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アシュリーとリコシェの新たな仕事とは?

コニーの飛ぶ練習を見守るレスターは

思わぬ事態に遭遇して……。


リコシェとはアレクシア姫の愛称です。

翌日、予定通りリコシェが帰城した。

帰路ずっと気が急いて仕方がなかったリコシェは

城内に入ってもまだ落ち着けずにいた。


今回、リコシェは初めての単独公務だった。

結婚以来、日を跨いでアシュリーから

離れた事は無かったのだ。


アシュリーから留守にする等と

聞いてはいなかったし裏の仕事はパッタリと

途絶えてもいるようだったので、

もしかするとこのまま、そういう危険な仕事は

無くなるのではないかと期待もしていた。


だから、アシュリーが城を空けている筈はないと

信じてはいたが、やはり自分の目でその姿を見、

自分の手でその身体に触れるまでは

心底安心することはできなかったのである。


結果、リコシェは

あくまでも優雅に見えると思われる範囲で

最大速度を保って歩いていた。

駆け出したいところだったのだが、

嫁ぎ先の城内を裾を翻して走るなど

母国の名誉に関わるような事態は

絶対に避けなければならない。


モンフォールの城だったなら、

走っているところよね、やっぱり。

……だけど、姉上ならともかく母さまの側近の

ブロワ伯あたりに見つかったら、お説教を

小一時間は覚悟しないといけないところだわ。

懐かしいけどやっぱり、ダメなものはダメね。


スピードに乗って流れて行く

大分馴染んだはずの廊下の様子に、

ふと違和感を感じて足を止めた。

振り返ってみれば、そこは間違いなく

アシュリーの書斎だ。

なぜか、その入り口に

見慣れない衝立が置かれていて。

剥き出しになっている少しばかり歪んだ扉の

蝶番(ちょうつがい)が目に留まった。


……え? ええっ?!

あ、あの重厚な扉はどこにいったの?


おずおずと室内に向かって声を掛ける。


「……あの、アシュリー?」


返事は無い。

これはいったい何が起きたのかしら!!




アシュリーとリコシェが起居する王城の一角、

普段居間として使っている部屋に

リコシェが駆け込んできた。

ソファにゆったり腰かけて

PCF画面を操作していたアシュリーは、

リコシェが自分を視認した瞬間

安堵を含んだ全開の笑みを浮かべたのを見た。


「お帰り」


ソファから立ち上がったアシュリーの

広げた腕の中にリコシェが飛び込んで

すっぽり納まる。


「ただいま」


長いキスの後、アシュリーは

リコシェを抱き締めたまま耳元で囁いた。


「君が帰ってきてくれて本当に嬉しい。

 数日の留守だったが、待つ側となって初めて

 解る感情があると知ったよ」


リコシェがアシュリーの背に腕を回す。


「アシュリー、こうしているとやっと

 自分の居るべき場所に帰って来たって思えるの。

 とても安心するわ。

 ……ただちょっと気になったのは、

 あなたの書斎の衝立ね。

 あれはいったい何があったの?!」


リコシェが書斎入り口の衝立について尋ねたので、

アシュリーはリコシェが、僅かな距離とはいえ

人目に触れる可能性のある廊下を走って

駆け込んできた理由が判った。

少なからず心配をかけたに違いない。


「一言で言うと、陛下がいらした。

 尋常ではない勢いがお有りだったが、

 それもみな私を心配するあまり、

 という事だったから

 何も心配する事はないんだよ」


「まぁ、陛下が……」


尋常じゃない勢いって……ああ、

陛下は確かシロサイ。


あらまぁ、何が起きたか何となく解ったわ。



「起きた事自体には心配は要らないと解ったけど、

 そもそも陛下が直々大急ぎで来られるほどの

 心配の種って……。


 聞いたからには訊ねないわけにはいかないわ。

 あなたもそのつもりで話したんでしょ?

