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第一章 蜜神鏡菜 その3

     3 『(みつ)(がみ) (きょう)()のターン』

 木々が上空でゆれている。青空が葉の隙間から見え隠れしている。どうやらここは森の中のようだ。最初は何が起こっているのかわからなかったけど、自分の身体が上を向いているとすぐにわかった。抱かれている。固い胸板。太い腕。そして、温かい。抱いている男とは別に女性もいるようだ。

 ふたりは、いや、ボクを合わせて三人は、どうやら何者かから逃げているらしい。

 男の口が動いているが、声は聞こえない。だが、顔色を見ると、窮地(きゅうち)に立たされているのだとわかる。


 ――左眼がうずいている。


 男の身体から、ドスッという衝撃が伝わり、そのあと世界がぐるぐると回った。転倒したらしい。男は地に倒れ伏し、何事かをわめきながらボクを背後にいた女性に託す。ふわりと、とても優しく、男から女性に移動する。

 女性の手はやわらかくて温かくて細くて心地よかった。

 ぽたりとボクの顔に水がかかる。雨ではない。温かい。女性が泣いていた。それを見て怒りが込み上げてきた。こんなに優しくて美しい女性を悲しませる相手を、許せなかった。


 ――痛みが脳髄に伝わり、その痛みが神経を刺激し、手足が、意思とは関係なしに痙攣する。


 再び、天高くそびえ立つ木々の枝葉が、上下左右にはげしく揺れた。女性が何事かをつぶやいている。口の動きから、繰り返し同じ言葉を発しているようだ。

 女性は、ボクに笑顔を見せたが、泣いていた。眼尻のほくろが、涙で滲んでいる。悲しい笑顔だった。

 木々が少なくなったとき、ふいに女性の動きが止まった。前方を凝視している。それからまた何かを叫んだとき、倒れた。

 ボクの身体は女性の腕から離れ、地面に叩きつけられた。さいわいにも土の上だったため危害はなかった。しかし動くことが出来ない。空を見上げながら、成り行きを見守る。まばらに立っている木々が風にあおられてざわつく。これから起こるであろうボクの未来に不安を覚えているかのようだった。すっと、ボクの視界の中に女性の顔が入ってきた。シャープな顔立ち。美しいというよりちょっと怖さがある。魔女? 北欧の童話などに出てきそうだ。だけど、どこかで見たことがある。


 ――痛みが、激痛にかわっている。


 魔女が口を動かす。もちろん何を言っているのかはわからない。何故聞こえないのだ? この痛みと関係があるのか? ここはどこだ? 


いや――

ボクは、誰だ?


――痛みが全身にまわり、爆発した。


「どのシーンを――」

 ボクは飛び起きた。ちゃんと動ける。森の中ではなく室内だ。冷静になって状況を把握しようとするが痛みが、全身に走る激痛が、それを許さない。

「――見ていた?」

 ああああと声がもれる。頭をかかえる。

「森だ。男性が倒れた! 女性も危ない。早く助けなきゃ……」

 そう答えたあと、動けずにうずくまっていると、いくらか痛みがやわらいできた。あいかわらずゴインゴインと脳内で激痛が暴れているが、叫び声を上げるほどではない。

 だからさっきからボクを助けるでもなく淡々と話しかけている人物を認識することができた。

 蜜神鏡菜だった。

 彼女は膝を抱えて座っていた。するとここは彼女の屋敷? 彼女の部屋? 部屋にしては殺風景で変だった。白い壁は四角ではなくて円形。天井はというとソフトクリームのようにねじられながら先端がとがっている。見ているとなんだか吸い込まれそうな感覚に襲われる。そして窓はない。それからなんとテレビもないしパソコンなどもない。部屋の中央にマットレスの寝具がぽつりと置かれているだけ。独房? ボクはベッドに寝かされ鏡菜は床に腰をおろしている。まあ、ボクがベッドを占拠しているからそれも仕方ない。椅子などもないから床しかない。微光を発するねじれた天井、薄暗い部屋に、鏡菜の右手中指にはめられているクリスタルのリングがあやしく光っていた。

