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コニー

噴火する海底火山の島でドラゴンを見たという噂は

救出の為の前代未聞の一手だった。

救われたコニーだったが傷付いた心は癒えぬまま。

ラヴァニーノさんの示唆により、

コニーに目が向いたレスターはどうする?


リコシェはアレクシア姫の愛称です。

「……火山は相変わらず炎と煙吹いてるけどよぉ、

 あれから全然近寄れねぇし。

 こんなんじゃドラゴンが隠れてても

 見っけられる訳ねぇよなぁ」


岩のように硬いチーズを慎重にナイフで削り、

欠片を口に放り込みながら大柄な男がぼやいた。


くたびれた古いソファに身体を投げ出して

レモンを(かじ)っていた女は、

チラッと目線だけ投げると半ば笑いながら

妙に艶っぽい声で毒づいた。


「あんた、まぁだそんな事思ってたのぉ?

 ばっかねぇ……あんなとこにドラゴンなんか

 いる訳ないじゃないさ」


「なんでだよぉ。

 おめぇだってドラゴンの話聞いた途端に

 目ぇキラキラさせて船で張り込みに

 行ったじゃねぇかよ、ブランカ」


「そりゃあ、当り前でしょうよ。

 ドラゴンよ?ドラゴン!

 捕まえりゃどれだけの実入りになるか

 分かってんの?

 宝の山を二つ三つ探し当てたのと同じくらい

 ……んー、もっとかもしんないのよぉ?!」


ブランカは宝の山を想像して一瞬うっとりした。

が、パッと現実に戻って

手に入らない宝を想像してしまった自分に

向かっ腹を立てて吐き捨てた。


「……だけど、ドラゴンだって何か食べないと

 生きていけないでしょうが!

 ……ファイアドラゴンなら

 炎を食べたりするのかもとか思ったけどさ、

 ドラゴンだって元は人間なんだからね。

 ……あんた、あれから

 どれだけ経ったか分かってんの?」


えーっと、と指を折って数え始めたので、

ブランカはうんざりして

齧りかけのレモンを投げつけた。

レモンは結構なスピードで

ガストンのぼってりした腹に命中し、

ボトンと床に落ちた。


「うおっ?! 痛ってえな!

 何しやがんだよ、いきなりぃ……」


「んもう、ガキじゃあるまいし

 指なんか使ってんじゃないわよ、

 うっとおしい」


「おい、ブランカ。そのレモン拾っとけよ?

