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闇の正体

国境越え逃亡中のコウモリ捜索班は早撃ちスノーレディと

マックス・ターナー捜査官ペア。

ギクシャクしながら始まった追跡だけれど、

意外なものが二人をつなぐ?

パパラッチに狙われたリコシェを救ったのはあの人で……。

いよいよ世界の闇が明らかになって行きます。


リコシェとはアレクシア姫の愛称です。

ノーリッシュ山脈を国境として接する

隣国ヴァルドシュタインに向かう登山電車の中で、

早撃ちスノーレディことバーバラ・デンゼルは

とても緊張していた。


捜査に入っていたゴールズワージー鉱山で

たまたま撃ち落とした素早く動く黒いものは、

人が変身したコウモリだった。


人と気付かないまま、踏まれないようにと

瞬間冷凍したコウモリを拾って場所を動かした時に、

たまたま生態観察用のタグスタンプを押した。


国に損害を与えた組織の一員であると

後に判明したそのコウモリが、

潜り込んで逃走をしている登山電車がたまたま

隣国ヴァルドシュタイン行きだったので

特命を受けて追跡する事になった。


そして、補佐に指名されて同道することになったのが

たまたま普段から苦手意識を持っていた

マックス・ターナー捜査官だったのだ。



訓練課程を終え配属されて初出勤したその日、

たまたまエレベーターで乗り合わせたのが

ターナー捜査官だったのだが、

ターナー捜査官は朝食用の卵をフライパンに割り入れる時、

たまたま卵の殻に黄身が引っかかって破れてしまい

不機嫌だった。


目玉焼きを食べたい気分だったのに

スクランブルエッグにするしかなくなってしまった上に

後から慌ててミルクを入れることになって

手間取っているうちに焼き過ぎてしまった。


スクランブルエッグなら

ふわふわとろとろの半熟状態が好みだったのに、最悪だ。


苦虫を噛み潰したような顔で

不機嫌オーラを強烈に放散していたところに、

狭いエレベーター空間で遭遇してしまったのは

たまたまとはいえ少々不運だった。



それでもスノーレディは頑張って

きっちり朝の挨拶をしたのだったが、

ジロッと見られた目つきが強烈に印象に残ってしまい、

ちょっと遅れたタイミングでターナー捜査官から

ぼそっとだったが普通に挨拶を返されていたのに、

ちょうどたまたま、そのタイミングで扉が開いて

人が乗り込んできて紛れてしまっていた。


なので、ターナー捜査官は多少不機嫌だっただけなのに

第一印象最悪ですりこまれてしまっていて、

なぜそうなっているのかも解らず

何となく敬遠されているのかなぁ程度には自覚されていた。


マックス・ターナー34歳独身、一見無愛想だが話せば普通、

家事全般無難にこなせるというオプション付きの

優秀な捜査官である。



「……今からそれじゃ持たんぞ。

 この電車の中ではとりあえず力抜いとけ」


「は、はいっ!」


「……おい、場所をわきまえろ。

 いちいち言われんでも場に相応しい言動でやってくれ。

 敬礼も大声も要らん」


すみません、と縮こまって言われたので、

ターナーはしまったと思った。


何故だかわからないが萎縮させてしまってはまずい。

とにかく、ヴァルドシュタインの駅に着くまでは

まだかなりある。その間に何とか普通の態度で

やり取りできるくらいにはしておきたいものだ。


「……あー、そうだ」


ターナーはポケットをさぐって何か取り出した。


「……ん!」


スノーレディは目の前に突き出された拳に

意表を突かれて一瞬固まった。


「……へ?」


「……ほれ」


「は?!」


「……手、出せ」


「あ! は、はいっ」


スノーレディの手のひらに置かれたのは

《200%蜂蜜》と書かれた個別包装のキャンデーで。

……こ、これは、なんですかぁ?!

この人のキャラに全然合わないこの物体は!


「……やる。食べろ。……あ、アレルギーは無いよな?

