第12話「森の主①」
「少しもったいなかったかもな」
ーーーー先日の侵入者のことですか?ーーーー
「ああ」と手元の枝を折りながら答える。焚き火様の枝葉を夜集めにいくのは『色々』と面倒臭いので、こうして日が高い内に集めておかなければならない。今の様に昼飯一つ食べるにも火は必要なのだから。
「そろそろ森の外ことも知りたい」
ーーーーマスターは私のことが嫌いになったのですか?ーーーー
「……え? 」
なんでそうなる? それに今の声、一際冷たかった様な……。
ーーーーその辺の浮遊霊に聞けば情報は集まります。森で生きるにはそれで十分な筈です。なのに外の世界に興味をもった。つまりそれはスイがマスターを満足させられなかったということ。マスターはスイと一緒にいても楽しくありませんか? 私はマスターの役に立てることが嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくてしかたないのにーーーー
「お、おう」
ーーーーマスターはこの私がいれば十分ですよね?ーーーー
「でもずっとって訳には……」
ーーーー私とずっと一緒は嫌ですか?ーーーー
今、恐らくスイの目からは光が消えていることだろう。生憎俺には声しか聞こえないし触れることもできないが、周囲に転がっている石や折角集めた枝が空中を飛び回っているからきっとそうだ。
「そうやっていつもいつも……(ボソッ)」
ーーーー……マスター?ーーーー
俺は目の前でパチパチと燃える焚き火を見ながら忌々しい『あの事件』を思い出す。そう、あれは俺がm
ーーーーマスター! 3時の方向から何か来ます!!ーーーー
「回想くらいさせろよったく! 」
《完全無視》発動!!
スイが感知した方向に視線を合わせ、目に力を集中させる。今回使うのは前回視界を遮る障害物を『無視』することで可能にした透視能力の、さらに長距離版。俗にいう『千里眼』って奴だ。
「あれは……人か? 2人、いや3人だ」
ーーーーこんな危険な森にですか?ーーーー
「いや、どうやら追われているらしい」
ーーーーもしかして盗賊とか?ーーーー
「そうみたいだ」
ーーーーまさか助けるんですか?ーーーー
「助けるも何も、このままだとここに突っ込んでくる。それを阻止するだけだ」
ーーーー……畏まりましたーーーー
「俺の森に入ったことを、後悔させてやる」
▼▼▼
「急げ! 追い付かれるぞ! 」
「でも大丈夫? ここ入っちゃいけないんじゃ」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないっす」
魔の森に入ってから5分あまり。いつ魔物が現れてもおかしくない筈なのだが、森は不気味なほど静まり帰っている。しかしこれ幸いと喜ぶこともままならない。何故なら彼らは追われているからだ。
「くそ、しばしっこい奴らだ」
「お頭! あいつら捕まえたらどうします? 」
「いつもと同じよう! 身ぐるみ剥いで女は慰み者に、男は奴隷商に売り渡す。オメエらわかってんな!? 」
「「「合点でさー! 」」」
追っ手から懸命に逃げる三人の若者たち。しかし馬の足には敵わず、その距離は徐々に縮まっていく。
「もっと本気で走れ! 」
「走ってるわよ!! 」
「でももう限界っす!! 」
「グルォオオオオオオオオオオオ!! 」
「「「ぎゃあああああ!! 」」」
「!?」
盗賊一行の横の林から飛び出してきたのは、体長5メートルを裕に越え、片目を傷で塞がれた赤い熊だった。
「頭~! 後ろにいた奴らが餌食に! 」
「畜生、あの目の傷は間違いねえ! 隻眼のアルクトゥス、この森の主だ! 」
「グルルル!! 」
盗賊の頭領が主と呼んだ赤熊は、後列にいた馬の首に食らいつきながらこちらを睨み付けている。まるで襲う順番を考えているかの様な視線に、盗賊たちは背筋を凍らせる。
「へっざまあみろってんだ! ゼェゼェ」
「何言ってんのよ! やっぱり魔物が出てきたじゃない。ハァハァ」
「しかも相手が主じゃ勝ち目がないっす~」
盗賊たちが歩みを止めている間に林に隠れた三人であったが、既に体力が底をついている状態では盗賊どころか、あの魔物から逃げ切る自信もなかった。そんな絶望的な状況からか目前の脅威に意識が集中するあまり、背後から更なる脅威が迫っていることには誰も気付かなかった。
「おい」
「「「!?」」」
「何も言わなくていい。何があったのかはわかってる。スイ!」
ーーーーはい。ーーーー
「あの熊の情報を」
ーーーー種族名:アルクトゥス。4~6メートル程の体躯と赤い体毛が特長。手の甲と背中は強固な外角で覆われており、防御に優れています。単独で行動し森の北側に生息。ーーーー
「十分だ。よくやった」
ーーーーえへへ。これくらい朝飯前です!ーーーー
それだけ言うと少年は何も持たずに盗賊たちのもとへ歩いていく。だが三人が止めることはなかった。いや、止められなかった。何か言い知れぬ気迫の様な物を、少年から感じたからだ。
「あ? なんだ小僧どっからでてきやがっ」
男はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。少年が伸ばした拳の先が、男の胸に『突き刺さって』いたからだ。しかしその顔に浮かぶのは苦痛よりも驚嘆に近い色であった。
《完全無視》発動
《対象》前方の人型生物×四体
「小三郎が素手で刺された!? 」
「どうした? そんなチビさっさと潰せ! 」
「……れっ……かっ」
「チビ? 」
仲間の呼びかけにも応答できない刺された男。対して刺した少年はこめかみをピクリと動かす。
「今『チビ』つったそこのハゲ」
「お頭に向かってハゲとはなんだ糞チビ! 」
「あ? なんだチビ」
「やめっ……おれ……の……が」
「お前ら全員……」
ブチブチブチブチ!!
「「!?」」
少年が男の胸から取り出した、否引きずり出したのは赤黒く濡れた臓器。未だドクンッドクンッと脈打つ、男の『心臓』であった。
「楽に死ねると思うな!! 」
《完全無視》発動状態
《対象》前方の人型生物×四体
《除害》対象生物の体内臓器
ブックマーク、評価ありがとうございます。これからも温かい目で見守って下さると幸いです。