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第七章 月葉戦郁 その2

     2 『高谷 まひるのターン4』

 鏡菜が蘭松の部屋に到着したとき、陽は刀を頭上に持ち上げ、今にも振り下ろそうとしているところだった。

「落ちつくのだ、陽!」

 ぴたり、と鏡菜の声に動きをとめる。しかしそれは一瞬のことで、すぐに振り下ろされた。まひるは背後に退いて刀を避けた。

「しっかりしろ、どうしたのだ? 陽」

「あははは」反応のない陽にかわり、まひるが笑う。

「何がおかしい、まひる」

「心羅さんはダメね。壊れちゃってるもの」


 陽が頭を抱えてひざまずいている。眼には熱いもの。そして、苦悶の表情。

あの陽が、人前で涙を流しているのだ。


 信じられないとでも言いたげな表情で陽を見つめる鏡菜。

「子供を殺しすぎたのね。ふふふ。そんなことをすれば、誰でもおかしくなってしまう。人間って単純ね。だから、なの。


 だから《赤ん坊を選んだの》」

 

 そのとき三歳くらいの女の子が部屋に入ってきて、まひるの元へ駆け出して行った。

 まひるは不思議そうに女の子を見つめた。足元で止まり、笑顔を浮かべながらまひるの腕をつかんで、くいくいと引っ張る。

「私は、こんな命令を出してはいないぞ」

 次の瞬間、女の子が爆発した。


     ☆

 栄とシュウに、後で迎えに来るからとボクの家で待機させ、ひとりで飛んだ。

きらびやかな屏風、高い天井、木造の窓枠、豪華だった蘭松の寝室は、かつての景観を微塵も残していなかった。純金の不動明王像ですら、瓦礫にうずもれていた。

 外から風が流れ込んでくるが、それでも室内に充満する煙を飛ばすには及ばない。

 揺れる建物。倒壊寸前の天守。その中に鏡菜がひとり立っていた。表情が険しいのは煙のせいだけではないだろう。

「鏡菜、無事だったんだね。どうなってるの。まひるは?」

「爆発した。煙の向こうだ」

「死んだの?」

「バカモノ。油断するな」

 鏡菜の言うとおりだった。煙が晴れると両腕を前に突き出したまひるが立っていた。手のひらを中心に銀色の幕が広がっている。おそらく、ナノマシンを盾にしていたのだろう。偶然だろうか、その壁に守られるような形で、陽は無事だった。でも、心が無事ではなさそうだ。うずくまったまま頭を抱えている。姿は見えないが、虎もいるのだろうか。しかし、彼を探している余裕はない。

「誰がやったの?」

 それには鏡菜ではなく、別の人物が答えた。


「ナノマシンに侵された子どもを復活させて、逆にこちらが、利用したのよ」


 声のしたほうを振り返る。塊子だった。壁際に立っている。意識を取り戻したばかりなのだろうか、顔色は悪い。

「目覚めるのが遅いぞ。それほど奥に閉じ込めたつもりはなかったのだがな」

 鏡菜が悪態をつく。

「こっちはこっちでやることがあったのよ」と塊子がべえ~っと舌を出す。

「ふん、まあいい」鏡菜がずいと前に出た。「役者はそろった。まひるよ、覚悟はいいか?」

「覚悟、誰に言ってるの?」

 そう言ったものの、まひるの顔に余裕はなくなっていた。いや、それよりも、怒りが浮上しているようだった。人を見下し、自分優位といったこれまでの振る舞いはもうどこにもなかった。その緊張がこっちにまで伝わってくる。これからは本気でくるだろう。気を引き締めなくてはならない。

