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希少種

晩餐会後の和やかなおしゃべりの集まりは

お休みの挨拶と共に散会し、

私室に戻った王妃が熱心に言い募るのは

王子レイモンドとアレクシア姫の事で。


「お気づきになられたでしょう?

 レイモンドはあの方が好きなのです」


「そう決め付けるものではない。

 出会って間もないではないか」


「あら、何をおっしゃいます。かつて陛下と私が……」


「ん、まぁ、恋に落ちるのは確かに時間ではないが、

 双方の想いが噛み合ってこそであろう?」


「だからこそなのです。

 できるだけレイモンドとアレクシア姫を同行させて

 可能な限り機会を増やしてやりたいと!」


わが子への思いがひたすらに前面に押し出されていて、

気持ちが昂ぶり反応が一つ一つ過敏だ。

今は何を言っても聞く耳を持たないだろう。

……仕方が無い、しばらく様子を見るか。


王妃は乙女の頃から変わらず

裏表のない真っ直ぐで一途な性格で、

そういうところに王は安らぎを覚えていた。


人から読み取れる全てのデータを数値化して

データベース化していく王のPCFの前において、

妻として母として王妃として、

見えるままそのとおりの人であったのだ。

だからこそ、王にとってかけがえのない人なのだが。



アシュリーとアレクシア姫は間違いなく想い合っている。

アシュリーの声を聞いた時の

姫の反応が振り切れレベルだったし、

以後良く自制していたが、お休みの挨拶の後で

廊下から更に強烈な反応が壁を越えて届いていた。


アシュリーが何か動いたのでなければ

あの反応は有り得ないので、

恐らくあの後どこかで、十中八九庭だろうが、

二人で逢ったに違いない。


いろいろと話してしまえば

一気にすっきりするのであろうが、と、王は思う。

王妃を信用しないわけではない。

いや、むしろとても信用している。


が、知る者が増えればそれだけ漏れる可能性が増す。

それは直にアシュリーの危険に結びつくのだ。


アシュリーの陰の仕事は

最高国家機密と言ってもよいものであって、

長く自分とアシュリーだけの秘密だった。


最近になって次期王としてより強く自覚を促すため

レイモンドにも明かしたところだったが、

時にそれがアシュリーの命を握ることにも通じるのだと

レイモンドが確かに自覚できるまで、

対面でじっくり考えさせた。


知る者は増やせない。いや、増やさない。

だから王妃には伏せたままだし

これからも明かすつもりはない。



心配なのは、王妃の出方によっては

アシュリーが身を引いてしまう可能性が

無いとは言い切れないことである。

レイモンド妃となれば時期王妃だ。

自分とよりは、と考えてしまうことも有り得る。


希少種として生まれついた上に赤子の時に母を失った。

一生陰に身を置いて

独り身を貫くつもりでいたことも知っている。

アシュリーには幸せになって欲しいのだ。


……手遅れにならないうちに何とか手を打たねばならぬ。




翌日の朝食時、アシュリーが午後から

ヒューイット教授の研究所に出かけると話し、

リコシェはそれに同行したいと申し出た。

リコシェとはアレクシア姫の愛称である。


実は、昨夜のうちに二人でヒューイット教授の研究所を

訪問しようと決めていた。

出会った経緯はアシュリーの表の顔しか知らない人には

明らかに出来ないので、

二人で行動を重ねて自然に親しくなっていったと

周囲を納得させるものが必要だと考えたのだった。


「アレクシア姫は希少種にご興味がお有りでしたね。

 ヒューイット教授は希少種の研究では第一人者、

 きっとたくさん興味深いお話を

 聞かせていただけるでしょう」


行き先がヒューイット教授の研究所では

レイモンドには気詰まりかもしれない。

レイモンドが得意な方面で何か……。

あとでじっくり考えようと決め、

王妃は晴れやかに微笑んだ。


「はい。あの希少種図鑑の原画もお持ちだとか。

 幼い頃から大好きな本でしたので、

 お話を伺うのも絵を見せていただくのも、

 とても楽しみにしております」


元々リコシェの訪問の一つの目的でもあったので、

とても楽しみというのはそのままだ。

アシュリーと同行するという嬉しさも加わって

リコシェとしては楽しみは3倍増し気分であった。


「おお、それはそれは。

 ……アシュリー、アレクシア姫を頼んだぞ」


グランヴィル王のPCFは、

表面的にはあまり表に出さないようにと押さえられている

二人の感情面の変化をはっきり捉えており

