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運命の出会い2

リコシェは留学先であるアドラータへ戻る飛行機の中で、

故郷で撮った沢山の動画を楽しんでいた。

PCF画面を掌サイズで偏光処理と音声思考対応させ、

覗き見防止と音漏れ一切無しで完璧だ。



『おおっ! ……アイラ、でかした。そうかそうか、

 ちゃんと変身してみせてくれたか。

 お前はよく解っているのぉ。

 それにしても、なんて可愛いんだ』


『あああっ、父上。まだ抱き上げては……』


『いやぁ、アイラは賢い良い子だのぉ』


『……んんん、みゃあああぁぁぁん! あああぁぁぁん!』


『ほら、父上っ!』


『おぁ! ……ああ、すまん……』


『おやおやおや、アイラをこちらに。

 ……おお、よちよち。だいじょぶでしゅよぉ』


『あ、あにう……っ、ぶふっ』


『……あらあらまぁまぁ、元気な声だこと』



動画に残るお初祝いはとても賑やかなものだった。


偶然とはいえ、

ここぞのタイミングで変身してみせたアイラちゃんに大喝采だ。

思いがけず甘々な様子をみせる義兄の、

普段の重々しい表情とのギャップで

笑いを堪えるのに苦労した。


誇らしげな姉や微笑ましく見守る母、

珍しく目尻を下げて満面の笑みの父や、

喜びに満ちた沢山の人々の中にあって、

自分が一人その場に違和感ある

憔悴した雰囲気を持ち込むことにならなくて本当に良かったと

今あらためて思う。


もちろん祝う気持ちが無かったわけではない。

可愛い姪っ子の成長がとても嬉しく、

お初祝いに参加することも楽しみにしていた。


ただ、故郷に帰るついでに

たまたま利用できる事になったプライベートアイランドで

出会ってしまったのだ、紅い瞳のドラゴンに。


そして、ドラゴンは姿を消し、

一人取り残されて傷心のまま帰った故郷だったのだが。



母上、私頑張ってみます!



母に背中を押されたリコシェは、

もう一度ドラゴンに会おうと決めた。

そして、まずは命を救われたお礼をちゃんと言わなければ。


リコシェは、一度は忘れてしまおうと思ったドラゴンの

美しい紅い瞳を思い描いた。





アドラータの空港に着いた時、リコシェはその足で

プライベートアイランド専用ターミナルに向かった。


甘やかされているわけではないのだが、

久しぶりに帰省した娘のためにと

どっさり用意された心づくしのあれこれが

大荷物になってしまったので、

自分の荷物とひとまとめにして一緒に送ってしまった。


なので、リコシェは持ち手の止め具を別の場所に付け替えると

リュックのように背負えるタイプのバッグが一つで、

とても身軽だった。

大きい荷物があったら

おそらく寄って行こうとは思わなかっただろう。



あの時ドラゴンは確かに不調だった。


もし普通に、

例えば散歩なんかで群島海域を飛んでいたとする。

その時に急病か何かでトラブルが起きたなら、

まず間違いなくレスキューを呼ぶはず。

それを呼ばずにあんな高熱で……


何か表向きに出来ない事情があったんだ、きっと。

だったらドラゴンの事を直接聞くのはまずい気がする。

どうしたらいいかな……




そうこうするうちにターミナル窓口に着いてしまった。


「……えーっと、あの……

 私、数日前にプライベートアイランドを

 利用させて頂いた者なんですけど、

 その時に島の近くでボートの事故があったと聞いたもので

 その事についてちょっと聞きたい事があって」


「はい。……失礼ですが、

 お客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「あ、リコシェ・ブロワです」


実を言うと、リコシェ・ブロワ、これは本名ではない。

セキュリティ面から

リコシェの個人データはダミーの下に隠されている。


リコシェというのは子供の頃からの愛称であり、

予期せぬ唐突な呼びかけにも不自然にならない範囲で

対応できるようにとの配慮をもって決めた名前だ。


「ありがとうございます。

 二日間のご予定でご予約いただき、

 一日繰上げて一日間のご利用をいただいた

 リコシェ・ブロワ様ですね?」


窓口の女性は、話しながら手元の端末を操作し

手早く情報を呼び出した。


「はい。あの……チェックインの時に

 島の近くでボート事故があったと聞いたのですけど、

 その事故が気になりまして」


「少々お待ちください。

 …………事故の件につきましては、

 報告書を説明させていただいて

 ご了承いただいたことになっておりますが、

 何か不都合でもございましたでしょうか」


「いえ、あの、

 報告書で聞いた時はそんなに思わなかったんですけど、

 事故を起こしたボートって所属不明だったんですよね?

