第七章 月葉戦郁 その5
5 『月葉 栄のターン5』
「もう遅い……囲まれた」鏡菜の顔が青ざめている。あたりを見回す。えっきゃえっきゃ、いひいひ、まぎいまぎい、と笑いながら一歳くらいまでの赤ん坊たちがボクたちを包囲していた。四つん這いで迫ってくる子、転びながらも二本脚で走ってくる子もいた。
すぐにここを離れなくては、と思い、鏡菜に手を伸ばそうとしたその瞬間、背後からの爆音。振り返ると、塊子がいた場所で爆発が起こっていた。煙が邪魔して塊子の安否はわからない。
「いったん引くぞ」鏡菜の言葉にボクはうなずいた。しかし、塊子に意識を一瞬でも集中したのが間違いだった。近くで起こった爆発が鏡菜の身体を弾き飛ばす。
「鏡菜さん!」
「ワタシの身体を確認しろ、左眼で!」
大地を転がりながらそう指示を出す鏡菜。
右眼を閉じる。鏡菜の左足。銀色に光る物体が足の内部に侵入し、上昇している。無数に! やられた。ボクは焦った。おそらく、脳に到達すれば支配されるだろう。それまでに摘出すればいい。だがどうやって? そうだ、陽なら可能だ。しかしその考えは容易に達成できないと知っている。
「鏡菜さま!」
懐かしい声。ボクを追い越し彼女へ迫る影。マングウだった。
「今すぐ助けます」
安心のあまり、頼もしい言葉だと、勘違いした。数瞬後にはその勘違いが、最も危惧すべきミスだと知った。
「ダメです、マングウさん。鏡菜さんに近づかないで!」
遅かった。ボクの推理、行動、予見、すべてが遅かった。
目前で爆発が起こる。
マングウが、鏡菜を巻き込んだ。そう、マングウにはすでにナノマシンが埋め込まれていたのだ。いつでも爆破できた。ただ、頃合いを見計らっていただけ。
うわあああああああ!
ボクの叫びはしかし、爆風に流された。
《間に合った》
「もう遅い……囲まれた」鏡菜の顔が青ざめている。確かめるためにあたりを見回す。次はえっきゃえっきゃね、あれ? ああそうか、ありがとう。
「栄さん、助かった」と礼を述べながら振り返る。
いた、ボクの服の裾をにぎる少女、栄が。未来映像を見せていたのだ。ボクはそれを回避すればいい。これからマングウが駆けて来て爆発が起こる、それはわかる、では、どうすれば避けられる? 未来では、塊子が爆発したあとすぐに鏡菜もやられる。時間はあまりない。ボクの瞬間移動でも間に合うかどうか。
しかし栄さんはこう言った。間に合った、と。いったいどういう意味だ。
「ここは、大丈夫です」
大丈夫? 何故だ。
その直後に起こる爆発、爆発、大爆発……しかし、ボクたちは無傷だった。
赤い壁がボクたちを覆い、壁のむこうで爆音が響いている。壁の中にはボクと鏡菜、栄、シュウと塊子、そしてマングウが避難している。一同を見回してボクは悟った。
マングウにもまた、このパターンの未来映像を見せたのだ。
「マングウさんは、彼の能力のおかげでナノマシンから解放されました。何故なら、血と同時に、マシンも体外に放出したのです。どうしても、この大爆発を回避するには、マングウさんの協力が不可欠でした」と説明してくれる栄。
「鏡菜さまの側を離れてしまい、申し訳ございませんでした。あなたの身を守ると、誓ったのに……」
「よい、マングウ。おぬしこそ無事でよかった」
「すべては、栄さまのおかげです」
ボクは気になっていたことを質問する。
「だけどよく無事にたどり着いたね。赤ちゃんだらけで危なかっただろうに。シュウとふたりじゃ、危ないと思っていたよ」
それにはシュウが答えた。興奮しているのか、妙に早口だった。
「道を選びながら進んだんだよ。ここを行くと危険、ここは安全、ここから右に曲がらなければならない、とね。驚くほど安全だったんだ」
なるほど、とあいづちを打ってボクは鏡菜に言う。
「これで、勝てるね」
しかし鏡菜は、浮かない顔をして何も答えない。
まあいいや、と今度は栄を見る。盲目なのにボクの視線に気づいたのか、にっこりと笑顔を返してきた。だが、どこか悲しげだった。
「期待にこたえてあげたいのですが、ある時間を境に、未来が見えないのです。ごめんなさい」
まさか。
「それって、戦郁と同じじゃないの? 栄さんも死ぬってこと?」
そんなことは起こさせやしない。ボクが、守ってみせる。未来映像が再び彼女の前に現れるまで、あがいてみせる。
ボクの問いに栄は答えず、上空を振り仰いだ。
「マングウさん、壁を解いてください。さあみなさま、反撃の時間です」
壁が消える。爆発がやんでいる。そしてみんなが、動き出す。
マングウはシュウと栄をともない、塊子はひとりで行動を取り、ボクと鏡菜が出遅れた。
彼らに続こう、と鏡菜の腕を取ったとき、彼女がクイッとボクの腕を引っ張ってきた。どうしたの? と彼女の顔を見る。
「栄の能力に頼り過ぎるな。足元をすくわれるぞ」
どういう意味だ? 意味がわからないのでボクは言う。
「栄さんたちがここまで無事に来られたのは未来を見ながらだったからでしょ。それを応用すれば、まひるを倒すのも容易だと思うんだけど。たとえば、ここで攻撃、ここで回避、ここでとどめ、とか」
そう言ったものの、自分の言葉に引っかかる部分がある。でも、具体的に説明はできない。ヒントを得るため、先を行くマングウたちを確認する。栄が的確に指示を出しながら、ぐんぐん巨大赤ちゃんへと迫って行く。ヒントを得るどころか急がなくては、と焦る。
「ちからを合わせて戦ったほうがいいんじゃないかな」
鏡菜が口をとがらせてボソボソと答える。
「ワタシの忠告には、耳をかさないのか……」
よく聞こえなかったので、なんて言ったの? と聞き返すが、鏡菜は無言のまま駆け出した。
つづく




