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ケット・シー

希少種の学校での友達はやっぱり希少種なのでした。


ヒマワリさんはレスターがつけたリコシェのあだ名です。

結局、いつもの目覚ましで起きてしまったので

普通に一日が始まった。

会う先生たちは皆、眠くないのかと笑顔で

声をかけてくれるから、

その度に元気アピールが忙しかった。



「ねぇねぇ、レスターってば!

 やっぱり、ずいぶん叱られた?」


フィルはさっきから目をキラキラさせて

レスターにまとわりついている。


午前中は、

朝一番で職員室に呼び出されてからずっと

職員室や保健室やその隣の

特別指導室で過ごしたので

長時間叱られていたと思っているらしい。

実際しっかり叱られたけど、

ずっと叱られ続けていたわけじゃない。


フィルの中ではやっぱり

叱られるのが当たり前なんだと思う。

僕だってそう思って朝のうちは気が重かった。

だけど、ガンガン叱られたって感じじゃなくて、

どちらかというと周りの人に

どんなに心配をかけたかっていう事の方が

多かった気がする。


後、子供が一人で飛び出して

全く知らない場所をうろうろすることの危なさを

改めて懇々と指導されたかな。

……まぁ、フィルにはちょっとサービスして

期待に応えておく。


「うん、大変だった。もう当分あんなことは

 やりたくないって思うくらい」



念入りに健康診断を受けて、問診?だったのかな、

質問もたくさんあって僕はいっぱい答えたから、

これにかなり時間がかかったと思う。

だって、話したい事がどっさりあったし。

秘密の約束をしていなかったら、きっと

この3倍くらいはあったと思うよ。


……ああ、それで、これから一か月の間、

昼食後の休み時間中、庭師のラヴァニーノさんの

手伝いをすることになったので、

早速刈り込んで落ちた生垣や庭木の枝葉を抱えて

運んでいるところだ。


「……フィル、暇なんだったら

 これ運ぶの手伝ってよ」


「えー? ダメだよ。それって罰でしょ?

 だったら、手伝っちゃダメじゃんか」


罰ってわけじゃないんだけどなー。

そんなふうに言われなかったし。

……まぁ、いいけど。


「手伝わないんなら戻っといたら?そういえば、

 次の時間の課題、全部やってあるの?」


「あ、まだだった!」


駆けだしていくフィルの背中を見送って、

やっぱり課題がでてたのか、と思った。


やる事やってから遊びに来いよな。

レスターは指示されたとおり

枝葉を一か所に積んだ。


これ、焼き芋でもするのかな?


「……いや、これは腐葉土にするんだ。

 天然の肥料だな。ここを目立たせる

 煙は立てちゃいかんだろう」


え?! レスターはビックリした。

僕、何にも言ってないのに!


声の主はラヴァニーノさんだ!

……ラヴァニーノさんって、もしかして

考えてることが判るのかな?


「この学校はなぁ、命の砦だ。ここがなきゃ、

 ここで暮らしてるみんなが金の亡者に捕まって

 生きながら地獄を見せられることになる。

 遅かれ早かれ命も失くしちまうだろうな……。


 レスターよ、

 お前さん、ここが世間に見つかったら

 どうなるかなんて考えた事なかったろう。

 ……ここはなぁ、一蓮托生、

 運命共同体ってやつだな。


 先生たちはお前さんが

 縮こまっちまうのを避けようと、そこら

 はっきり言わずに済ませるつもりらしいが、

 俺はやっぱり子供でも背負ってるものがある

 ってのは知っとくべきだと思うんだ。

 そうじゃないと、先々何かまたやっちまった時

 知らなかったの一言で

 済ませられない事態になって苦しむのは

 お前さんだからな」


……え? 僕が背負ってるって?!

チラッと肩紐を伸ばしたあのリュックが

思い浮かんだ。

だけど、リュックの事じゃないってのは

僕でも判る。


「お前さんは賢い子だ。よく考えておいてくれ。

 ここの事も先生たちの思いも全部まとめてな。

 ……お前さんがここらで見つかる。すると、

 こいつ、いったいどこから来たんだ?

 ってな事になる訳だ。

 一回、目を付けられたらそれで仕舞いだ。

 ここは二度と使えなくなる。

 ……いいか?

