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【書籍化】夢見の魔女と黒鋼の死神(なろう版)  作者: 三沢ケイ
第1章 夢見の魔女は皇帝に愛を囁く

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第12話 夢見の魔女、皇帝を空の散歩に連れ出す

 ベルンハルトの初めてのワイバーンによる散歩にはリリアナとサジャール国の魔導師3人、それに側近の中では一番上手くワイバーンを乗りこなしたカールが付くことになった。


「陛下。使い魔を乗りこなす上で一番大切なのは信頼関係です。その子を信頼して身を任せて下さい。強い信頼関係で結ばれた使い魔は決して主を落としたりはしません」


 リリアナがベルンハルトのワイバーンのガレンの首を撫でると、ガレンは気持ち良さそうに喉を鳴らした。


 ガレンの赤茶色の岩のような肌は実際に乗ると思うほど乗り心地は悪くない。しかし、その高さは地上にいるときですら軍馬を凌ぐほど高く、ほんの少し浮き上がるだけでかなりの恐怖感がある。ベルンハルトはしっかりと手綱を握りしめた。


「行きますよ」


 リリアナの合図で6体のワイバーンが空高く飛び立った時、ベルンハルトは咄嗟に下を見た。さっきまでいたはずの地上は既に遠く離れ、振り落とされれば間違いなく死ぬだろう。


「ぎゃあぁぁぁ!!」


 カールが物凄い悲鳴を上げて自身のワイバーンの首に必死にしがみついている。ベルンハルトは湧き上がる恐怖心を叱咤して背筋を伸ばして前を向いた。


 スピードは軍馬を遥かに凌いでいた。飛び立って少しすると、前からの猛烈な風が吹きつける。目を開けることも出来ないような突風にベルンハルトは思わず目を瞑った。

 数秒もしないうちに、風の音が止み、ベルンハルトはゆっくりと目を開いた。乗っているワイバーン自身が風の防御壁を作り出したのだ。


 ベルンハルトはゆっくりと周囲を見渡した。乗り慣れないベルンハルトとカールの横に魔導師達が1人ずつ付き、もう一人はベルンハルト達の下に付いている。リリアナはベルンハルトの少し前を飛んでいた。


 眼下に広がるのは何処までも続くハイランダ帝国の街並み。茶色い石造りの建物は立方体をしており、まるで積み木を並べたかのようだ。それが宮殿から放射状に広がっているのが見えた。


 リリアナは器用にジークに指示を出して旋回しながら飛び続けた。建物ばかりだった城下町を抜けて、ハイランダ帝国一の大河であるトネル河や畑も見え始める。


「凄いな。これが魔女の国の乗り物か……」


 ベルンハルトは息を飲んだ。馬であれば数時間かかる場所まであっという間に辿り着いてしまった。初めて空から見る景色はただただ圧巻だった。


「陛下!」


 暫く飛んでいると、目の前のリリアナが笑顔でベルンハルトの方に振り返り、片手を広げるようにまっすぐに差し出すようなポーズをした。ベルンハルトはその光景をみてギョッとした。


「何をしている! きちんと手綱を持て! 落ちるぞ!!」


 リリアナはベルンハルトに怒鳴られてキョトンとした顔をした後、ふわりと微笑んだ。


「大丈夫ですわ。信頼関係のある使い魔は主を落としたりはしません。とても頭がいいのですよ」


 リリアナは不安定なワイバーンの上でそろりそろりと両手を離して見せた。リリアナのワイバーンのジークはリリアナを背に乗せたまま悠々と大空を飛び続ける。


「ほら」


 リリアナが笑顔でジークの手綱から手を離したその時、リリアナの身体がぐらりと揺れた。リリアナの身体が斜めに傾く。


「危ないっ!!」


 ベルンハルトは叫ぶのと同時に自身が跨がるワイバーンのガレンの脇腹を乗馬の要領で蹴り上げた。ガレンがスピードを上げ、落ちそうになるリリアナを空中で受け止める。ずっしりとした衝撃と共に花のような甘い香りがベルンハルトの鼻腔をくすぐった。


「何が落とすことはないだ!気を付けろ!!」


 凄い剣幕で怒るベルンハルトに対し、リリアナは目をぱちくりとして見上げていた。周りの魔導師達を見ると、何事も無かったかのように飛び続けている。


「おかしいですわね?落とすはず無いんですが……」


 ワイバーンは二人乗っても余裕がある。リリアナの使い魔であるジークはいつの間にか主をほったらかして遥かに上空を悠々と飛んでいた。リリアナはベルンハルトの前に座リ直すと眉を寄せて暫くむぅっと考え込んでいたが、ハッとしたように振り返ってベルンハルトを見上げた。


「陛下、助けて頂きありがとうございます。ワイバーンのこともとてもお上手に乗りこなしてますわ」


 リリアナはそれだけ言うと再び前方を向いた。髪の隙間から覗いた耳が少しだけ赤い。ベルンハルトはリリアナにつられて前を向いた。


 茶色い建物の壁と屋根は夕日でオレンジ色に染まっている。高度を下げたせいで、先ほどまでは豆粒のようだった地上にいる人々の顔がよく見えた。

 普段はワイバーンを見ることが無いハイランダ帝国の国民は皆ベルンハルト達に気付くと指を指して見上げ、驚いた表情をしていた。


「こんにちはー!」


 リリアナは大きな声で叫ぶと、その一人一人に笑顔で手を振った。


「陛下。ここから見渡す限りの全てが陛下の治めるハイランダ帝国です。陛下が昼夜身を粉にして働いているからこそ、この国があります。あのオレンジ色に染まる人々の生活の証も、緑の自然も、流れる河も陛下の努力の(たまもの)です。この国はとても美しい」


 そう言ってもう一度振り返ったリリアナはベルンハルトを見上げてにっこりと微笑む。長いシルバーブロンドの髪は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。


「……ああ、美しいな」


 振り返れば皇帝になってからの5年間、がむしゃらに働いてきたベルンハルトは自身の治める国の美しさを愛でることなど無かった。少し外に目を向ければこんなにも美しい光景が広がっていたのかと驚いた。


「えぇ、本当に」


 小さく洩らしたベルンハルトの声に、リリアナは頷くともう一度辺りを見渡してにっこりと微笑んだ。



 結局、ベルンハルト達が宮殿に戻ったのは小一時間ほど大空を周回してからだった。ベルンハルトは地上に降りるや否や険しい表情で魔導師達を呼びつけた。


「俺からも勿論言うが、お前達の姫君にはもう少し危機感を持たせた方がいい。使い魔から落ちないと言いながら、落ちて死にかけたぞ。危なくて目が離せない」


 ベルンハルトは厳しい表情で叱責した。今日のリリアナの行動は一歩間違えば転落して地上に叩きつけられていた。最悪の場合は死んでいたし、助かったとしても大怪我は避けられなかっただろう。ベルンハルトの激しい怒りように魔導師達は困ったように顔を見合わせた。


「恐れながら、使い魔は(あるじ)を落としたりはしません」


「今日、現に落としただろう!」


「それはつまり、ワイバーンがそれだけ主の感情に聡く、賢いと言うことです」


「なに?」


 眉間に皺を寄せたままワイバーン達に目をやると、いつの間にかリリアナの使い魔であるジークは何事も無かったように他のワイバーン達に混じり羽を休めていた。


 ──陛下とワイバーンに相乗りしてこの国を見ることが出来て、夢のような時間でした


 その日、リリアナから届いた手紙には美しい字でそう書かれていた。



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