 ……それが後からどんどん気になって。

 所属不明って有り得ないじゃないですか、普通。

 これってどういう事なんだろうって、

 気になって気になってしょうがなくて。

 

 あれからもう何日も経ちましたけど、

 何か後からわかった事ってないんですか?」


リコシェはわざと興味津々な顔をして

畳み掛けるようにまくし立てた。


「調査の過程で、

 事故を起こした運転者の捜索も同時に行われたのですが

 発見できませんでしたし、

 おそらく複数のボートで暴走運転していて事故を起こし、

 そのまま別のボートに乗り移って立ち去ったのだろう

 と、いうのが海上警察の見解で捜索は打ち切られております。

 それに……」


リコシェはすかさず口を挟んだ。


「あのっ、海上警察は

 どうして複数のボートと判断したんですか?」


「こちらとしてはご利用の隙間でございましたので

 セキュリティロックされていない状態の

 粗いデータしかありませんでしたが、

 捜査協力の一環として

 監視衛星の該当地区のデータを提供させていただきました。


 ロック以後でしたらきちんと揃ったデータを出せたのですが。

 これだけではないかもしれませんが、

 判断材料の一つになった可能性はあります」



「監視衛星のデータですか、なるほど……」



「ほぼ自然環境に影響はないと結果が出ましたので、

 こちらとしましては営業に何ら差し障りはないと

 判断されておりまして。

 それ以降新しく

 何か捜査なり調査なりが行われた事実はございません。


 所属不明の件ですが、ボートは粉々でほぼ燃えてしまっており

 調査不能のため結果としての所属不明でありまして、

 これ以上の捜査はおそらく行われないでしょう」



「海上警察が打ち切ったのなら特に問題もなかったんでしょうね。

 お話伺って安心しました。

 お忙しいところお手間とらせてごめんなさい。

 ありがとうございました」


「お役に立ちましたなら幸いです。

 またのご利用をお待ちしております」


リコシェは対応してくれていた窓口担当者と

にっこり微笑み交わして窓口を離れた。





リコシェは窓口に背を向けて歩き出しながら、

内心の興奮を抑えきれずにいた。


別のボートがいたんだ!


複数のボートの暴走って、

群島海域の外れ辺りだと他の島も少ないし

ほとんど何もないところなのに、いったいどこから来たんだろ。

そもそも普通に運転してれば他のボートにぶつからないよね。

もしかして、ドラゴンがボートに関係あるんだとしたら……


リコシェが考えに耽りながら歩いていく少し後方で、

窓口の側に整然と並んでいる椅子から

男が二人静かに立ち上がるとリコシェと同じ方向へ歩き出した。






リコシェが何となく変だなと思ったのは、時々利用している

手作りジャム専門店の前を通りかかった時だった。


数歩通り過ぎた時、ふと、

そろそろ新作ジャムが出ている頃かもしれないと思い付いて、

通りかかったついでにちょっと寄って行こうと

クルッと振り返った。


すると十数歩向こうから歩いてくる男二人のうち一人が

急に横を向いて立ち止まった。


もう一人が舌打ちして小さく何やら声をかけたので

横を向いた男もまた歩き出して、

リコシェが店に入る時すれ違ったのだったが。



しばらくして、まだ新作ジャムは出ていなかったので

残り少なくなっていたレモンジャムを一瓶買って出てくると、

通りの向こう側にさっき横を向いた男が

ウィンドウの中を熱心に覗き込んでいるふりをしながら

立っているのに気付いた。


ウェディングドレスのウィンドウには

およそ縁のないタイプにしか見えない。



リコシェはとても目が良い。何気なく見渡したが

リコシェの視界の範囲にもう一人は見つけられなかった。

漠然とした不安がよぎる。


……ひったくり、かな?

さっさと帰ろう……


って、もしかして、ずっと家までついてきたらどうしよう。

……うーん、勘違いかもしれないし、

ちょっと様子みてみようかな。



リコシェが歩き出すと、

通りの向こう側の男も一呼吸置いて歩き出す。

リコシェが手近のウィンドウをのぞいたふりでうかがうと、

向こうの男も足を止める。



間違いない。後をつけられてる。

そう思った瞬間にリコシェは走り出していた。



「うぉ! てめぇ」


通りの向こう側の男も走り出した。


クラクションの音が派手に響いた。

強引に道を渡ってきているようだ。

リコシェが必死で走って次の角を曲がり

先のブロックの角まできた時、

横手からもう一人の男が飛び出してきた。


低い体勢で手を広げてリコシェを捕まえようとしたので、

リコシェは思い切って飛び越えた。


「って、まじかっ!」


ひとり姿が見えなかった時は不安でしょうがなかったのだが、

後ろから追われる分にはひとまず安心だ。

走りにはちょっと自信がある。

ぶっちぎって置いて行けばいい、と簡単に思っていた。



ところが、リコシェはお出かけ用の

ヒールの高い華奢な靴を履いていた。

オシャレ用の靴はそもそも長距離を走るのに向いていないのだ。

なので、ぶっちぎるどころかだんだん差を詰められてきている。


……どうしよう。足が、痛い……

もうあまり走れない……



ふと思い付いて裏道に入り込んだが、これが失敗だった。


暗がりに紛れて何とかやり過ごせないかと思ったのだが、

足元は見づらい上にゴミやら空きビンやら箱やら

得体の知れない物の入った袋やらが

片側に寄せて積み上げられていたり散乱していたりで

足を取られてマトモに走れない。


リコシェは何度もつまづいて転びかけ、

危うく踏みとどまってはいるが、

とうとう足の爪先を痛めてしまったらしい。

しぶとく追われて息も上がってきた。



邪魔な箱やら何やらを蹴飛ばしたりぶちまけたりしながら

どこまでも追ってくる音が背後から迫ってきて、

リコシェの心にもダメージを蓄積する。


……捕まったらどうなるの? ……怖い ……怖い

誰か、助けて!