関係が大きく動いたのが判ったので、

王は満面の笑みでそう声をかけた。

……この分なら王妃のプレッシャーも効果薄かもしれぬ。


「はい……」


兄王の内心の声が聞こえる気がして、

アシュリーは照れ臭さを

仏頂面で押し隠すので精一杯だった。



午後、自動運転の例の乗り物で二人揃って出かけた。

王城を出るとまもなく、

探査方面に大きく成長しているアシュリーのPCFは

街路一帯にイレギュラーな反応がある事を報せてきた。


普段は静かに通過するだけだった街が何か騒がしいようだ。

外の景色を楽しむというような用途は不要な乗り物なので

窓は普段から不透過状態になっていた。

外の状況を調べるとかなりの音量のようなので、

音を絞って車内に流すと……


「護衛の人ぉぉぉぉ! よくやったぁぁぁぁ……」


「これからも頑張ってぇぇぇぇ……」


「アシュリーさまぁぁぁぁ!」


街の人々が歓声を上げている。


「まぁ! これは何?

 何かのパレードの企画でもあったかしら」


「……これは察するに、

 君が来る前にちょっと小さな事件があってね、

 それの影響だと思うのだが」


「何があったの?」


「実は、私の誘拐を企んだ者があってね」


「まさか、アシュリー……」


「そんな顔をしないで。

 大した事はなかったんだ。

 すっかり話して聞かせるから。

 ……それにしても、

 こんなに無事を喜んで貰える私は幸せものだな。

 

 ふむ。

 ……架空の護衛の手柄も褒め称えられているようだが、

 引き篭もって研究にのめり込む

 学者の私の反応としては、こんなところかな」


そう言ってアシュリーは肘から先だけ見えるように、

内部を暗めにしてぼんやりフィルターをかけた上で

手の分だけ窓を透過させるように指示し、

沿道の人々に手を振った。


どよめきが広がり、やがて大歓声となって街を包む。


「あああっ! ほら、手がっ!」


「アシュリー様が手を振ってくださってる!!」


「ホントだっ! アシュリー様ぁぁぁぁ!」


「きゃあああああ……」



リコシェが隣で手を振り始めたので、

アシュリーは尋ねた。


「君がそこで手を振っても見えないし、

 見えても困るんだが?」


「私の事は気にしないで。

 私がこうしたいだけだから」


リコシェは微笑むとそう答えた。



アシュリーは街の人々に手を振りながら、自分は普段から

城内で研究生活に没頭していることになっていて

滅多に姿を見せない事、

マリレの隠れ家にいても城内に居る事になっている事、

城への出入りは

ヒューイット教授の研究所を介して行われる事、

それを知るのは国王と

最近になって知らされたレイモンドのみである事を話した。


「それって、国家機密レベルじゃ……」


「……まぁ、そうだね。

 だが、私たちは出会ってしまった。

 秘密を守るなら何もしないで黙って目をつぶって

 忘れてしまえばよかったのだが。

 ……その選択肢は、私にはなかったな」


軽く握った形で膝の上に置かれていた

アシュリーのもう一方の手を、リコシェはぎゅっと握った。

二重生活が何を意味するか判らないリコシェではない。


全てをかけて守ろうとしてくれたのか、この人は……。



「……アシュリー、私に何が出来るかしら」


アシュリーはリコシェを見た。

ひたむきな思い詰めた水色の瞳がそこにある。


「何もしなくていいさ。君は、君でいるだけでいい」


アシュリーは掌を上に向けて

リコシェと手をつなぎ直した。

ぎゅっと力を込めるとしっかり握り返してくる。

……ああ、こういうのは嬉しいものだな……。



リコシェに一つ微笑んで話の続きをした。


誘拐未遂事件が起こったのは、ヒューイット教授が

モンフォールに出かけていて留守だったため

研究所が使えなかったからで、

窮余の策でドッド砂漠の遺跡を中継点としたのだったが、

あえて選んだ人目の無い場所が逆に犯罪者には狙い目

ということになってしまった事、

PCFで先に潜んでいる誘拐犯を察知できたため、

先手を打って捕まえてしまったので

被害は無かった事まで話した。


「それでは、全部一人で計画して実行し

 起きたトラブルを処理して解決した結果がこれなのね」


「まぁ、そういうことだ。

 なんだか微妙に険を感じるが……」


顔をしかめながらそう答えたアシュリーに、

リコシェは小さく笑って首を振った。


歓声はまだ止むことなく続いている。


「国民があなたを大切に思ってくれている事がわかって、

 とても嬉しいわ。でももうちょっと……」


「……誘拐を企てられるのはあまり嬉しくないだろう?