 何かやるとそれに押されて動くものがある。

 じっくり考えてみるこったな」



……ああ、そうか。

ここ、絶対見つかっちゃダメなんだ。

……僕、自分のことしか考えてなかった。


一個ずつ拾ってた小枝やなんかを

ムキになってガッサガサ拾う。

運ぶのもはじめはノロノロだったけど、

だんだん速足になって

とうとう駆け足になった。


「おいおい、そんなに頑張らなくていいぞ。

 午後の授業中眠くなっちまったら困るだろ?」


「あ! ……はい」


走るのは止めたけれど

何度も運んでいるうちに、ふと思った。

ラヴァニーノさんも、もしかして

ここの卒業生なのかな……?


「……いや、俺は違う。

 俺はなぁ、マリレから来たんだ。

 あっちの方の卒業生だよ。

 ……ま、そんなことはもうずいぶん前の事だし

 気にすんな。そろそろ次が始まるだろ?

 また、明日よろしくな」


はい、と頷いてラヴァニーノさんに背を向ける。

校舎に向かって走り出して考えた。

ラヴァニーノさんも希少種なんだ。

人の考えてることが判る能力が

変身してないのに普通に使えるって、

なんてスゴイ!


その後の授業はすっかり上の空で

全然頭に入らなかった。

ラヴァニーノさんのこともいっぱい考えたけど、

ラヴァニーノさんに言われたことも

たくさん考えた。



他の人に会わずに

無事に帰って来れて本当に良かった。

……ああ、秘密の宝物のことだけは別だけど。


……そういえば、ラヴァニーノさんは

マリレの方の卒業生って言ってた。

マリレにもあるんだ、ここと同じような学校!

それと卒業したら外に出てくって

そんな事、考えたことなかった。


希少種の人って、そんなにたくさんいないけど

それでもみんなずっとここにいたら、

どんどん人が増えて

そのうち満員になっちゃうよね。


……そっか、当り前だけど、

ちゃんと卒業していくのか。



「……スター! レスター・バーレイ!

 聞いてますか?」


「……あ! はい、先生!」


ああ、しまった。やっちゃった……。


「ごめんなさい。聞いてませんでした」


ランプリング先生は厳しい眼差しを一つくれて、

こう言った。


「レスター、基礎を疎かにすると

 何処にも届きませんよ。授業時間は、

 他に何か心に懸かることがあっても

 きちんと切り替えて集中なさい。


 将来、いつでも万全の態勢で

 過ごせるわけではないのですから、

 気持ちを切り替えて

 一つの事に集中することができるかどうかで、

 ずいぶんと得るものが違ってきます。


 もちろん基礎的な知識を蓄えることも

 とても大切です。

 全てがあなたの未来に繋がっているのですよ」


「はい、すみませんでした」


しばらくして授業時間が終わった。

中途半端はしないはずだったのに……。

もやもやと気が沈んで、

レスターが机に腕を投げ出して突っ伏していると、

軽い足音がしてポンポンと頭を軽く叩かれた。


……なんだよ、フィルー。

ほっといて欲しいんだけど……。

今僕は一緒に騒ぐ気分じゃないんだ。


そのまま顔を上げずにいると再びポンポン……。

何だよー、しつこいぞ。

ちょっと意地を張った。


今は、静かにしていたいんだ!



ポンポン……。

ポンポンポン……。

ポンポンポンポン、ポポポポ、ポポポン。


……ホントにもう! 


ポンポンポコポン、ンポポポポッポポン。


……ううう、人の頭で遊んでるなぁ。

もうやめないとホントに怒るぞっ!

ポンポコポンポコ気軽に叩くなって!


「何だよ、フィル! シツコイぞ」


そう叫んでガバッと顔を上げると

目の前に立っていたのは、意外にも

フィルではなくオリガだった。


つやつやした濃い栗色のおさげ髪を

両耳の下に垂らした少女は、

レスターのキツイ口調に一瞬怯んだが

大きな緑色の瞳で気丈に睨み返してきた。


「残念でした。大外れですーっ!」


見れば、フィルは自分の席に座ったままで

こちらを振り返っている。

声を出さずに口の形だけで「ばぁーか」と言った。


ちぇ、なんだよ……。

とにかく、今は目の前のオリガだ。


「えーっと、……ああ、ごめん」


なんで僕が謝ってるんだか。


「いいのよ、気にしないでおいてあげる」


……女の子ってのは、よくわからない。


「……で?」


「は?」


オリガが(ふく)れた。


「何よ、まだるっこしいわね!