角を曲がって、それでもしばらく走った時、

突然ビルとビルの隙間に作られた鉄の仕切りが開いた。

リコシェは手をつかまれてあっという間に

その鉄の仕切りの向こう側の薄暗がりに引っ張り込まれた。


「あっ! いや……」


すばやく仕切りは閉じられて、

声を上げかけたリコシェの口は大きな手で塞がれた。

リコシェは必死で逃げようともがく。


「しっ!」


リコシェはあっという間に抱え込まれて

一切身動きできなくなってしまった。

リコシェを完全に拘束した誰かは一瞬で気配を消す。

すると間もなく、バタバタと足音が聞こえてきた。


「……あの女、どこへいきやがった!」


「まだそんな遠くへ行ってねぇはずだ。捜せっ!」


リコシェの口を塞いだまま緊張を緩めずに

バタバタと走り去っていく足音に耳をすませていた誰かは、

何も聞こえなくなってもまだしばらくじっと聞き耳を立てていた。

すると、


「……くそっ、ここらに気配はねぇな」


静かに走り去っていく音を確認して、ようやく緊張が消えた。

リコシェの耳元でささやく。


「大きな声を出さないで。まだ近くにいるから静かに。

 ……こっちだ」



リコシェを拘束していた誰かはゆっくりと手を緩め、

最後に口を塞いでいた手をそっと外した。

そして、リコシェの手を引くと、

鉄の仕切りとは反対のビルの隙間奥へと連れて行った。



暗いビルの隙間を抜けると

四方をビルの裏面に囲まれてポッカリ開けた場所があり、

柔らかな光を浴びてオリーブの木が二本寄り添って生えていた。


古びたベンチが置かれていてリコシェはそのベンチに座らされた。

その人は、リコシェの前にしゃがんで

見上げるように話しかけてくる。


「もう大丈夫だ。落ち着いたかい?」


「……あの、助けてくださってありがとうございました。

 走れる靴だったら余裕で置き去りにしてやったんですけど」


「そうか、君は足に自信があるんだね。

 だけど、草原のスプリンターも

 連携して狩りに来るライオンの群れ相手では、

 残念ながらいつもいつも逃げ切れるとは限らない」


リコシェは痛む足を見やった。


「……ちょっと足を見せてごらん」


つないでいた手をそっと放すと、

彼は返事も待たずにリコシェの足を手にとると、

靴を脱がした。


「あ……」


一瞬身を硬くしたリコシェだったが、

柔らかくリコシェの足を捉えた手は意に介した風もない。


「これは痛そうだ。

 こんなになるまでよく頑張って走ったね……。

 ここじゃ消毒と簡単な手当てくらいしかできないが……」


そう言って、そっとリコシェの足を下ろすと立ち上がって

オリーブの木の向こう側へ歩いていった。


そこにはビル壁に寄せて

田舎の農家の母屋の隣に建っていそうな納屋があり、

その脇に古びた木箱が一つ置いてあった。

その木箱を開けて取り出したのは、

最新型のサバイバルキットだった。



リコシェが驚いているうちに

キットを持って戻ってきたその人は、

手早く開封してリコシェの足の応急処置を始めた。


リコシェは見るともなく処置の手元を見ていたが、

その人のすらっと長い指を、

ふとピアニストの指のようだと思った。

短く切り整えられた縦長の爪の指先が器用に良く動く。


目の前にあるのは

ほんのり青みを帯びた銀色の長いストレートの髪を

うなじで束ねた形の良い頭で、鼻筋の通った高い鼻に

ブルーメタリックフレームのメガネが良く似合っていた。


今は一文字に結ばれている意志の強そうな口元が、

もし微笑んだらどうなるのだろうとぼんやり思っているうちに

片足の処置が終えられ、もう一方の足に移っていた。



「……さぁ、これでよし。

 打撲と擦り傷と靴擦れだからね、すぐ治ると思う。

 傷の治りを助けてくれるから、

 しばらく剥がさないでこのままにね」


手当てした足をそっと下ろすと、リコシェを見上げて微笑んだ。

リコシェは、ああ、やっぱり似合う、と、そう思った。



「あの…… 助けていただいた上に治療までしていただいて、

 本当にありがとうございました」


「どういたしまして。

 これに懲りて、危ない所に首を突っ込むのは止めた方がいいな」


