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大切なもの

逃亡中、猫に捕まったコウモリ姿のビドゥは

小さな男の子ケヴィンのペットに。

さて、それからどうなる?

ニュースから流れたドラゴンの噂に、

リコシェの送った動画メールが

思わぬ事態を引き起こして……。


リコシェはアレクシア姫の愛称です。


「ああ、ケヴィン。

 ペペが初めてネズミ捕まえてきた時に買った

 小型ペット用簡易検査キットの残りが

 物置にまだあるはずだから、探しておいて」


「うん、わかったー。コイツの検査するの?」


「やっといたほうが安心だからねー。

 もし何か出たら動物病院に連れて行って

 きれいにしてもらわないといけないけど、

 動物病院は山を降りないといけないからね」


「電車で行くの? やった! 電車乗りたいなぁ」


母親は笑いながら言った。


「何も出なかったら行かないんだよ。

 ペペの検査はこの前済んだところだから

 来年まで連れて行かないし」


「そっか。……ボク、物置探して来るー」


「はいはい、頼んだよ」


ビドゥは思った。

……俺様、変な病原菌なんぞ持ってねぇぞ。

そこらの野良コウモリと一緒にすんじゃねぇってんだ。

まぁ、見た目で区別はつかねぇからな、

そこらは大目にみてやるか。


ややあって、

ケヴィンが小型ペット用簡易検査キットを

見つけて持ってきた。

以前ペペの検査を見ていたので

使い方はケヴィンにも解っていた。


とても簡単だ。

犬や猫やリスといった小型の動物の

可愛いイラストのついたパッケージを開けて

中味を取り出すと、音声が聞こえた。


『ペット用簡易検査キット小型をお買い上げ頂き

 ありがとうございます。

 使い方の説明を聞きますか?』


「ボク、知ってるからだいじょうぶだよ」


ケヴィンはまずセットボタンを押した。

すると四角い塊がムクムク形を変え、

上部の一面がフタになっている

小型の水槽のようになった。


「今から検査だからねー、全然痛くないし

 恐くないからおとなしくしてるんだよー。

 こっちおいでー」


そう言いながら、静かに鳥カゴの扉を開けると

そーっとコウモリを持ち上げた。


「……いい子だねー。よしよし」


ケヴィンはそっとキットの中にコウモリを下ろすと

やさしく頭をなでた。


「すぐだからねー。じっとしててねー」


ケヴィンはきちんとフタをすると

スタートボタンを押した。

ボタンが赤く光って点滅を始める。


しばらくするとボタンが緑色の光に変わった。


『検査は終了しました。

 病原菌、寄生虫、その他問題ありません。

 検査用ナノマシンは数日で体外に排出されます。

 結果を印刷しますか?』


「うん。印刷しておいてね」


すると、ケヴィンのPCFが自動で展開して

検査結果が表示されると、

居間のプリンターが動作して

たちまち印刷されて出てきた。

母親が検査結果の紙を見ながら言った。


「ケヴィン、良かったねぇ。

 コウモリが悪い菌とか持って無くて」


「うんっ!

 でも、登山電車で動物病院行きたかったなー」


「また来年ペペも連れて行くから

 その時までお楽しみでとっときなね。

 それより、

 コウモリに名前つけてやらないのかい?」


「ボクもう考えたよ。コイツ、小犬みたいな顔で

 目がクリクリですっごい可愛いから、

 可愛い名前がいいよね。

 だから、ピポ!」


「へぇ、ピポ、かい。

 良い名前思いついたねぇ」


「えへっ!

 ねぇ、ピポ。気に入った?」


キットのフタを開けて

ケヴィンが全開の笑顔で俺様をのぞきこんでいる。


……ピポ、か。

可愛いなんて生まれて初めて言われたぜ。

……なんか、くすぐったいもんだな。


ケヴィンが手を伸ばしてきたので、

その手につかまってみた。


「あっ! ママ、見て見て!

 ピポがボクの手にくっついてきたよ!

 すごいすごい!」


「おやそう?」


母親が急いでやってきた。


「……どれどれ?

