第二章 凪裸坂塊子 その3
3 『凪裸坂 塊子のターン2』
「里晶ちゃん、ちょっとこっちに来て」
しばらくして、里晶が扉を開けた。病室を模したその部屋は、生活感を放棄し、塊子の癒しだけを追求した作りだった。壁はピンク色に染められ、パイプベッドがひとつあるだけ。人形が足の踏み場もないくらいあちこちに積まれている。
部屋に入ってきた里晶は、人形たちから塊子へと視線を移してから謝罪した。
「醜態をさらして、さぞ、怒っているでしょうね。申し訳ございません」
ベッドの上にいる塊子が、抱えているペンギン人形の頭をなでながら答える。
「いいのよ、そんなこと」
「え? 叱るために呼び出したんじゃ?」
「そんなことないわ。まあいいから座ってちょうだい」
どこに座ればいいんだ? と困惑した里晶だったが、人形のひとつを持ち上げて適当に腰をおろした。
「戦いには勝利したのだから何も問題ないわ」
塊子はベッドから出て、壁際にある医者などが手を洗うような銀色の流し台へ移動し、紅茶を自分の分と里晶の分とを淹れて、医療器具を置くような小さな台に載せ、どうぞ、と里晶に促した。塊子のほうはストロー付きだった。
「あの……僕は講堂に飛ばされてから茫然としているところを部屋に入ってきたキノコさんに怒られてその後ろにいた三道さんに睨まれていたからわからないのですが、においもさすがに届かないし、あれから戦いはどういう展開になったのですか?」
塊子はチュウウウウとストローを吸ってから答えた。
「風太郎ちゃんの感染に成功したんだけど、塊子の操り人形になる直前に鏡菜ちゃんが絶叫しながら抱えて逃げて行ったの。マングウ、と執事の名前を叫んでいたから、今ごろ家について、風太郎ちゃんの看病でもしているんじゃないかしら。戦いには勝利したのだけど、決着はまた今度ね」
「もう少しくわしく説明できないでしょうか」
「飲まないの?」
「え?」
里晶が目の前のティー・カップを見る。あわてて手に取る。そして口に運んだ。
「鏡菜ちゃんの能力なら、もしかしたら風太郎ちゃんの救出に成功するかもね。いいえ、五分五分かしら。だって塊子の能力は強力だもん。だから鏡菜ちゃんたちはしばらく戦線離脱。次は陽ちゃんか、まひるちゃんをやっちゃおうかな。どっちが相手でも問題ないのだけれど、その前に――」
部屋の中に、パン、とかわいた音が響き渡った。里晶がカップを落としたのだ。そのあと彼は、拾うことなく地につっぷし、嘔吐しながら首をかきむしった。
「ごめんね、里晶ちゃん。だってあなた、役に立たないんだもん。だから生きる屍として活躍してね。まあそのほうが陽ちゃんたちとの戦いでやりやすくなるんだよね。だから、ね、許してちょうだい。あなたが弱いから仕方ないのよ。それが正解だよ、とペンリアーズも言っているし、ね?」
塊子はペンギンの人形を持ち上げて、翼をパタパタさせた。
つづく