 そうじゃないと、それ、

 きっと後で俺が踏むんだ……」


ブランカは鼻を鳴らしながら

むっくりソファから身を起こし、

声の主を見やった。


「……あんたはいちいち細かい事気にし過ぎよ、

 アロンゾ。そんなんだから、いざって時に

 ツキに見放されんのよ」


「ちっ、うるせぇや。

 それ以上くだらねぇ事くっちゃべってると

 二度とその口開けねぇようにしてやるぞ」


ブランカは身軽にソファから立ち上がると

さっとドア側に回り込み、

物騒な相手から距離をとった。


「おお(こわ)!……やめてよね。

 あんたが言うとシャレになんないわ」


ブランカは肩を竦めて見せながら、

傷だらけの床に転がっている齧りかけの

レモンを拾ってゴミ箱に捨てた。


「ちぇ、俺にはレモンぶつけるのにさぁ……」


ガストンのボヤキはツンと無視して、

ブランカはソファの背に後ろ側から

腰を折って両肘をついた。

身体にぴったりした派手な服の

広く開いた胸元が突き出すように強調され、

今にもこぼれそうだ。


「そんな事よりさ、ドラゴンが出たって

 みんな一斉に海に行っちゃって、

 ほったらかしにした炎の鳥のヒナ、

 あれって誰か捕まえたって聞いた?」


「んにゃ、聞いてねぇ」

「……知らねぇな」


「んじゃあ、やっぱり

 まだ野放しなんじゃない。

 もったいない事したわねぇ……。

 あれが、もしファイアバードじゃなくて

 フェニックスだったら、それこそ……」


「殺してみねぇと判んねぇってのがあれだな、

 フェニックス……。苦労して捕まえてよ、

 復活するのを楽しみに殺してみたら

 失敗だったっつぅのはどうもなぁ。

 まだヒナだしよ……」


硬い木製の古い椅子に

跨るようにして後ろ向きに座って、

背もたれに組んだ腕をのせて

背中を丸めていたアロンゾは、

どこから取り出したか、

いきなり小振りのナイフを投げた。


ナイフは一直線に飛ぶと、

軽いが芯のある音を立てて

古い木製のドアに突き立った。

ドアには古いファルネーゼの地図が張り付けてあり

ナイフが突き立った場所は丁度

ファルネーゼの観光名所にもなっている

古い城塞都市サバテだった。


「……もし、例のヒナをもう一回探そうってんなら、

 最初に見つかったその街からだな」


「なぁんだ。あんたにしちゃ珍しく

 仏心出してるからさぁ、

 見逃してやるのかと思ったら、

 もうすっかりやる気になってんじゃない」


「まぁな。……俺の爺さんの夢が

 フェニックスを捕まえる事だったんだと。

 爺さんの話ではまだ一度も

 捕まった事がないらしくて、

 それで一発当ててやるって

 熱くなってたらしい。


 でな、一回だけだが爺さん

 炎の鳥を苦労して捕まえてよ、

 ぜったい復活するって信じてたのに、

 これがあっさり失敗してな。

 えらい凹んでしばらく飯も

 喉を通らねぇくれぇだったってさ。


 炎の鳥は昔っから何度か

 捕まった記録があるらしいが、殺してみたら

 ダメだったっつぅのばっかりらしい。

 これって何かおかしくねぇか?

 どっか絶対間違ってるにちげぇねぇ。


 もしかすっと、ヒナで殺すと

 まずいんじゃねぇかと俺は閃いた。

 うまく捕まえられたら

 成鳥になるまで育ててから

 試してみてぇんだ……」


「へぇ、そりゃあ悠長な話ねぇ。

 ……だけど、試してみる価値は大有りね」


「ヒナならうまく手懐(てなず)けて、

 育ち切るまで俺たちの手伝いでもさせとく

 ってのはどうだい?」


「上手い事考えたじゃねぇか。

 ……よし。それで行こう」



それから程なくして、

その場末の古い部屋はもぬけの殻になった。






いつもの夜間業務を終えて戻って来た

ケストナー先生が眉根を寄せながら

報告を始める。


「ランプリング先生、コニーなんですが……」


その表情に

ランプリング先生も表情を曇らせる。

ケストナー先生は主に

子供たちの生活面からの支援を担当して数年の

若手だった。


「……まず、今夜の様子から伺いましょうか」


日中、コニーは良く落ち着いて

普通以上に生活に馴染んでいるように見える。

やっと4歳になったばかりの幼子(おさなご)

親と引き離された生活で普通に見える

という事が何を意味するかを、

ここに暮らす誰もがよく知っていた。



コニーはルベの一国ホーエンベルクの王都

ラインホルト近郊の裕福な商家に生まれた。

それが運の悪い事に水の星マリレの一国である

ファルネーゼを両親と旅行中に

初変身してしまったのだった。


有名な観光地となっている歴史ある城塞都市

サバテでの事だ。

大聖堂の入り口付近に立って両親と共に建物を

その(いしずえ)からまっすぐ辿って

見上げようとしていた。

空に向かって(そび)え立つ巨大な建物を、

小さなコニーが見上げて見上げて

更に見上げてもまだ天辺に届かず、

もっと見上げようとして

コロンと後ろにひっくり返った。

途端、コニーは変身し服が燃え上がった。


母の悲鳴が観光客で賑わう一帯に響き渡り、

炎が上がっている事で大騒ぎになった。

子供が燃えている、と誰かが

バケツに水を汲んで走ってきた。

通報があったのだろう、すぐに警察や

消防が駆けつけ救急車も飛んできた。

救助のため、そして事態把握のために

野次馬の大きな人だかりをかき分けた隊員らが

人だかりの真ん中に見たものは、

空のバケツを持って呆然と立ち尽くしている老人と

へたり込んでいる夫婦と

水たまりにうずくまっている

水を掛けても消すことのできない

炎の鳥のヒナだった。


誰かが呟いた。


ファイアバードだ。

いや、フェニックスかもしれない。


小さな呟きが重なり

だんだん声が大きくなって

やがて喧噪となり、ついには怒号となった。


……まさか、あれが?!