 以後二度と起きないように、ちょっと話を盛って

 噂を流したんだが、いくらか盛り過ぎたかも、だな。

 ……それにしても、こんなに無事を喜ばれるとは

 想定外だった」


「グランヴィルはとても良い国ね」


リコシェはアシュリーに真顔でそう言うと

にっこり微笑んだ。


「ああ。

 だからこそ、私は全力で兄を支えねばと思っている。

 これまでもそうだったが、これからも、だ」


「私も手つだ……」


と言いかけて、リコシェは慌てて言葉を飲み込んだ。

私にはまだこれを言う資格がないんだった。

ちらっとアシュリーの横顔を見る。

……やっとちゃんと出会えたところじゃない。

まだまだ、これからよ。


ヒューイット教授の研究所の門をくぐるまで

二人はずっと歓声に応えて手を振り続けていた。



乗り物が研究所の門を通過すると自動的に門が閉まった。

乗り物は建物の横手から回りこんで

研究所裏の駐車場スペースで停まる。


すぐ横に研究所の通用口があるが、

ヒューイット教授の私邸へ通じている

連絡通路と駐車スペース手前の倉庫の陰になって

どの方向からも死角だ。


「チェック」


アシュリーのPCFは、いつもどおり

半径100メートル内で静止している人物を抽出し

狙撃用武器や通常使用域外の電波を発するものなどを

携帯していないか、現在地周辺に人がいるか

近接武器を持っている者がいないか

危険物が置かれていないか等、細かくチェックした。


『オールクリア』


「よし、では行こうか」


「はい!」



タイミングよく研究所通用口が開いた。

ヒューイット教授だ。

門が閉まった時点で来訪は伝わっていたので

通用口で待っていたのだった。


「ようこそいらっしゃいました。

 このようなむさ苦しい所からお入りいただくのは

 心苦しいのですが、殿下のお出ましにかかる

 一連の動きを普段と変えるわけに参りませんので」


「事情はアシュリー様から伺っておりますので、

 どうぞお気になさらず」


ヒューイット教授がちらりと王弟殿下を見ると、

アシュリーは教授に軽く頷いて微笑んだ。


「おお! そうでしたか!!!」


ヒューイット教授はモンフォールから抱えていた

心配の種が無くなって心の底から安堵した。


「……ささ、どうぞお入りください。こちらへ」


教授に伴われて研究所内の廊下を歩く。

天井の高い古い建築様式の建物で、磨き上げられた

石造りの廊下に資料室の分厚い扉がずらっと連なり、

その中の一室から中に入りきらない

大きな包みが廊下にはみ出していた。


「お疲れで無ければ、

 先に希少種図鑑の原画をお見せしたいと思うのですが

 いかがでしょう」


「まぁ! ぜひお願いします」


「先生。

 今日はまたローブを一枚持参したので、

 いつものところに置かせてください」


「ああ、かまいませんよ。

 アレクシア姫を2階の原画の部屋へ

 ご案内していますから今のうちに」


「では、急いで置いてきます」


アシュリーはリコシェにすぐ行くからと声をかけると

足早に一番奥の資料室へ向かった。




ヒューイット教授に伴われて廊下を辿り、階段を登る。

着いた原画の部屋には窓が無く、

扉を開けると真っ暗だった。


紫外線吸収皮膜のついた灯りを点ける。

明るくなった室内中央には縦長の机が置いてあり、

右手の壁側にとても浅い引き出しが

腰の高さから上に50段ほどずつが4列、

ずらっと壁一面に並んでいた。


ヒューイット教授がその浅い引き出しを一段引き出すと、

そのまま抜いて中央の机にそっと置いた。

見れば引き出しは透明なフタで密閉されており

中には希少種図鑑の最初のページに載っていた

ユニコーンの絵が色彩も鮮やかに保管されていた。


「希少種図鑑の絵は、実際に希少種の方たちに

 モデルになってもらって描かれたものなのです。

 だから特に大切に保管しなければと考えました。


 絵を劣化させるのは紫外線と酸素と水分と

 温度によるところが大きいのが判っていたので、

 最初からこの密閉容器の引き出しを用意したのです。

 展示する時はこの容器のまま、

 紫外線対策だけ行えば良いようにと考えておりました」


「私が子供の頃に見ていた希少種図鑑の絵と

 全く変わりませんね。


 ずっしり重い希少種図鑑を抱えてワクワクしながら

 ハードカバーの表紙を開き、

 見返しの深い緑色の向こう側をそっと覗くと

 扉中央に希少種図鑑と飾り文字で書かれていて

 何か不思議な魔法の世界に入っていくような

 気分になったものです。


 そして扉をめくると最初がこのユニコーンでした。

 女の子にとても優しいと知って、

 いつかお友達になってみたいと」


リコシェが話している途中で小さなノックが聞こえ、

静かにドアを開けてアシュリーが入ってきた。


「……失礼、入りますよ」



ヒューイット教授が次々と原画を出して見せてくれるので、

リコシェは幼い頃の懐かしい友達に会った気分で

たくさん話をした。


「……ンクルと、このマーメイドの6人で

 架空の仲良しグループを作って

 物語の中で遊んでいたのです。


 みんなでいろんな冒険をしていて、

 危ない事が起きた時に

 決まって助けに来てくれるのがドラゴンで。


 あれからずっと、今でもドラゴンは

 私のヒーローで、憧れです」


リコシェはそう言って何気なくアシュリーを見て、

そこにドラゴンその人がいたことに改めて気付いて

いきなり赤面した。リコシェにつられて

アシュリーのほうも頬に朱を走らせる。


「そのご様子だとアレクシア姫はご存知なのかな?」


頬を少し染めたまま、

何気ない調子でアシュリーが答えた。


「はい。初めて出会った時、

 私はドラゴンの姿だったのですよ」


「おお! そうでしたか……。

 モンフォールで姫にお尋ねした時、

 紅い瞳のドラゴンに会いたいと

 おっしゃっていらしたので、

 どこかでお二人がお会いになられたのは

 分かっていたのですが」


そう言うとヒューイット教授はまた一段

引き出しを抜いて机に置いた。

ドラゴンの絵だ。


「……このとおり、

 希少種図鑑のドラゴンの瞳は紅くないのです」


「え? ……あっ!

