俺のせいで、こんなんなったのに……!!」
「ありがと」
いつものような、満面の笑みでレインは言った。ナグはそれに一粒涙を落とすと、慌てて魔法に集中する。やはり精霊魔法の力は凄いもので、見る見るうちに傷が塞がれていく。心なしか、先程より顔色も良くなったように思える。
「……!!」
ナグは喜んだが、所詮それまでだった。表面上の傷は治せても、深く痛められた内側までは
到底治せない。再び生気が無くなるのを、ナグは地獄を見るかのような思いで見た。
精霊魔法を今まで使っていなかった。……傷つけるのが恐かったから。だが、その結果が、使うべきときに適切な使い方が出来ないだけ、とは何たる皮肉だろう。
「……う、そだろ……?」
「……レイン」
放心したように呟くナグに、色々な思いを覗かせるラルフの低い声。
死んだと、思った。だが、どこからか声が聞こえる。
『すまなかったな……。私のせいで』
「「!?」」
その声が喋り終わったのと同時にレインの身体が光る。そして、重傷が嘘のように回復する。外側だけじゃない、内側までだ。ナグは魔力の流れで、それがわかった。二人とも、驚きに目を見開いた。
『これで、もう大丈夫だろう……。勇者か、やはり私が……』
声はそれを最後に、聞こえなくなった。あまりの出来事に二人は夢かとも思ったが、息を吹き返したレインは、夢ではなかった。この様子だと、治るのは時間の問題だった。
「レイン……! 良かった……!!」
「レイン……!!」
二人は偶然でも、必然でも。この奇跡に感謝した。
春のうららかな陽気に、色とりどりの花たちが、華やかに咲き誇っていた。森の中にある、草原地帯。その一角に、美しい花畑があった。ここら一帯には恵みの雨が降り注ぎ、誰も手入れをしなくても、立派に花を咲かすのだ。
その真ん中に、三人の魔物がいた。一人は、緑のマントを肩から羽織っている、耳の尖った青年。更にその後ろには、黒く輝く鱗を持ったドラゴン。その肩には、真っ白い髪をして黒いドレスを身に纏った少女。少女は優雅に足を伸ばして花畑を見回していた。
「わぁー、綺麗!」
「これこれ。……あまりはしゃぐでない」
「そうだぜレイン! まだ病み上がりなんだからよ」
言われた言葉に、不満げに頬を膨らませるレイン。
レインは、助かった。誰からかはわからない、あの、再生魔法によって。後で調べてわかったことだがあの魔法は、身体の細胞を活性化させて治癒力を爆発的に高める、かなり高度な魔法だった。しかも、『精霊魔法』の。……これにより益々正体はわからなかったが、レインが助かった以上、そんなことは二人には全く関係なかった。
今、レインは二人の献身的な介護を受け、こうして笑えるまでになった。しかし、その際後遺症が残ってしまった。治癒は成功したがレインは内臓器官の能力が著しく低下し、身体が衰えてしまった。もちろん歩くことぐらいならわけはないが、激しい運動をしたり急に大声を出したりすると身体が悲鳴をあげ、具合が悪くなり高熱などが襲う状態になってしまったのだ。
ナグは、過保護なラルフの肩の上に乗って若干つまらなさそうなレインに唐突に言った。
「レイン……ごめんっ!!」
「? ……何が?」
ナグはそのまま頭を下げて謝るが、あまりにも出し抜けのことにレインはきょとんとする。ラルフは何となく察したようで、余計な口を挟まずに黙っていた。
「俺のせいで……こんな身体になっちまって……!」
「!!」
言葉の意味がわかった瞬間、レインの顔が一瞬で悲しみに彩られる。その表情で『レインはやはり辛く思っている』と勘違いしたナグはますます暗くなるが、それは全くの見当違いだった。
レインはラルフに目配せで降ろすように頼み、ラルフもそれに頷いてゆっくりとレインを降ろす。そしてレインは未だに頭を下げているナグまで歩み寄ると、その頭に思いっきり拳骨をかました。そのあまりの威力に、ラルフは密かに恐怖した。