 アシュリー」


「ああ。

 だけど、その前に着替えてくるといい。

 ゆっくり話そう」




諸々を済ませてすっきりしたリコシェは、

その後アシュリーからじっくり話を聞いた。


「……こうなるとやっぱり放っておけないだろう?

 だから、直接マリレに渡って

 ファルネーゼへ乗り込もうかと思ってね。

 リストに載っている公務を

 どう(さば)くか考え始めたところで

 いきなり扉が粉砕された」


「まぁ、流石ね。よく解っていらっしゃる。

 あなたが動き出すのを止めるのに

 一刻の猶予もないと考えられたに違いないわ。

 圧倒的なそのインパクトも含めて

 最善の一手よ!」


「君がいない事もご存じだったからね」


リコシェは目をパチパチさせた。

……とりあえず、いろいろ差し障りがあるから

想像したりしないわ、もちろん。


「兄弟だからこそのなさりようでしょ。

 ……ちょっと羨ましいわ。

 私には男兄弟はいないから、

 こういうダイナミックな触れ合いは

 考えられないし」


ここからしばらく兄弟談議に花を咲かせた後、

アシュリーが話を戻した。


「まぁ、兄弟とまではいかないが

 国同士の付き合いもかなり上手く行っているし、

 有難いことに現状後々の火種になりそうな

 懸念事項もない。それよりも」


アシュリーは硬い表情になった。


「今、目立って問題になってきているのは

 PCF未装着者の引き起こす犯罪行為なんだ。

 各国で独自に手を打って来てはいたのだが、

 とうとう動きが星を跨ぐレベルに広がった

 桁違いに大きな組織があると分かった。


 地道な捜査で狙いすまして網を掛けようとしても

 捕まるのは下っ端だけで、中枢はするりと

 逃げてしまう。

 内通者がいるのではないかと極秘裏に

 徹底的に内部捜査も行われたが、

 結局何も見つからなかった。

 現場ではなぜ逃げられてしまうのか、

 そのからくりが見えず頭を抱えてもいるようだ。

 そして」


アシュリーの表情が一層険しくなり、

眉間に深い縦ジワが刻まれた。


「下っ端の取り調べから判ったのは、

 希少種を狙うことを宝狩りや

 宝の山を当てると称して、

 祭に参加するような娯楽気分で

 楽しんでいるという事だ。

 ……人の命を何だと思っているっ!」


「娯楽だなんて、何て酷い……」


リコシェは固く握られたアシュリーの拳に

そっと手を重ねると、キュッと力を込めた。


「迷信の呪縛を解いて、欲しがる人を失くせば

 希少種が狙われることは無くなると

 思っていたけど、そうじゃないのね」


「いや、今の活動も必要だよ。

 買う人が減れば実入りも確実に減るだろう?

 そうすれば旨味が減って、

 損得で動いていた連中なら

 手を出さなくなるかもしれない」


リコシェの手の上に、アシュリーは

もう一方の手を重ねた。


「世界が手を結んで

 網を広げる時が来たんだと思う。

 構想が表に出る時には一気に

 立ち上げられるレベルにまで

 何もかも詰めておかねばならない。

 そして、その役割を担うのに

 最適な場所に私たちがいる」


リコシェは目を見張った。

アシュリーの紅い瞳を完璧に隠している

特殊機能を持つブルーメタリックフレームの

眼鏡越しに紅の輝きが見える気がした。

それは、アシュリーの隠しきれない

怒りの炎だったのかもしれなかった。


「……あの、紅い輝きが……あ、いえ。

 気のせいだわ、気にしないで。

 これからもっと忙しくなるわね」


「君には無理をさせることになるかもしれないが、

 できるだけ負担になり過ぎないように

 調整していこう。

 だが、時間を掛けるのはうまくない。

 一気に世界を動かすんだ」



とても大きな仕事に身が引き締まる思いがする。

上手く行けば、希少種に生まれついた人々が

普通に生活できる日が来るのも

それほど遠くない未来かも……。


果てしない地道な啓蒙活動の積み重ねでしか

達せられないと考えていた陰りの無い未来が、

リコシェには手を伸ばせば届くものになった

ように感じられた。


……大丈夫。できるわ、二人なら!