 そ、それでは皆様ご存知だったのでしょうか」


リコシェがうろたえると


「いえいえ、この事はどなたにも話しておりませんよ。

 ここでこうやってお二人とお話しできている、

 それもこんなに早くとは。

 ……本当に、私は要らぬ心配をしていたようです」


ヒューイット教授は頷きながら微笑んで、

並ぶ二人を交互に見た。


「さて、では場所を変えてお茶を一杯差し上げましょう」


絵の引き出しを元通りにしまうのを手伝い、

原画の部屋は再び暗闇に閉ざされた。



階段を降りて資料室とは反対のほうへ曲がった所にある

研究所の応接間を兼ねた所長室で午後の茶話会になった。


香りの良い紅茶とキュウリのサンドイッチに、

イチゴジャムと甘いクリームを添えたスコーン、

一口サイズのフルーツタルトなど

心づくしの軽い食べ物が用意されていた。

ヒューイット教授の手作りと聞いて

リコシェはとても感激した。


「いやあ、亡き妻にしっかり仕込まれてしまいましたので、

 時折り腕が錆びつかないように作っているのですよ。

 おかげでいつまでも妻の味が楽しめます」


ヒューイット教授は、アシュリーとリコシェが

美味しそうに頬張っている様子に目を細めていた。



「これほど喜んで召し上がっていただけるとは、

 いつかまた妻に会った時の自慢の種ができました。

 ……さて、

 ではそろそろ希少種の話をはじめましょうか」



リコシェは姿勢を正して教授のほうに気持ちを向けた。


「まず最初にお話しておかねばならないのは、

 希少種は伝説の生き物ではなく

 普通の人であるということです。

 能力的に一部特に優れている点があることもありますが、

 おおよそ伝説に歌われるような素晴らしい能力も

 震え上がるような力も持ってはいない。

 ここが大いに誤解されているのが現状です」


「まぁ、そうなんですね……」


リコシェがアシュリーを振り返ると、

アシュリーはおもむろに頷いた。


「私の場合、多少人より頑丈で

 回復がちょっと早いくらいだな」


「それって、とても素晴らしい能力だと思うわ」


希少種はいくらか優れている能力を持っていることもある。

そのことが希少種を普通の人以上の存在と

見せてしまうきっかけになり、

伝説の能力も隠しているにちがいないという憶測を呼ぶ。

そして、かつていくつもの悲劇が起こっていた。


ヒューイット教授が沈痛な表情で話し始めた。



「……以前ある国に

 変身型がカーバンクルの男の子が生まれました。

 周囲の人たちに可愛がられ健やかに育ったのですが、

 ある時他所からやってきた何者かに誘拐されました。


 家族や周りの人たちは必死に探し回り、

 なんとか居場所をつきとめたのでしたが時既に遅く、

 無残にも額の紅い宝石を抉り取られていて……。


 まもなく犯人は捕まったのですが、

 ふてぶてしい事に逃げもせず普通に暮らしていました。

 取調べを受けて語ったのは、

 カーバンクルの宝石は幸運のアミュレットだから

 自分は幸運に守られて

 絶対捕まるはずがないと思っていた、と」


「……!」


リコシェは口元を押さえて絶句した。


「……また遠い国のかなり前の出来事ですが、

 かつて変身型がドラゴンの子供が

 連れ去られた事がありました。


 この子はなんとか間に合って

 生命あるうちに救出されたのですが、

 鱗と爪を剥がし取られていました。

 牙も狙われたのですがまだ小さかったために

 見逃されたということでした。


 ……変身型が妖精の女性も誘拐されました。

 この人は妖精の姿で透明のビンに閉じ込められて

 密閉され、そのまま金庫に仕舞い込まれたため、

 窒息して亡くなりました」



リコシェはショックを受けていた。

楽しい思い出ばかりの空想の友達だったのに、

聞かされた現実はあまりに悲惨なもので、

漠然と希少種に抱いていた

ほんわりした憧れのようなものは

すっかり消し飛ばされてしまった。



「……なぜ、そんな酷い事が起きるのですか?」


「カーバンクルの宝石についての伝説が

 判りやすいでしょう。

 捕まった犯人が言ったとおり、

 幸運のお守りを欲しがったからです。


 生きている人から奪ってでも欲しかった。

 奪われた人がどうなるかなど知ったことではない。

 自分の目的を遂げることが重要なのであって

 他人の命など自分には何の関係もないのだ、と。

 ドラゴンの鱗や爪も同じようにお守りとして

 有り難がる風潮が一部にあります」


ハッとしてアシュリーを見る。

……あなたも、狙われるの?