 ああ、ホントだねぇ。

 あらまぁ、この子可愛いじゃないのー。

 きっと利口な良い子だよ。

 

 悪いものは持ってなかったから安心だし、

 もうちょっと懐いたらカゴから出して

 放し飼いにしてもいいかね。

 トイレを覚えてくれたらいいんだけどねぇ」


「ボク、トイレ教えてみるよ。

 ペペも覚えたしきっとピポも覚えるよー」


……へっ、そんなもんもちろん心配要らねぇさ。


ああ、そうだ。

カゴの中にいるより外で自由にいる方が

何かと便利だな。

んじゃあ、適当に懐いとくか。


「……あ、あれ?

 ピポが手を登ってきたよ。

 ……きゃはっ! くすぐったぁい」


お、こいつ、顔くしゃくしゃにして笑いやがる。



「ピポ、そろそろお家に入ろうねー」


おっと、カゴに入る前にちょっとばかし……。

ビドゥはケヴィンの手から飛び立った。


「あっ、ピポ! ダメだよっ。こっちおいで!」


天井付近までパタパタ舞い上がって

室内をぐるっと飛び回る。

がっしりした作りの年季の入った家具と

そこここに置かれた家電から

堅実な暮らしぶりが見て取れた。

ふーん、贅沢な品は全然置いてねぇな……。



一通り見てまわったビドゥは、

後をついてまわって声を上げていた

ケヴィンの胸元にくっついた。


「ママ! ピポが戻ってきた!」


「へぇー、ピポもケヴィンのこと

気に入ったのかもしれないねぇ」


「わぁ、そうかなぁ。えへ。

 ピポ、ぼくも大好きだよっ!」


おいおい、そんなにぐいぐい撫でるなぁ。

首がもげちまうだろ……。


しょうがねぇな、

まだまだガキんちょだから手加減ってものが、

って、いててて!



「ケヴィン!

 ピポは小さいんだから、

 もっとそっとしてやらないと。

 可哀そうに、骨が折れてしまうよ!」


「あ、そっか。ごめんねぇ、ピポ」


……お、おうよ、よくわかってんじゃねぇか。

さすがに母ちゃんやってるだけの事はあるな。


ビドゥはその後おとなしくカゴにおさまると、

リンゴをかじりながらケヴィンの家庭を見ていた。





ビドゥは親を覚えていなかった。

物心ついた時には組織の中で同じように

親のいない子供たちと一緒に暮らしていた。

なので普通の家庭というものを

全く知らなかったのだ。


ケヴィンはテーブルに向かって椅子に座り、

PCFで検索しながら何やら熱心に

ノートに書き込んでいる。

そこへ母がミルクのカップを持ってやってきた。


「はい、ミルク。

 熱いから気をつけるんだよ。

 しばらく冷ましてから飲んだほうがいいね」


「うん、わかったー。ありがと」


ケヴィンは返事をしながらも、

顔も上げずに熱心にノートを書いているので、

母は少し離した場所にカップを置いた。


「勉強かい?」


「うん。コウモリのけんきゅうしてるんだよ。

 いろんなことしらべて書いておこうと思って」


「それはすごいねぇ。

 できたら見せてくれるかい?」


「うん、いいよ。……ほら、もうこんなに書けた」


ケヴィンはそう言うと

母に見せようとパッとノートを持ち上げた。

急いで母のほうにノートの向きを変えようとした時

運悪くノートの端がミルクのカップに当たった。

途端、テーブルに熱いミルクがバッと零れて広がった。


「あっ!」


「ケヴィン!」


あちゃあ、やっちまったなぁ。

こりゃ殴られるぞ。

そう思ってビドゥは身を竦ませた。


「ケヴィン! 大丈夫? ミルクかぶってないかい?」


そう言いながら母はケヴィンに駆け寄ると、

ケヴィンの小さな手をとって

火傷していないか素早く確かめた。

それからすぐに立たせて

熱いミルクがかからなかったか急いで調べた。


「ごめんなさい……」


濡れた所はない、と確認して

母はケヴィンを抱きしめた。


「ああ、良かった……。気をつけないと」


母に抱かれながらケヴィンはこう言った。


「ミルク半分残しておいて

 ペペに約束した分やろうと思ったのに

 無くなっちゃった」


母は笑ってケヴィンの頭をモシャモシャっと撫でた。


「しょうがないねぇ。

 もう一杯温かいミルクをあげるから

 気をつけるんだよ。

 ペペの分は別に分けておくから」


「えーーっ!? ダメだよ、それじゃ。

 ボクのミルクを半分あげるって

 約束したんだもん」


「そうかそうか。約束はきちんと守らないとね。

 ケヴィンはえらいね」


母は満面の笑みでもう一度ケヴィンを抱きしめると

モシャモシャ頭にキスして台所に行った。

すぐに固く絞った台拭きを何枚か持って

戻ってきた母はテーブルをきれいに拭うと、

あんまり熱くないようにするからねと声をかけて

台所へ戻っていった。


元気に返事をして再びノートに向かったケヴィンは

すぐまた夢中になって続きを書き始めた。



ビドゥはリンゴをかじるのを忘れて見入っていた。


…………なんで殴られねぇんだ?