ムンムエア‐ジッグラト寄宿学校は

いつもと変わらない穏やかな朝を迎えていた。



寮の自室でレスターが目を覚ます。

ベッドの柔らかなぬくもりの中、横たわったまま、

うーん……と背中や手足を伸ばした。

すぐ傍に光量を押さえて

画面をとても小さくしたPCFが浮かんでいる。


今朝はどうかな?夢は見てなかったと思うけど。


レスターはPCF画面を広げた。

ああ、残念。今日も絵は残ってないかぁ……。


レスターはもう一度ひまわりさんの夢の絵が

PCFで描けないかと毎晩PCFを仕掛けて眠るのが

このところの日課になっていた。

PCFを閉じようとした時、

10分早くセットしてある目覚ましが鳴った。


「ああ、おはよ。

 今朝もありがと。もう起きてるよ」


機械のトーヴェに声を掛けながら

胴吹き枝を切り落とす作業をするようになって、

レスターはPCFにもついつい話しかけるように

なっていた。


勉強している時、調べ物をする時、

考え事をする時、歩いている時、

何をしているという事もない

ふとした隙間のタイミングで。


トーヴェなら動きがあるから

ちゃんと伝わっているのが解るんだけどなぁ、と

呟いたのは昨日の事だ。


もう一度、うーん……と手足を伸ばす。

……気持ちいいなぁ。

ゆっくりの瞬きがふと閉じたままになった。

すぅっと吸い込まれるように眠りかけた途端、

すぐ側で声が聞こえた。


『おはよ』


レスターはその声に驚いて飛び起きた。


「えっ!……だ、誰?!」


見回しても誰もいない。

PCFの淡い光が浮いているだけだ。


「……あれぇ、空耳かな?

 もうちょっとで二度寝するとこだったし。

 ……ん、まぁ、何でもいいや。

 すっごい助かったから、ありがとぉ!だね。

 あははっ」


レスターは手早く身支度を済ませると

自分の部屋を飛び出した。



レスターが食堂に駆け込むと声が掛かった。


「おや、この頃早いねぇ、レスター。

 おはよう」


「あ、フィッシャーさん。

 おはようございまーすっ!」


「今朝もしっかり食べて行くんだよ」


「はーいっ! ……わ、今日も美味しそう。

 いっただっきまーす!」


レスターがモリモリ食べ始めた時、

オリガとコニーが食堂にやって来た。


「あ、おはよっ!オリガ、コニー。

 こっち座れよ、いっしょに食べよう!」


レスターが声を掛けると、オリガは手を振って頷き

コニーはびっくりしたように目を丸くした。

フィッシャーさんの声が聞こえる。


「あっら、コニー良かったわねぇ。

 今日はレスターお兄ちゃんも一緒だね」


「うん」


ちらっとレスターを見たコニーは、

頑張ってこぼさないように自分で

朝食のトレイを運んできた。

口を引き結んでしっかり食器を見ながら

ソロソロと進む。

オリガがコニーの足元に注意を払い、

さりげなく障害物になりそうな椅子を

先に先に動かして声を掛け、

静かに誘導していた。


コニーが緊張しながら

トレイをテーブルに下ろすのを、

レスターは食べる手を止めて見守った。


「コニー、上手に運べたね!