アシュリーは手を伸ばして

安心させるようにリコシェの手を握った。


ヒューイット教授によれば、

迷信やら俗説やらで様々な希少種の特定の部位を

幸運の、武運の、金運の、商運の等々の御守として

欲しがる人が少なからずいる、と、いうのだ。



「……お初祝いをご存知ですね?」


「はい。つい先日、姪のお初祝いをしたところです」


「お初祝いは生まれて初めて変身したことを祝うものと

 一般的に認知されているのですが、

 元々は、希少種ではなくて普通に生まれついた事を

 安心して喜ぶものだったのですよ」


「……そんな」



希少種自体は悪いものでもなんでもない。

本来、希少種に生まれつくことは

とても幸運なことなのである。

ただ、伝説を信じ込んで

単なる変身型の一種でしかない希少種の見た目に、

伝説上の生き物を重ねて

同一視してしまうことに問題があるのだ。


変身型と伝説の生き物は別物である、という事を

広く啓蒙しなければならないのと平行して、

現実問題として

今だに危険な風潮が残る世界に生まれてきた希少種を

守り育てなければならず、更に、

希少種が安全に生きる場をも生み出さねばならない。



生まれてすぐPCFを装着するため、

最初の変身が行われた時点で希少種だった場合は

希少種保護機関に自動的に連絡が行く。


希少種への初変身が

両親や近い身内だけの前だったならまだ良いが、

人目に触れる場所でなされた時は

かなりな困難がつきまとう。

噂はどこまでも付きまとって、

いつか牙をむいて襲ってくる可能性の元に

暮らしていかねばならなくなるからだ。


対処の一つとして

希少種だけの全寮制の寄宿学校が世界のどこかに

設置されているということだが、

まだまだ十分とはいえないだろう。



たくさんの話を聞き、

長時間にわたった訪問のお礼を述べた別れ際に

リコシェはヒューイット教授にこう言われた。


「理不尽極まりないのですが、

 誰もがごく普通に暮らしていける世界にしたいと、

 心有る人々が少しずつでも

 弛まず努力を続けていますから、

 いつかきっとそういう世界が実現すると

 信じております。


 アレクシア姫の大切な思い出のイメージを

 台無しにしてしまったのではと心苦しいのですが、

 殿下とこれからもご一緒にと思っておられるなら

 希少種型に生まれついた者に押し付けられる理不尽を

 胸に収めていただいた上で

 一つ覚悟を決めていただけたらと思うのです」


「……はい。

 よく考えて、しっかり考えて、

 ……半端な事はいたしません」



ヒューイット教授に見送られて出発する頃には

すっかり陽が落ちて暗くなっていた。

薄青い光で輝くマリレが

街の建物の向こうに登ってきたところだ。


乗り物の中はとても静かだった。

アシュリーは何も言わず、

リコシェの考えるに任せていた。


もうそろそろ王城が見えるという頃になって

ようやくリコシェが口を開いた。



「……ねぇ、アシュリー。

 もし、あなたがドラゴンで無かったら、

 と考えてみたけど全然イメージが浮かばないの。

 あなたはやっぱりドラゴンで、

 ドラゴンじゃないあなたなんて、

 そんなのあなたじゃないわ。


 ……私は、ドラゴンさん、あなたが好き。

 あなたが襲われるなら私が戦うわ。

 どんな事をしてもあなたを守ってみせるから。

 戦う方法は剣を使うばかりじゃないのよ!

