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刑事ドラマかよ

12月10日(日) 正親は、一日中集中できなかった。

ああなんじゃないか、こうなんじゃないか、そんなことはないだろう、いやありえるかと、ついつい考えては、このままでは誰ぞの思うつぼなのではないか、いや誰のどんなツボだよ、ああなんじゃないか、こうなんじゃないか……のループ。


断ち切ろうにも断ち切れないその想いを未練と人は呼ぶのであるが、偏差値は高くとも経験値の低い正親にはわからないこと。

イライラと焦燥感に耐えきれず、正親はとうとうあかりを呼び出した。


で、12月11日(月) 翌日から始まる期末試験を前に、半日日課の午後1時過ぎ、既に粗方の生徒は帰宅し、校舎裏には風に舞う枯れ葉の音と無意味なチャイムだけが聞こえていた。

正親とあかりは睨み合っていた。その距離、3メートル弱。


「なに?19日ならムリだから」

あかりが口火を切った。

「それはいい。わかっている」

「じゃあ、なに?」

「試験前の僕に近づき、試験後の予定を聞いた途端に避け始めた。その目的を聞きたい」

「近づくとか、マジ、自過剰」

正親は、一度大きく息を吸って、吐いて、また吸ってから言った。


「君の自宅最寄り駅、月の坂下と学校最寄り駅の石蔵寺駅は、ともに快速停車駅。朝の通勤快速を利用すればたったの2駅。ところが、僕の利用しているメトロからの直通電車が石蔵寺以前に停車する東光ライナーの駅は関口と南椎名だけ。いずれも快速通過駅。しかも、先に発車した各駅停車が通勤快速の通過待ちをするのはこの関口駅。つまり東光ライナーの通勤快速から乗り換えることができる最初の駅は石蔵寺駅。月曜日、君は僕より早く駅に着いていた。あの日君は、僕が乗ってくる電車を特定した」


あかりの目は、遠く宙を舞う妖精さんを探してさまよう、敢えて。

正親は、息を吸って、吐いて、また吸った。


「そして火曜日から君は、僕と同じ電車に乗っていた。つまり、通勤快速を利用する最短ルートよりも10分近く早く発車する各駅停車に乗って、関口駅で通勤快速に抜かれ、更にその後に来るメトロ直通を待ったことになる。吹きさらしの高架駅のホームでね」


「ドラマの刑事か……」

あかりは吐き捨てる。

正親が、また息を吸う。


「なぜ、そこまでした?駅から校舎までのショートカットを知りつくし、常連の貫禄まで見せる、遅刻の女王とも言える君が」


「遅刻の女王……」


「あの速度であの持久力、日々の鍛錬なしにあれが素のポテンシャルなら、今すぐ陸部の顧問に言って高校陸連に選手登録したほうがいい。勉強などしなくとも駅伝枠で合格できる」


「意味わかんない」

あかりが言うまでもなく、正親自身、もう何を言っているやら……。だがもう、止まらない。


「ドーナツを食べに行く相手など、君なら引く手数多だろう。たとえ誘っておいて君は食べなかったとしても、そんなことは気にもすまい。高校生活たった一度のフォークダンスでペアにならなかった数少ない男子、覚えてすらいないその相手を、不自然に誘う必要などなかったはずだ」


(ペアになっていなかったか……)

あかりは、小さく舌打ちをする。


「何が目的だったんだ?誰かに頼まれたのか?」

「は?」

「沖田か?」

「はあ?」

「試験前の僕を撹乱するよう、沖田に頼まれたのか?」

「はあああ?試験前に撹乱って何それ?あんた、何言ってんの?ばかじゃないの?え、ばかなの?」

「先週、君が中庭で沖田と話しているのを見た」


「化学のノートを借りてただけですが?」


(へ?)


正親が固まったのを潮に、あかりのターンが始まる。


「相談したら速攻で貸してくれましたよ。私みたいな雑魚にまで出し惜しみする誰かと違って、もう、にっこにこで。基礎がーとか君には解けないとか?解けなければ意味がないとか?スカシちゃって、何様よ」


あかりの剣幕に圧されて、正親が一歩退く。


「補習が19日なのっ!私の誕生日っ!推しバンドがバースデーライブやってくれるのっ!ここまでくるのに1年以上かかったのっ!行けないとかあり得ないのっ!わかる?わかんないよね!あんたみたいな偏差値オタクには、ぜーったい、わかんねえしっ!!」


(そんなこと?本当に?たったそれだけのためにあれほど回りくどい方法を?)


正親には理解不能である。

しかしあかりにとっては、男子一人を懐柔するくらい、5レベ以下のタスクに過ぎない。意味のわからない言葉をいちいちググりながらテキスト数十ページを読んで理解して覚えて応用して問題を解くほうが、間違いなく果てしない。サハラ砂漠の如く。


「んなことかよとか思ってんでしょ?どーせ、そんなことですよ。くだらなくてすいませんっしたー。帰りますねー」


「あ、ちょっと待って」


立ち去ろうとするあかりを、正親は咄嗟に引き留めた。

そして、几帳面に付箋をつけた参考書を鞄から取り出した。

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