 一人で抱え込んでるそれ、容量オーバーで

 他のデータが入らないんでしょ?

 処理能力超えちゃってるとかだったら、

 ますます私が必要だわ。


 だからほら!

 私がわざわざ聴いてあげるって言ってるの。

 私ったら何て親切っ」


「……あのさ」


「ああ、

 今からじゃ時間が足りないっていうなら、

 学校終わってからでもいいわよ?

 そうね、後であなたの部屋……ってわけには

 いかないわね、レディとしては。

 ……だったら、屋上がいいわ!

 じゃあ、そういう事で」


オリガはクルッと向きを変えると、

さっさと行ってしまった。


なんだよ、もう……。

追いかけようと腰を浮かしかけたが、

すぐに次の授業時間になったので

諦めてそのまま腰を下ろす。

その時、

机に小さく丸めた紙が飛んできて転がった。


……なんだ、これ。

ゴミはゴミ箱にいれろよな。


飛んできた方を見れば

フィルがジェスチャーで何やらやっている。

……え? 何?!


「何だよ?」


「……だからさ、こうだって」


小声のフィルはますます妙な動作を繰り返す。


「……え? わかんないよ。はっきり言えよ」


「おまえ、(にぶ)過ぎ。……広げるんだよ!」


うまく伝わらなくて結局

大声を出してしまったフィルは

先生に聞きとがめられてしまった。


「フィル! どうやら暇なようですね。

 それでは課題を追加してあげましょう」


「えーっ?! ……はい、先生」


フィルのPCFの横にもう一枚

PCF画面が追加で立った。


「わ! こんなに? ……ううう」


フィルは顔をしかめてこっちを見ると

恨めし気に口パクした。

「おまえのせいだからな」そう見えた。

そんな事言われても……。


しかたがないのでその丸まった紙を広げてみると、

【おもしろそうだからぼくもいく】と

書かれていた。

厄介の種が増えた。




レスターは授業がみんな終わって

寮の自室に戻ってからも何となく気が進まなくて、

片っ端から課題を済ませてしまった。


すっかりやることがなくなったので、

仕方なく屋上に行くと二人が揉めていた。


「……だからぁ! ここは今から使うんだってば」


「俺だって使うんだよっ!」


「私の方が先に来てたんだからねっ!」


「全部いっぺんに使うわけじゃないだろ?

 独り占めなんてできないんだぞ!」


「一人で使うんじゃないもん。二人だもん!」


「何で二人って決めるんだよっ!

 三人でも四人でもいいじゃないか」


脹れたオリガとムキになってるフィル、と、

あれれ? グンターまで来てるじゃないか。

グンターはただくっついて来ちゃっただけかな。

揉めてる横でつまんなそうにしてるし。



「……あのさ」


そう声をかけると、

全員一斉にこっちを振り向いて

声を揃えて叫んだ。


「遅いわっ!」

「遅過ぎっ!」

「遅いしー!」


いや、だから、一方的に言われただけで

別に約束してたわけじゃない、と、思ったけど。

だけど、これを言うとたぶん、ますます揉めて

大げんかになりそうな気がする……。


「……あー、遅れてごめん」


僕、何で謝ってるんだろ……。

そう思ったら、つい

口からつるんと言葉が出てしまった。


「だけど、最初に言っとくけど、

 僕は別に約束してたわけじゃないからね」


「何よ、それ」

「何だよ、それー!」

「え? そうなの?!」


そう言うだろうと思った。

グンターはまぁほっとくけど。


「だいたいさー、授業中に一回

 先生に注意されただけなのに

 容量一杯ってなんだよー」


「あら、もちろんそれだけじゃないわ。

 家出の後でたっぷり叱られたばかりだしね。

 授業中にぼんやりしてるなんて

 珍しい事もあったし、

 その後机に突っ伏してたでしょう?

 小さい頃からずっと一緒にいて、

 あんな姿見た事なかったからじゃないの。


 授業終わった瞬間に席を離れて

 いっつも面白い事目指して一直線、

 キラキラ瞳のレスターが

 いつものあなたでしょ?」


フィルがうんうんと頷いている。

え……?! 僕って、そうだったのか……。


「え? レスター、あなたまさか

 自覚なかったの? 信じられないわ」


オリガが肩をすくめて両手をヒラヒラさせた。

……ちぇ、2歳も年下なのになぁ。

だけど、オリガは賢いし口も達者で

年下とあまり意識しないで小さい頃から

ずっと付き合ってきた仲間だった。


「それだけ自分の事が分かってないって

 解ったなら、もう十分でしょ?

