ジーゴ村〈前編〉
ジーゴ村
人口は百人足らずの小さな村。
北西部は山で囲まれ東には大森林が、南には平原が広がっている。
村民は最低限生活出来るだけの知識と経験を与えられていた。『知識と経験』、これらは最初の実験によって全滅していった人間達の魂を再利用して身体に馴染ませたものである。天候不順や実際に起こった事故、薬草毒草の知識もここからきている。
それらを頼りに今この村はここまで滅亡する事なく発展してきた。百人足らずで発展というとおかしく感じるかもしれないが、一からとなるとそうでもない。
最初は様々な場所に二十人程の男女を作りそのまま静観していたのだが、まるで発展せず人口も増える事はなかった。いや正確には増えても直ぐに死んでしまったのだ。
なので家や井戸を先に作っておいて住まわせたり、ある程度武器もあった方がいいと短剣と長剣を1組ずつ盾や弓と矢も用意した。
与え過ぎかもしれないが発展出来るようになるまではと割り切る事にした。とは言えいきなり鉄を与えても、加工なんて出来ない。剣や矢尻は石である。短剣と長剣は柄の部分に動物の皮を巻きつけただけの簡素な物だ。加工なんて流石に分からないので。
いやバラエティ番組等でどういう風に作られていくかは知っているが、素人がその程度の知識で加工に手を出しても上手くいく筈がない。これらは発展してから自分達で見つけていってもらいたい。
……話を戻そう。
農業の方だが、こちらにも力を入れてもらおうと小さくではあるが既に耕された後の畑を用意した。これで何の進展もなかったら根本的に変える必要があった所だ。
例えば畜産や漁業といった方法。だけど一番最初に思い浮かんだのは農業というか農家だった。畑で安定して自給自足出来る様になればと安易に考えていたからだ。
あまり他の事を手広くやるつもりもなかったし、まずは農業が上手くいってから他の事業も手を出していければと思う。何もやらなくても勝手に発展してくれるのが一番手間がかからないので嬉しい。
とは言え本当に発展して良かった。
武器や食料も増えていき今では農業を行う者、狩猟や採取を行う者と思い思いに生活が出来るようになってきていた。
それでもまだ全然余裕はないが。
そんな中、狩りを行う複数組の中で最も奥まで森に入っている三人組がいた。
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茶髪をオールバックにした青年は森の様子を窺っていた。動物の毛皮に身を包み背嚢を背負って腰には剣を左手には盾を持っている。一見すると蛮族の様だが、この時代では毛皮の格好が普通である。そんな青年ウィゾーは怪訝な表情をしていた。
「やっぱり何かがおかしい」
この頃森の浅い方では動物をあまり見かけなくなっていた。その事を村長に報告した所、調査を命じられたのである。
ウィゾーはいつも狩りに行くメンバーに声をかけ三人で調査する場所を相談した。結果いつもより奥まで行く事に決まり、装備も入念に準備して森の奥へと入ったのだがやはり動物は少なかった。
青年はどうしたものかと考えていると
「ウィゾー」
腰に鳥を括りつけたグーンがニカッと笑いながら二羽目の鳥を見せてきた。
「相変わらず早いな」
「おー、それだけは負ける訳にいかんさ」
ウィゾーと呼ばれた青年は、こんな動物が少ない現状にもかかわらず確実に獲物を獲ってくるグーンに嘆息していた。
グーンの服装もウィゾーと変わり映えないが、背負っているのは矢筒に弓、腰には剣を差している。髪は金色で短髪、青い瞳が印象的なイケメンだ。
そんなグーンは若手の中で村一番の射手である。その技量はベテランと遜色なく、更に魔法の補助を受ける事で命中率を上げているのでそうそう外す事もない。
魔法に関してだが、現在の魔法は簡単に発動させる事が出来るようになっている為非常に使い勝手が良い。
その魔法の手順とは
一、魔法をどう使うかをイメージ。
二、精神集中し魔力を練り上げる。
三、対象の方向に向けて発動。
基本この三つの手順で発動までの時間、威力、スピード、正確さが変わっていくのだが、グーンはこの一つ目のイメージが抜群に上手かった。発動までの時間は多少難はあるものの弓の性質上問題ない。
弓矢に魔法を付与し距離や風を無視するかの様に矢を確実に命中させるのだ。
「ベロテは?」