ミルク零すなんて大失敗だろうに。

……殴られて泣いて謝って

食事抜きで寝ろって言われるのが

普通なんじゃねぇのかよっ?!


それが、何だ?!

抱いてもらって撫でてもらって

キスまでしてもらって!


こんなん、ありえねぇぇぇぇぇぇ!!!




「……あ!

 PCFに新しいニュースが入ってるよ!

 ママの大好きな結婚式の、

 ほら、あのマリレのお姫様のニュース」


「え?! 結婚式?

 結婚式はまだのはずだけど?」


「結婚式じゃないよぉ。

 そのお姫様がどこかの国からお客に来た

 王様の歓迎会に出たんだって!

 綺麗なドレス着てるよ」


「どれどれ? ……モンフォール、プリンセス、

 最新ニュース、っと。


 ……ああ、これね。

 おやまぁ、このドレスは初めて見たねぇ。

 よく似合ってる……。

 髪を結ってまとめると

 色が一段濃く見える気がするねぇ。

 輝く黄金色だよ、羨ましい」


「お姫様の金色の頭もきれいだけど、

 ママのココア色の頭もきれいだよぉ。

 そうだ!

 明日はミルクじゃなくてココアがいいなぁ。

 ボク、ココア大好きー」


「はいはい。

 それじゃあ、明日はココアをいれようかね。

 ミルクたっぷりで」


「うんっ!」


嬉しそうなケヴィンに一つにっこり頷くと

母はPCF画面に戻る。


アレクシア姫はどんどん綺麗になるねぇ……。

やっぱり嫁入り前は

どこの娘さんもみんな輝くもんだけど

学者さんだっていうグランヴィルの

アシュリー王子がよっぽど

素敵な人だったんかねぇ。


早いとこお二人並んでるところを

じっくり見てみたいもんだけど、

王子の映像はどれだけ探してみても

全然見つからないのがもどかしいね。

……まぁ、そのうち何か映像がでるだろ。

楽しみにしていよう。


ケヴィンの母は、PCFでそのまま

ニュースを流しながら台所仕事の続きを始めた。



一方、テーブルのケヴィンは

手を止めてぼんやり考えていた。


「お姫様かぁ……。

 そうだ、新しいゲーム出たんだっけ。

 悪魔教団にさらわれたお姫様を

 ドラゴンの騎士が助けに行くやつ。

 みんなもやるって言ってたし……。

 キャラだけ作っとこっかなっ」


ケヴィンはPCFでゲーム画面を開いた。

髪や目や体格や見た目のいろいろを

迷わずさっさと決めて進めてきたが、

名前を決めるところで

自分の名前にしようとしてキャンセルした。


「……やっぱり、ピポにしよっと!」


ケヴィンはビドゥの鳥カゴを振り返って

ニッコリ頷いた。


「ピポはこれから正義のドラゴン騎士だよ。

 頑張って一緒にお姫様を助けようね」


……俺様が正義の?

ゲームのキャラだってんなら

何でもありだろうけどよ、

似合わねぇ事甚だしいな。



ケヴィンはその後いろいろ母の手伝いをした。

ボールに山盛りの豆のさやをむいたり、

乾いた洗濯物を仕分けしたり、洗濯物を畳んだり。

そのたびに誉められたり感謝されたりして

誇らしげな顔をする。


ビドゥはそんな様子をジッと見ていた。



夕食後洗って拭き上げた食器を一つずつ

食器棚に戻す手伝いをした後、

ケヴィンは1時間の約束で

ゲームを始めようとすると、

ビドゥが鳥カゴの中でバタついた。


「ピポ、どうしたの? おなかすいたかな?

