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【書籍化】夢見の魔女と黒鋼の死神(なろう版)  作者: 三沢ケイ
第1章 夢見の魔女は皇帝に愛を囁く
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第7話 夢見の魔女、皇帝を待ち伏せする

 部屋で荷物の整理をしていたナエラはカシン、カシンと叩く音に気付き、部屋の扉を開けた。その瞬間、グレーのしなやかな生き物がさっと目の前を横切る。リリアナの使い魔のサリーだ。


「まぁ、サリー。今日もお疲れさま!陛下は会議中かしら?」


 サリーは目を輝かせるリリアナの足元にすり寄り、ニァオと鳴いた。リリアナは待ちきれない様子でサリーを抱き寄せ膝の上に乗せると、すぐに意識を共有させてその日の情報をのぞく。リリアナは昨日サリーが見たことをつぶさにノートに書き出していった。


 ────

 午前5時半 起床

 午前6時  朝の鍛錬

 午前7時  朝食

 午前7時半 執務室で執務

 午前8時  御前会議

 午前11時 軍隊視察/共に鍛錬

 ……

 午後2時 謁見

 午後4時 謁見終了後、執務室で執務

 午後6時 側近達と打合せ

 午後7時 夕食

 午後8時 執務室で執務

 ……


 午後11時 執務終了 

 午前0時半 就寝



 ───── 


 リリアナは書き出したそのノートを見つめたままふるふると震える。


「大変だわ……」


 リリアナの小さな呟きと尋常では無い様子に気付いた侍女のナエラは怪訝な表情を浮かべた。


「どうかされたのですか?」


「どうもこうも、大変だわ……。ベルンハルト陛下が働き詰めで空いてる時間が無いのよ!これじゃあ一緒にお茶をする時間も無いわ。体調を崩されないか心配だわ。一大事よ!」


 リリアナは形の良い眉を寄せてノートを捲ってゆく。ベルンハルトの行動を毎日ノートに記載しているのだ。多少の差はあれども、どの日も同じような状況だ。


「リリアナさま…、それストーカーって言うんじゃ…??」


 使い魔のサリーをここ最近どこかにやっていることはナエラも知っていた。しかし、まさかこんな事をしていたなんて思いもよらず、ナエラは主の行動に驚愕する。死神相手に怖いもの知らずもいいところだ。


「ストーカー?人聞きの悪いことを言わないで頂戴。これは愛する人をより深く知って2人の愛を深めるための行動なのよ」


「リリアナさま……。愛を深めるもなにも、恐らく陛下の方にはまだ愛は生まれてませんわ」


「あら、じゃあ生まれたら深まる一方ね。うふふっ、楽しみだわ」


「……。リリアナさま、完全に拗らせましたわね」


「まあ!よくよく見ると毎日午前11時頃に軍隊視察に行くときに宮殿から西門を使って移動しているわ。その時に偶然お会い出来るわね」


「リリアナさま、それは『偶然』では無くて『待ち伏せ』です」


「そうと決まれば大変だわ。ねえ、ナエラ。サジャール国からマッサージオイルは届いていたわよね??一番美しい状態で陛下にお会いしたいのよ」


 この人、都合の悪いことだけ聞こえない振りをしたな、とナエラはため息をつく。ナエラは他の侍女と共に部屋の脇に積み重ねられた木箱の山から薔薇のオイルを探し始めた。


 4回も婚約を解消したリリアナが最初に祖国から持ってきた荷物は必要最低限だった。しかし、ベルンハルト陛下をひと目見たリリアナは、今回は絶対に結婚すると意気込んですぐに祖国に使い魔の書簡を届けて必要な様々な物資を追加で運ばせた。今、ハイランダ帝国のリリアナの部屋は祖国に居るときさながらの状態に整えられているのだ。


 やっとの事で薔薇のオイルを探し出したナエラはリリアナが何やら書簡を鳥の使い魔に持たせているのを見て首を傾げた。


「リリアナさま。どこかにお手紙ですか?」


「ええ。陛下に恋文を。うふふっ」


 リリアナの手元にはぎっしり書かれた異様に分厚い手紙があった。ナエラはそれを見て嫌な予感を感じた。


「リリアナさま。まさか毎日その文量をお送りしているのですか?」


「ええ、だいたいこんなものよ。少ないかしら?」


「長すぎです!!」


 ナエラはリリアナの手にある分厚い紙を見て恐れおののいた。軽く10枚はありそうだ。毎日こんなに長い手紙を一方的に送り付けられる方はたまったものではないはずだ。渋るリリアナに最低限の事だけを1枚に収まるように書き直しさせる。リリアナは今日も唇を尖らせてふて腐れていた。


「一番お伝えしたいことを書くのですよ」


「わかったわ。一番お伝えしたいことね」


 リリアナは真剣な顔で頷き、さらさらとペンを進める。そして今度こそ使い魔に手紙を託したのだった。



 ♢♢♢



 大臣達を集めた御前会議の場。ベルンハルトは心中でため息を吐いた。


 スパイからの報告では、セドナ国はリナト国の書簡を受け取ったようだ。報告までの時間差を考えると既に了承の返事を出した可能性もある。国境沿いの軍隊に指示を出し、警戒態勢を敷く必要がある。


 更に西部の主要都市オーサと首都トウキを結ぶ街道に盗賊団が徘徊し物流が阻害されていることや南部地方のコーチでの日照りの報告があった。日照りの地域では作物の不作が続き、国民に飢えが広がっているという。早急に何とかしないと国への不満が(くすぶ)ってただでさえ脆弱な地盤が足下から崩れ落ちそうな状況だ。