  あったら他のに交換してやるから遠慮しないで言え。

 他には、カモミールのど飴と爽やかミントと塩飴と

 魔女の毒リンゴ飴と……」


「いえ、特にアレルギーは無いので大丈夫です。

 これ、いただきます」



飴はしっかり蜂蜜の味がした。

それにしても、とスノーレディは思った。


いろんな種類の飴を持ってるのにも驚いたけれど、

最後に言ってた魔女の毒リンゴ飴っていうのは

おとぎ話シリーズで人気のメーカーが

イベントで売り出した数量限定のレアアイテムだったはず。


この人って、もしかして、飴マニアさんなの?!


「これ、本当に蜂蜜の味ですね。

 このまったりとした舌触りも蜂蜜っぽくてとてもいいです」


「お、そうか。それはよかった」


む、何となくだが多少ギシギシした感じが取れてきたか?!

……やっぱり、甘い物は人と人をつなぐ万能アイテムだ。

ターナー捜査官はしみじみ、飴を持ってて良かったと思った。



「……あの、ターナー捜査官?」


「なんだ?」


「ちょっと聞いてもいいですか?」


「かまわんが?」


「……あの、魔女の毒リンゴ飴のことですが」


その単語を聞いた瞬間、ターナー捜査官は目をむいた。


「ノーコメント!」


これまでだったらスノーレディは

縮み上がって引き下がっていただろう。


だがしかし!


今は《200%蜂蜜》が口の中にある。

スノーレディは怯まずに食い下がった。


「何でですか!

 あれがイベントで数量限定で売りに出された

 超レアアイテムだってことは割れてます。

 手に入れたくてどんなにたくさんの人が会場に集まったか。

 けれど、売り場のある魔女の隠れ家を探し出す

 イベントが難しくて手にいれた人は一桁だったはず」


「む。よく知ってるな」


スノーレディは手ごたえを感じた。

これは落とせるかも。


「当然です! 狙った獲物は逃がさない。

 その為には、できる努力は惜しまないんです!」


意外だと思った。

彼女の口からこんなセリフが飛び出すとは……。


ああ、でも考えてみれば、

嫌いな黒いテカテカしたやつ対策だろうが何だろうが

百発百中のあの腕前に達するには弛まぬ修練が必須だろう。


それには、とんでもなく衛生上問題ありそうな部屋に住んで

実戦経験をつみあげるしかないだろうが。

たぶん、住居費を節約しようと思ったんだろうな……。


ざっと概算するに、瞬間冷凍スプレーはそれなりの値段だし

腕を上げ切るのにどれだけの無駄な消費があったかを考えれば

その費用でちょっとグレードが上の部屋に

住み替え可能なくらいには行ってるんじゃないだろうか。


「……むむむ。お前も、頑張ってたんだな……」


あれ?

何かターナー捜査官の目に光るものが……。


ちょ、何よこの人!

絶対何か見当違いな想像してるっ!



「そんなことよりっ! 私の聞きたいのは毒……」


「しっ、声が大きい」


周囲の乗客が何となく腰が落ち着かなくなった気がする。

……これは間違いなく物騒な単語が耳に入って警戒されてるぞ。

……まいったな、こいつイチイチ声がでかすぎる。


「……ターナー捜査官?」


「……俺の事はマックスと呼べ。敬語も要らん。

 こっちの情報をばらまかないように」


ターナー捜査官がグッと声のボリュームを落としたので、

つられて自然と小声になる。


「わかりました。では、私の事は……」


「ああ、お前はスノーレディでいいだろう」


「……え? あ、はぁ……」


私は、バーバラでって言おうと思ったのになぁ……。


早撃ちスノーレディは、普段スノーレディと呼ばれるのは

少々誇らしくもあり気に入っていたのだが、

今はなぜか嬉しくなかった。



「さて、そろそろ駅に着く。気を引き締めていくぞ」


「OK、マックス」


ターナー捜査官は一瞬ほんの少し眉を上げたが

片頬でニヤッと笑んで頷いた。


PCFで連絡が入り、

どうやら駅では服を狙った事件はまだ起きていない。

逃走しているビドゥはまだ服を調達できていないのだ。


コウモリの生態観察用タグスタンプがその威力を発揮する。

さぁ、奴を捕まえるぞ、二人で!





