ジーゴ村〈後編〉
日も暮れ始めそろそろ帰ろうとした時、突然叫び声と共に大きな熊が現れた。
「グオォォォォォ!!」
「なっ!グリズリーか?!デカイ!」
普段見かけるグリズリーは大きいもので三メートル弱。だが今現れたグリズリーの大きさは明らかに三メートルを超えている。一回りも大きいグリズリーに三人は驚きを隠せなかった。
だがそんな驚きよりも更に驚愕の事が起きる。グリズリーの叫びと共に狼が十匹以上の群れで現れたのだ。
「馬鹿な!」
グリズリーと狼が一緒になって人間の前に現れるなんて事はありえない。更に狼は十匹以上の群れで現れる事もほとんどないのだ。
だからこそ、今の現状に驚きを隠せないでいた。
狼が数匹、先行して近づいてくるのを見てウィゾー達は我に帰り、思考を切り替える。
先行して来た狼に剣を前に出し距離を取らせると視界の端にグリズリーが横合いから迫っているのが見えた。
ベロテは突進して来るグリズリーに大楯を構え注意を引く為に目の前に対峙する。
グリズリーだけでなく狼までいるのだ。
二人には狼の相手をしてもらい、大楯を持っている自分が一番の脅威であるグリズリーの間に入り時間を稼ごうと考えた。
しかしベロテが持っている大楯は今回の為に特別に持ってきた物ではあるが、普段使っている盾と違い重さも扱い方も違う。
そもそもこんなに大きなグリズリーを相手にする事など想定していない。
グリズリーの突進を防ごうとするも慣れない大楯を使っている上に体重差もある。
アッサリと吹っ飛ばされてしまう。
「ベロテ!」
グーンが叫ぶ先に何とか受け身をとり立ち上がるベロテの姿があった。
グーンは安堵の溜息を吐きつつも深刻な事態に陥っている現状に顔を歪める。
狼だけでさえ厄介な上に通常より一回りは大きいグリズリーまでいるのだ。
「ベロテ下がれ!そいつの相手は俺がする!グーン!」
ウィゾーはグーンに声だけ掛け、直ぐ様グリズリーに詰め寄る。グーンもウィゾーの意図を汲み取りベロテとの合流を計った。
ウィゾーが装備している武器は両手剣。だがその武器は石でできており、どちらかといえば鈍器に近い。ウィゾーは力任せに上から剣を振り下ろす。
「ガァッッ!!」
外れても構わないと思って思いっきり振った攻撃が左肩に当たりグリズリーが絶叫を上げる。だが一瞬怯みはしたがすぐに右腕を振り上げ鉤爪で攻撃を仕掛ける。
ウィゾーは身を低くして回避するとそのまま素早く両手剣をグリズリーの右太もも辺りに突き刺し、すぐに距離を取る。
如何に石とは言え、先端部分は尖らせており、足を攻撃すれば動きも鈍るだろうと判断した為だ。
距離を取った事でグリズリーをよく見れば、動かないのか左腕がダランと垂れており足も突き刺した場所を気にしているような動きをしている。
ウィゾーは思ったよりもダメージを与えていた事に笑みを浮かべ、剣を構えながらグーン達の様子を窺う。
合流したグーンは狼をベロテへ近づけさせないようにガムシャラに剣を振るう。
だがベロテを庇いながら狼を牽制して距離をおこうするも多勢に無勢。
徐々に動きが悪くなってくる。
(グーン!)
これはマズイとウィゾーは魔法を使おうと意識を集中する。
だがグリズリーがそれを許さない。
「ガァァァ!!」
動きが止まったウィゾー目掛けて怪我も気にせずそのまま突進してくる。
集中していた時を狙われ慌てて剣で防ごうとするもその圧力に負けて吹っ飛ばされてしまった。
その衝撃で身体も動かなくなってしまう。
(何やってるんだ俺は!)