 水はまだたっぷりあるねぇ……」


ケヴィンがカゴのフタを開けて手を入れると

コウモリが手にしがみ付いてきたので、

そのままコウモリを鳥カゴからだした。


そっと撫でながらテーブルに戻る。



「ほら、これがドラゴンの騎士のピポだよ。

 かっこいいでしょー」


へぇ、これか。

ここにいたんじゃこいつが片手しか使えねぇな。

んじゃちょっと移動してやっか。


ビドゥはパタパタ飛んでケヴィンの頭に乗った。

ケヴィンは手を伸ばして頭から下ろそうとしたが、

コウモリが髪の毛にしがみついて放さなかったので

とりあえず、そのままにしておく事にした。


ケヴィンはしばらく頭の上を気にしていたが、

ビドゥがジッとしていたので、

すっかり慣れてしまった。



「ピポは正義の騎士なんだから、

 せいせいどうどう戦うんだよ。

 だけど、悪魔教団はねー、

 じゃあくな魔法をつかうんだって。


 じゃあくな魔法ってどんななのか

 よくわかんないけど、

 きっとすっごい悪くて恐くて

 ひどい魔法ってことだよね。

 そんなのにたいこうできるようになる力を

 手に入れるために、ずっと遠くの

 しんぴの泉に行かないといけないんだって。


 あ、変なキノコが襲ってきた!

 ピポ、がんばれー。

 ………………やったぁ!

 どんどん行くよ」



ケヴィンはピポに向かって話して聞かせる体で

楽しくゲームを進めていた。

それをケヴィンの頭の上から眺めながら

ビドゥは妙な気分に陥っていた。


……ピポ、ピポって連呼しやがるから、

何だかもうすっかりピポって言われりゃ

自分の事みたいな気になってきやがったぜ。


こいつの……いや、ケヴィンの言う正義の騎士は

一生懸命でまっすぐで何でも真っ向からって

面倒くさい奴だが、

ケヴィンがあんまり応援するもんだから

つい俺も応援するって、なぁ。何なんだろうな。

…………なんかまるで、…………まるで、

俺もこっち側みたいじゃねぇかよっ!


……ありえねぇったらありえねぇ!




ケヴィンが眠った後、だいぶ経ってから

一家の主であるケヴィンの父が

仕事から帰ってきた。


漏れ聞こえた話の断片を繋ぎ合わせると、

ケヴィンの父は何かの技術者で

トラブルの事後処理に手間取ったらしい。


ケヴィンの寝顔を見に行ってその後できるだけ

静かに過ごそうと気遣っているのだろう気配があって

どれくらい経ったのか家中の明かりが消えた。




家人が寝静まった暗い家の中、

鳥カゴの中のビドゥは動くなら今だろうと考えた。


今、なんだが……。

ここを出てどこへ行く?

