第七章 月葉戦郁 その9
9 『月葉 戦郁のターン2』
要地という片腕を失い、まひるはさぞかし意気消沈していることだろう、と予測していたが、違う意味で裏切られた。
規格外の大きさの赤ん坊が天守跡に尻をついて座っている。折り曲げられた足の上に鎮座するまひる。そのくちには余裕とも取れる微笑が浮かんでいた。
彼女を見上げる鏡菜、栄、虎乃新、シュウ、塊子、そして陽の五人。ボクが加わり六人。
まひるの顔に光はない。どうしたのだろう。警戒していると、塊子が一歩前に出た。
「残念だったね、まひるちゃん。まさか、運魂ちゃんが改心するなんて、塊子も思ってもいなかったわ。コントロール出来るとなると、ナノマシンだけを切り刻むことが可能。まひるちゃんにとって、とてもやっかいよね」
シュウが空を見上げながら言う。
「あいつら、度重なる失敗に警戒しているみたいだ。爆撃機が襲来するのはまだ先の話だよ」
虎が腕を組んだ。
「邪魔するヤツは、いないということだな」
陽=運魂が剣の先をまひるに向ける。
「雑魚は雑魚らしく、泣きわめきながら切られるといい」
「油断するなよ」鏡菜が一同の気を引き締める。「なにが飛び出してくるかわからん。みんなのちからを合わせて、一気に攻める。栄よ、サポートを!」
攻撃に移る前にボクはあることに気づく。その伏線となったのは塊子の言葉。『運魂ちゃんが改心』だ。それによって鏡菜たちが爆破されない理由を悟った。
「運魂が、みんなの体内に巣くうナノマシンを破壊したんだね」
何を今さら、とでも言いたげに鏡菜がボクを見る。知らなかったのはボクだけ?
鏡菜がさらに指示を出す。
「フウフウ、おぬしにも活躍してもらうぞ。さあ、栄よ、指示を出せ!」
そのとき、栄の様子がおかしいことに気づいた。他の五人もまた、彼女に顔を向ける。
「ご、ごめんなさい……」
まさか今ここで……能力消滅?
瞬時に鏡菜が機転をきかす。
「シュウ、おぬしは栄を守れ。塊子は単独、ワタシとフウフウ、陽と虎のコンビで攻めるぞ」
やはりそうだ。栄の能力がまた消えた。
コクリと頷き、ボクはまひるを見上げる。
彼女の白い髪の毛がまっすぐ下に垂れさがるのではなくて伸び、そのすべてが、座する巨大赤ちゃんの体内に吸い込まれていた。彼女のふたつの眼球が上下左右ばらばらに動き、口元はガムを噛んでいるかのようにもごもさせている。
「鏡菜さん、まひるが、なにかをしている」
ボクの言葉に鏡菜が反応した。
「まずいぞ……」
その刹那、まひるの両眼が発光し、口を丸く広げ、機械のようなかすれた音を発した。
「我が名は戦郁。地球を統べる者!」
ボクは鏡菜に質問する。その答えが、謎の解明につながるかもしれない。
「鏡菜さん、彼女の能力の副作用は?」
「ナノマシンの増殖による精神障害だ」
「どういう意味?」
「ナノマシンというのは自己増殖を繰り返す。それは知っているな?」
「エネルギーが供給され続ければ、でしょ?」
「うむ。そして一個一個、すべてに人工知能が搭載されていることも知っているな?」
ボクの推測が真実味を帯びてきた。おそらく、この考えは、間違っていないだろう。
「まひるは、どれくらいのナノマシンを、自分の体内に作り上げているのかな?」
「想像するだけで、おそろしい……」
疑惑が確信に変わった。
だからボクは顔を上げ、声を高らかに言った。
「お前の正体はナノマシンだな! まひるさん、負けるな。機械なんかに、支配されるな」
巨大赤ん坊が腰を上げた。
ウワアアアアアン
朱に燃える山を背景に、オレンジ色の後光を背負った赤ん坊が泣く。それと同時に大地がぱちぱちと小さく爆ぜる。
陽が唸る。それをなだめる虎乃新。
なにが起こっているのだ。
「我は戦郁郁郁郁我はまままひひる我々は、我々は、個個個個個…………………
我は、ナノマシン。地球最大の犠牲者!」
ピカピカ光る物質が大地を離れ、浮上して行く。小さくしたホタルのようだ。幻想的な光景を茫然と見守っていると、背後で栄がつぶやいた。
「ごめんなさい。わたしたちの、敗北です」
光の正体がナノマシンの一粒一粒だと知ったときには、月葉家所有の山を破壊するだけの、大爆発が起こっていた。
つづく