 ……どうしたらいいか、まだ全然思いつかないけど」


アシュリーは朗らかに笑って、リコシェを抱き締めた。


「私が戦うよ。……そうだな。君は最後の切り札だから、

 ずっと後ろで力を溜めておいてもらわないとね。

 だけど、襲われるにはまず

 見つけられないといけないんだが、

 ちょっとやそっとじゃ見つかってやるつもりはないな」



アシュリーは腕の中のリコシェの艶やかな山吹色の頭に

そっとアゴをのせた。


「希少種の話は辛かったろう……」


「……辛くなかったと言えばウソになるけど、

 ちゃんと知っていないといけない事だったから

 話していただいてとても良かったと思うわ」


「君は強いな。

 ………………リコシェ」


「ん? ……なぁに?」


リコシェが顔をあげると、優しいキスが降りてきた。





翌日早朝、

リコシェはノーリッシュ山脈へ雪を見にでかけた。

同行するのはレイモンドと護衛官男女1名ずつ、

その他数名で非公式のプライベート旅行である。


リコシェは初めて買ったスノーウェアと

モコモコのセーターやほわほわの毛糸の帽子や

雪用の小物いろいろを、

底にブーツを収められるスペースのある

大きめの専用バッグにギュッと詰め込んで

持って来ていた。


これは荷解きしないでバッグのまま置いていたので、

いきなり出発することになるとは

全く思っていなかったのだが、

大慌てで荷造りするはめにならなくて本当に良かった。


高速の鉄道を乗り継いでノーリッシュ山脈へ向かう。

飛行機で近くまで飛ぶこともできたのだが、

リコシェはルベの大地をゆっくり体験してみたくて、

あえて鉄道での移動を選択したのだった。



レイモンドと隣り合って座りながら

リコシェは希少種のことを考えていた。

だいぶ経ってから

レイモンドがおずおずとリコシェに尋ねた。


「……あの、アレクシア姫はずっと

 何を考えていらっしゃるのですか?」


「あ、ごめんなさい。

 ちょっと昨日のヒューイット教授のお話を

 思い出していて……。

 何かおしゃべりしましょうか」


「いえ、お邪魔をしてすみません。どうぞ、続きを」


「今じゃなければならない事ではありませんから。

 ……あ、そうそう。プライベートな旅行ですし、

 私のことはアレクシアと呼んでくださいね」


「はい。では僕のことはレイモンドと」



それから好きな食べ物に始まって

好きなものづくしで盛り上がり、

あれがどうだこれはどうだと

他愛もない話を取り留めなく続けた。


人の嗜好を知ることは相手を理解するのに

ずいぶん手がかりになるものだ。

そうやって話しているうちに、

いつの間にか数年来の友人であるかのように

打ち解けて話が出来るようになっており、

話の中でレイモンドが1歳年下の

18歳だということも判った。


「では、私のほうが1つお姉さんなのね」


「……残念ながら、そのようです」


レイモンドが憮然としているので、

リコシェは不思議そうに尋ねた。


「あら、何か不満そうだけど?」


「同い年か、できたら僕のほうが

 年上だと良かったな、と。

 ……あ、いや、何も不都合がある訳ではないので

 気にしないで」


「私は男兄弟がいないから、

 ずいぶん前に弟を持つとどんな気分なのかと

 想像した事があったけど、ちっとも思い浮かばなくて

 がっかりしたことがあったわ。

 レイモンドのおかげで

 今度は想像できるようになるかしら」


レイモンドのほうは、兄弟と聞いて

内心少なからずがっかりしたのであったが、

とりあえず親しく話せるようになるのは

嬉しい事だったので気にしない事にした。



「それじゃ、続きね。

 好きな……んー、楽器! 好きな楽器は何でしょう?」


嗜みとして何か楽器を弾けるように稽古している事が

ごく普通という感覚のリコシェが尋ねた。


因みにリコシェは幼い頃からピアノを稽古していて、

数年前に音色が気に入って

どうしても音を出してみたくなって始めたのが

オーボエだった。


姉は管楽器は演奏するときに口紅を使えないから

やめておいたほうがいいのではないかと

心配してくれたのだったが、気にせず始めてしまった。


「僕はパイプオルガンかな」


「あら、意外!」


「え? そうかなぁ……。僕は、まず、あの形が好きだな。

 パイプがずらっと並んで造形が美しい。

 それから、音色が壮大で音が溢れかえる感覚も好きだな。

 ただ、鍵盤がいくつもあったり

 足でも演奏しないといけなかったり、

 練習はとても大変なのが難点かなぁ……。

 先生の域に達するには何年かかるやら」


レイモンドが小さな溜め息をついた。


「きちんと練習してるのね。……そうだ!

 一回聴かせてもらえたらとっても嬉しいんだけど、

 どうかしら」


「え?! いやいやいや、ダメダメ。ぜーったいダメ!

 まだそんな聴いて貰えるようなレベルじゃないよ。

 恥ずかしい……」


「じゃあ、レイモンドが満足して、

 これなら聴かせてもいいと思えたら、

 ぜひ私にも聴かせてね。

  約束よ?」


レイモンドは渋々承諾した。

これは大変な事になったぞ、と内心思ったのは

意地でも秘密だ。



そうこうするうちに、

ノーリッシュ山脈の麓の駅に着いた。

ここから登山鉄道に乗り換えである。


駅の背後には白い雪を被った高い山々が

覆い被さってきているのではないかと

錯覚するほどの迫力で右にも左にも

見渡す限り壁のように連なっていた。


「ああっ! レイモンド、見て。 山よ!

 こっちに倒れてこないわよね……。

 まるで天に聳え立つ壁みたい!

 ほらほら、雪よね? あれ。

 上の白くなってるとこ。 あああ……凄いわ」


「……ああ、えーっと、アレクシア。

 山は逃げないから、じっくり観賞しよう」


「ええ、そうね!

 ねぇ、レイモンド。

 なんで山ってあんなに、あんなに……。

 ああ、もうっ!