「向こうで罠張ってる」
「いくらなんでも無警戒過ぎるだろ」
ここはいつもの狩り場ではない。奥まで来ているという事はそれだけ危険も付き纏うという事だ。
ベロテとは一緒来たもう一人だ。ちなみにグーンとベロテは付き合っており、小さい頃からいつも三人で行動していた為、付き合った後も三人で行動する事が多い。その事でウィゾーは少し肩身の狭い思いをしている。
「って言われても『一匹でも多く狩ってこい』と言われちゃってさ」
「相変わらず尻に敷かれてるな」
「ウィゾーも彼女が出来れば分かるさ」
「さっさと合流するぞ。彼女を一人のままにしておけないからな」
何となく不穏なものを感じてウィゾーは話題を強引に変えた。
ウィゾー達は辺りを警戒しながらベロテと合流する事に決めた。
「遅い!今まで何やってたのよ!こんなにか弱い女の子を放っておいて!」
ベロテは大声を上げてグーンを睨む。グーンはいつもの事と変わらぬ表情だが、ウィゾーは気が気じゃなかった。何故なら大声を上げる事自体が危険な肉食動物等を近づけてしまう可能性があるからだ。
森の浅い所ではまだ草食動物が多く大声を上げても動物が逃げていくだけだが、今いる場所は違う。いつも狩りをしている所よりも更に奥まで来ているのだ。それはこの辺りの知識不足から何が起こっても不思議じゃないという事だ。
そんなウィゾーの心配をよそにグーンとベロテの会話が続く。
ベロテは赤茶色の髪に服は同じような毛皮だが、装備品を身に付けておらず辺りを見れば大楯と剣を木に立て掛けてあった。どうやら罠に集中する為邪魔に思ったらしい。
ウィゾーは今度こそ盛大に溜息を吐いた。
「多く狩ってこいって言ったのベロテじゃんかぁ」
「だから何なの?多く狩って早く戻って来ればいいじゃない!」
「いやいや、ゆっくり罠張ってる子に言われたくないさ。大楯まで置いて」
ベロテは本来、片手剣と盾を持つ軽装で、その身のこなしで迎撃するスタイルなのだが、今日は奥まで入るという事で、大楯を持ってきていた。と言うよりも動きが悪くなるからと止める二人を無視してベロテが無理矢理持ってきたのだが。
「なんですって。これは大物を捕る為に懸命に作った私の自信作よ。それに罠張ってる時に大楯なんて持ってられる訳ないでしょ。そんな事を言うグーンは一度私の罠に掛かればいいんだわ」
「もう罠には掛かったさ。だからベロテにメロメロなのさ」
「!!……中々気の利いた事を言うのね。」
「ベロテはいつも優しいさ」
等と言いながらグーンはベロテを抱擁し始める。そしてベロテの見えない所でウィゾーに親指を立てた。
(俺の存在感……)
ウィゾーは居心地悪そうに項垂れるだけだった。
その夜、ウィゾーは村長に今日あった事を報告していた。いつもより奥まで森に入った事、そこでも動物が少なかった事、ベロテの自信作に何も掛からなかった事、グーンとベロテのイチャつきで居心地が悪かった事等諸々だ。
村長は一拍置いた後、豪快に笑った。
「がっはっはっ、なんじゃウィゾーもようやっと女が欲しくなったか」
何をどう判断してその答えに行き着いたかは分からないが、今の森の情勢と女どうこうの話と繋がらないウィゾーは頭を悩ませた。
「いや、その話ではなくてですね」
「分かっとる分かっとる、森の様子がおかしいという事じゃろ」
分かっているならちゃんと話を進めてくれと思ったが流石にそんな事は言えない。
村長はウィゾーがあまり女に興味を持っていなかった事を知っていたので、そっちに話を振りたかった訳だが。この分じゃまだまだ春は遠そうだと溜息をつきたくなるのを誤魔化し話を戻した。
「この頃動物が少ないのもそうですが、森が静か過ぎます。何かの前触れで無ければいいのですが」
村長もその事については同意していた。
どうも話を聞く限り森に不穏な空気がしてならなかったからだ。
「だからと言って狩りをせん訳にもいかんじゃろ。食いもんに余裕がある訳じゃなし」
確かにそうだ。今は貧困と言う程ではないが、大分前に飢饉に見舞われた事もある。食料の備蓄はあるに越した事はない。結論として警戒はしつつも森での狩りを続ける事となった。
次の日も昨日と同じ所まで来ていたが、やはり動物が少なかった為、今回は木の実やきのこ等の採取をメインに探索を続けていた。
日も暮れ始めそろそろ帰ろうかと思った時、叫び声と共に突然大きな熊が現れた。