本当か?

もっとよく見せろ!!



人々が殺到しかけた時、銃声が響いた。

警察官が空に向かって撃ったのだった。

人々がすくんで動きを止めた時、

機転を利かせた消防士が

耐火服を脱いでコニーをくるみ、

両親と共に救急車に乗せた。


この時は何とか凌げたと思われたのだったが、

余りにも多くの人目に晒されたため、

その後砂糖に群がる蟻の群れのように

押しかけた無法者どもに(たか)られて

身動きが取れなくなってしまった。

そこで、希少種保護機関は一計を案じ

海底火山を利用して何とか

保護することに成功したのだった。



コニーが不幸だったのは、

両親が炎を上げる我が子を抱き上げようとして

大火傷を負ってしまった事だった。


重症の両親は包帯でぐるぐる巻きにされていた。

それでも我が子を愛しく思い、せめて

抱き寄せようとしたのだが身動きもできず、

喉も火傷してまともに

声も出せなくなってしまっていた。


人に戻ったコニーがお父さんお母さんだよと

連れていかれて会ったのは、

見た事もない不気味な唸り声をあげる

包帯だらけの人の形をした物体で、

コニーは両親を呼んで大泣きした。

見知らぬ人にどれだけ

お父さんだよお母さんだよと説明されても

コニーには伝わらなかった。

コニーにとって、

突然両親がいなくなってしまったのと同じだった。


治療の結果、進んだ医療技術は半年経たずに

コニーの両親にほぼ元どおりの姿を取り戻したが、

両親のもとに居られなくなってしまったコニーが

心に負った大きな傷を癒すことは

とても難しい事だった。



「……とにかく、焦らない事が肝要です。

 すぐに何とかできると思わない事。

 じっくり見守って行きましょうね」


「はい、ランプリング先生。

 ついつい一喜一憂してしまって……」


「ええ、ええ。無理もありません。

 ケストナー先生が子供たちの事を

 どれだけ大切に思っているか、

 よく解っていますよ。

 でも、だからこそ!

 ここはグッと堪えるところです」


「はい!ランプリング先生」


ドロテア・ケストナーは、

ムンムエア-ジッグラト寄宿学校ルベ校の

卒業生の一人であった。





翌日、いつもの朝とほんの少し違ったのは、

レスターがほんの少し早起きしたことだった。


《……ター、レスター。

 少し早い時間で申し訳ないが、

 今朝はちょっと頼みたい事があるんだ。

 ……レスター、起きてくれ》


……ん? ああ、ラヴァニーノさん、

おはようございます。

レスターは目をこすった。


《すまないが、今朝はちょっと早めに

 登校してもらえるかな。

 ……そうだな、10分でいい》


あ、はい、分かりました。

それで、何をすればいいんですか?


《教室にいてくれるだけでいいんだ》


レスターの眠気は吹き飛んで、

好奇心がムクムクと頭をもたげた。

特別に何かしないといけないって事じゃ

ないみたいだけど、何なんだろう!


レスターはいつもよりきっかり10分早く登校した。

教室にはまだ誰も来ていなかったが、程なく

コニーと手を繋いだオリガが登校してきた。


「あら、レスター! おはよっ。

 珍しく早いわね」


「おはよう。へぇ、早いなぁ。

 いつも?」


「そうよ。ほら、コニーも」


オリガがしゃがんで励ますようにコニーを抱えた。


「……おはよ、レスター」


コニーが恥ずかしそうに、

けれど、はっきりそう言ったので

レスターはクシャっと笑顔になった。


「おはよっ! コニー。

 挨拶上手になったね」


一瞬きょとんとしたコニーの頬に赤みが差した。

パッとオリガの顔を見て、

再びレスターの顔を見る。


「やった!