 なんてことなの、言葉が見つからないわ」


「大切な思いはすべて言葉にしなくても

 いいんじゃないかな。

 胸に秘めておくほうがより美しく育つこともある」


リコシェは驚いてレイモンドをまじまじと見た。


「……レイモンド、あなたって詩人だったのね」


「いや、あのっ、そ、そんなことは……」


レイモンドは真っ赤になって硬直した。

リコシェはレイモンドの言うとおり、

山への思いはしばらく胸に秘めておこうと思った。

そのうち、ちゃんと言い表せる言葉が

育ってくるかもしれない。

リコシェはレイモンドににっこり微笑んだ。





リコシェが雪を被った山々に感激していた頃、

王城のアシュリーは兄王に直談判していた。

一ヶ月の静養期間も後僅かとなっていたし体調は万全、

体力は逆に持て余し気味になっていた。


かつて、アデルモ島で見つけた鉱石は

ゴールズワージー鉱山のものだった。

証拠の鉱石は爆発事故で装備が燃えた時、

海中に落として無くしてしまったが、

簡易分析のデータが残っている。


アデルモ島は衛星で監視継続中になっているし、

後はどうしてもゴールズワージー鉱山の実態を

把握しなければならない。


それと、今一番気がかりなのは

リコシェがゴールズワージー鉱山のある

ノーリッシュ山脈へ行っている事だ。


リコシェは留学先のアドラータで、

アデルモ島付近のボート事故を調べようとして

二人組の男に追われたことがあった。


巻き込まれてしまっている、というか

自分から首を突っ込んだ形だが、

それも姿を消したドラゴンを捜したかったから

となれば、元はと言えば自分のせいだ。


そのおかげで再会できたとも言えるが、

心配の種は尽きない。



王妃がレイモンド可愛さに、

二人で朝一番に出発させてしまったので、

気付いた時には遅かった。


だから、一刻も早く追いつきたい。


……念のため言っておくが、

警戒しているのはレイモンドではない。

あくまでも、アデルモ島関連の危険な男達だ。



「アシュリー、お前の気持ちは良く判るが、

 今お前が城からいなくなったら、

 王妃や周りの者に何と言えばよいのだ」


「……アシュリーはアレクシア姫を追っていったと、

 そう言えば良いではありませんか。

 それがありのままです」


「なんと! それで良いのか? 本当に」


「……おそらく、アシュリーは

 共に教授の研究所に行っていた僅かな時間で

 アレクシア姫に恋をしたのでしょう」


「アシュリー、お前がこれまで装ってきた

 アシュリー像というものが大きく揺らぐが、

 本当にそれで良いのか?!」


「……アシュリーは女性とは無縁の

 引き篭もり研究生活をしていたので、

 僅かな時間であっても姫に恋するには

 十分な時間だったのではないかと思います。

 アシュリーもただの男だったと

 そのように思っていただければ」


アシュリーは口を真一文字に結んでいる。

自分のことを他人事のように言っても、

何としても意志を通そうという

とても強い決意を滲ませていた。



「……良いか? アシュリー。

 今だけのことではない、

 これからの事も考えねばならぬ。

 全て考え合わせて、

 万人を納得させる妙手を捻り出して参れ。

 そうでなければ、城を空ける事まかりならぬ!」


アシュリーの兄であるグランヴィル王もまた

揺るがぬ堅固な意志をその引き結んだ口元に表していた。

頑固と頑固のにらみ合いで