さて、モンフォールのアレクシア姫と

グランヴィルのアシュリー王子の婚約のニュースは

瞬く間に世界を駆け巡った。


星を渡る王族の結婚は歴史を遡れば幾度かあったが、

やはりそれほど多いものではなかったので、

とても注目を集めた。


取り分けルベの4カ国では

マリレの国から姫を迎えるとあって、

より一層の騒ぎとなっていた。


各国から取材陣がモンフォールにもグランヴィルにも殺到して

取材合戦が繰り広げられ、あまりの加熱ぶりに

行き過ぎた取材は控え節度を持って行うようにと

両国共同で異例の発表がなされる事態となった。



騒ぎに巻き込まれてリコシェとアシュリーが

大変な思いをしているかといえば、

実の所そうでもなかった。


個人情報は厳重に守られているのだ。


すべての機械は識別コードが割り振られていて

購入借用に関わらず所有した時点でヒモ付きになるから、

プライバシーの隠し撮りは不可能だ。

オートロックがかかって解除するには

撮影データを消去するしかない。


アシュリーは普段から姿を見せないので、

そもそも地元では出待ちなど狙おうとも思わないのだが、

他所からの取材者は思い思いの位置に陣取って

辛抱強く張り込んでいた。




ところが、リコシェが留学先の

王立オルシーニ大学構内を歩いている時、

隠し撮りをされてしまったのだ。



警告音が鳴った。合成音声が頭蓋に響く。


『オートフォーカス機能、作動を確認。

 識別コード判別。

 動画撮影機能付き超高解像度カメラです。

 ……警告メール送信できません。

 対象カメラオートロックできません。

 このカメラに所有者はありません』


リコシェは驚愕した。

持ち主のいないカメラって、そんなのありえない。


「……思考対応で!」


狙われてる? ……とにかく何とかしなくっちゃ。


“カメラの位置特定して。カメラの傍に人はいない?

 カメラを持っていそうな位置関係にいる人よ”


『所有者の指定はありませんが、

 所有者不明のカメラを持つ人物がいます』


“その人その名前でブラックリスト登録。

 ……ああ、ちょっと長いから……そうね、[野良カメラ]で。

 死角に回り込んで振り切るわ。

 地図に表示して、

 その人の視界に入りそうになったら早めに警告してね”



リコシェは目立たない程度の早足で移動を始めた。

と、その途端。


『野良カメラ、移動を始めました。こちらに向かっています』


“まぁ! あくまでも追いかけてくるつもりね。

 この頃、華奢な靴を履かないようにしてたけど、

 正解だったわ”


それにしても、とリコシェは思う。


個人情報をダミーで隠して留学していたけれど、

大学構内で付きまとわれる様になるって、

かなりマズイ事態だわ。


……こうなってしまったら、元のままっていうのは無理ね。

みんなにちゃんと明かして謝って、

アレクシアとして卒業を目指そうかとも思ったけど、

とうぶん休学して騒ぎが収まるのを

待つしかないかもしれないわ……。

しっかり考えなくちゃ。


建物の向こう側に走り込んだ時、再び警告音が鳴った。


『オートフォーカス機能、作動を確認。

 識別コード判別。

 動画撮影機能付き超高解像度カメラです。


 ……警告メール送信できません。

 対象カメラオートロックできません。

 このカメラに所有者はありません。


 傍に所有者不明のカメラを持つ人物がいます。

 ブラックリストに登録しますか?』


“ええ、お願い。

 とりあえず、[野良カメラ2]にしておいてね。

 回避ルートあるかしら”


脳内地図にルートが表示されたので

リコシェは数歩走ったのだが、すぐ消えてしまった。


“消えちゃったわ?! どうしたの?”


『回り込まれました。このまま進めば遭遇します』


リコシェは植え込みの陰にしゃがみこんだ。

なんとかやり過ごせるといいんだけど……。

立場上迂闊な姿は晒せないし、ホント困ったわ。


ふと、進もうとしていた方角から

ざわめきが聞こえてきた。耳を澄ませる。


「……あなた、ここの学生ですか?