組織に帰るって言っても、

もうダァトの奴もいねぇし……。


ふと、ケヴィンのくしゃくしゃな笑顔が浮かんだ。



あんなに正義の騎士だなんだって応援してたら、

何だかそれもいいかもなんて

思っちまいそうな俺がいるんだ。


たまたま通りすがっただけの

ガキンチョやおっかさんだが

どこか他所へ行くためにここを荒らすなんて

とんでもねぇって思っちまう。


……畜生め、

俺にも焼きが回っちまったのかもしれねぇな。

凍りつきそうな世界に一人、

ひょいと紛れ込んだ暖かな異世界の

居心地が良過ぎて俺はもう

一生ピポでいいかもしれん。




早朝、ケヴィンは一番にピポを父に見せた。

昨夜のうちに検査の紙を母が既に見せていたので、

ケヴィンがピポを頭に乗せているのを見て

よく懐いているなと笑った。

賑やかに朝食を済ませると程なくケヴィンの父は、

家と母さんを頼むぞと声をかけ

小さな息子の肩をポンと一つ叩いて

仕事に出かけて行った。



それからしばらくして、

玄関でノックの音がしたので

ケヴィンの母はドアを開けて応対した。

その時ケヴィンは、

転ばないように落とさないようにと慎重に、

そろりそろりと朝食で使った食器を

台所に運んでいたところだった。



「ケヴィン、ちょっといいかい?」


「……ん? なぁに? ママ」


「この人たちがね、

 ピポが新種のコウモリかもしれないから

 連れて帰ってちゃんと調べないといけないって

 言ってるんだよ」


ケヴィンは驚いて

持っていた皿を取り落としそうになったが、

何とか無事にシンクまで運べた。

おずおずと居間まで戻ると、

そこに母と一緒に見知らぬ二人の大人が立っていた。



それは、クルプケ村を探索し終わって

ウルシュプルフ村に戻っていたスノーレディと

ターナー捜査官だった。


油断なく室内に目を配っていた二人は

奥から出てきた小さな男の子を見て驚愕した。

なんと捜査対象のコウモリが

目の前の子供の頭の上にちょんと乗っている。

スノーレディが一瞬身構えたが

ターナー捜査官が手で制した。



「そのコウモリは、君の友達かい?」


「うん、そうだよ。

 ボクの友達でピポっていうんだ。

 可愛いでしょー」


「噛み付いたりしなかった?」


「全然っ!

 昨日なんてねー、飛んだ時に呼んだら

 ボクのところに戻ってきたんだよ。

 すごいでしょ!」


スノーレディは一歩下がった位置で

決闘前のガンマンのように両手を下げて立ち、

コウモリを注視していた。

微かにでも何か動きがあれば躊躇無く

百発百中の冷凍スプレーが威力を発揮する。


「そうかぁ。

 せっかく友達になったのに申し訳ないんだが、

 そのコウモリはね、グランヴィルの

 新種のコウモリかもしれないんだ。

 登山電車に紛れこんだから

 こんなに遠くまで来ちゃったんだね。


 それでおじさん達はそのコウモリを

 連れて帰らないといけないんだよ。

 返してくれるかな?」


ケヴィンは手を伸ばしてコウモリをおろすと

大切そうに両手で持った。

コウモリはケヴィンの手の中で

おとなしくジッとしている。


「連れて帰ってどうするの?

 ピポ、痛くしたりしないよね?」


「ああ、痛くしたりなんかしないさ。

 丁寧に調べるだけだよ」


「しんしゅじゃなくて普通のコウモリだったら、

 ピポ、ボクに返してくれる?」


「それはどうだろう。

 新種の可能性がとても高いからね。

 ……でも、このコウモリがいつか

 特別じゃなくなったら

 帰ってくるかもしれないね」


「そっか。

 じゃあ、ボク、ピポが帰ってくるの待ってるよ。

 ピポはねー、

 正義のドラゴンの騎士になったんだよ。

 ボクと一緒にお姫様助けに行くんだ」


「……え? なんだって?

 正義のドラゴン騎士?!」


「ゲームの話よ。

 たしか新作にそういうのがあったはず」


スノーレディが一言口を挟んだ。


「ああ、そうか。……ゲームは、まぁその……

 待たないで先にやるほうがいいかもしれないな」


「いいよ、ボク待ってる。

 ピポに一緒にやろうって言ったもん」


待ってるからきっと帰ってきてね、そう言いながら

ケヴィンはターナー捜査官の持つケージの中に

ピポをそっと入れた。

ケヴィンはドアの外まで一緒に出ると、

二人の捜査官の姿が見えなくなるまで

ずっと見送っていた。




ケヴィンの家からかなり離れてから、

ターナー捜査官はケージの中の

コウモリに向かって声をかけた。


「……あの子はお前が大好きのようだったな、

 エスゲィ・ビドゥよ。

 あの子の前で正体を現さなかったのには

 心から感謝する。

 お前は半端な悪党じゃないようだ。

 一切抵抗せず素直に捕まった事は

 調書に明記しておくぞ」


ちっ、もう名前も割れてんのか、

しょうがねぇな……。

ケヴィン、俺は今さら正義の味方にはなれねぇ。

けどよ、おめぇの前ではピポでいたかった。


……まぁ、それだけだ。





ピポが去ったケヴィンの家で。


「ケヴィン、ピポの鳥カゴ片付けておこうかね」


「ダメだよー。

 ピポが帰ってきた時無くなってたら寂しいよ。

 お願い! ここに置いておいて?

 ボク、ちゃんと綺麗にしておくから」


「わかった。

 でも、ホッタラカシにしたらすぐ

 片付けるからね」


「うん、ありがと!」


すぐ空の鳥カゴを掃除し始めたケヴィンを見て、

母は目を細めた。

……さて、では私も。

PCFでニュースを流しながら家事を始めた。


焦げ付いた鍋の裏をゴシゴシ磨く。


グランヴィルのドッド砂漠で

48時間耐久レースか……。

何年か前みたいな大事故がなければいいねぇ。


……おや、今夏はトマトの出来が良いのか……。

真っ赤に完熟した味の濃いトマトが安値で買えたら

トマトの水煮の瓶詰めをどっさり作ろう。

トマトソースもいっぱい作って

小分けで冷凍保存しておこうかね。



……え? なんだって?!

