終章 修復の始まり その4
4 『月葉 栄のターン7』
一同が洞窟を辞した後、栄だけが薄暗い中、そのまま動かずにいた。微動だにせず、なにかを待っている様子だった。視力はとうに回復しているものの、なぜか眼を閉じていた。その真意は誰にもわからない。
どれくらいが経過しただろうか。栄が、くちもとをほころばせた。
「お待ちしておりました」
その瞬間、空間がゆらいだ。大気が流動し、ひずみが生じ、《もや》が、ひとつの形を持った。しかしその《もや》は、《もや》のままとどまった。
「こんな形になってしまって、申し訳ない」
「いいんですよ、風祭さん。未来のことを想って、のことなんですから」
そう、声の主は風祭風太郎。世界を破滅から救った張本人。しかし、ひとりの少女の心は救っていない。罪深き男。
栄がくちを開いたあと、灰色だった《もや》が、ブルーに変化した。
「戻ることはできる。でも、それはしない。その選択が、あなたの……栄さんの命を奪うことになっても? 許してくれるんですか?」
「かつて答えましたね。それは今も変わっていません。答えは、YESです」
「ごめん。栄さん……本当に、ごめんなさい。ボクはこれから世界を……」
《もや》が赤、紫、黄色、肌色、黒と明滅する。
「落ちついてください、風祭さん。必要不可欠なことならば、どうぞ、この世界を、滅ぼしてください」
「まだ迷っているんだ。すぐにでも、鏡菜に会いたい。安心させて抱きしめたい。でも、それでは……」
「言い方が優しかったですね。風祭さん。これは未来を視た者の発言です。赤ちゃんの暴走≪ベイビー・ドライブ≫とは、人類滅亡の手段のひとつにすぎないのです。あなたならもう見ているはずです、聖書の暴走≪バイブル・ドライブ≫、闇の暴走≪ダーク・ドライブ≫、天使の暴走≪エンジェル・ドライブ≫、惑星の暴走≪プラネット・ドライブ≫、仮面の暴走≪マスク・ドライブ≫、それらはすべて、世界を滅ぼすのです。ベイビー・ドライブをとめるだけでは、他が暴走していました。しかし、世界の滅亡を完全に回避するために必要とあれば、世界を一度、滅ぼしなさい! それが可能なのは、あなただけなのです! ひと握りの人類でもいい。この惑星を救うためならば、私は何も言いません」
「ありがとう、栄さん。数百億、数千億の時代の中で、あなたと出会えたことに、心から感謝しています」
次の瞬間、《もや》は栄の前から消滅した。
闇を取り戻した洞窟内で、栄はひとりごちた。
「あなたの純粋な愛を見た私に、それをとめることはできません」
つづく