 ちょっと待ちなさい。ここは大学構内です。

 不法侵入は犯罪ですよ!」


「あ、いや、……ちょっと間違えただけで」


「……待ちなさい! あっ、止まれっ!!」


バタバタっと足音が植え込みの向こうを走り過ぎて行き、

ちょっと遅れて更にバタバタと足音が複数通り過ぎていった。




『野良カメラ、野良カメラ2、共に構内から退出しました』


“ああ、ありがと。カメラがいなくなってよかったわ”


リコシェがホッとして立ち上がろうとした時、

背後で足音がした。


思いのほか音が近かったので一瞬すくんだが、

気持ちを建て直して咄嗟に走り出そうとすると、

小さいが鋭い声がした。


「アレクシア様っ!」


それは聞き覚えのある声で。

リコシェが足を止めて驚きながら振り返ると、

そこにシャノン・ヤングがいた。


「シャノン!」


リコシェは笑顔でシャノンに駆け寄った。


「シャノン、また会えるなんて嬉しいわ」


「アレクシア様……。身に余るお言葉を」


シャノンは瞳を潤ませた。

覚えていてくださっただけでも幸せなのに、

あなたはまた会えたと喜んでくださる。

……ああ、アレクシア様。


「でも、どうしてここに?」


シャノンは姿勢を正して気持ちを切り替えた。

いけないいけない、私情は厳禁よ。


「この度、アレクシア様専属護衛官となりました。

 もう一名グランヴィルから派遣されております。

 大学構内では少し離れて警護しておりますので

 普段どおりお過ごし下さい。

 今のような事は二度と起きないとお約束します」


「まぁ! 助けてくれたのね? どうもありがとう。

 挟まれる形になって、もう隠れるしかなかったの。

 二つの国の恥になってしまうようなことは

 絶対避けたいし……。本当に助かったわ。

 もう一人の方にもありがとうと伝えてね」


「かしこまりました」



リコシェが留学するかどうかと検討されていた時、

素性をダミーで通すのなら全て一般学生と同じ扱いとする、

という事で決まっていた。


リコシェが強くそう望んだからという事もあったのだが、

その時はこれほど注目を浴びる事態になるとは

全く考えられていなかったのだ。


アドラータや大学に迷惑をかける事は避けたい。

シャノンはああ言ってくれていたが、おそらく

遠からず休学するしかないだろうとリコシェは思った。



それにしても、素性はダミーの下に厳重に隠されていた。

それなのに、なぜプライベートの撮影を狙われるのか。

それと、全てヒモ付きになるはずのカメラが

所有者不明になるのはなぜなのだろうか。





その夜、寝支度を済ませてガウンを羽織ったリコシェは

少し考えてアシュリーに動画メールしてみた。

PCFだと音がでてしまう。

アシュリーなら迂闊な事はしないだろうし、おそらく

着信時の音を出さない設定にしているだろうとは思ったが、

万が一を心配した。


「アシュリー、少し話せる時間あるかしら。

 取り込み中だったら無理しないでね。

 もうしばらくは起きてるけど、忙しかったらまたの機会に」


すると程なくPCFに着信した。


『……コシェ、私だ』


すぐ受信する。


「アシュリー、こんばんは。今、よかったのかしら」


『ああ、かまわない。少々周囲が喧しくてね、

 ここ当分よほどの事が無い限り私が動く事はなさそうだよ。

 会いに行きたいところだが、

 残念ながら今はグランヴィルの城に戻っている。

 こちらを留守にしておくのは無理が有り過ぎて、

 この状況ではどうにもならない』


アシュリーは苦笑した。


「ああ、それでなのね。今日、シャノンに会ったわ」


リコシェが微笑んで頷いたので、アシュリーは

リコシェが自分の代わりに護衛官を派遣したのだろうと

意を汲んで受け容れたのが判った。


「専属護衛官になったと言っていたけど……。

 ちょっとフライングだし、

 トラブルにならなければいいとは思うのよ」


『ああ、それなら君の母上にご了解頂いているから大丈夫だ』


「そう! だったら良かったわ。

 シャノンに会えたのも嬉しかったし、

 今日は早速助けてもらったの。ありがとう」


アシュリーの気配が変わった。


『……何があった?』


「今日ね、大学構内を歩いている時にカメラで狙われたのよ。

 普通ならカメラにオートロックがかかって

