プロローグ
「ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「ご飯まだできないの?」
「もうちょっとだよ」
嘘だ。ご飯の準備なんかできるはずがない。食料もなければ、お金もないのだから。
「お兄ちゃん」
「何?」
「どうしてお姉ちゃんは帰ってこないの?」
「ちょっと遅れているだけ。リミもすぐに帰ってくるから待ってて」
これは本当だと思う。あいつが時間にルーズなのは今に始まったことじゃない。向こうの世界にいた時からそうだったじゃないか。三人で遊ぼうと待ち合わせをしても、あいつだけがいつも遅刻してくるから、計画通りに予定が進んだことなんか全然ない。
「お兄ちゃん」
「今度はどうした?」
「暇。あそぼ」
「もう少しだけ待ってくれ。あと少しだから」
そう言いながら金具を持つ手を動かす。
作業はとても簡単で、蓋が開いている箱を金具で蓋を閉めるだけ。それを何十個も何百個もただただ作るだけ。
千個作れば二十リープ。俺らの世界の通貨で考えると百円だ。
割に合わないって?そうかもしれないけど俺らみたいな存在はこの世界のどこへ行っても、嫌われている。だからまともな仕事を与えてくれない。
かと言って盗みを働くわけにもいかないから、色んな人に頭を下げて、ようやくあたえてもらったのがこの仕事というわけだ。
だから辞めるわけにはいかない。一万個作れば千円、十万個作れば一万円、百万個作れば十万円にもなる。いくら俺達が違うところが来た人でも働いたら、それ相応の対価はもらえる。相応かどうかは置いとくとして。
「あ、お姉ちゃんだ」
俺の視界からも確認できた。
こちらに向かってくる銀髪の少女、いや美少女と言ってもいいんじゃないか。まあ一応身内なので大げさなので控えておく。
「ただいまー。ごめんねー遅くなって」
「いや。ある意味予想通りだから」
俺がそう答えるとリミはむっとした表情になった。
「なんかその態度は姉としてとても気に食わないんだけど」
「年齢差はほとんどないから姉じゃない」
「少なくとも私の方が二日早く生まれてるんだからこの中で一番年上なの!」
「はいはい」
よし。これで今日の仕事終わり。
全部で・・・・・・千二十個か。
「リミ。有紗がお腹空いたって」
「ならご飯作ってあげなさいよ。奈緒の方が私よりも料理できるでしょう?」
「食材が無いんだよ」
「昨日買ったのに?」
「あれは買ったとは言わない」
買ったというより店の前でぼーっと眺めていたら、中から店員が出てきて、
「それ持って早く消えてくれ。お前達がいると客がこねえんだ」
と、痛んだ食材をくれた。
ただわずかな量だったので昨日の夕飯で使い切った、いや全然足りなかった。
「困ったなぁ。そろそろこの家も追い出されそうだし」
「自然の物なのに?」
「洞窟にすむことも許されないんだって」
はあとリミはため息を吐いた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ご飯まだ?」
そんな空気を察することなく、こないだ十一歳になったばかりの妹はそう問いかける。
―可愛い妹なのにこいつのせいで俺達はこんな目に合ってるんだ。
思ってはいけない。けど思わずにはいられない。
本当なら今頃は高校に通っていて、部活を頑張っていたかもしれないし勉強を頑張っていたかもしれない。友達だって多くはないけどいたかもしれないし、もしかすると彼女だってできたかもしれない。
でももう俺達はあの世界に戻れない。だってあの世界に入ることは人類は許してくれないのだから。
・・・・・・妹がいる限りは。