「まひるまひるうるさいのよ。私の名は戦郁。月葉戦郁。地球を統べる者。人類の支配者。宇宙の意思。絶対の、存在」

「戦郁?」ボクの疑問に鏡菜が早口で答える。

「先ほどから自らを戦郁と名乗っておる。まるで意味がわからない」

 まひるがゆっくりと前進した。何故か、煙が彼女を避けて行く。

「何をしている、陽! 立て、来るぞ」

 しかし陽は鏡菜の言葉に答えない。

「待ってくれ、まひるさん」ここでボクは言う。「戦郁の死の謎が解けたんだ」

 場に漂う緊張は続いているが、それでも、時間が生まれた。ボクは続ける。

「真相究明の邪魔をしていたのが四つの謎だ。帰宅時の無言。コップの破片が外に落ちていたこと。小動物しか通れないような窓の隙間。予知能力者殺害方法。

 月葉家の性質、それから事件当時の映像を知ることによってこれらの謎が氷塊していった」

 ここまで言うと、まひるはボクの言葉に耳を貸した。一気にまくし立てる。


「月葉家の者は単独行動を取らない。鏡菜さんにはマングウ、キノコには三道、栄さんにはミミ、と。みんな強力な能力を持っていながら専属の使用人を用意する。かならずパートナーを持つ。そのことを踏まえると、謎はすぐに解ける。

 四つの謎がすべてつながる。

 そう……


 戦郁は、自殺したんだ」


 塊子が蒼白な顔でボクをにらみ、反論する。

「自殺する理由なんてないでしょ」

「違う」鏡菜が口を開く。「指輪をもらったとき、戦郁は妙なことを言っていた。『未来を救うには大きな犠牲が必要なんだ。それ以外に、道が見つからない』と。今にして思えば、大きな犠牲とは自分を指していたのだろうな」

 まひるは何事かを思案しているように動かない。もう少し攻めれば彼女の心を改心させられるかもしれない、ベイビー・ドライブをやめてくれるかもしれない、と思ってボクは間を与えない。

「ハンコは共犯者だった。そう、他殺に見せかけた自殺劇を成功させるためにはどうしてもハンコの手助けが必要だった。しかしあからさまな行動は取れない。千里眼のシュウと他の使用人たちが見張っているからだ。だから、細工を施した。グラスの取っ手部分に釣り糸を縛りつけ、糸の反対側におもりをつける。おそらく石かなにかだと思う。外に落ちていても怪しまれないから。しかしここで思わぬアクシデントに見舞われた。

 毒を飲み、落ちたグラスが割れ、岩のついた糸だけが外に流れ落ちる、はずだった。ところがそうはならず、手から離れたグラスはまっすぐ落ちなかった。引っ張られたから、斜めに落ちて行ったんだ。その分、衝撃が減る。だからグラスは室内では割れなかったんだ」

「そしてグラスは、予期せぬ場所に破片を残した、というわけか」

「そのとおり」鏡菜にそう答えて続ける。

「自分が死んだあとの世界は、真っ暗だったのかもしれない。速効性の毒を使わなければ成功していた。そうじゃなければ、簡単なミスは犯さないはずだ。こじれず、ただの自殺で済んでいたはずだ。窓は戦郁かハンコのどちらかが、シュウに怪しまれないように、閉める、ときに、わざと隙間を作ったんだ。事件を起こす以前に。

 シュウの意識は戦郁に注がれている。ハンコの能力で外に落ちた糸を回収することは簡単だった。ところがここで、新しいミスが発見された。物質が持つ過去の映像を見ることが出来る能力者の存在だ。もちろん、戦郁が死んだあとに出てきた能力者だから、視ることは無理。こんな輩が現れるなんて想像も出来なかったんだ」


「ならば、戦郁の死には理由がある。彼が死ぬことによって起こった変化が」


「そうだよ、鏡菜。世界を救うためには、この自殺劇を演じなければならなかった。この事件で何が変わったのか、ボクたちは、それを見つけなければならない」


「栄は無事か? 彼女だけが頼りだ。もしも能力が発動していなければ、ワタシが精神世界に入ってスイッチを入れよう」

「大丈夫だよ、能力は戻った」

 ボクはまひるに向きなおった。

「戦郁は未来を救うために、自らの命を絶った。それが、真相だ」


 さあ、どうでる? 戦郁の死には理由があった。その意志を汲み、心を入れかえるか? しかし新たな謎も現れた。

 自分を、戦郁と名乗っている。その理由は、なんだ。

「あ!」

 そこでボクは思い出した。爆撃機が迫っている、ということに。

 ん? とまひるが顔を上げる。

「どうやら邪魔が入ったようね。うふふ。無駄なことを」

 身体全体を銀色のマシンが覆い、まひるは、上昇して行った。


つづく

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