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第二章 凪裸坂塊子 その1

   第二章 (なぎ)裸坂(らざか) 塊子(かいこ)


     1 『(みつ)(がみ) (きょう)()のターン3』

 マングウというかわった名前の老執事は、しっかりとした足取りで勤めを果たしている。

おいおい、あんなに足が足が~と苦しんでいたのにぜんぶ演技だったの? あの場を乗り切るために出た口からのでまかせ? 騙しが能力? と(いぶか)しげに眺めていると鏡菜がトントンと肩を叩いて振り返るボクをどこかへ連れて行こうとする。

「心配するな。マングウの足の秘密も教えてやる」

 ボクは鏡菜のあとをついて行く。リビングを出て、飾り気のない曲線だらけの通路をしばらく進み、やがて地下へ。

 学校の屋内プールくらいの広さ。中央にヒノキかなにかで出来た長方形の仕切りがあり、その中に清涼な水が溜まっていた。温かいのだろうか、ほのかに水蒸気があがっている。

「玄武の丘陵から白虎の大道を通り青竜の流水がここで止まる。凝縮された気は上昇し、月葉家へ送られる」

「もしかしてゆらゆら上がってるのって……」

「蒸気ではない。気だ」

 気ねえ、もうボクは、ちょっとのことじゃ驚かない。

「ここに集められた気のおかげでマングウさんの足が治ったということなの?」

 ふふ、と鏡菜は何がおかしいのかわからないけど笑い、仕切りの手前に移動してそれから振り返った。妖艶な水をバックにした鏡菜は、息をのむほど美しかった。しかしそれは、聖なるものではなく、負の、美だった。

「そうではない。治したのはワタシだ」

「鏡菜は医者?」

「治すことが医者の仕事ならば、その反対と言えよう」

「えっと、意味がわかりません」

 水を(たた)えている仕切りの端に金属製のレバーがある。鏡菜がそれをガクンと操作すると、轟音をあげながら溜まっていた水が渦を巻きながら真ん中に吸い込まれて行った。

「何をしているんだ! そんなことしていいの?」

「これは宣戦布告だ、月葉家に対する、な。お前は見たはずだ、ワタシの父親が殺される場面を。このような生活はもう終わりにする。ワタシは道具じゃない。親を殺されて、怒りを覚えないはずがない。ワタシは人間だ。風太郎、おぬしには本当に申し訳ないと思う。巻き込んでしまってすまない。しかし、おぬしには月葉家を滅ぼす手助けをしてもらう。(しん)()家、凪裸坂家、高矢(たかや)家も邪魔するようなら滅ぼす。そしてワタシは、自由を取り戻す」

 ボクは両手をひらひらさせて否定した。

「栄さんの能力の前では未然に防がれるでしょ。無理だよ」

「いや、栄だからこそ、可能なのだ。彼女は強制的に能力を開花され、その見返りとして視力と安定を失った。栄は時折、能力が発動しなくなる。そのときが狙い目だ。月に一度、一週間。そのチャンスに、ワタシの能力を使えばなんとかなるだろう」

「君の能力?」

 鏡菜はここで言葉を止めた。ボクの眼を見つめながら黙っている。なんとなく怖いのでボクも黙る。幸いボゴウボゴウという水の音が響いているので静まり返ってはいない。恐怖をやわらげているこの音に感謝する。水が半分くらいになったとき、ようやく鏡菜が口を開いた。

「能力の秘密を知るということは、ワタシの悲願を、手助けする、ということだぞ。覚悟はいいのか?」

 うん、とすぐに答えることは出来なくて、その前に、彼女の言葉を聞いてずっと気になっていたことを質問する。

「君の味方について、未来は救われるの? いや、ボクが求めているのは世界を救いたいとかそんな大きなことじゃない。ボクの家族、両親やお姉ちゃんだけでも、助けたいんだ」

「それは保障できない」鏡菜は悲しそうな顔を浮かべた。「しかし、栄の能力も完全ではないのだ。彼女が視た未来は、ひとつの可能性でしかない。けっきょく、未来を変えるのは、今こうして生きているワタシたちの選択次第だ」