 コニー、レスターに褒められちゃったね?」


「うん」


表情はほとんど変わらないのだが、

レスターにはいつになく

コニーが嬉しそうに見えたので

自分の席から立ち上がって真っ直ぐ

コニーのところに歩いて行った。

するとコニーは身を竦めて

半歩ほど後ずさりしかかった。


レスターが身を屈めながらコニーの頭に手を置いて

くしゃくしゃっと撫でると、コニーは

ギュッとつぶっていた目を見開いて

頭の上のレスターの手のあった場所を

確かめるように両手で触った。


両手を頭に乗せたまま、

コニーはレスターを見上げた。

レスターはほとんど動かないコニーのその表情が

笑顔なのだと判った。


「さ、席に行きましょ」


オリガに促されて歩いて行きながら

コニーの意識が自分に向いているのが判った。

こういうのってとっても不思議なんだけど、

と、レスターは思う。

ラヴァニーノさんと話すようになって

ちょっと敏感になったのかなぁ……。


その後、バタバタとみんなが登校してきて、

ごく普通にいつもの朝だ。


……コニー、か。

僕には年回りの近い友達が何人かいたけど、

そう言えばコニーは

ポツンと一人だけ小さいんだっけ。

ここに来る子はコニーくらいの年頃が多いけど、

一番新しい子はあのユーリだし。


チラッとオリガを見る。

オリガが視線に気づくと口だけ動かして、

何よ?と言った。


首を横に振る。

オリガは肩をすくめて前を向いた。

お節介の世話焼きだと思っていたけど、

オリガが関わっていなかったら

コニーはどうなっていたんだろう。


一人でこの学校に来て

毎日それなりに楽しかったけど、

僕だって必死に頑張ってきた。

この頃になってようやく周りにも

目を向けられるようになれたのかな。


……そうやって思うと、オリガって

年下なのに凄いやつなんだと改めて思った。


ラヴァニーノさんは、

そろそろお前さんも出番だぞって

言いたかったのかもしれない。



レスターは気持ちを改めて

さっきのコニーの様子を思い返してみた。


挨拶して、頭撫でて……あれ?!

なんだろ、ちょっと何かが引っかかる……。


もう一回!

