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悴んだ手

平成もあと1年と決まった今でも、私立の進学校においては、昭和の日課土曜半ドンが生きている。

というわけで、12月9日(土)午前7時42分 石蔵寺駅、正親は同校生徒たちに混じってホームを歩いていた。隣にあかりの姿はない。


(化学の件か?昨日は、明らかに機嫌を損ねていた)


正親の歩速が、遅くなったり速くなったり、安定しない。


(いや、まさか。多少ムッときたかもしれないが)


勉強を教えてほしいとかノートを貸してほしいとか、そんなことは普通に頼まれれば別に断りはしない。多大な時間と労力を費やして、こんなに回りくどい方法を選ぶ必要はない。彼女になら協力を惜しまない男は35億。僕である必要もない。だいいち、補習を受ければ済むことなのだ。そう思っていたからこそ、ここまで放置してきたのだろう。


(土曜ダイヤだからか)


正親の歩みが遅くなる。


(もしや、単に寝過ごしたのでは)


正親は、立ち止まった。


昨日の朝、正親の手を引いて走っていたあかりが、時折、振り向いて見せた笑顔が思い出された。手袋をした正親の手を握るあかりの白い手も。



石蔵寺駅改札口。立っている正親の手に、手袋はなかった。


改札を抜けて行く学生が徐々に減り、その歩調も諦めてゆったりしたものに変わっていく。



到着した電車から降りてくる学生が、ひとりもいなくなったとき、正親は歩き始めた。


(始めから寝坊したと思えば)


そう考えながら、慣れた通学路をゆっくり歩いた。




既に授業の始まっている教室の扉をがらりと開け、教師にペコリと頭を下げて、正親は席についた。

沖田がじっと見ていた。

正親は、すぐに教科書とノートを開いたが、かじかんだ手に筆記具はなかなか馴染まなかった。


およそ5分に一度、どうしても考えてしまう。


(体調不良で欠席しているのでは?)


そう思ったとき、初めて自分がバカだと気がついた。




次の休み時間、正親はあかりのクラスA組の教室に向かった。書店のビニール袋に入れた参考書をその手に抱えて。


偏差値60オーバーの者に制限はない。ビニールテープも立看板も、ない。

ただ、見えない壁がある。これがけっこう高い。A組は遠かった。奥へ奥へと廊下を進むにつれて、漂う空気が変わっていく。

そこはもうお花畑だ。蝶々にミツバチ、足長蜂もブンブン飛んでいる。

ここで「向井あかりさんはいますか」と尋ねることは、正親にとって、あまりにハードルが高い。ざっと一見して見つからなかったので、早々に引きあげた。


帰り道、ふと見た窓の外、中庭にあかりがいた。正親と同じ特進R組、沖田誠太郎と話していた。沖田からなにやら包みを受け取ったあかりが手を振り振り立ち去ると、沖田はガッツポーズをしていた。


正親は拳を握りしめた。

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