現在、魔法を使う際はイメージをより強く明確にしなければならない為、かなりの集中力を要する。
狼やグリズリー等、襲ってくる動物には十分な安全確保は必須であった。
その事はウィゾーもわかっていた事ではあるが、グーンとベロテが劣勢になのを見て焦り魔法を使おうとしてしまったのだ。
グリズリーは動けなくなったウィゾーにゆっくりと近づいていく。
未だ衝撃で動く事のできない身体をなんとか動かそうと力を込める。
ウィゾーに見えているのは目の前にいるグリズリーではなく狼に襲われている仲間の姿だったからだ。
グーンとベロテは無数の傷を負いながら狼と対峙していた。
ベロテも途中から狼の相手をしているが、最初に受けた衝撃で動きが悪い。
狼は牽制されて距離を詰められない様に見えるが、逃げない二人を見て体力がなくなっていくのを待っている。
グーンとベロテもその事は理解しているが、少しでも気を抜けばすぐに襲いかかってくる現状では気を抜く事もできず、二人は精神をすり減らしていく。
狼達も標的を休ませない様に左右前後と、少しでも隙ができれば一斉に襲いかからんと包囲を狭めていった。
ウィゾーはその光景を苦々しく見つめながら「動け!動け!」と心の中で叫ぶ。
グリズリーはウィゾーの近くまで来るとそのまま大口を開ける。
その顔はどこか笑っている様にも見えた。
ウィゾーは迫り来る死の感覚に怯えの表情も見せず、眼前にいるグリズリーを目だけで殺さんばかりに睨みつける。
(くそっ!俺に二人を守れる力があれば!あいつらを『ぶっとばせる』力が!)
その時、大口を開けていたグリズリーの目の前を大気が弾けた。
グリズリーはたたらを踏み、狼達は突然の大きな音に何が起こったのか分からず距離をとって辺りを警戒し始めた。
グーンとベロテまで困惑している。
ウィゾーは最初、自分でも何が起こったのか分からなかったが、自分が咄嗟に魔法を使ったのだと理解した。
痺れて動けなかった為、魔法を使った後の倦怠感はほとんど無かった。
だが、どこでもいいから動けと魔力まで動かしていた事。
大気が弾ける現象の前に強く念じた心の叫び。
もしかしたらと今度はより明確に、より魔力を練り上げグリズリーに目掛けて叫ぶ。
「吹っ飛べ!!」
その瞬間突風がグリズリーを襲い、今度は数メートル後方まで追いやった。
グーンとベロテは近くまで来たグリズリーを背後から強襲をかける。
グーンは首、ベロテは心臓と無防備なグリズリーに剣を突き刺す。
「ガァァッ!」
グリズリーは二人を攻撃しようと腕を振り上げるも、そのまま力尽き倒れた。
「はぁっはぁっ!大丈夫かウィゾー」
「……ああ。なんとか。死んでない」
狼はグリズリーがやられた為か混乱しながらバラバラと逃げていった。
「ウィゾーさっきのあれはなんだったの?」
戻ってきたベロテに疑問を投げかけられるが自分自身ちゃんと把握した訳でもないので上手く説明する自信がなかった。
「その事は追い追い話すよ。正直上手く説明できない。それよりも今は村に帰ろう。また狼が戻ってくるかもしれないからな」
「そうだな」
三人は傷ついた身体を支えながら村に帰るのだった。
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「うん、これで実験も終了かな。中々いい感じだったし、嬉しい誤算もあった」
今回行った実験は二つある。
一つ目は人間の性能テストである。
親から子へ、子々孫々と代が変わっていく間に人間が劣化がしないとも限らない。
何しろ作ったのは俺だ。
クローンは短命と聞いた事もあるので、自分の作った人間に不備がないか確認しておきたかったのだ。
二つ目はモンスターの試験運用だ。
と言ってもこれはまだやり始めたばかりなので、大して弄ってはいない。
少し大きめにしたグリズリーに狼を従わせる様にしただけだ。
それでも中々な働きだったので、もう少し調整したらちゃんと使っていくつもりだ。
後は嬉しい誤算。
それは『魔法を使うイメージ』の仕方だ。
今回で言えば、『吹っ飛ばす』という『イメージ』を『言葉』と直結させて魔法を使うまでの工程を短縮させていた。
これが魔法名や詠唱といった感じまでにはなってはいないが充分な収穫だろう。
これなら国ができるまで静観してても良いかもしれないな。