「問題だらけだな……」


 小さく呟いたその声は鎧兜の中でぐぐもって臣下達には聞こえない。


 ──こんな時にあの人が居てくれたら……


 馬鹿な考えが脳裏によぎり、既に居ない人間の事を望んでも何も状況は変わらないと首を振って頭からその影を追い出す。


 ベルンハルトは街道の警備の強化や、国庫から米を排出し南部地方のコーチに送るように指示を出す。そして、もう一つ頭の痛い問題を思い出した。


「リリアナ姫の様子はどうだ?」


「日中は皇后教育に勤しみ、態度は極めて真面目とのことです。非常に優秀で既にこの国の歴史は全て頭に入っているそうです」


 側近のデニスの報告にベルンハルトはホッとした。最初こそおかしなことを言っていて頭が弱いのかとかなり心配だったが、どうやら大丈夫そうだ。疲れから混乱していたのかもしれない。そこでふと昨日届いた書簡のことが気になった。


「昨日も変わりなかったか?」


「昨日ですか?特に変わったことは報告されてません」


「……そうか」


 リリアナ姫からは毎日同じ時間に書簡が届く。

 内容はサジャール国での思い出話から始まり、ここハイランダ帝国での生活やベルンハルトに何が好きかを尋ねる質問、最後は会って話したいという要望で締めくくられる。初日こそ暗号文かと思い必死に解読を試みたがどうにも解けず、最終的にただの長い長い手紙だという結論に至った。


 ところが、昨日はいつもより時間も遅く、手紙もたったの1枚だけだった。


『毎日お忙しそうで、陛下が体調を崩さないかいつも心配しています』


 手紙の内容はそれだけだった。


 リリアナ姫がハイランダ帝国に来て既に10日近く経っている。執務が立て込んでほったらかしにしていたが、40日間の後に挙式することを考えるとそろそろ一度くらい顔を見せるべきか。


 ベルンハルトは山積みの課題を前に再度小さなため息をつき、次なる予定である軍隊への視察へ向かった。


 いつものように西門の付近に差し掛かったとき、ベルンハルト達一行は付近が騒がしいことに気付いた。近衛兵達がざっとベルンハルトを守るように剣に手を掛ける。西門付近に集まっていたのは宮殿で働く使用人達だった。使用人の子供なのか、大人に混じって小さな子供までいる。


「陛下のおなりだ。頭を下げよ」


 前を先導する近衛兵が集まっていた使用人達を威圧する。ベルンハルトを見た途端使用人の顔は引き攣り、子供は泣きそうな顔をして皆慌てて頭を垂れる。ベルンハルトにとってはいつもの見慣れた光景だ。


 ベルンハルトや側近達は意図的に高圧的かつ冷酷な皇帝の姿を作り出していた。そうしないと若い皇帝はすぐに舐められて反逆因子が活発化するからだ。

 自己の権威を高めるために歯向かえば大変なことがおきると恐怖心を植え付けることが必要だった。臣下はみな頭を垂れ、息を潜めて自分が通り過ぎるのを待つ。

 ところが、その日は普段では絶対に聞く事がない嬉々とした若い女性の声がした。


「まぁ、陛下!偶然にございます!!」


 ベルンハルトが訝しげに視線を向けた先には、花が綻ぶかのように微笑むリリアナがいた。ベルンハルトのこの漆黒の鎧姿を見ても全く怯む様子がない。


「リリアナ姫?こんなところでなにをしている??」


「ワイバーンのお散歩ですわ。皆さま珍しがって集まっていらしたので乗せて差し上げていたのです」


 にっこりと微笑むリリアナは自らの使い魔であるワイバーンの首を撫でて見せた。実際はワイバーンの散歩を装ってベルンハルトの待ち伏せをしていたのだが、もちろんそんなことは言わない。


 ベルンハルトはリリアナの横にいるワイバーンと呼ばれる生き物を見た。トカゲのような顔に蝙蝠(こうもり)のような羽が背から生えている。足が二本あるが手はなく、形としては鳥に似ていた。しかし、鳥と呼ぶには異形すぎる。小型の竜のようなものと聞いてはいたが、大きさは軍馬を凌ぐほどでベルンハルトよりも背が高く、かなりの威圧感がある。


「これはサジャール国民でなくても乗れるものなのか?」


「乗ることは可能ですが、自分の意のままに乗りこなすには魔法使いの適性が必要です。最初に使い魔の契約を結ぶのに魔法が必要なのです。つまり、魔法使いの適性さえあればどこの国の者でも乗りこなせますわ」


「魔法使いの適性……。ハイランダ帝国の国民もあるだろうか?」


「私の従者に魔導士を3人ほど連れてきております。彼らに見せれば調べられますわ。ワイバーン自体はサジャール国には沢山いるのでお父さまに言えば婚姻祝いにいくらでも贈ってもらえるでしょう」


 ベルンハルトはこれが国防軍に居れば隣国に対してかなりの牽制になるはずだと考えた。

 この生き物をたくさん贈ってもらえることはベルンハルトにとって願ってもみない提案だ。それに国境線の兵士を乗せたら……。それだけでもこの少し風変わりな姫君を妻に迎える価値があると言うものだ。 


「でも、一つ条件がありますわ」


「条件?」


 リリアナの言葉にベルンハルトは一転して訝し気に眉をひそめた。


「はい。陛下へは私が魔法をお教えします。それが条件です」


 リリアナはにっこりと微笑んでベルンハルトを見上げた。





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