「えっ? ……危ない所って、ジャムの店、じゃないですよね」


リコシェは首を傾げて考え始めた。


「あの店の前で気付いたから、

 何かあったとしたらもっと前のはずだけど、

 プライベートアイランドの専用ターミナルに

 ちょっと寄っただけだし……」


「たぶん、それだな」


「ええっ?! まさか、そんな……」


「何かイレギュラーな事をやっただろう。

 普通にプライベートアイランドを使う人が

 ターミナルでやる事じゃないことをね」



リコシェは迷った。

どこまで打ち明けていいんだろう。

助けてもらったし、悪い人には見えない。

だけど……


「あの、実は私、数日前に

 プライベートアイランド利用したんですけど、その時に、

 島の近くで所属不明のボートの事故があったって聞いて……

 気になったからちょっと聞きに行っただけなんです。

 ……あの、プライベートアイランドって恐いところなんですか?」


「あ、それは違う。

 ……ごめんごめん、誤解させるような言い方をしたみたいだね」



不安げなリコシェの表情に、ちょっと顔をしかめて話し始めた。


「うーん、そうだな……

 ボート事故を起こしたのが悪い奴らだったとしよう。

 事故を起こして姿をくらましたが、警察が動いていないか、とか、

 警察が何か見つけていないか、とか、

 ちょっと気になることがあるとする。

 

 警察へ直接調べに行ってやぶ蛇になったら困るな。

 じゃあ、どうする?」


「プライベートアイランドの専用ターミナルへ行って、

 何か情報がないか調べる?」


「うん、まぁ直接調べる訳にはいかないだろうから、

 おそらく窓口そばの目立たない所に潜んで

 何かひっかからないかと網を広げるだろうね」


「……それにひっかかっちゃったんですか、私」


「たぶんね」



リコシェは唇を噛みしめてうなだれた。


「……私はただ、もう一度会いたかっただけなのに……」


「え?! ……君は、あ、いや」



リコシェは何かを吹っ切るようにすっくと立ち上がった。


「……あの、私、もう帰ります。

 これ以上ここにいたらきっとあなたに迷惑が掛かります」


「無理に引き留めはしないけど、

 奴ら粘着質で諦めの悪いタイプかもしれないよ」



「たぶん避けるくらいなら何とかなると思います」


そう言ってリコシェはPCFを展開した。


「さっきの追跡者の顔データでブラックリスト追加、特別枠でね。

 半径30メートルに接近したら報せてね。

 ついでに最適回避ルートもお願い」


『追跡者二名、ブラックリスト追加完了。

 半径30メートル内に一名存在。南東方向26メートルです。

 現在回避ルートはありません』


「えっ! ……ち、地図をお願い」


PCFがパッと地図を展開した。赤い点が地図上に点滅している。



「……ちょっと失礼」


そう言って横からリコシェのPCFを覗き込む。


「おお、これは便利だ。君のPCFは非常に良く育っているね」


「って、何を呑気なこと言ってるんですか!

 回避ルート、無いんですよ?!」


「いや、近いけれど見当違いの場所を捜してるようだし、

 今動くと見つかるがジッとしていれば見つからない。

 要するに、最適回避ルートはここに居続けるってことだろう」



リコシェは落ち着いた声にホッとして

ストンとベンチに腰を落とした。


「いなくなったら報せてね」


『了解しました』




「……お嬢さん、隣に座っても?」


「どうぞ」


リコシェがベンチの左側に寄ったので、

彼は空いたところにゆったり腰掛けた。


「……何だか、急に雨に降られて同じ店の庇の下に駆け込んだ

 雨宿り同士って気分なんだが、また呑気だと叱られるかな?」


「いえ、ごめんなさい。言い過ぎました」


「いや、まぁ、呑気な反応だったことは間違いない。

 ちょっと言い訳させて貰えれば、

 ここが私の隠れ家の一つだという事だね。

 長く愛用してきたポイントで

 これまで余人に見つけられた事は一度も無い。

 ついでに言うと、このオリーブを植えたのは私だ」


リコシェは驚いた。


「え? そんな昔からここを?」


「ちょっと待って!

