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第二章 パートナーセレクト 3

 教室を出た俺は下校する生徒の群れに紛れて歩き、ベンチに腰をかけた。


 アイドル科の生徒と思わしき人間はまだ昇降口にいなかった。ホームルームが長引いているのだろう。


 しばらく待っていると、昇降口からアイドル科の生徒らしき人物が出てきた。


 誰もが横を通りかかったら二度見してしまうくらいの可愛い女子だ。


 人目でアイドル科の生徒だというのがわかる。


 アイドル科の生徒を出待ちしていたのか、どこからともなく現れた幾人かの普通科の生徒が彼女を目掛けて走っていく。


 後ろからぞろぞろと他のアイドル科の生徒がやってくると、また他の普通科の生徒たちが飛びつくように話しかけ始めた。


 特に金髪碧眼の女子がやってきた瞬間はハリウッドスターがやってきたかのような歓声に包まれていた。


 アイドル科の生徒たちは困ったように笑いながらも、しっかりと対応している。


 同じ学校にアイドルの卵がいればこういうことになるのかもしれない。これは袖浦に話しかけられるチャンスはないかもしれないな。


 そんなことを考えていると昇降口から袖浦が人集りに混ざりながら出てきた。


 緊張しているような、なにかを期待しているような顔をしている。自分も声をかけられてしまうのではないか、と考えているのかもしれない。


 あいつも輝石学園のアイドル科に入学したからには、チヤホヤされてしまうんだろうな。


 しかし、袖浦が歩みを進めても一向に人が寄ってくる気配はなかった。


 最初は明るかった袖浦の表情も暗くなっていく。


 俺も苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。


 そして、ついぞ誰も声をかけるものはいなかった。袖浦は遠目からでも泣きそうになっているのが伺える。


「……」


 なんて不憫なやつだ。俺は思わず目頭を押さえてしまう。おそらくアイドル科の生徒だと思われていないのだろう。たまたま帰るのが遅れた普通科の生徒、という認識をされたに違いない。


 俺はベンチから腰を上げると、袖浦の背後に回った。


「すみません。ちょっといいっすか」


「え!?」


 袖浦は慌ててこちらに振り向くと焦ったようにあたふたとしている。


 話しかけたのが俺だとわかった瞬間に落ち着いたのか、ホッとしたように胸をなでおろした。


 だが、少しだけ残念そうにため息も吐いた。


「悪いな、俺で」


「い、いえ……知らない人に喋りかけられても上手く対応出来なかったと思いますから……」


「その……まぁ……最初だからな……」


「……余計に落ち込みます」


 雨に打たれたように袖浦はうなだれる。こういうときに気を利いた言葉を出せない自分がもどかしい。


「はぁ……もう……あの人まで入学してきちゃうし私の生活はどうなっちゃうんだろ……」


「あの人?」


「あ……な、なんでもないです」


 しまったと口を抑える袖浦。あの人とはもしかして、袖浦をいじめてたやつのことだろうか。


 だとしたら見逃せないな。袖浦は俺から目を逸らして誤魔化そうとする。


 だが、俺は答えろと言わんばかりにずっと袖浦を見つめた。


 すると、観念したのか口を開く。


「その……私の水着を使い物にならなくした人も試験を合格したようで……」


やっぱりそうか。だとしたらやることはひとつだけだ。


「よし。ナシつけにいくぞ。どいつだ?」


「ま、待ってください……!」


 袖浦は歩き出した俺の肩に掛けた鞄を掴んで必死に止めようとする。だが、非力で軽い袖浦は大型犬が暴れだしてリードを引っ張られ引きずられる子供のようになっている。


「安心しろって。袖浦に手出しさせないように『お話』するだけだから」


「ほ、本当に大丈夫なんです……! 入学式でも教室でも私を無視している様子でしたから」


 俺は袖浦の言葉に足を止める。


「……いいのか?」


「は、はい。今のところは」


 袖浦がそういうなら俺の出番はないだろう。しかし、袖浦に興味を示さないとはどういうことなのだろうか。


 まぁ、いいか。もしもう一度袖浦にないかしてくるようなら対応すればいい。


「じゃあ、駅に向かいながらお互いにあの後の話をしようぜ」


「そ、そうですね」


 俺と袖浦は駅に向かいながら話をした。二人きりになってはいけないらしいが、これは理由のあるものだ。袖浦と今後仲良くなってパートナーとして指名してもらわないといけないからな。