……えっと、挨拶したのはコニーが先で、

それで褒めたんだ。

で、嬉しそうだったから頭撫でに行って

……あっ!……コニー、後ずさりしたよ、

ほんのちょっとだったけど。


ああ、

撫でられたのはイヤじゃないみたいだったから、

触られたくないっていうんじゃないよね。

……なんだろ、こういうの……。

何か同じような事がどこかであった気がする……。




レスターは記憶を探った。


……遠い記憶、

まだ両親と自分の家で暮らしていた頃だ。


家の前の道で、とても小さな子猫を見つけたっけ。

可愛くて柔らかそうな子猫を

抱っこしたいと思った。

ミャーミャー鳴いていたけど

手を伸ばすと後ずさりして

どんどん離れようとする。


それでも手を伸ばすと必死に逃げようとして、

潜り込めるところを探して走り回ったっけ。

隅っこに追い詰めて無理やり抱き上げたら、

めちゃくちゃもがいて僕を引っ掻いた。


それでも離さなかったら、

しばらくして静かになったけど

慣れたのかなと思って地面に下ろしたら、

あっという間に走って逃げちゃった。



もしかしたら、まだコニーは

あの子猫みたいなのかもしれない。

コニーの中では、ここはまだ

無理やり連れてこられた場所でしかなくて、

地面に下ろしたら逃げちゃうんじゃ……。


ここが今はコニーの居場所なのに、

まだずっと暮らしていく場所なのに、

そんなんじゃ辛過ぎるよ、コニー。



レスターは決めた。

コニーにとって一番じゃなくてもいいから、

ここがちゃんと自分の居場所だと思えるように

手伝おう、と。

……無理やりじゃダメなんだ、きっと。

そーっと少しずつ少しずつなんだよ、うん。


そしてレスターはその場で

PCFの目覚まし設定時間を10分早めた。

それとなくコニーを

目の端に意識するようになったものの

特にいつもと変りなく過ごし、

昼食後はユーリと共に

ラヴァニーノさんの手伝いに行った。


ユーリがしっかり名前を考えてきてたのは驚いた。

それでカニっぽい機械のもう一台は

グレゴリーと呼ばれることになった。

いい名前だよね。なんだか立派だし。


ユーリはレスターに(なら)うべきだと思ったものか、

グレゴリーに対する指示が

柔らかい物言いになっていた。


「……グレゴリー、落ちないように

 気を付けて樹に登ってくれると私は嬉しい」


「へぇ。

 ユーリ、グレゴリーに優しいね。

 最初の挨拶の時はちょっとびっくりしたけど、

 いつもあんな風に

 しゃべってるんじゃないんだね」


「え?! 私は何か

 皆を驚かせるようなことを言っただろうか」


「言わないといけない事は

 ちゃんと言ってたよね。だけど、

 なんだか号令みたいだったかなぁ」


ユーリは顎に人差し指を当てて難しい顔をした。


「ふむ……。グレゴリーに指示するような

 柔らかい物言いをした方が

 より望ましかったのだろうと、

 今ならば私にもそう思える。

 以後、善処しよう」


「うん、そうだね。

 そのほうがもっとユーリらしいよ」


「もっと私らしい?

 それはどういう意味だろう。

 私は常日頃から

 過分な表現は曖昧さを増すだけだとして

 テキパキ要点のみ的確に話すよう

 指導を受けてきた。

 私自身もその点については

 納得していたのだが」


「だって、柔らかい話し方も

 ユーリの中にあったものだよね?

 テキパキはユーリの一番外側に被ってる

 殻みたいなものだと思うよ」


殻か……そう呟いてユーリは考え込んだ。

着実にグレゴリーに指示を出しながら、

ずっと考え込んでいる風情だったので、

レスターは敢えてユーリに話しかけたりせず、

トーヴェと楽しく仕事をした。

その途中でラヴァニーノさんに一言報告した。



ラヴァニーノさん、僕、明日から

10分早起きすることにしたよ。


《ほおお、そうか!