「ここって、君の部屋?」

 彼女の顔ではなく指輪を見ながらそうたずねた。

「うむ。他とは、違うであろうな」

 彼女は抑揚(よくよう)のない言葉でそう返した。

「動けるようになったら女性を助けに行かなくちゃ」

「その必要はない。夢のようなものだから」

 あ、そうなんだ。ほっとしたら、鏡菜の身に起きている異変に気づいた。

「どうしたの? その眼」

 左眼に眼帯をしていたのだ。鏡菜は口元をゆるめてから答えた。

「そこに、あるではないか」

 ある、ボクの眼。もしかして彼女の眼球を移植された? おいおい、どんな理由があってそんなことを……。

 ボクはベッドからガバッと起きて、突発的に襲ってきた頭痛に耐えきれずまた腰をおろしてから言った。

「最初から説明してほしい。駆け足のように物事が進行して頭が混乱している。これからボクたちに何が待っているんだ?」

 鏡菜は抱えていた膝から手を離し、それから後ろに手をついて体重を預け、ねじれながら収束されている天井を見上げながら言った。

「戦いだ」

 彼女はその恐ろしい言葉を抑揚のない感じで言ったので、ボクは驚くのに一瞬遅れた。

「なんでそんなことをしなくちゃならないの?」

「おぬしたちは月葉栄の婿候補として召集された」

「辞退します」

「ははは、面白いことを言う」本気なのに笑われた。

鏡菜は本当におかしそうにお腹をおさえた。じじくさい言葉づかいだけど、くったくのない笑顔を見ると歳相応に感じて、少しだけかわいかった。いや、かなりかわいかった。だけどその笑顔はすぐに消滅した。

「しかし事実だ。これからおぬしは、否、ワタシとおぬしは、他の婿候補たちと戦いを始める。勝者は、ひと組のみ」

「ふたりで?」

「うむ。ワタシは、おぬしを立派な婿になれるよう、教育しなくてはならない。それと同時に、守らなくてはならない」

「なんでそんなことを? 意味がわかならないんだけど」

「月葉家は代々、地球の平和を守り続けている。事の発端はこうだ。江戸時代、月葉家の先祖である鉄心という男がある啓示(けいじ)をうけた――」


 啓示……①神自らが愛のために示すこと ②簡単に口にすべきではないこと(距離を置かれる可能性があるため)


「――未来で起こる滅亡を、止めろ、と」

「啓示ということは、その鉄心という人は神さまから警告されたの?」

「いや、猫らしい」

 あそうですか、月葉家の一族は今のボクの頭痛よりも痛い人たちなのですね、と距離を置くが、彼女の表情を見るとそう簡単に片づけられるものではないとわかる。その人が信じることは他人がどう思おうと間違いを指摘しようとその人にとっては真実なのだ。その真実を(くつがえ)すことは容易(ようい)なことではない。だから鏡菜の真実を覆して改心させるようなことは面倒だからしなくて話しを合わせることにした。

「どうやって滅亡するの?」

 温暖化が進んだり人口過多で食糧難におちいったり未知のウィルスの蔓延とか天変地異ではなくて戦争? 鏡菜が続ける。

「戦争、のようなものらしい。なんというか、とにかく人間と人間の殺し合いなのだ。それがどういったものなのか、詳細はわからない。しかし、間違いなくそういう未来は起こるという」

「なんでわかるの?」

「月葉家に代々伝わる能力だ」

 未来透視、予知、そういったものだろうとボクは思った。そしてある女性を思い出す。

「月葉家の当主って、もしかして栄って女の子?」

「ああ、そうか、祠の前に飛んでそこで出会ったらしいな。盲目の当主、月葉栄、能力は未来透視。まだまだ未熟者らしいがな」

 話がだんだん見えてきた。だからボクは納得が行くまで質問する。

「未熟? だからボクたちが呼ばれたのかな」

「うむ。おぬしたちの血を、栄と混合させ、能力の弱体をふせぐつもりだ」

「どうして一般人であるボクたちが選ばれたの。不動明王を(あが)めているということは、けっこう君たちって閉鎖的な感じじゃないの? 外部のちからを必要とするなんておかしいよ」

 ここで鏡菜は小さく口を開けて、ほう、と息をはいた。それからボクの顔をじっくりと観察し出した。女の子にこんなに見つめられるのは生れて初めて。どうしていいのかわからない。とりあえず、照れ隠しに部屋を見回す。

「明王が密教の(そん)(かく)であることを知り、かといって落ちつきがなく人との接し方が軽く無知を装っている。おもしろい男だな。頭の痛みはどうだ?」

 言われて気づく。だいぶ良くなっている。

「場所を変えようか」そう言って彼女は腰を上げた。

 ボクも続こうとしたら彼女が手を貸してくれた。そして、部屋に唯一存在する鉄の扉をくぐるときに一度振り返り、鏡菜は、こんな部屋でひとり、どんな思いで過ごしていたのだろう、と不思議に思った。


つづく

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