 全然こぼしてないじゃん、すごいすごい」


目を輝かせたコニーはレスターの向かいに

オリガと隣り合って座った。

3人声を揃え、改めて「いただきます」をする。


レスターが美味しそうにどんどん食べるので、

朝はいつもあまり食の進まなかったコニーが

釣られてパクパク食べ始め

オリガをとても驚かせた。


食べながら話をしていて、レスターは

コニーが翼を持つ事を知った。

それで、初めて羽ばたいた時のワクワク感や

星明りの空をどこまでも高く昇った事や

宙返りの話をした。


「……ボクも……たい」


瞳を輝かせたコニーがそう呟いた。

聞き取れなかったオリガが

コニーに聞き返そうとした時、

レスターが間髪入れずに答えた。


「そっか。

 じゃあ、僕と一緒に練習してみる?」


「うん」



朝食後、食器を下げてから一緒に登校する。

コニーを真ん中に挟んで3人で歩いた。

コニーはもうちょっとでスキップしそうな

歩きぶりだ。


「レスター。あなた、凄いわね。

 コニーが来てからずっと

 一緒に過ごしてきたけど、

 最初はほとんど声すら出さなかったし、

 少し話してくれるようになってから

 言ってる事をちゃんと

 解ってあげられるようになるまで

 結構時間がかかったのに……」


オリガは敢えてその続きは口に出さなかった。

自分は何の役にも立っていなかったんじゃないかと

気分が沈み、自分を不甲斐なく思ったり

レスターを羨ましく思ったりしていた。


レスターはじっとオリガを見つめた。


「それは違うよ。

 オリガが頑張ってきたから

 今のコニーになったんだ。その証拠に」


レスターはコニーに声を掛けた。


「ねぇ、コニー。コニーはオリガの事、

 どう思ってる? ……嫌い?」


レスターを見上げたコニーは、すぐさま

ブンブンと首を横に振ってオリガを見上げた。


「オリガおねぇちゃん、大好き」


「コニー……」


オリガはその場にしゃがんで

コニーを抱きしめた。


「私も、あなたが大好きよ。コニー」



ニコニコしながらレスターが言う。


「僕たちは、ほら、男同士だからさ。

 ……ね? コニー」


「うんっ」


オリガにぎゅっと抱き付きながら、

コニーはレスターを見上げて顔をクシャっとした。





そして、授業がすっかり終わって

皆が寮に戻ってしまった頃、

学校の中庭の目立たない隅っこで

レスターとコニーは変身した。


とにかく手早くするのが大切なんだ

とレスターは言い、服を畳む練習を何度かしてから

変身したのだったが。


コニーが炎の鳥だったので、

レスターはとても驚いた。

脱いだ服をどうしたらいいんだろう。

リュックにいれて背負っていく事できないよね、

燃えちゃうし。


んー、服をどうするかは

後でじっくり考えよう。

きっと何か方法があるはず。



炎を纏う鳥の側にいると小さいのにとても暑い。

ふとレスターは心配になって人型に戻った。

そっと訊ねる。


「ねぇ、コニー。ちょっと聞いていいかな。

 えーっと、あのね? その姿でいると熱いとか

 どこか痛いとか苦しいとか、んー、

 何かその……辛いことは無いの?」


コニーが人型に戻って首を振る。


「ぜんぜん。……何ともない」


そう言うと、コニーはあっという間に

炎の鳥に戻ってしまった。

どちらかというと気持ちよさそうに見える。


「そっか。

 じゃあコニーはヤケドしたりはしないんだね。

 安心した。

 だけど、僕はこうやって横にいるとね、

 すごく暑くなってくるんだよね。

 ……だからたぶん、この姿のコニーに触ると

 僕はヤケドしそうだ。


 物でも同じだとしたら、木の葉とか

 燃える物には近寄らない方がいいと思う。

 火事を起こさないように気を付けようね」


小さな炎の鳥は首を縦に何度も振った。


「それじゃ、ちょっとマネっこしてみてね」


レスターはグリフォンに変身すると、

数度羽ばたいてフワッと舞い上がると、

