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第一章 輝石学園マネージャー科 3

                           ☆



 そして、試験概要を説明される今に至る。


 全くどうしてこうなった。


 客観的に見れば俺は田中太郎という本当に実在するのか怪しい名前の人物の替え玉としてここにいる。


 俺に悪気はない。元はといえばあの無理矢理連れてきた女に問題がある。


 ただこの事実が露見すれば大事(おおごと)になってしまうだろう。


 ここまで来ると言うに言い出せない。


 学校にも迷惑がかかるし拘束されて絶対に面接に間に合わない。


 時刻は教室の時計で十時前。


 本来であれば九時過ぎくらいにお母の見舞いに行ってすぐに病院を出て十一時から始まる面接に向かうはずだった。


 六キロを歩いたら一時間は掛かる。


 もうすでに絶望的だ。走るしかない。


 俺は恨めしそうに受験票を睨みつけた。


 なんで俺と似たような髪型をしているんだこいつは。


 まじまじ見ると俺とは似ても似つかないように思えた。それにこいつはどこにいった。


 高校に受験票を落とした旨を伝えていれば、俺はすぐに疑われて事情聴取されるはずだ。


 もし俺の学校に連絡していても、輝石学園に連絡はいくと思うし、いないはずの人間がここにいるから騒ぎになるはずだろ。


 でも、時間ギリギリになってしまったのは俺の責任でもあるか。袖浦と話さなければ余裕でここに到着していた。


「おっと。試験概要を説明する前にわかりきっているが、このマネージャー科の説明をしないとな。一応決まりだから話すぞ」


 教壇に立っている小皺の多い偉そうな教師がハスキーボイスで言い放つ。


 とりあえず今はアクションを起こせそうにない。大人しく話を聞くことにする。


 抜け出せるチャンスを見つけて田中には悪いが、そのまま消えるしかないな。


「君たちが受けているマネージャー科というのは、その名の通りマネージャーとしての基本知識や礼儀作法などを勉強する学科だ。だが、それだけじゃない。在学中に芸能界最高峰の事務所。ホープスタープロダクションの仕事が体験出来る。これだけで物凄い特典だ。毎年が募集人数が三十人に対し倍率が千倍を超えるのは納得するだろう」


 隣の席のショートカットの女が頷いた。


 俺なりに解釈すると、学生なのにバスケのプロリーグの試合を経験出来るということだろうか。

 

 確かにそれはいいな。高校レベルでは絶対に得られない大人たちのスキルを目の前で見られる。


 なるほどな。倍率千倍というのも頷ける。


 アイドル科のほうが受験者は多いだろう。だが、このマネージャー科というのも中々の難関のようだ。


「しかもその仕事というのが、『輝石学園生』の研究生のマネージメント。研究生とは言っても世界トップクラスのアイドルの卵をマネージメント出来るんだ。十分だろう。日本、いや世界の誰もが憧れるグループの仕事をやれるというのは学生の枠を超え過ぎている。マネージャーを目指す人間なら誰もがやってみたいと思うだろう。ま、単純に人気アイドルに近づきたいだけという不埒な人間もいるはずだが」


 その言葉に数人が図星を突かれたようにピクリと反応する。


 一定数その輩はいるようだ。有名人とお近づきになりたいミーハーな人間も多いということだろう。


「安心しろ。そういう人間はまずこの試験には受からん。受かったとしても在学中の定期試験で落とされるだろう。最終的に生き残れるのは全体の一割……いや、去年に関しては卒業生が出なかったな。今年に関しては三年生に進級できたものは誰ひとりとしていなかった」


 誰一人もいない。


 そこまで厳しいものなのか。


 生き残れないとアイドル科同様に転科、もしくは退学を余儀なくされるのだろう。


 こちらとしては他人事なので素直に驚いてしまう。


 隣の真面目そうな女は膝の上に置いていた手でキュッとスカートを握っている。


「その年の研究生の質が悪かったのも原因だったが‥…ひとえにマネ科の人間が実力を引き出せなかったのもあるのかもしれないな。っと、少し喋りすぎた」


 教師は腕時計で時刻を確認する。そろそろ話が終わるのだろうか。


「まだ試験開始まで猶予があるな。そうだ。私が指名した人間に質問でもしてもらおうか」


 質問、だと? 俺はみるみると額から汗が吹き出てくる。


 ここで当てられたらボロが出る。俺、輝石学園マネージャー科に詳しくないし、ましてや『輝石学園生』についてだって袖浦に教えてもらった知識しかない。


 ここで変な質問をして怪しまれたら終わりだ。


 俺が受験生じゃないとばれたら数時間は拘束されるだろう。それだけは避けなくてはならない。


 周りの人間は当てられたいのかソワソワしている。


 教師は誰を指名しようか教室を見回した。っと、そこで教師と俺の視線が交錯する。俺を見るな。


 俺は当てられたくないと目に力を入れて必死に睨みつける。当てるな当てるな当てるな。心の中で永遠と呟いた。


「生意気ないい目をしているな。後ろのツンツン頭のでかい子。出身校と受験番号と名前を行ってから質問してもいいぞ」


 生意気な目をしているんだったら当てないでくださいよ。


 俺は声に出したい気持ちをグッと堪えて椅子から立ち上がった。周りの羨ましそうな視線が集まる。やめろ。


 俺には大した質問なんて出来ないぞ。


「出身校は東口中学校で受験番号は……五百十七番っす――です。名前は……た、田中太郎です」


 遠くの席の人間が驚いた顔をする。そりゃそうだよな。田中太郎なんて実在するとは思わないよな。


 俺の歯切れの悪い言葉に教師は訝しいと思ったのか、眉を寄せた。


「……なにか質問はあるか?」


 よかった。とりあえずこの段階でばれることはなさそうだ。しかし、ここからが問題だ。変な質問をしてしまったら怪しまれる。


 それにしても質問。質問か。


 思い浮かばないな。


 当たり障りのない質問をしたいのだが。


 ただ俺の中で切れる質問のカードはほとんどない。当たり障りのない普通の質問。なんだろうか。


「……せ、先生に彼氏とかいますか?」


 咄嗟に出た言葉はこれだった。


 教室にいた何人かの生徒は不意をついてしまったのか吹き出してしまう。


 隣の女子が呆れるような顔で俺を見ている。


 いや、これはなんてくだらない質問をしたんだと睨んでいるのだろうか。

 