 ……昔って言われると、さすがに傷つくぞ。

 オリーブは生長が早いんだ」


リコシェは吹きだした。



「植えた時はホンの小さな苗だったんだよ。

 ツヤのある濃い緑の葉なんだが、葉の裏側が銀白色でね、

 自分のようだと思った瞬間買ってたね。


 実を生らせるには違う品種を一緒に植えないと、

 と教えてくれる人がいて、

 商売上手だなと思いつつもう一本も買った。

 そしたら、植え方から育て方や

 管理の仕方までそれはもう詳しく教えてくれて、

 そのとおりにしたらこうなったってわけだ」


「きちんと育てたんですね。えらいわ」


「だけどね、実が生って熟すのを待って、

 それはそれは楽しみに一粒採ったんだよ。

 とても良い香りでさぞ美味しいだろうと口に入れたら、

 これが渋くて渋くて……」


彼は渋さを思い出したか、

今渋い実を食べたばかりのようなしかめ面をした。



「生のオリーブを食べようとするなんて、勇者だわ」


リコシェは大笑いしながら言った。


「……あなた、ルベから来た人なのね。

 ここって、変わった隠れ家だけど

 何だかあなたに似合ってると思うわ。

 ……もし、オリーブがたくさん採れたら塩漬けにしてみて。

 半年待てば美味しく食べられるようになるわよ」


彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。


「そうか、塩漬けで半年か……

 良い事を聞いた。ぜひ、試してみよう。

 ……それにしても、オリーブの話で分かってしまうのか。

 これは気をつけないといけないな」


「マリレで育つとね、オリーブは身近な木だから

 小さいうちからこの実は生で食べられないんだよと

 教えられるの。

 だけど、とても良い香りでしょ?

