第一章 蜜神鏡菜 その5
5 『蜜神 鏡菜のターン2』
祠の中へ足を運ぶと岩をくりぬいた縦長の通路が続いた。光るコケ、とかだと雰囲気が出るのだけどそうではなくて普通の豆電球が照らしているから人口感が強くてミステリーではない。三、四百メートルくらい進んだだろうか、突然、視界が開けた。
大広間。その中央に木造の社が厳かに建っていた。建物の中央に何かが祀られているようだ。それを守るように、格子状の木造扉の奥は真っ暗でまったく見えない。不動明王像があるのかな? と思ったけど、ボクをここへ連れてきた鏡菜が否定する。
心羅 陽はあのあと、撤退したという。どうやらただのあいさつだったようだ。無事でよかった。
「あの中に御魂石が保管されている」
その説明でも意味がわからない。
「なんですかそれは?」
「月葉家の一族は代々、この石から能力を授かってきた。未来で起こる災厄を回避する方法を見つけられるのは予知能力のみ」
「確かに」ボクは頷く。「ものすごい能力だったよ」
ここで鏡菜は不気味な笑顔を浮かべた。
「しかし忘れるな。かつて言ったはずだ、栄は、不完全、だと」
「それは覚えているよ。ひとつ気になるのは、君たちの存在だ。女同士じゃ子孫を残せないし、どうも、ボクたちが選ばれたのは緊急事態、というふうに感じるんだけど」
「するどいな。たしかに、ワタシたちの役目は他にあった」
「たち、と言ったね。つまり、君たち四人のことか。栄さんを守るだけなら意味がない、それじゃあ未来は救えない、けっきょく、婿を探さなくちゃならないからだ。君たちの役目は完璧な婿を育てることだけ? それってとっても効率が悪いよね。予知能力者を有しているなら、無駄なことはしないはずだ。すべての行動に意味があると思う。いったい、月葉家には、なにがあったの?」
鏡菜が片方だけの眼を細めた。ちょっと言いすぎたかな、と後悔したけど次の瞬間、彼女はお腹をおさえて笑い出した。
「あははは。おぬしを選んで正解だ。その頭脳、気に入ったぞ。まったくその通りだ、異変が起こっているのだ。月葉家の当主は、実は栄ではない。栄の兄、戦郁だったのだ」
「兄がいるの?」
「居る、ではない、居た、だ。死んだのだ。歴代最強の能力者と言われていた戦郁はあっけなく何者かに殺された。とんだお笑い種じゃないか。未来透視の能力を持っていながら殺されるなんてな」
話が見えてきた。
「君たちって、実は、嫁候補だったの?」
「そのために俗世間から隔離されて育てられた」
「で、その戦郁とかいう人が死んだから一族の責務を絶やさないために作戦変更、嫁ではなく婿を探すことになった」
「そういうことだ」
「死因は?」
「毒殺だ」
「でも、キノコやら鏡菜の老執事やら栄さんにずっとくっついている女性とか、とても恐ろしい人がうじゃうじゃ監視しているのに、そんな中で、どうやって戦郁を殺すことが出来たんだ?アメリカやイギリスの特殊部隊ですら不可能だと思うんだけど」
鏡菜の笑顔がすっと消えた。じっとボクの眼を見つめる。なんだか品定めしているように感じて、ボクは居心地が悪くなった。
無言のまま、鏡菜は社の方へ足を運んだ。あとに続く。
建物の前に丸い木で出来た柱がある。電信柱より太い。霊験あらたか、とは言いすぎだけどけっこうオーラを発している。ちょうどボクの眼線の位置に、文字が書かれていた。
霊験あらたか……①神仏などの通力にあらわれる不思議なしるし ②きょとんとされるのであまり使わないほうがいい言葉
《月葉鉄心、ここに眠る》
「これって……」
鏡菜がボクの隣に移動してきて静かに言う。
「そうだ。月葉家の初代当主」
「猫様から啓示を受けた人ね。でも、この下に遺体があるわけじゃないでしょ?」
「いや、実際に眠っておる」
うおっ、と一歩さがる。それから別に敬う訳ではないけど手を合わせる。
「その柱の下ではないから安心しろ。ふふふ」鏡菜が不敵に笑う。「鉄心の願いはこの代でついえるかも知れぬな。何故なら、栄の兄、戦郁を殺したのは、ワタシたち、元嫁候補の中にいるからだ」
その言葉で、御魂石、未来に待ち受ける惨劇、ボクの能力、それらが一瞬で消滅し、代わりに、ベイビー・ドライブ……という言い知れぬ不安だけが、増大した。
つづく