 四の五の言ってないで

 洗いざらいぶちまけなさい。

 ちゃんと聴いてあげるから!

 場合によっては

 相談に乗ってあげてもいいわよ」


「……そっか。

 すっごく心配かけたってのは分かった。

 ごめんね。んで、ありがと……」


見れば、みんな真剣な顔で僕を見ている。

おまけでくっついてきただけだと思った

グンターも、だ。

……そうだったんだ。

みんなホントに僕の事心配してくれてたんだ。


そう思ったら、

なんだか鼻の奥がツーンとして

じわっと涙が浮かびそうになった。

泣いちゃダメだ。

ますます心配かけるし、そもそも、

そんな心配してもらうような事全然ない。


「でもさ、ホントに何にもないんだけどなぁ」


「はいはい。わかったからこっち」


オリガがレスターの手を掴んで引っ張る。

屋上には死角はない。

だから、ちょっと端に寄っただけだが、

とりあえず引っ張られるまま

オリガを先頭にみんなでぞろぞろ移動した。


「はい、座って」


屋上の端のフェンスを背に座らされた。

他のみんなは僕を囲んだ形で正面にオリガ、

左右にフィルとグンターだ。

まるで秘密会議みたいなんだけど。


「えーっと、あのさぁ」


オリガが被せてきた。


「何にも無い事ないわよ。だって、

 家出して帰って来たんだもの。

 正確に言うとここは学校の寮だから

 家出っていうのは違う気がするけど、

 だけど私達にはここが家みたいなものでしょ?

 だから、家出でいいわよね。

 反対の人、言うなら今よ。

 ……3……2……1……0!

 反対がないなら家出で決定!

 

 それじゃあ、まずは最初に家出中の出来事を

 話して貰いましょうか。

 何があったか知らないと

 相談にのれないものね」


そう来るか……。

ここをやり過ごしてもたぶん

何度でもいろんなふうに聞かれるんだ。

もう、全部話しちゃう方がすっきりするよね。

大事な秘密以外は、だけど。



「……僕が家出っていうか、んー、

 ちょっと違うんだけどね。

 まぁ家出でいいけど。

 その家出のアイデアを思い付いたのは、

 昔の道具にブーメランってのがあるって

 見つけた頃かなぁ」


「え?! そんな前に?」


フィルが意外そうに声を上げた。


「うん、まず最初に僕は

 おやつのお菓子を貯め込み始めた。

 ケーキみたいなお皿で出てくるお菓子は

 取っておけないから食べちゃうけど、

 袋や箱に入って密封されてるお菓子は

 食べないで取っといたんだよ。


 家出するとご飯がないから自分で用意して

 持って行かないとダメなんだ。

 食べる物が無くなったらお腹が空いて、

 そのうち身体が弱って動けなくなって……」


「ピクニック弁当みたいなのを

 いっぱい用意すればいいのにー」


食いしん坊のグンターは

お菓子では物足りないと思ったようだ。


「そんなの、僕作れないよ。

 それに、作れたとしても

 何日も持ってあるいたら腐って

 食べられなくなっちゃうし、

 無理に食べたら腹痛おこして、

 もしかしたら死んじゃうかもしれないぞ。

 お医者さんもいないし薬も病院もないんだ」


「……やだな。

 小さい時に森で美味しそうなキノコ見つけて

 ほんのちょっと味見してみたら、

 食中毒になって酷い目にあったけど、

 あんな感じになるんなら僕は

 絶対どこにも行きたくないや」


「だから、

 レスターはそうならないように考えて、

 傷まない食べ物を選んで持って行ったんでしょ?