そのままストンと降りた。

小さな炎の鳥が翼をバタつかせて

ピョンピョン跳ねるが、どうも

舞い上がるという感じには程遠い。

もしかすると、翼がまだ飛べるほどには

育っていないのかもしれない。


何度か同じ動きを繰り返して、

レスターは人型に戻った。


「コニー、今日はそろそろおしまいにしよう。

 服を着るよ」


コニーも人型に戻った。

見れば頬を上気させて息を弾ませている。


「はーい」



寮に向かってコニーと手を繋いで歩きながら、

飛ぶには思ったより時間がかかるかもしれないと

話した。

もうちょっと大きくなってから練習したほうが、と

言いかけた時コニーがこう言った。


「ぼく、明日もやりたい。おもしろかった」


「そっかぁ。

 じゃあ、焦らないようにちょっとずつやろう。

 ……あ、そうだ。

一つコニーに頼みがあるんだけど

 聞いてくれる?」


「うん、いいよー」


「コニーは変身するとさ、

 火のかたまりみたいになるよね。

 燃える物が側にあると

 火がついて燃えちゃうと思うんだ。

 だから、燃える物が近くにある所では

 変身しないでくれるかな。


 もし間違って火事になったら、

 寮や学校が燃えちゃうよね。

 そしたら、僕もオリガもランプリング先生も

 他のみんなも全員、部屋もベッドも

 みんな燃えて無くなっちゃう。


 もうちょっとしたら冬になって

 すっごく寒くなるけど、

 みんな外で暮らさないといけなくなったら

 鼻水が凍ってツララになって

 風邪引いちゃうよ。

 薬もみんな燃えちゃったら

 風邪が治らなくて死んじゃうかもしれない。

 そんなの、イヤだよね?」


目を丸くしたコニーが、強く頷いた。


「んじゃあ、いい?

 飛ぶ練習は僕と一緒にやる事。

 一人でやっちゃ絶対ダメだからね」


「うんっ! レスターといっしょがいい」


一人では絶対変身しないと約束させながら、

レスターは万一学校が襲われた時のことに

言及するかどうか迷っていた。

悪いやつに捕まりそうになった時、

生き延びるチャンスに繋がるなら

変身を躊躇ってはいけないのではないかと

思いついたのだった。

だけど、現状ほとんどあり得ないことを今言えば

無用にコニーを混乱させてしまうかもしれない。


迷った末、当面一緒に練習していきながら、

そのうち話そうと決めた。

家族みたいなもんだし、面倒みてやらないとね。



変身するとどうしても裸だし

私は寮で待ってるから、と、

オリガはコニーを任せていった。

オリガのやってきた事の代わりはできないし、

僕は僕で僕のできる事をやればいい。




そうして、学校が終わってから毎日少しずつ

コニーの飛ぶ練習をみるようになって

10日ほどが過ぎた。

相変わらずコニーは翼をバタつかせて

ピョンピョン跳ねていて、

飛ぶには程遠い感じだった。何となくだけど

跳ねる高さが上がっている気がした。


このところ連日ピョンピョン跳び続けていて、

ひょっとしたらコニーに脚力がちょっと付いた、

とかかも。


跳ぶのは悪くないよね。

身体に力がつくし背も伸びるかもしれない。

だけど、飛ぶ練習してるはずなのに、

ちょっとズレてる気がする。

んー、どうしたらいいのかな……。


「ねぇ、コニー。

 一回ジャンプしないで

 羽根だけバタバタしてみてくれる?」


人型になってそう声を掛けた。

すると、炎の鳥が頷いた。

羽ばたきかけてピョンと跳ぶ。

羽ばたきかけてピョン……と足がもつれた。

何だかジタバタして尻餅をついた。

とうとう炎の鳥は首を傾げて固まってしまった。

……あれ、動きがくっついちゃって

分かんなくなったかな?!


「足はジッとして動かさないで、

 それで手だけ動かしてみて」


炎の鳥は頷くと立ち上がってまずジッと立った。

それから、パッと翼を広げた。

そして、パタパタパタ……すると、ほんの少し

身体が浮いた気がした!