 お前さんが自分からそう思ってくれたのは

 とても嬉しい》


無理やりだと逃げちゃうと思うんだ。

ゆーっくりそーっと、じゃないとね。


ラヴァニーノさんは目を見張っていた。

レスターの思いを受け、

お前さんに任せたと言おうとして

思い留まった。


任せてしまってはレスターに荷が重過ぎる。

それで、もう何も言わず、

その代わりにガシガシとレスターの頭を撫でて

ユーリの所へ歩いて行った。

レスターはラヴァニーノさんに

背中を押されたと感じていた。





その日遅く、

希少種保護機関から学校へ連絡が入った。

ルベと連星の関係にあるマリレの一国である

ファルネーゼの古い遺跡の街サバテで、

炎の鳥について聞き込む動きが

ぽつぽつ現れているという。


深夜の職員室でランプリング先生が

一人ため息をついていると、

見回りから戻って来たヘルマン先生に

見咎められてその話をした。


「サバテの件は、八方ふさがりの状況下で

 偶々起きた海底火山の噴火を利用するという

 前代未聞の救出計画でしたが、

 やはり時間の経過と共に

 囮の効果が薄れてきたのでしょうね」


「いったんは追うのをやめて

 他に向かったのですから、

 それで諦めれば良さそうなものを。

 なんでまた思い出したように

 探し始めるんでしょうねぇ」


ランプリング先生はもう一つため息をついた。


「……やはり、噂はあっても実際

 いるかどうか不確かなものよりも、

 多くの人々に目撃されて間違いなく

 そこにいたという

 事実の重み、でしょうかね……」


「でもまぁ、

 コニーは無事にこちらにいるんだし、

 そのうち諦めますよ、きっと」


ヘルマン先生がそう言って

軽く笑って見せたので、ランプリング先生も

小さく何度も頷きながら呟いた。


「……ええ、だといいのですが……」


そうは言っても、とランプリング先生は思った。

いかに小さなものであっても

動きは次の動きを呼ぶ。

大きな騒ぎになる前に何とか

終息してくれれば良いのだけれど……。


保護機関に抜かりは無いとは思いつつも、

どうしても不安が拭い去れなかった。





一方、アシュリーの元にも

希少種保護機関から極秘に連絡が入っていた。


アシュリーはリコシェとの結婚以来、

世界的に注目され続けていて

爆発的に公務が増えた。

結果として裏の仕事は激減し、密かにリコシェが

それを喜んでいるのを知っているので、

忙しくも穏やかな日々を共に楽しんでいたのが。



女性による女性のための、と銘打った集いに

出席するため、リコシェは珍しく単独で

泊りがけの公務に出かけていて留守だった。


アシュリーは机に向かうと公務のリストを開いた。

数ページにわたって連なっている。

リコシェが一人でこなす……となると

支障はどれくらい出るのだろう。

まとまった時間を作るのに最適な範囲は……。



アシュリーが真剣に考え始めてどれくらい経ったか

ふと、地鳴りがし始めたと思った。


音と振動は外ではなく王城内、

それもドアの向こうだ。


……これは、廊下に轟いているのか?!


アシュリーは、何事かと立って行って

ドアを開けようと手を伸ばした。


……ん? 違う。


これは、地鳴りではない。

猛スピードで近づいてくるこの地響きは!!


アシュリーは跳び退(すさ)ると、

扉から一気に距離を取って身構えた。

次の瞬間、アシュリーの書斎の分厚い扉が

激しい衝撃音と共に弾け飛び、

乱入してきた巨大なシロサイが

激しく足を踏み鳴らし鼻を鳴らした。



「……なんと、陛下っ!!」


アシュリーは、すぐさま巨大なシロサイの前に

膝を着いて臣下の礼をとった。

伏せている視界の中のシロサイの前肢が

ふっと揺らいだ次の瞬間、

裸足の足がそこにあった。

頭上から声が降って来る。


「顔を上げよ」


「はっ!

 ……ですが、陛下このままでは」


「構わぬ」


アシュリーが顔を上げると、予想通り

生まれたままの姿のグランヴィル国王その人が、

両手を腰に当てて堂々と立っていた。


「アシュリー、

 お前の先を取るために突っ走って来たわ。

 何やら解らぬが、良からぬ事を企んでおろう。

 かつて、お前がふいに姿を消した時と同様の

 兆候が表れておったぞ。


 PCF越しでは咄嗟の対応ができぬ。

 やはり直接出向くのが正解であるな。

 言うておくが、勝手に飛び出しても

 後追いでの許可はせんぞ。


 ああ、それと、この扉の手配は明日行う。

 アレクシア姫が戻るまでおとなしくしておれ」


それだけ言うとグランヴィル王は、

アシュリーの返事も待たず、

あっという間にシロサイに姿を変えると

部屋を出ようと向きを変えた。


「兄上、お待ちください!

 良からぬ事などではありません。

 実は希少種保護機関から連絡があって、

 私が役に立てるかもしれないのです……」


廊下に出ようとしていたシロサイが立ち止まると

ふいに人型をとった。


「アシュリー、私はグランヴィルの国王だ。

 王とは元来我が儘なものだ。

 国の為、国民の為にどこまでも我を張る。

 当然希少種保護機関にも

 希少種たる我が国民の為に力を注いでおる。

 もちろん他国の民も我が国民と同様に

 その恩恵に浴す事を否定するものではないし、

 寧ろ積極的に守るべき者として捉えてもいる。


 だが、だからと言って

 全てに先んずるものではない。

 今のお前とアレクシア姫の存在そのものに

 勝る優先順位を持つ事物など

 そうはないのだと自覚せよ」


「……はい」


「お前の能力は惜しくもあるが、

 陰の仕事も仕舞いかと思えば

 私の安堵も大きいのだ。

 アレクシア姫を得て自身の何が変ったか、

 改めてよく考えておけ。

 そうすれば、今の己に何ができるか

 自ずと見えて来るであろう」


「畏まりました」


「ふむ。

 先ずは、出奔に間に合って良かった。

 久しぶりにこの姿で思い切り走って、

 爽快であったわ」


楽し気な大笑いを残して、

シロサイは悠然と駆け去って行った。

アシュリーは、結婚して

何も変わったつもりはなかったが、

公務の多さと裏の仕事が

ぱったり無くなっていた事自体から

感じ取っておくべきことだったのかもしれないと

今更ながらに思い至った。

破壊された扉の破片が

台風の後のように散らばっている部屋で、

自身で動くわけにはいかなくなったアシュリーは

ファルネーゼの事態にどう手が打てるか

考え始めていた。





≪続く≫


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