「って!!」
「バカ! 言ったでしょ!? ナグが自分を責めるのは嫌だって!! 私は、こうしてみんなとまだ一緒に居られるのが嬉しい! だから、ナグは、悪く、ないっ!!」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「レイン……」
最後の方は、息を乱し、途切れ途切れになっていた。思いのままに感情を吐露し、苦しそうに顔を赤くするレインに、ナグは慌てる。ラルフは心配するように名前を呼び、その大きな手で優しく背中をさすってやる。レインはその心地よい温かさを受けながら呼吸を整えると、今度は冷静に言った。
「ほら? 私、こんなになっても全然平気。ナグがいる、ラルフがいる、私がいる。……それだけだよ」
「レイン……」
「ナグ……、もう、自分を責めるな。この前のことは……、その、悪かった。少し、冷静さを欠いていたのだ」
レインが、首を傾げて微笑む。ラルフは珍しく長々と、しかもばつが悪そうにぼそぼそと喋っていた。その様子にレインはくすり、と笑うとナグに向かって『ね?』と言った。
ナグは不覚にも、涙がぽろりと、一粒流れるのを肌で感じた。こんなにも温かく、優しい仲間たちがいたのだ。ナグはその涙を袖でゴシゴシと拭うと、吹っ切れたような笑顔で言った。
「ありがとう……。レイン、ラルフ……」
「ふふ」
「……ふん」
辺りにほのぼのとした空気が流れ、気恥ずかしくなり、ナグは俯く。それはラルフも同じだったようで、顔を赤くしてそっぽを向いている。唯一レインだけが、屈託無くいつものように笑っていた。風がふわっ、と吹き、花の香りを優しく運んできてくれた。
「……あ、そういえば」
ふと、レインが思い出したかのように顔を上げる。
「ナグ、精霊魔法使うようになったよね」
「ふむ……、確かにそうだな。あれほど使わないと言っていたのにな……」
「……あぁ」
二人ともが、不思議そうな表情でこちらを見つめる。ナグは、それには驚かずにきっぱりと言った。満面の笑顔だった。
「いいんだ。俺の精霊魔法は、お前らのために使うんだ」
そう言って、きょとんとしている二人を見て、声を上げて一人笑った。
笑ったナグの眼からは、嘘や迷いなどは微塵も感じられなかった。
だって、彼の精霊魔法は、大切な者を『傷つける』魔法から、大切な者を『護る』魔法になったのだから。
短編なので、簡単な補足でもw
勇者
何だか、本編で恐ろしいほどの高性能さを見せつけた人間社会のヒーロー(笑)。でかい剣は、勇者自身よりちょっと小さいくらいの剣だと思ってください(アバウトすぎるか)。本編の模様だと、雷魔法が得意なようですな。
格闘家
かませ(え)。活躍、なし。無駄に魔法で血を流しただけ(酷)。
鎧の男
かませその2(おい)。もはや名前すら適当。大げさな鎧を着ている甲斐なく、実はナグと勇者が戦っている間もラルフに翻弄されっぱなしだった。ラルフ、一番強いんじゃ(笑)。
魔法使い
意外な活躍を見せる。だが、そのどれもがことごとく何かせこい(爆)。もう少しまともな活躍をさせてやりたかったと、少し反省。
実際、魔法の詠唱シーンが、ボキャ貧の作者には一番辛かったです。その結果、中二病っぽくなってしまったけど、うんまぁ気にしない(しろよ)。
これ一つの作品ではあるけども、世界観などを楽しめてもらえれば何よりです!
あ、ちなみに一番浅はかな名前の余談。『ヒュライク』はライク ヒューマン(人間のような)を、弄っただけです。くだらなすぎて言おうかどうか迷いましたが、これが真実です(笑)。
では、また違う作品でお会いしましょう!!
感想、送って下さると嬉しいです!!