 ついつい口に入れてしまうのは同じ。

 でも、それはずーっと小さい頃のことでね、

 大人になってする経験じゃないのよ」


「なるほどね。……よし、覚えておこう。

 ……不思議だな。君と話していると……」


『監視対象、半径30メートルを出ました』



PCFの合成音声に押されたように、リコシェは立ち上がった。



「それじゃ、私、行きますね」


彼は一瞬不思議そうに、立ち上がったリコシェを見上げた。


「……ああ、そうか。……そうだね。……気を、つけて」



リコシェがタタッと走ってビルの隙間の方へ行った。

くるっと振り返って手を振る。


「もうほとんど痛まないわ。

 これだったら今から追いかけられても平気ね」



なぜか彼女はずっとここにいるような気がしていた。

そんなはずはないのに。



「ちょっと待って。出口まで一緒に行こう。

 普通には開けられないんだ」


「あ、そうなのね。

 ……簡単に開くようならすぐ見つかっちゃうか」



彼はビルの隙間の前でリコシェに手を差し出した。


「お嬢さん、お手をどうぞ。

 ……暗いからね、つまずいてまた足を痛めたらいけない」


リコシェは小首を傾げて見上げ、微笑んだ。

彼はリコシェより優に頭一つ分を超えて背が高かった。


「どうもありがとう。感謝します」



リコシェが手を預けると、薄暗くて狭いビルとビルの隙間を

舞踏会の大広間に向かう通路を歩くようにエスコートされ、

程なく鉄の仕切りに着いた。


「……なんだか名残惜しい気がするわ」


「……ああ、そうだね。……私もだ」



光量をとても落としたPCFが小さく展開した。


「チェック」


『オールクリア』


彼のPCFはとてもあっさりしている。本当に人それぞれだ。



「送って行けたらよいのだが」


「いえ、十分です。ありがとうございました。

 助けていただいた身で

 こんなことを言うのは変かもしれないですけど、

 楽しかったわ」


リコシェは彼を見上げて微笑んだ。



「……ここを出たら、立ち止まらずに歩き続けて欲しい。

 どうか、気をつけて」


鉄の仕切りが手前の方に細く開いた。

開錠されたらしい。


リコシェが仕切りに向かって踏み出そうとした時、

一瞬、後ろから抱きしめられた。


が、驚く間もなくトンと背中を押され、

気付くと仕切りの外へ歩き出していた。



立ち止まっちゃダメ。歩き続けないと……

考えるのは家に帰ってからよ。



リコシェは気を張り詰めていたが、

PCFに反応はなく無事に部屋に帰りついた。


すると故郷から送った沢山の荷物が

もう既に受付に届いており、

部屋まで運んでもらえて助かったが、

一つずつ荷物を開いて中身を確認しつつ

片付けるのにとても忙しかった。


傷が気になったし、

湯船に浸かるのは止めてシャワーだけにしたので

落ち着いて考え事ができるようになったのは

ベッドに入ってからだった。




今日の反省その1。

走り始める前にPCFでいろいろ設定しておくべきだったのに

しなかったこと。

スニーカーだったらあっという間に置き去りよ。


ヒール履いたまま全力で走る事になるとは思ってなかったし……

って、ダメね、言い訳してちゃ。

足を過信して準備不足で動いた私の失敗。


……だけど。

PCF使ってたらあの人に会う事もなかったのか……



リコシェは寝返りを打った。



いきなり引っ張り込まれたときは怖かったなぁ……

必死でもがいたけど、びくともしなかったっけ。


靴脱がされた時も驚いたなぁ。

心臓飛び跳ねそうだった。


ふふっ、生のオリーブ食べたって。

……大笑いしちゃったし。




……あの通路の出口で……


リコシェは、一瞬だったが確かに自分を抱きしめた腕と、

背中に感じた広い胸の熱を思い返して頬に血が上った。


思わずベッドに半身を起こし、頬に手をあてる。



「……どうして?!」



布団をつかんで、そのままポフンとベッドに倒れる。

頭まですっぽり布団に潜ってしまった。




この夜、リコシェは夢を見た。


二人組に追われて捕まりそうになっている

リコシェのところにブルードラゴンがやってきて、

二人組を空の彼方に吹き飛ばし、

銀のお皿に山盛りの生のオリーブの実を

もりもり食べたドラゴンが泉の水を飲み干す勢いで

ガブガブ飲んでいる夢……




翌朝、目覚めたリコシェは妙な夢をみた、と苦笑した。


「……まさか、ね」






リコシェが目覚めたちょうどその頃、

例の二人組が王立オルシーニ大学駅に現れた。



「……これで何人目だ? 無駄足ばっか踏ませやがって」


「そんなこといってもよぉ、

 あんなすばしっこい女めったにいやしねぇよ。

 追っかけて街中走り回ってるうちに、

 どっかで頭ん中からこぼしちまったんだよ」


「てめぇが名前さえちゃんと

 その足りねぇ頭に突っこんどきゃあよ、

 こんな苦労しなくて済んだのによ。

 リコなんとかって名前の若い女だぁ?

 この街にいったい何人いるんだ。くそっ!」


「……自分は全然覚えてなかったくせによぉ、

 俺にばっか文句言ってさぁ」


「ぁあ? てめぇ、……今、なんか言ったか?」


「いんや、なぁんも言ってねぇ」


「……ちっ! とっとと張り込むぞ。へますんなよ」


「ちぇっ。わぁったよ」




一方リコシェは、

バスルームで新製品のパッケージを眺めていた。


「“服を着替える感覚で一日だけのヘアカラー、

 髪にダメージを与えない新発想のオシャレアイテム”だって。


 ……へぇ、染めるんじゃなくてナノレベルで微粒子吸着かぁ。

 触っても汚れません服も汚しませんって書いてある。

 試してみようかなぁ、これ」


ややあって、

バスルームからでてきたリコシェの髪は艶やかな黒髪だった。



「カラスの濡れ羽色ってこんな色かしらねぇ。

 それにしても、こんなの入れてくれたの誰だろ。

 ……姉さま?

 うーん、違うなぁイメージわかない。

 

 もしかして母さま?!

 ……ああ、きっと母さまだ。

 意外に新しいもの試してみるのお好きだし。

 

 あ、そうだ!」


PCFを展開する。



「母さまに動画送るから撮ってね。


 早速試してみました。黒髪の私はいかがですか?

 ……ちょっと落ち着いて見えたら嬉しいのですけど。


 ……って、ここまでね」


『動画を再生します』


PCF画面に黒髪のリコシェが現れた。

クルッと回ったり楽しそうだ。

思ったよりも似合ってるかも。ふふっ。


「OK。母さまのプライベートアドレスに送ってね」


『送信完了』


「ありがと。……ああ、そうそう。

 昨日ブラックリスト特別枠に入れた二人だけど、

 半径30メートルにしたけど50メートルに広げたら

 負担大きい?


 それと、できたら接近通知は思考対応にできないかしら。

 周りに人がいると余計な騒ぎ起こしそうだし」


『問題ありません。設定変更しました』


「ありがと。

 ……それと、……あの ……あのね、

 ……昨日のあの人、画像データを……」


『画像データ取得失敗です』


「え? そんなことってあるの?」


『特殊な機能のあるメガネ使用のため

 画像データに不備。取得できません』


「そう。あのメガネ、特殊機能があったんだ。

 …………目がね、見たかったなって思ったのよ。

 画像処理でメガネ消せたら見られないかなって。

 ……じゃあ、絶対無理ね。……ごめん、ありがと」


『お役に立てず残念です』


「気にしないでね」



支度を済ませて出かけようとした時、

リコシェはふと思い付いて黒い縁の伊達メガネをかけてみた。

ヘアカラーと一緒に荷物に入っていたものだ。


「これってセットで用意したのかも。

 だったら、やっぱり一緒に使ったほうがいいかしら。

 ……ふふっ、みんなどんな反応するか楽しみだわ」





リコシェがモノレールに乗ると、

車両には顔見知りや友人が沢山乗っていた。

でも、誰にも気付かれない。


なので、友人の肩をポンと叩いた。


「アリーチェ、おはよっ!」


「あ、おはようって、え? ……ええっ?!