 ……い~い? グンター。

 念のために言っとくけど、

 どんなに美味しそうに見えても

 森に生えてるキノコは味見しちゃダメよ」


「うん、懲りた。

 僕はもう、一生

 森のキノコは味見しないって決めたから」


グンターにしっかり頷いて見せ、

忘れないでよと声をかけてから

小首をかしげ難しい顔でオリガが言った。


「持ってあるいてもすぐには傷まない食べ物で

 私たちでも手に入れられる物っていえば、

 やっぱりお菓子でしょうね。

 でも、とっても頼りない感じがするわ」


「じゃあ、飲み物もおやつからかぁ。

 冷蔵庫無しじゃ炭酸のやつ、

 あんまり美味しくなさそう。

 それに甘みが口の中に残って、

 水が欲しくなるよ」


今度はフィルだ。


「うん。僕もそう思って水にしたんだ」


「おっ! やった。当たりー」


フィルがはしゃいでいる横で

オリガがしらっとしている。

どう見ても顔に、子どもねって

書いてあるようにしか見えない。


「水のボトルとお菓子で

 リュックいっぱいになるまで貯めて、

 他には外で寝ることになるから

 冬用の防寒具を丸めて

 リュックにベルトでくっつけて

 持って行ったよ」


「外で寝たんだ! すっごいなぁ」


「うん」


みんな興味津々で次々質問してくる。

寒くなかったか、とか、怖くなかったか、とか、

お化けはでなかったか、とか思いつく限り

どっさり聞かれた。

意外に平気だったし、冬用の防寒具は

冷たさや水気を通さないから

よく眠れたと答えた。


「だけどねー、樹に寄り掛かって

 座ったまま寝たから、

 起きた時に身体がギシギシして大変だった」


「うへぇ!

 やっぱりベッドがないと寝るのは辛そう」


自分のベッドが大好きなフィルは真底イヤそうだ。


「……キャンプとかで持っていく装備があると

 もう少し気持ちよく眠れるかもしれないね。

 でも、そういうの持ってないから仕方がない」


このくらいならいいかな?

貸してもらった寝袋で

Dさんにくっついて寝た事を思い出す。

見上げると大きな岩みたいだった。

ヒマワリさんはテントで、

……ああ、ヒマワリさんに会いたいな。

Dさんはもう人型に戻っているんだろうか。


ふと気付くとオリガがジーッと見つめていた。

うわっ、しまった。気を付けないと!

慌てて話題を変えた。


「変身して飛んでいったから、

 リュックの肩紐をね、伸ばしたんだよ。

 裁縫はあんまり得意じゃないけど

 頑張って縫ったんだ。

 飛んでる時にリュックを落としたら大変だから

 丈夫にしとかないといけなくて、

 けっこう針で指刺しちゃった」


「変身して飛んで行ったの?!

 すごいなぁ……。ちゃんと飛べた?」


「いっぱい飛ぶ練習したよ。

 だってほとんど飛んだ事なかったし。

 変身だってあんまりしないもんね」


ここから、空を飛ぶ気持ち良さを熱く語った。

楽しくて自由で……。

みんなとても熱心に聞いていた。


ふと気付くと

オリガが急に小さくなったように思えた。

あれ?っと思って二度見すると、

落ちた服の塊からもぞもぞと

大きな黒猫が顔を出した!

スルッと服から抜け出すと、

前足を伸ばして身体を下ろし、

肩を入れてグーっと上半身の筋肉を伸ばした。


「失敗しちゃったわ。

 私、空を飛べないから

 つい夢中になってしまって」


「たまにやるよね、オリガ」


チョコンと座ると前足で顔や(ひげ)