千日手に陥るのかと思われた次の瞬間、

アシュリーがあっさりと言葉を発した。


「……それならば、実に簡単です。

 一言、命じていただければ万事解決いたしましょう」


「む!」


王は唸った。

……これはもしや一本取られたか。

アシュリーめ、端からこれ狙いであったか。


王はしばらく額に縦ジワを刻んで考え込んでいたが、

やがておもむろに口を開いた。


「……では、アシュリーに命じる。

 私の使いでノーリッシュ山脈に出かけている

 アレクシア姫に会って参れ。

 届けるのは我がグランヴィル王家秘伝の薬、

 代々が雪山に出かける時にはいつも忘れずに携行した

 逸品である。

 これは余人に預けるわけには参らぬ。

 必ずや、お前の手から直接

 アレクシア姫にお渡しするのだ。よいな」


「かしこまりました」


アシュリーが臣下の礼をとって再び顔を上げた時、

兄王は苦笑しながらアシュリーにこう言った。


「……端からそう言えば良いものを、

 ハラハラさせるでない。

 薬は用意させておくから出かける前に必ず

 受け取っていくように。

 おそらくアレクシア姫には

 王家の妙薬は役に立つであろう。

 急いで戻る必要はないぞ。


 ……そうだ、ヒューイット教授に先日の礼も必要か。

 立ち寄ってから行くのがよかろう」


「はい。では、行って参ります」


「アシュリー、いつものことながら、

 くれぐれも気をつけるのだぞ。

 必ず無事に帰って報告するように」


「承りました」



王のPCFの前で表面を取り繕うのは不可能だ。

アシュリーが退出してから王は思い返して呟いた。


「本気、なのだな。

 一生無いかと思っていたが、

 ようやくお前にそう思わせる相手ができたのか。

 近いうちにモンフォールの女王陛下とお話せねばならぬ。

 ……そうだ、ホットラインを申し出てみるか!」




そして、暫くの後、ヒューイット教授の研究所に

王弟殿下の変わった乗り物が到着した頃、

遠くはなれたノーリッシュ山脈に登る登山電車が

リコシェ一行を乗せて発車していた。


実はリコシェのPCFが先刻から警告を発していた。

かつてプライベートアイランド専用ターミナルから

尾行され、間一髪アシュリーに救われるまで

追い回された男達のうちの一人が登山鉄道の駅に現れ、

更に同じ電車に乗り込んだのだ。


遠く離れた隣の星でのあまりに思いがけない遭遇に、

リコシェは飛び上がるほど驚いたが、

何とか自制し目を引くような反応はしなかったはずだ、

たぶん……。



「アレクシア、ここの登山電車はレールじゃなくて

 こうギザギザ構造になってて、

 そこに電車の歯車が噛み合って滑り落ちずに

 勾配のある坂を登れるようになってるんだよ。

 ……って、アレクシア、聞いてる?

 え、まさかもう高山病じゃないよね。

 ……大丈夫? アレクシア!」


「……あ、大丈夫。ちょっと頭痛が……」


「うわ!……まさか高山病?!

 とりあえず、薬、薬飲んで!」



小さな騒ぎになっていたが、

警戒対象はチラッと一瞥しただけで

興味も関心もなさそうであった。

ただ、見た目と内心が必ずしも同じだと限らないのは

裏の世界の住人ならば珍しいことではない。


山は晴れ渡った空だったが、

リコシェの行く手には不安の霧が立ち込め、

見通しが利かなくなっていた。





≪続く≫


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