マリレのファルネーゼの海で

海底火山が噴火して小さな島ができたって。

ホントかい?


…………へぇぇぇ、そんなこともあるんだねぇ。

海の中から煙が出てるのかと思ったよ。

……ああ、煙の足元に小さな陸地が見えるねぇ。


ああ、遠くから撮ってるからか、

小さく見えてもそれなりに大きいのか。

すごいもんだねぇ……。



おや、あの島でドラゴンがでたって?!

……ああ、噂ね。


噴火の炎をドラゴンブレスと思い込んだ人が

いたんじゃないのかい?

ドラゴンなんてここ百年以上

生まれてないんじゃないかね。

ドラゴンの噂なんて聞いたこともなかったよ。



…………さてと。

鍋がピカピカになったところで、

トマトを買って来なくちゃね。


「ケヴィン、トマトをどっさり買いに行くんだけど

 一緒に行って運ぶのを手伝ってくれるかい?」


「はぁーい!」


さぁ、今日は忙しくなりそうだよ。





さて、こちらは星を渡ってマリレの、

陽光輝く晩夏のモンフォール王宮である。


自室に駆け込んできたリコシェは、

ソファの後ろ側に回り込むと

しゃがんで床にペタンと座り込んだ。


PCFを展開し、声を潜めて動画を撮影する。


「アシュリー? ニュース見たかしら。

 ファルネーゼの沖のほうなんだけど、

 海底火山の噴火で出来た島でね、

 ドラゴンを見た人がいるらしいの。

 ……まさかと思うけど、

 あなたじゃないわよね?」


リコシェは動画を急いで送信した。

いつもならすぐ折り返してPCFが着信するのだが、

今日は反応がない。

ニュース映像では火山は激しく噴煙を上げていて

時折赤い溶岩や炎が見える。


PCFで呼びかけたい……けど、ガマンガマン。


このところ結構自由に連絡がとれていた。

特にファルネーゼ国王夫妻を

国賓としてお迎えしたことから

リコシェも一時帰国して

歓迎行事に参加していたのだが、

両親より更に一回り以上年上のご夫妻なので

リコシェの出番は少なめだったのが

余裕に繋がっていた。


「……うーん、ダメね。

 待たずに話せる機会が急に増えたから、

 待つ事がガマンし辛くなってるみたい」


リコシェは思い切りよく立ち上がると、

気持ちを切り替えた。


許されるなら一直線に飛んで行って

噂の真偽をこの目で確かめたいところだけど、

許されるならなんて言ってる時点で

そんな事絶対不可なのは判りきってるわ。


リコシェは飾り彫の装飾のついた優美な曲面を持つ

猫足細工の3面鏡ドレッサーに向かって座った。

磨き込まれた美しい艶のマホガニー製で、

撫でるとしっくり手に馴染む

リコシェのお気に入りの家具だった。


ドレッサーにしては余裕のあるサイズの天板なので

リコシェは本来の用途よりも

どちらかといえば書き物机として使っていた。



鏡に映る自分の向こうに

アシュリーの紅い瞳を想った。

普通に公務ってことも十分考えられるんだし、

まずは落ち着こう。



海底火山でできた島なら本当に出来たてホヤホヤだし

元からその島に住み着いてた生き物はいないはず。

ましてや人なんかいるはずがないわ。

火山活動真っ最中の火口に近寄るなんて無謀過ぎるし

それこそ命がいくつ有っても足りないわよね。



……でも、何か重要な使命を帯びれば

あの人なら……。


いいえ! リコシェは頭を振った。


別の星の、それも海底火山からできたばかりの

小さな噴火口だけの岩礁に

どんな用事があるっていうの?!

そんなものあるはずない!