 ま、まさか…… リコ?! うっそーーーっ!!」


アリーチェの素っ頓狂な叫びが注目を呼び、

モノレール内にいた友人知人がみな

リコシェの周りに集まってしまった。


一日だけのオシャレアイテムだと説明すると、

感心されたり商品名をメモされたり、よく似合ってるとか、

イメージが違いすぎて別人みたいでわからなかったとか、

とても盛り上がって

ワイワイ賑やかな集団ができあがってしまった。



だが、賑やかな人の群れの中心にいて

リコシェは生きた心地がしなかった。

何しろPCFが頭の中に接近通知を響かせたのだ。


昨日の二人組が揃って次の駅にいると判ったのに、

モノレールは一直線にその駅に向かって進んでいる。


一瞬パニックを起こしそうになったが、

楽しそうに盛り上がっている友人たちを

巻き込むわけにはいかないと腹をくくった。

思い付きで試したヘアカラーで黒髪だし、

黒縁メガネまで掛けている。

開き直って全然知らない人として行き過ぎようと決めた。


不自然にならないように、緊張しないように落ち着いて、

いつもどおりに……



ついに、王立オルシーニ大学駅に着いてしまった。

賑やかな集団がドッと降りる。

リコシェも流れに乗って降りた。



「あ、そうそう。リコ!」


「……ん? なぁに?」


余計な事は考えない、考えない、考えない……


「リコがねーお休みしてる間に先生が言ってたんだけどさ……」




賑やかな集団がバタバタと通り過ぎて静かになった駅で。


「この駅使ってるリコなんたらは、

 似ても似つかねぇ地味女だったな……」


「だな。まぁ、ここが外れだって早く判って良かったぜ。

 ……次行くぞ、次」


「……ああもう、めんどくせぇなぁ」



大学構内に入った頃、PCFが圏外通知をくれた。

どうやら見つからなかったと判ってホッとしたのだけれど

……捜されてるならこのままじゃマズイわね、やっぱり。


リコシェは二人組対策を考え始めた。

……明日から先生は学会へ参加されてお留守だから、

動くならまずは明日ね。






次の日の早朝、茜色の空に

一羽のホオジロカンムリヅルが飛び立った。


不自然にならないように駅上空を通り過ぎる。

とりあえず、駅を片っ端からあたってみようと決めた。


出来るだけ一直線に通過して適当なビルの屋上に降りて

ちょっと休憩しながら羽繕いしてみたり。


ふと、一直線ばかりも不自然かと思いついて

適当に曲がってみたり。




……捜そうとするとなかなかいないものねぇ。



リコシェはブラックリストの接近警告通知を逆手にとって

例の二人組を密かに見つけ出そうと試みていたのだったが。




とある建物の一室で。


「ねぇねぇ、おかあさん。ちょっと見て!

 ほら、あの鳥っ! ……きれいだねぇ」


「……え? あらぁ、ホントねぇ。なんて鳥かしらねぇ。

 あ、撮っちゃダメよ!

 きっとあの鳥は変身してる人だから。

 それより、早く図鑑だして調べてみたら?」


「うんっ! ……………………………………あっ!

 あったよ、おかあさんっ!

 ホオジロカンムリヅルだって!

 へぇー、すっごいなぁ。


 ぼく、初めて見ちゃった!


 ねぇねぇ、おかあさん、ぼく画像欲しいなぁ。

 ……あっ! 飛んで行っちゃった……。

 あーあ……」


「ああ、行っちゃったわねぇ……。きっとまた飛んでくるわよ。

 あ、資料映像ならあるかもしれないから検索してみたら?」


「うん、やってみる」



目立たないつもりで変身してきたリコシェには、

それが逆効果だったかもしれないという発想は全くなかった。



リコシェなりにさりげなさを演出しながらの沿線移動で

駅を辿って数時間、とうとうパーソナルアイランド専用

ターミナル最寄駅にやってきた。

例の二人組に追いかけられ危ない目にあったばかりの場所だ。


駅を少し離れた場所にジャム専門店を見つけた。

ウェディングドレスのウィンドウのディスプレイもそのままだ。


尾行に気付いて走って逃げようとした方向を目で追う。

曲がった角があそこなら……



見当をつけて逃げ回った範囲を見渡すと、

高さも形もバラバラのビルの絶妙な組み合わせで作られた

四角い空間があるはずの場所を見つけた。


だが、オリーブの木が生えた空間は見えない。

一つのビルの屋上が

あの空間の分も含んだ広い屋上に見えているのだ。



“地図確認して。昨日の場所で間違いないわよね?”


『間違いありません。極めて高度な光学迷彩技術応用処理により、

 物理的に存在しない屋上が完璧に映像的に存在しています』


“屋上を通り抜ける事は可能?

 システムにトラブルを起こしたり迷惑を掛けるのはイヤなの”


『通り抜け自体は可能と推測されます。


 ただし、未知の技術が使われている可能性が大きいため、

 トラブルを回避したり多大なる迷惑を及ぼさないと

 判断するに足る材料がありません。


 よって、仮想屋上を通り抜けることは避けておくのが

 心情的にも望ましいと判断されます』


“……そのとおりだわ。ありがとう。

 何か起こしちゃったら取り返しがつかないし……

 もうちょっとで大きな後悔の種まきするところだったわ”


