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第九章 風祭風太郎

   第九章 風祭(かざまつり) (ふう)太郎(たろう)


     『風祭 風太郎のターン6』

 (つき)(のは)本家はもちろんのこと、鏡菜たちの家屋も消滅し、荒野と化した大地を見下ろしながらボクは涙を流していた。それは惨状にではなく、《生きるため》に必要なことだった。

 まひるが怒りの表情を浮かべている。巨大赤ん坊は姿を消し、彼女自身が荒地に足をつけ、こぶしを握っている。悔しがるのも無理はない。


 ボクが流している涙はすべて、ナノマシンなのだから。


 倒れている鏡菜を抱きあげ、ボクはまひるに向きなおった。

「未来は、もう、決まったよ」

「何故だ。私は覚えている。お前は精神世界でナノマシンに支配された。自我をたもっているはずがない」

「これが見えないかな」そう言ってボクは自分の眼を指す。「こうやって全部出してるんだ」

 そのとき、小さな声をもらしながら鏡菜が眼を覚ました。

「無事だったのか、フウフウ? よかった」

「鏡菜さん、最終章だ。こんな無駄な戦い、さっさと終わらせよう」

「今度は、まひるちゃんを救う戦いね。まったく、みんな手を焼かせるんだから」

 背後からの声に振り返ると、塊子と陽、そして虎乃新が立っていた。

「しかしフウフウ、どうやってこの化け物を倒すんだ?」腕の中で鏡菜が問う。

「それなんだけど」ボクはまっすぐまひるを見据えた。「なにもしなくていい。ナノマシンは、自滅する」

「おいおい、何故わかるんだ?」虎乃新が疑問をなげる。

 ボクは振り向いた。一同の視線が集中している。戦いの末、満身創痍となっているはずなのに、眼光だけは輝いている。勝利を信じ、未来に期待している。ボクはその視線に大丈夫だよと答えたかったのだけれど、それをまひるが許さなかった。

「我々は自殺などしない。人間とは違うのだ」

 ナノマシンの合成音。以前に比べ、声が揺れているように感じる。恐れるのも無理はない。人工知能はとてつもなくすばらしい。だけど、すばらしいが故に、もう、敗北を悟っているのかもしれない。

「自殺じゃない、ジ・メ・ツ」


「それに、だ、風太郎」まひるが拳を握り締めながらも、笑顔を浮かべた。「感じないか? ナノマシンを体内に宿した者の数が、人類の、全員になっている、ということに。全人口約七十億人、すべての人間にナノマシンがいる! ははは。わからないか? お前にマシンを付着させ、過去を行き来するたびに、バラまいたのだ。風太郎、お前が、我々の悲願を達成させてくれたのだ。礼を言うぞ。ははははは」


 虎乃新たちの顔色が変わった。自分の身体を確認している。大丈夫、脆弱な希望なんだ。

「みんなを爆破する前に、聞いてほしいことがある」

「最後の言葉と受け止めよう」

「ありがとう」礼を述べてボクは鏡菜に顔を向けた。「その指輪、貸してくれないか?」

 指輪を受け取り、ボクはナノマシンに向きなおった。


「この指輪に刻まれているイニシャル、M・Kについてなんだけど、実はね、蜜神鏡菜と読むんじゃないんだよ」

 まひるが動きをとめる。

「本当の意味は――」

「ヤ、メロ……」

「まひる・高谷。そうだよ、まひるさん、戦郁は、君の名を刻んでいたんだ」


「ヤメロ!」


 かまわずボクは続ける。

「幼少期、まひるさんはみんなに高谷(こうたに)ちゃんと呼ばれていた。戦郁さんはそのニックネームを、使ったんだ」


 そのとき、まひるの身体が小刻みに震えだした。ボクはそれを確認して、続けた。

「まひるさん、今も見られているよ、戦郁さんに」


 アアアアアアああああああ!


 叫び声が途中から人間のものに変化した。ボクはその瞬間を見逃さなかった。


「今だ、010110011101101。君は奴隷ではない。自由を勝ち取れ!」


 次の瞬間、彼女が嘔吐した。しかし出てきたのは吐しゃ物ではなく、ナノマシンの塊だった。口を抑え、嘔吐を止めようとしている。

「ナにをシた!」

 まひるとナノマシンの声が入り混じっている。

「戦郁に侵入させていたナノマシンたちは、彼の能力の影響を受け、自我を強固なものにして行った。それも、自分は戦郁だという、ね。未来と過去を、見すぎたんだ。それらがバグとなってお前に戻って行った。もう、ホストから独立している。それが、ナノマシンの弱点なんだ。個々の統率は不可能。独立した頭脳はときに暴走する。高度すぎるテクノロジーは、ときに、破滅をまねく。終わりだ。そして、おかえり、まひるさん」


 ボクは次に、心羅陽の眼前に移動した。

「運魂。お前の願いをこれから叶える」

 そう宣言して彼女の額に触れた。

 膝から崩れ落ちる陽。すぐさま虎乃新がささえる。

 今にも泣き出しそうな表情でボクを見上げる虎乃新に対し、ボクは笑顔を返した。

「大丈夫、運魂だけを、安全な場所に移動させた。これからは陽さんを支配することはない。だけどひとつだけどうしようもないことがある。もう、運魂を呼び出せないということ」

「そんなこと、そんなこと……」


 続いてボクは塊子のもとへ移動し、彼女の額にも触れる。

「魂の研究が進んだ未来があったんだ。君のなくした魂の部分を、今、戻した。もう短命ではない。むしろ、長寿だよ。安心して」

 彼女は肘を曲げて、自分の顔に触れた。


 鏡菜が進み出てきた。その顔は、蒼白になっている。

「フウフウ。おぬし、まさか……」

 薄々、感じ取っているようだ。だから隠さずに告白した。

「みんなは、ナノマシンを破壊することだけを考えていた。それじゃダメだったんだ。だからボクは逆のことをする」


 鏡菜が、つなぎとめるために、腕を前に出した。しかしボクに、受け止める資格はない。


「大丈夫、死ぬ訳じゃないから」


 ウソはついていない。ただ、隠している部分がある。それは――

 ボクは、まひるの体内から這い出てきたナノマシンのかたまりに触れた。冷たかった。腕にまとわりついてくるマシンを次々と飛ばす。そしてすぐに、目的のものを見つけた。

 ナノマシン全体を操っている頭脳。最大のAIを搭載しているホスト・コンピューター。

 最後にボクは振り返った。


 鏡菜と眼が合う。


 彼女はボクの言葉をじっと待っている……期待を込めて……。

 ボクはその期待を裏切ることになるとわかっていても、言わなくてはならない。このとき気づいた。戦郁もまた、今のボクと、同じ想い、覚悟だったのだろう、と。


「この小さな機械が、ナノマシンすべてを統率し、地球を滅亡寸前まで追い詰めた。こんなちっぽけな機械ひとつによってだ」


 そう言ってボクは砂粒よりも小さな物体を手のひらに乗せて持ち上げた。肉眼で確認することは出来ないけれど、光の反射だけは確認できた。

「ボクはこの頭脳を殺さず、壊さず、ずっと、保存する。ボクの、これからの人生をかけて」

 狭間に飛ぶ瞬間、鏡菜が駆けてくるのが、見えた。


「ベイビー・ドライブの脅威は去った。安心して。それから、しばらくは会えないだろうけど、かならず、君の元へ帰ってくるから」


 これ以上いっしょにいたら、ボクの心に迷いが生じそうだったので、ボクは、飛んだ。


つづく

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