 心から納得は出来ないけれど、鏡菜が言っていることは正しいと思う。そうでなければ栄は、ボクに姉が死ぬ未来を見せて、回避したいなら戻ってきてほしい、などと願わないはずだ。未来が変えられないものならば、変えようともがいたりしない。無駄だからだ。そして、ボクを必要とした理由は、予知能力だけでは、未来を救えない、という意味なのだろう。

「わかった、君の手助けをしよう。この選択も、もしかしたら未来を変えるためになるかもしれない。だけど条件がある」

「可能ならば、聞き入れよう」

「栄さんは、殺さないでほしい」

 鏡菜は残っている右眼を細め、小首を傾げ、ボクの言葉の裏を探るようなしぐさをした。

「ふむ。おぬしが自分の家に飛んだとき、何かあったな? 言いくるめられたのか。いや、未来を見たんだな。なるほど、だから先ほど、『君の味方について、未来は救われるの?』という変わった発言をしたのか。それで……ふむ……栄に恋をしたのか? そうかもしれないな。しかしおぬしは不思議だ。ワタシでも、おぬしの内なる心を見ることはむずかしい。やはり、能力を使うしかないのか」

「君の能力の秘密もそうだけど、栄を殺さないという答えはどうなったの?」

 あははは、と鏡菜が笑う。うん。やっぱり彼女の笑顔はいい。黙って見つめる。しばらく堪能したかった、ややこしくなってきた人生に疲れてきたから癒しを求めた。だけど鏡菜はすぐ真顔に戻り、マングウ! と叫ぶ。すると不思議なことが起こった。


 天井の一点がじゅうじゅうと音を立て、そのすぐあと、ぽっかりと開いた穴からマングウが飛び降りてきたのだ。軽い身のこなしに驚いているヒマもなく、マングウは指を噛み切り、腕を振り上げて血を天井に飛ばした。すると人ひとり通れるほどの穴が、マングウの血によってふさがれた。色も変色し、まるで幻でも見ていたかのように元の天井に戻った。

 マングウさんってすげえ、と口をぽかんと開けて驚愕していると鏡菜が何事かをつぶやいた。

寂滅(じゃくめつ)の門を超え、真の生と真の死の境界を心眼もちていざ行かん。サイコ・ボム」

 鏡菜がマングウの額に手をかぶせた。

 はっきり言って呪文です。痛い。えっと、蜜神家の人たちは危険です。飛んでます。ボクはまともです。勘弁してください、と思っていたらマングウの様子がおかしくなった。


 寂滅……①煩悩を離れた静かな境地 ②死ぬこと ③なあに、と聞かれるのであまり口にしないほうがいいこと


「足が、足が動かない。否! 足がないいいいいい!」

 などとまったく意味のわからないことを叫び出すマングウ。コトリと崩れる。やっぱりマングウさんは八十八歳で認知症(にんちしょう)が始まりまともに見えたけど心の奥では無理がたたっておかしくなっていたのだ。だから足はあるのに動けるのに足が足がなどと口走っているのだ。と哀れに思っていたら鏡菜が言う。

「ワタシの能力で、《足がある》という心を壊したのだ。これがワタシの能力、《サイコ・ボム》。精神破壊の能力だ。無機物には入れないがな。だが、人間を壊すには、すぐれた能力だ」

 うううないいないいと叫んでいるマングウを早く治すようにお願いすると鏡菜はまた額に手を当てた。するとうううないいないいという叫びがピタリと止まり、いったいどうしていたんだろうといった顔でマングウが立ち上がる。

 鏡菜がすまない、と謝ると、いえ、お嬢さまのためなら命をも投げ出す所存です、と紳士的対応で返すマングウ。大人だ。

「壊した精神をどうやって治したの?」「簡単だ。壊れた、と思い込んでいる精神を破壊したのだ。すると、実際に足はどうもなっていないから、再び、立ちあがることが出来た。ただそれだけのことだ」「強制的に暗示をかける、ということかな」「そうではない。精神を、作り替えるのだ」「ふうん。ところで、他の三人も特殊な能力を持っているの? 心羅陽はあの刀がそうかな」

「うむ。それぞれ違う能力を持っている。ワタシの願いを成就させるには、想像以上に苦労をともなうだろう」

 そうは言ったものの、鏡菜は困っているようには見えなくて、むしろ、楽しそうだった。


つづく

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