『お役に立てましたなら幸いです』




リコシェは駅やその周囲を飛びまわり、

パーソナルアイランド専用ターミナルへも

文字通り羽根を伸ばしたが、何の収穫も得られなかった。


来た時とは逆方向から回って帰ることにしたのだったが、

少なからず落胆していた。





「……ホオジロカンムリヅルとは、

 珍しいお客があったものだ」


周辺の防犯カメラを密かにネットワーク化したものと

独自に設置した数多くの極小監視カメラからの映像に

一羽のホオジロカンムリヅルが

周辺を飛び回る姿がたくさん映っていた。


「美しいな……」


足に自信があるようだったので、

てっきり地上系かと思っていた。

それがホオジロカンムリヅルとは……


年の頃やセキュリティ能力に長けたPCFの育ち具合を考えると、

それでもう彼女が誰なのか特定できてしまった。



飛び込んでくるかと思ったが、来なかったか……

こちらの事を考えて踏みとどまったのだとしたら、

私が思うより君はもう少し大人なのかな。


思わず笑みがこぼれる。


……しかし、あの姿で飛び回るのは目立ちすぎだ。

どうしたものか……


オリーブの木陰のベンチで彼は一人考えに耽った。





翌日、忙しく書類に目を通していたモンフォール女王の執務室に

長年の側近の一人であるブロワ伯爵が駆け込んできた。


「女王陛下、大変です!」


「いったい何事です? ブロワ伯。

 あなたが取り乱すなど、久しく覚えがありません」


「こ、これは失礼を。……では、出直してまいります」


サッと一礼し、

退出しようと向きを変えたその背中に女王は声をかけた。


「いえ、それには及びません。

 何か困った事でも起きましたか?」


ブロワ伯は向き直って女王の問いに答えた。

ハンカチを取り出して汗を拭く。

どうやら全力で駆け込んできたようだ。


「困った事と言いますか、その……

 ルベのグランヴィル国王から両国の友好を深めるため

 交流の機会を増やしたいとのご意向で、

 それに先立って使者を遣わしたいとのことです」


「それは願ってもないこと。とても喜ばしい事ではありませんか。

 これの何があなたを走らせたのでしょう、ブロワ伯」


「そ、それが、その……

 その使者の案内役をぜひアレクシア様にと、

 たってのご希望だそうです!」


「まぁ! リコシェに、ですか。……それで、使者はいつと?」


「明後日ではどうかとの事ですが、あまりに急なので

 ここは一旦お断りして改めて日時を定めてもよろしいのでは」


女王は考えをめぐらせた。

……もし私が思ったとおりなら、

そうしなければならない理由があるはず。


「いえ、使者を受け入れます。

 すぐリコシェに公務の知らせを出して即刻帰国させなさい」


「かしこまりました」






昨日の空振りで疲労感が2倍増しだったリコシェは、

今日も探索に出かけようと早朝起きだしたのだったが、

朝食後ちょっとだけ休憩しようと

ソファでワニのぬいぐるみを抱きしめた後、

そのままウトウト眠り込んでしまっていた。



そこへPCFがファンファーレを鳴らした。


「……え? 何?!」


『ご下命です。姿勢を正して受信してください』



リコシェは背中を真っ直ぐにのばしてPCFにタッチした。

展開した画面にブロワ伯付き秘書官が現れた。


『モンフォール国第2王女、

 アレクシア・リュシエンヌ・セシリア・ド・モンフォール様に

 ご下命です。

 明後日到着のグランヴィル国使者のご案内役を務めるように

 とのこと。

 つきましては即刻ご帰国いただかねば間に合いません』


「ええぇぇぇっ! ホントに?!」


『アレクシア様、ご下命ですよ!』


リコシェは立ち上がって優雅にお辞儀した。


「……承りました」


『一刻も早いご帰国をお待ちしております』



通信が切れてすぐ、

リコシェは留守にする件での連絡漏れの無いように

リストを作り始めた。


期間は言われなかったから、

当分ってことにしとかないとダメかな。

それにしても、急よね。

お初祝いの時に全然そんな話なかったのに……


グランヴィルってルベの国よね……

これからのことを考えるととても大切なお客様のはず。

……なぜ私なんだろ?

ああ、ダメダメ。考えるのは今じゃない。


とにかくお引き受けしたからには、精一杯やるしかないわ!




あ、そうだ。ヘアカラーもう一回使っとくほうがいいわね。

途中で追いかけられるようなことになったら間に合わないわ。


えーっと、やっぱりメガネも必要ね。




リコシェは慌しく祖国モンフォールに向けて旅立った。






その頃、オリーブの木陰のベンチで。


『珍しいお前の頼みだからと申し入れてはみたものの、

 あまりにも急な日程故、

 断られるか或いは日程の見直しかと思っていたのだが、

 すんなり決まって逆に驚いた』


「お手数をおかけしました。感謝いたします」



『……種明かしはせぬのか。まぁ良い。

 だが、この件の出所がお前だと広まるのは時間の問題だ。

 覚悟して置けよ』


「重々承知しております」



機嫌の良い笑い声のうちに通信は切れた。





≪続く≫


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