第38話 夢見の魔女、セドナ国第2王女の夢に入る
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リリアナは庭園にいた。庭園には美しい花が咲き乱れている。ハイランダ帝国の自然を活かした庭園とも、リナト国の造り込まれた庭園とも違う、人工的なアーチと自然の造形を組み合わせた庭園だ。奥には池が設えてあり、その手前にベンチがあるのが見えた。
リリアナは庭園を歩く人影に気付き、そっと身を潜めた。人影は3人で、それはリリアナの知らない女性とセドナ国の第2王女メアリー、最後は第1王子のテオールだった。唯一リリアナが知らないその女性は庭園に咲く1輪の花に顔を寄せ、にっこりと微笑んだ。
「とても綺麗ね。この花はリナト国にも咲いているのかしら?」
「もし咲いてなかったら僕が姉上に苗を贈って差し上げますよ」
テオールはその女性を元気付けるようにそう言った。女性はテオールを見下ろして口元を綻ばせる。テオールの姉上と言うことはそこにいるのがセドナ国の第1王女だろうと思い、リリアナは目を凝らした。
リリアナと同じ年頃のその女性は色白で儚げな美人だった。母であるセドナ国の王妃譲りの鮮やかな赤毛を斜めに流し、小さな髪飾りを飾っている。線は細く、護りたくなるような庇護欲をそそる人だ。
しかし、リリアナが何よりも目を奪われたのは、頚にかけて流した髪の隙間から見える黒い痣だ。リリアナはその痣に見覚えがある。魔法による呪いの一種で、術者の意に添わない事を何かすると、それは醜く大きくなる。第1王女はその痣が気になるのか黒くなった肩の部分を擦って痣を隠すように髪を広げた。
「この花は美しいわ。それに引き換え、リナト国の王子殿下はこのように醜い私を見てどう思われるか……」
第1王女は哀しげに視線を伏せた。
「お姉さま!お姉さまより美しい人など私は見たことがありません!!」とメアリーは第1王女に強い口調で言い切った。
「そうですよ、姉上!きっとゲイリーが解呪してくれます。それに今、父上が国中から魔術師を集めています」とテオールも言う。
メアリーは気落ちする第1王女の手を握った。隣に立つテオールもぐっと唇を噛み締めている。
リリアナはその様子を陰からそっと眺めた。リリアナから見て、セドナ国の第1王女がなんらかの魔法の呪いをかけられているのは明らかだ。でも、何の理由で誰がそのような呪いをかけたのかまでは判らない。
「そうね。ゲイリーの言うとおり一旦挙式を中止して頂いてよかったわ。前よりは少しよくなったみたい」
第1王女は首を振ってもう一度流れる赤毛の上から肩を擦ると、メアリーとテオールの2人に少しだけ微笑んだ。第1王女を見上げる2人の瞳には涙が浮かんでいた。
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目覚めた時、窓の外は白み始めており、リリアナはベルンハルトの胸の中にいた。頭を上にあげるとベルンハルトは子どものようにあどけない表情をさらしてよく眠っている。そして、眠っているのに腕はがっしりとリリアナの腰に回されてしっかりと固定されていた。
最近、ベルンハルトはリリアナが夢を消さなくともぐっすりと眠っている日が増えてきた。それでも時折悪夢に魘される事があるので、そういう日はそっとおでこに触れて悪夢を取り去ってやるのだ。
リリアナは先ほどの夢のことを考えた。あれは第2王女のメアリーの夢だ。会話から察するに第1王女がリナト国との婚姻式を延期したあと、リナト国入りする前の時期の記憶だろう。
第1王女の首から肩にかけては呪いの痣があった。長い髪を流して隠しているようだったが痣が大きいため隠し切れておらず、その事を本人も気にしているようだった。
リリアナは魔法の国の元・王女であり、自身も幼いころから訓練を積んだ魔女だ。呪いを解くことも訓練したので可能だが、そのためには本人の近くに行く必要があった。しかし、いったいどうやってセドナ国の第1王女に近づくか。そこからして問題だ。
「考え事か?表情がくるくる変わっている」
至近距離からくくっと笑う声がした。いつの間にかベルンハルトが目を覚まし、リリアナを見下ろしている。
「陛下、起こしてしまいましたか?申し訳ありません」
「今は2人だから言葉遣い。ベルトだろ?」
「ベルト、起こしちゃってごめんなさい。夢のことで考え事をしててーー」
ベルンハルトに諭されてリリアナは慌てて言い直した。思いが通じ合ったあの日、ベルンハルトはリリアナに2人の時は敬語じゃ無い喋り方をして欲しいと言った。今までも閨の時は『ベルトさま』と呼んでいたが、今後は2人の時は常に敬語・敬称無しともなるとリリアナには慣れなくてなかなか難しい。
リリアナを眺めていたベルンハルトは、突然リリアナをぎゅっと抱きしめると、唇にチュッと口づけを落とした。
「……?? どうしたの?」
喋っている途中に突然口づけられてリリアナは目を丸くした。ベルンハルトは目尻を下げて微笑んでいる。
「いや、砕けた口調で話すリリアナも可愛いなと思ってな。普段の喋り方もいいが、こっちもいいな」
「もうっ!真剣な話よ?」
「リリアナは怒った顔も可愛いな」
口を尖らせるリリアナにちょうどよいとばかりに、ベルンハルトはもう一度チュッと口づけした。
「ベルトってば!」
リリアナは驚きと気恥ずかしさから顔を赤くしてぷいっとそっぽを向くと、くるりと寝返りを打った。その場にあった布団を引っ張って引き寄せると、顔を隠した。
「リリアナ。こっち向いて」
リリアナの肩越しにベルンハルトが顔を近づけて囁く。耳元にベルンハルトの吐息が当たり、ぞくぞくとした。
「陛下がからかうから嫌です」
「ベルトだろ?」
「……ベルトがからかうから嫌よ」
素っ気なく応えるとリリアナの腰に回されたベルンハルトの手に力がこもり、体がグルンと反転した。呆気なく布団は剥ぎ取られ、ベルンハルトに上から見下ろされた。
「リリアナは俺と口づけするのが嫌なのか?」
不機嫌そうに眉を寄せるベルンハルトを見て、リリアナは目を瞠った。リリアナは恥ずかしかっただけで、そんなことは一言も言っていない。どうしてそんな話になったのか。
「まさか!ベルトと口づけするのは好きだわ」
「ふーん、好きなんだ。じゃあ、沢山してやろう」
ニヤニヤと笑うベルンハルトを見てリリアナはまたもや自分がからかわれたのだと気付いた。
「もう、ベルト!夢のことでーー」
リリアナは頬を膨らませて先ほどの夢のことを喋り始めたが、その言葉はすぐにベルンハルトに唇ごと飲み込まれてしまった。