 データを消去するまで使えなくなるはずなんだけど、

 なぜかカメラに所有者がいなくて

 オートロックできなかったわ。不思議なのは

 そのカメラを持ってる所有者じゃない人がいたって事でね、

 とりあえずブラックリストに登録しておいたけど。


 撮られないルートで避けようとしたら、

 もう一人オートロックできないカメラを持ってる人に挟まれて

 困ってる時に追い払って貰ったの。

 そんなとんでもない危険な目に遭ったって訳じゃないから、

 あまり心配しないでね」


アシュリーが眉間に縦ジワを寄せて

暫く考え込んでしまったので、リコシェは不安になった。


「……あの、アシュリー?」


ややあって、アシュリーは画像取得を拒む特殊機能を持つ

ブルーメタリックのあのメガネを外した。

ドラゴンの紅い瞳が露になる。


『……やはり、君にも話しておかねばならないようだ。

 これはとても危険な情報だから、

 内容も知っている事自体も絶対人に漏らしてはいけない。

 いいかい?』


「……わ、わかったわ。誰にも言わないと約束するわ」



『この世界の人々は皆生まれるとすぐPCFを装着する。

 PCFは生態融合し人と共に育って

 様々な機能を持つようになるのは当然知っているね。

 全ての人が同じ能力を持つわけでないように

 PCFの能力も様々だ。

 よく使う能力は磨かれ、使わない能力は伸びない。


 基本的な日常生活レベルの能力だけ見ればほぼ同じだから、

 普通に何となく生活していればPCFもごく普通の能力だ。

 まぁ、PCFの普通っていうのはそれだけで日常生活を送る上で

 とても便利な機能だしね、

 人々の生活にとても役に立つことを皆知っているから

 子供が生まれたら当たり前にPCFを装着するんだ。


 日常生活に便利な機能を持たせるということは、その人が

 個人として社会に認識されなければならないということで、

 つまり、PCFを着けるということはすなわち、

 公に登録されるということなんだよ』


リコシェは頷いた。


「そうね、どこの誰かも判らない人が簡単に

 大きな買い物したり個人情報にアクセスしたり

 大事な手続きしたりできるほうがおかしいもの。

 当然よね」


『ところがPCFが導入された頃、

 ごく少数だがそれを拒んだ人々がいた』


「えっ?! まさか……」


『初めはごく軽い気持ちで

 公に登録されて全て管理されるなんて

 うっとおしくてイヤだ、くらいだったかもしれない。

 現にそういった人たちは自分の代はそのままでも

 子供の代にまで不便を強いるのは可哀そうだと

 PCFを装着させる人が多かったようだ。


 ただ、頑としてPCFを受け容れなかった人々もいて、

 頑なにPCFを拒否するという生活を続けるうちに

 その事自体を信奉するようになっていったりもしたようだ』


「まぁ! そんな事が……」


『そして現在、PCF無しで生活しようと思えば

 それなりにできてしまう。

 現金取引に限られるが買い物は可能だしね。


 だけど、やはり公の社会で生きる事は無理だ。

 そして、そういう親の子に生まれた者は

 そのまま裏の世界で生きる事になってしまうんだよ。

 そして、そういうPCF無しの人々が世界の犯罪の

 およそ7割を超えて引き起こしている現実がある』


「じゃあ、もしかして

 所有者無しのカメラを持ってた人って……」


『ああ、間違いなくそうだね。

 プライベート写真を盗み撮りするなんて

 PCF装着者には不可能なんだが、

 PCFがなければやれてしまう。


 そしてそういう写真を欲しがる輩もいて

 法外な値段で売りつけるんだ』


写真だけに留まっていればいいが、とは

アシュリーは口に出さなかった。

これ以上リコシェを恐がらせる必要はない。

その為に護衛官を送ったのだから。



「じゃあ、これからは

 シャノンたちがいてくれるから安心ね」


リコシェが花のように微笑む。

ああ、だから、そうではなくて……。


『……リコシェ、私の瞳を見て。

 本当はすぐにでも君を迎えに行きたい。

 とても危険なんだよ。

 護衛官がいればいくらかはマシだというだけで、

 絶対安心という訳ではないんだ』


アシュリーの真剣な眼差しに、リコシェは頷いた。


「……そう。あなたがそこまで言うほど危険なのね。