……やっぱりドラゴンを見たっていうのは

何かの勘違いとしか考えられないわ。



そうとなると、

さっき送ってしまった動画が気になってきた。


あれ撮ったの、ソファの裏側だって

判っちゃうわよねー、きっと。

裏側もちゃんとはしてるけど、

どう見たって裏側は裏側よね。

送る前に一度見てみるべきだったわ。



「さっきの動画取り消す事はできないかしら……」


『原則として取り消せないことになっています』


「やっぱりそうよね……」


溜め息を一つついた所にPCFに着信があった。


『……コシェ、私だ』


急いで受信する。


「……あ、あの。 ……ごめんなさいっ!

 あれ、無かった事にしてくれる?」


リコシェの言葉の衝撃に一瞬固まったアシュリーは

PCFの画面の向こうで貧血でも起こしたかのように

ぐらっとよろめいた。


『……なぜだ? リコシェ。

 理由を聞かせてくれないか』


「そんなの、決まってるじゃない。

 私ってまだ勢いで行動してしまう

 悪い癖が抜けないの。

 後から思い返してそれが間違ってたって思ったら

 居ても立ってもいられなくて」


『……間違い、だった、と?』


「ええ、そう。

 だから、お願い! ……忘れてくれる?」


『…………………………いや、忘れられない』


「やっぱり、そう言うのね……」


『……私には、リコシェ、君だけだ。

 だから忘れられない。忘れたくない!

 ……ただ、君の意思に反して

 君を縛り付けるつもりはない。

 だから君がどうしても

 結婚を取りやめるというのなら私は』


「え? ええ?! 何なの、それ!!!」


リコシェは心の底から驚いた。

なんでアシュリーは結婚を取りやめるなどと

口走っているのだろう。


「ちょ、ちょっと待って! アシュリー待って!!

 あなた、何か勘違いしてるわ。

 ……いい? 落ち着いて。

 どうして結婚を止めようと思ったのか

 教えてくれる?」


『……リコシェ、君が言ったんだ。

 間違いだったと!』


「結婚することが間違いだなんて、

 思ったこともないわ!

 ……もしかして、もしかして、

 他に誰か……す、好きな人ができたとかなの?」


『何だって?!

 何を馬鹿な事言ってるんだ!

 私が愛しているのはこの世にただ一人、

 リコシェ、君じゃないかっ!

 ……君のほうこそどうなんだ。

 間違いじゃない相手に

 巡り会ったとかじゃないのか!』


「そんな人いるわけないじゃないのっ!!

 愛しているのはアシュリー、あなただけよっ!」



リコシェは気持ちが昂ぶって

涙が溢れそうになってきた。

……が、ふと気付く。


何かおかしい。

見れば画面の向こうのアシュリーも

妙な顔をしている。



「あなたを愛してるわ」


『君を愛してる』


同時に言った。


「だったらなぜ結婚取り止めの話になってるの?」


『それならなぜ結婚取り止めの話になるんだ?!』


再び、二人同時に言った。



『リコシェ……その、念のために確認しておくが

 私と結婚する事に異存はないのだろうか』


「もちろん、何も無いわ。

 はしたないと思われるのを承知で言うけど、

 できるなら今すぐにでも結婚したいくらいよ」


『はしたないなんて思うもんか。

 私も同じだからね。

 ……なのに今の破談一歩前みたいな言い合いは

 なんだったんだ』


そう言ってアシュリーは微笑んだ。

リコシェもホッとして言葉をつなぐ。


「ホントになんだったのかしら。

 泣きそうになったわ」


『いきなり無かった事にして、とか言われて

 世界がモノクロになった気がしたよ』


「え?! まあ、それだったのね!

 私が言ってたのは、

 さっき送った動画メールのことなんだけど」


『ああ、心配してくれたやつか。

 別に何の問題も感じなかったけど

 何かあったかな?』


「いえ、もういいの。気にしないで」


『噂は十中八九見間違いだと思う。

 確認のために希少種保護機関が

 密かに動いてるからね、

 万一噂が事実でも十分対処はできるはずだ。

 もちろん、噂のドラゴンは私ではない』


アシュリーは笑った。


『……ああ、そういえば、

 あれはソファの裏側かな?

 背景としてはあまり見ないものだとは思った』


「んもう。

 だから無かった事にしてって頼んだのにー」


リコシェが膨れたのを見て、

アシュリーは更に楽しそうに笑った。


『いやぁ、ごめんごめん』



とりあえず、犬も食わない類の小さな、

だがしかし、一つ間違えれば大切なものを無くして

取り返しがつかなくなったかもしれないほどの

大きな危険を孕んだトラブルであった。





≪続く≫


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