「わっ! レスター、見た?!

 ちょっと飛んだっ!」


人型に戻ったコニーが瞳を輝かせて大喜びだ。


「うん、しっかり見た!

 今の感じで頑張ってみよっか」


返事もそこそこにコニーは再び炎の鳥になった。

……えっと、最初はこんなだった。

ジッと立って翼を広げた。

で、よーいドンっ!

嬉しさと興奮でコニーはすごい勢いで羽ばたいた。


すると、思いがけない勢いで

コニーは空高く舞い上がってしまった!



コニーは驚愕した。


いきなり自分のいた世界が

変ってしまったように思えた。

周りに(すが)るべき何もない。

いつも必ず足の下にあった大地が

消え失せてしまったと思った。

大地は変わらずそこにあったのだが、

自分の足の遥か下に遠ざかってしまったと

冷静に思えるほどの胆力はなかった。


まだ4歳、無理もない。

空中でコニーは(すく)んで

身動きできなくなってしまっていた。


コニーの思いがけない飛翔に、

地上で歓声をあげていたレスターだったが

炎がまっすぐ落ち始めたことに気付いて、

咄嗟に身体が動いた。


「コニー!大丈夫、受け止めるからっ!」


コニーは地上に向かって一直線に落ちていた。


……あ、地面があった。良かった、と思った。

あそこへ行くんだ、と思った場所に

必死に駆け込んできたレスターを見た。

レスターはこっちを見て手を広げてる。


……あ、レスター、どいて。

ボク、そこに行くから危ないよ、燃えちゃうよ。

……あ、あ、レスター、どいて!

そこにいたら燃えちゃうっ!

レスター、燃えて死んじゃうよぉっ!


イヤだ!


熱いのはイヤだっ!!!




ぎゅっと眼をつぶった炎の鳥は、

ポフっと柔らかく受け止められた。


「コニー、大丈夫? どこも痛くない?」


レスターの心配そうな声にそっと目を開ける。

コニーは炎をあげたまま

レスターの両手の中に受け止められていた。


「コニー、不思議だね?

 全然熱くないよ!

 ほら、こんなに燃えてるのに……」



レスターがふと気付くと、ホッとした顔の

先生たちがたくさん周りにいて驚いた。


「レスター、よく咄嗟に受け止められましたね。

 無事なのは判っていますが一応

 保健室で検査を受けて貰いますね」


「はい、わかりました。コニー、服を着よう」


レスターがそっと地面に炎の鳥を下ろすと、

人型に戻ったコニーはレスターにギュッと

抱き付いた。

レスターはちょっとびっくりしてオタオタした。


「……コ、コニー? ……あ、ほら、

 ちゃんと着ないと」


コニーはそれから長い事

レスターから離れようとしなかったので、

誰かが着せ掛けてくれたバスタオルのまま

保健室に向かうことになった。


「服もカバンもみんな持っていくから、

 心配しないでそのまま行きなさい」


ヘルマン先生の声だと思った。


「はい、先生」


しがみついているコニーに声を掛けた。


「コニー、抱っこしようか? 今日は特別」


するとコニーは頷いて両手を伸ばしてきたので、

レスターはコニーを抱き上げた。

誰かが落ちかけたバスタオルを押さえて

掛けなおしてくれたので、

レスターはお礼を言った。

すると柔らかく肩を叩かれた。


コニーを抱えて歩きながら、レスターは

熱くない炎の柔らかなくすぐったさを

思い出していた。


それは不思議な感覚だった。


そして、思い至った。

コニーが自分を守ってくれたのだと。

小さなコニーがたぶん必死になって

炎の熱を熱くないレベルにまで

抑えてくれたに違いない。


「……コニー、もしかしたら

 僕を助けてくれたんだよね?

 ホントにありがと」


声を掛けたが返事はない。

コニーはレスターにしがみついたまま

すやすやと寝息を立てていた。





≪続く≫


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