 私、暢気なのかしら。そんなに危険とは全然思わなくて。

 アドラータでは素性をダミーで隠してるし

 普通に生活できる程度には安全と思っていたのだけれど、

 見つけられてしまったし」


『その辺りは少し調べてみないといけないと思う。

 君がアドラータに留学している件は

 機密事項になっているのかな?』


リコシェは思い出しながら答えた。


「秘密ではあるけれど、厳密にはそうでなかったと思うわ。

 ごく普通に大学の話もしてたし、お初祝いに帰ったときは

 どっさりいろいろ持たされて帰ることになったから、

 直接荷物をまとめて送ったりもしたし」


『それだったら、どこで漏れても不思議はないな。

 留学の話を小耳に挟んだ人が何気なく誰かに話したのを

 聞かれる事だって普通にありえるし、

 配送の荷札を見られることもやっぱり普通にありえる。


 この件に限って言えば、漏れてしまったものは

 もう仕方がないってことになるな。

 できれば、この件を教訓に次を回避すればいい。』


「次って、姪っ子のアイラちゃんまで無いわ。

 アイラちゃんの時は完璧ガードしなくちゃね」


アシュリーは朗らかに笑った。

リコシェの家は明るくオープンな雰囲気を持っている。

リコシェの母であるモンフォール女王の人柄なのだろう。


『ああ、次回に期待しておこうか。

 ……そういえば、ノーリッシュ山脈に現れた

 例のコウモリもPCF反応のない奴だったんだよ。

 君はもう随分前から本当に危険な目に遭っていたんだ』


「そうだったのね……。

 でも、あれがなければあなたに再会できなかったわ」


『いや、きっと私たちは再会したと思う。

 今よりは多少時間がかかったかもしれないけどね、

 私はなぜだか分からないがそう確信している』


「まぁ、アシュリー!

 ええ、そうね。きっとそうに違いないわ」



それからしばらく、

二人は他愛ないおしゃべりを楽しんで通信を切った。

リコシェは、アシュリーが当面

危ない任務はしないと分かって安心したのと

アシュリーの想いに包まれているという実感に、

とても幸せな心持ちでぐっすり眠った。


ただ、眠りに落ちる刹那、

護衛されるための手引きを子供の頃に読んだけど、

あれをもう一回読み直さないと、と思ったのは覚えていた。





ちょうどリコシェが眠った頃、リコシェの部屋から

3階下のフロアに陣取ったシャノン・ヤングと

もう一人の護衛官デニス・ジェフリーズが揉めていた。


「……だから、それは我々の仕事ではないと

 言っているだろう。

 犯罪者を捕まえるのは警察の仕事だし、

 そもそもここはグランヴィルではない。

 アドラータの事件はアドラータの警察に

 任せるしかないんだ」


「捕まえてしまえば、二度と

 アレクシア様を狙うことはなくなるじゃないですか!」


「それは無理だ。

 プライベート写真を撮ろうとしただけだぞ。

 厳重注意ですぐ釈放か、

 いくらかの罰金が課されるくらいにしかならない」


「捕まえて絞ればいくらでも埃がでてきますよ!」



ジェフリーズ護衛官は、ふん、と一つ鼻を鳴らした。


「そろそろ引っ込める頃合だぞ。

 自分でももう判っているだろう」


シャノンはジェフリーズ護衛官の冷静な胡桃色の目を

真っ向から睨みつけていたが、

ふいに目を逸らして返事をした。


「……はい。申し訳ありませんでした」


一応引っ込んだが、たぶん納得はしていないのだろう。

頬を少し紅潮させて目を怒らせている。

気性の激しい女は嫌いではないが、

護衛の仕事は特に冷静さを要求されるのだ。

いつまで続くか分からないが、一緒に組んでいるうちに

その辺りを身につけさせてやれるといいのだが。


「……よし。では、交替で休むぞ。眠れるか?」


「はい……」


「おい、その様子じゃ気が昂ぶって眠れないだろうが。

 無理しなくていい。俺から寝る。

 張り番しながら頭冷やしとけ」


「……はい」



数分後、寝息が聞こえてきた。

あんなに言い争いをしていたのに

あの人はあっさり寝てしまったのか。


シャノンは腹が立って仕方がなかった。

護衛のイロハを忘れるなんて何やってんの、私……。





≪続く≫


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