毛並みの乱れを手入れし始めた。

オリガはケット・シー、

とても賢いと言われるしゃべる猫だ。

ツヤツヤした黒猫で胸元にだけ白い模様がある。


「……ああ、悪いけど、

 またいつもみたいに私の服、

 あとで部屋まで運んでくれるかしら。

 余計なところを漁ったり触ったり

 見たりしない事! いいわね?」


わかってるよっ!と残りの3人が声を揃える。

オリガの服なんか興味ないって言ってるのに、

毎回言うんだもんなぁ……。


「じゃあ、今日はレスターに頼むわ。いい?」


「はいはい」


ケット・シーは澄まして座ったまま

長いシッポをうねうねさせている。


「今のところ、家出中に

 特に問題もなかったみたいだけど、

 どうして戻ってくる気になったの?」


レスターはうん、と頷いた。


「僕はね、ここから出て空高くあがりさえすれば、

 他に人家がきっと見つかると思ってたんだ。

 だから食べ物だってリュック一杯だけだし。

 ……だけどね、ここって見渡す限り森なんだ。

 どっちを向いても森が続いてて

 他に何もなくて。

 道もねー、森に埋もれてて全然見えないし、

 森の中に降りるとホントに樹ばっかりで

 迷子になって遭難したら

 こんななんだろうなって思ったっけ」


みんな、学校が建ってる場所って

結構深い森の中なんだろうなとは思ってたと思う。

だけど、

そこまで深い森だとは思っていなかったとも思う。

すごいびっくりしていたから。


「それで戻ることに決めたのね。つまり、

 勇気ある撤退をしたって事なのね。

 よく分かったわ。

 ……それじゃ、家出したこと自体を

 ずいぶん叱られたって事かしら」


フィルが勢い込んで口を挿んだ。


「みっちり叱られて

 べっこり凹んだんだろ? レスター」


やっぱりこれは共有しておくほうがいい気がする。

っていうか、言わなくちゃダメだよね。



「うーん、実はさ、

 庭師のラヴァニーノさんに言われたんだ。

 先生たちは僕の事を気遣ってくれてるから

 はっきり言わないけど、

 もし、僕が他の人に見つかったら

 ここがどうなるかよく考えてみろって。


 取り返しのつかない事になって

 苦しむのは僕だから、

 ちゃんと知っておくべきだって」


フィルが頭を捻りながら言った。


「え? どういう事?!

 レスターが見つかったら、

 学校がどうかなるって事?

 ……わかんないなぁ、関係ないじゃん」


ケット・シーがシッポをピンっと立てた。


「あー、そういう事ね?

 ……なるほどねぇ、元気印のレスターが

 机にへばりついて起きなくなる訳だわ」


「え?! どういうことだよ、オリガ!

 分かんないよ、教えてよ」


ケット・シーがツンと顔を上げた。


「いいわよ、教えてあげる。

 ここは見渡す限りの森の中。

 こんなところで子供が一人、

 湧いて出たみたいにして見つかったなら、

 必ずどこから来たのかって話になるでしょ。

 そしたら、すぐにではなくても

 いつか必ず学校が見つかるわ。そしたら、

 なんでこんな不便な場所に学校が

 ってことになっていろいろ調べられて、

 遠からず希少種のための施設だって

 判っちゃうのよ。

 そしたらもうみんなお仕舞い」



フィルもグンターも

飛び上がるほど驚いたのが分かった。


「レスター、もう二度とやるなよ」


「うん、そうだよ。もう絶対ダメだからね」


レスターは強く頷いた。


「ラヴァニーノさんはね、

 ここは運命共同体だって言ってた。

 そんな事考えた事もなかったけど、

 ホントにそうなんだよ。

 もう絶対無茶なことはしないから

 安心していいよ」


「絶対だぞ」

「約束だからね」

「信じてるから」


ああ、本当に

Dさんやヒマワリさんに会えて良かった。

会ってなかったらたぶん

戻って来れてないと思う。

本当に良かった……。



「あ、そうだ!

 ラヴァニーノさんも希少種だってさ。

 マリレにもここみたいな学校があって、

 そこの卒業生なんだって。

 これから毎日お昼に手伝いに行くから、

 一緒に行ってみる?」


「うん、行こうかなぁ。手伝わないけど」


「はいはい、それでいいよ」



それからしばらくワイワイ話をして

解散になった。他のみんなも

明日の分の課題をやっちゃわないとね。


僕はさっきの約束通り

オリガの服をまるっと抱えると、

しなやかに二本足で立って歩く

ケット・シー姿のオリガの後を

部屋までついていった。

まるでお姫様についていく

従者みたいだとふと自分で思った。


オリガの部屋のドアを開けると、

オリガが入るのを待って部屋に入る。

ますます従者っぽい。


「そこのカゴに入れてね」


「わかった」


服をカゴに放り込んで振り返ると、

ケット・シーが椅子の上に飛び乗って

足を組んで座った。


「ああ、そうだわ。

 さっきはみんなが居たから

 言わないでおいてあげたけど。

 ……家出中にねぇ? レスター。

 まだ他に何かあったでしょ?

 私の自慢のこの銀のヒゲが、

 何か大きな秘密の気配を感じたのよ」


あああ、まずい、まずい、まずい、

どうしよ、落ち着け、平常心だ。


「……他にって、何のこと?」


「言いたくないなら

 無理に聞こうとは思わないけど。

 ……それじゃ一つ教えといてあげるわ、

 レスター。

 あなたって考え事してると

 顔に出るタイプみたいよ。

 気を付けた方がいいわ」


「へぇー、そうだったんだ。

 教えてくれてありがと。……じゃあ、これで」


表情を動かさないように

顔の筋肉に意識して力をいれながら返事した。

ケット・シーの視線を

背中に痛いほど感じながら、

オリガの部屋を後にした。





≪続く≫


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