 それは建前で実際はただ単純に袖浦のその後が気になるだけなんだが。


 袖浦はあの後水着審査を下着で受けたらしい。思い切りのいいやつだ。そして、試験官にボロクソに言われただけで試験が終わり、確実に落ちたと思っていたらなぜか合学通知が家に届いたそうな。


 落ちたと確信していた袖浦は、入学式が始まるまでなにかの手違いじゃないかとずっと疑っていたらしい。


 だから、校門前でもたもたしていたのか。


 なにはともあれ袖浦の夢が続いてよかった。


 駅に着いた俺たちは同じホームに立っていた。


「あ……同じ方面だったんですね」


「そうみたいだな」


 俺と袖浦はオレンジとグリーンの色の線が入った車両に乗り込んだ。俺は四月一日付でホープスターで働いている。普段ならこのまま渋谷にある本社で仕事をする予定だ。


 だが、本日は休日となっていた。入学式で忙しいだろうからと神谷さんが気を使ってくれた。それはいいんだが、あの人が振ってくる仕事がとにかく酷い。


 会社内のトイレの掃除や、なにかを買って来いとお使いを頼まれるのならまだいい。


 俺は雑用係りとしているのだから。


 なぜか映画鑑賞に一日付き合わされたり、五時間ぶっ通しで音楽を聞かされ続けたり。一番意味がわからなかったのは、新鮮なタコが食べたいと釣竿を渡されてタコを獲得するまで東京湾において行かれた時だ。


 もうそこまで行くと仕事じゃないように思えた。


 なので、あの瞬間はさすがに東京湾にこいつを沈めてやろうかと本気で考えた。


「あ、そういえば大元さんはあの後どうしたんですか?」


 俺はいくつか隠し事をしつつその後について話した。ただ、電車内なのでボリュームをかなり落とした。


 神谷さんと会い、『輝石学園生劇場』に足を運び、そこでマネージャー科に勧誘されたこと。そこまでは話した。ホープスターで働いているのは伝えない。


 これは神谷さんくら口止めされている。基本的に学園の教師陣はこの事実を知っているらしいが、それがばれると学生たちから不満の声が上がり対応が大変になるからだ。


 お母についても下手に気を使わせてしまう恐れもあるから黙っておいた。


「げ、劇場に行ったんですか……!? しかもあの神谷由伸さんに誘われて……!?」


「バカ。声がでかい」


 何人かの視線がこちらに集まる。だが、輝石学園生になると袖浦はおかまいなしだ。少し音量を抑えるだけで話を続けた。


「だってあの劇場に入れるのはファンクラブでも抽選に選ばれた五十人だけなんですよ。チケットを転売すれば百万以上の値段がつくなんて言われたりしているんですからね」


 そこまで凄いステージだったのか。確かに劇場に入れないファンで外が溢れかえっていたもんな。


「いいなぁ……私も行ってみたいなぁ……」


「いけるだろ。お前がこれから頑張っていけば」


「そ、そうですね。頑張らないと……」


 胸の前に両手をもってくると握り締めて決意を固める。俺も頑張らないとな。


 こいつを応援してやるって決めたんだ。この立場になったことだし、今度はちゃんと力になれるようになろう。


 そこまで話すと、俺の最寄りの駅に着いた。


「じゃあ、俺ここだから」


「あ、私もなんですよ」


 二人して驚いたように顔を見合う。なんて偶然だ。日本、特に関東は狭いもんな。こういうのもあるのだろう。俺たちは電車を降りると出口を目指した。


 どうやら帰る方向も同じらしくて分かれ道になるまで一緒に帰ることにした。


 それまでの間に袖浦と他愛のない話をする。元々は静岡に住んでいたらしくて、輝石学園の入学をきっかけに今は親戚が大家をしているアパートで一人暮らしを始めたらしい。


 高校生から一人暮らしとはなかなか大変だな。俺も現在ではお母の入院のせいで一人暮らし状態なものだが。


 俺らは話をしながらもお互いにいつになったら分かれ道が来るのだろうと考えていた。


 そして、ついにやっと二人の足が止まった。


「……」


「……」


 俺が足を止めた場所は自宅アパートの二〇一号室の前。袖浦が足を止めたのは二〇二号の前だった。


 お互いに苦笑いをしながらドアに鍵を入れた。いやー、参った参った。凄い偶然だー。


 ……どんな偶然だよ。

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