 だってしょうがないだろう。思いつかなかったんだから。


「君には私が彼氏がいるような年齢に見えるのか?」


「いえ」


「はぁ……もういい。試験の概要の説明に入る」


 教師は頭を抑えて機嫌が悪そうに話を切り替えた。漫画とかだったら額に怒りマークが入っているな。


「あいつ落ちたな」


 ボソッと誰かが呟いた。なんとでも言え。


 俺には関係ない。


 変な質問をしてしまったがやり過ごせたのでよしとする。後は抜け出すタイミングさえ掴めればいい。


「昨日行われた学力テスト。ご苦労だった。さて、本日は打って変わって君たちのマネージャーとしての資質を測るテストを行いたい」


 教師は赤く塗られた爪先でチョークを取ると勢いよく黒板に文字を走らせる。


 そこには『名刺集め』と書かれた。


 名刺というのはあの名刺か。大人がよくコミニケーションルールの一環としてよく使うやつ。


「君たちには校内を出てもらい名刺を集めてもらう。基本的に名刺を集める際は道行く人に声をかける形になるだろうが、名刺はどんなものでも構わない。一般企業の人間であろうが、公務員であろうが、美容師だろうが関係ない。とにかく君たちには名刺を集めてもらう」


 道行く人に声をかけて名刺をもらう。


 それって結構大変じゃないか。


 中学生に名刺をください、と言われてほいほい渡す大人が多いとは思えない。


 それよりも校内から出れるのか。これは絶好のチャンスだ。


「どの範囲まで行ってもらっても構わない。禁止事項は必ず自分の力のみで名刺を獲得する。十二時までにこの教室に戻ってくる。輝石学園の品位を疑われるような愚かな行為はしない。具体的には脅したりして無理矢理名刺を奪うとかだな。以上だ。なにか質問がある者はいるか」


 恐る恐る小太りの気の弱そうな男子が手を挙げる。


「どうした」


「タクシーなどを使って移動するのも構いませんか?」


「無論だ。自分の持てる力でとにかく名刺を集めてこい。今から三分後に試験が開始される。私の合図があったら試験に挑むよう」


 そう言い終えると教師は腕時計を凝視する。しっかりと秒針が十二にきた時点で試験を始めるつもりだろう。

 

 落ち着け。まだ走れば面接には間に合う。最悪の場合は電車を使うことも視野に入れよう。


 ひょんな勘違いで試験に巻き込まれてしまったが、思いの外早くに解放されて良かった。


「始め!」


 などと考えていると教師の声が響き渡った。


 それを引き金にガラガラと音を立てて一様に椅子から立ち上がる。


 俺もそれに合わせるように立ち上がり教室を出て行く。


 校舎内では歩いていたものも外に出て靴を履き替えると駆け出した。


「名刺集めなんてどうすればいいんだ!?」「俺が知るわけないだろ!」「とりあえず駅に向かうぞ!」


 飛び交う怒号。何百人、いや何千人という生徒が校門目掛けて一斉に走っている。


 その光景はまるで自然災害が起きてパニックで逃げているような光景だった。


 靴音は地響きとなって俺の耳まで届く。地面も少し揺れているんじゃないかと思えた。


 俺は口を開けて普通じゃありえないを下駄箱から眺めた。驚いている場合じゃないな。俺も急いで面接地に向かわないと。


 俺は集団に紛れて校門を抜ける。受験生達は駅に向かっていく。俺はそれと反対の道を選んだ。田中には悪いがここは自分の面接を優先させてもらう。


 大体、これ以上してやる義理はない。田中太郎は運が悪かった。


 それだけだ。俺が気にする必要は何もない。俺は足の回転を上げる。


「はぁ……はぁ……」


 でも、もし俺があの時駅に届けていれば田中太郎にこの受験票が渡っていたかもしれない。


 もし俺が学校に届けていたら。それ以前に俺が駅のホームでもっとしっかりこいつを探していれば。どんどんと思考が湧いてくる。


 たらればを言ってもしょうがない。


 だが、このままだと田中は落ちてしまう。


 たかが受験票を落としたくらいで。田中の管理が悪いから自業自得。それはわかっている。


 ただあんな将来を決めるような学科を受験してるからマネージャーになるのが夢なのだろうな。


 夢を絶たれるのは苦しい。きっと今も悔しさで泣いているはずだ。


「……」


 近くに公衆電話が見えると、俺の足が止まってしまう。


「ああ、もう!」


 俺は乱暴にボックスの中を開くと、ズボンの後ろポケットから財布、胸ポケットから生徒手帳を出す。


 田中太郎ってやつが受験票を落とした報告が来ているか確認するだけだ。


 もし田中が落としたのを報告していなかったら俺にも考えがある。


 財布の十円を機械に入れるのを躊躇いつつも自分の学校に電話をかけた。

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