第六章 ベイビー・ドライブ その3
3 『尾春 憂美のターン』
「ただいま憂美。電話で言っていたおみやげも買ってきたよ。弘美ちゃんただいまあ。パパ、帰ってきたよ~」
「…………た……」
「どうしたんだよそんなところで。風邪ひくぞ。ところで弘美は?」
「……たのよ!」
「おい、まさか、落ちたのか! ……ん? いないじゃないか。しっかりしろよ優美。弘美は部屋で寝ているのか?」
「弘美は寝てもいないし落ちてもいない」
「義母さんに預けてきたのか?」
「そうじゃないそうじゃない! わあああ」
「どうしたんだよ、落ちつけって。まさか、誘拐されたとか?」
「違う! 弘美が、弘美がベランダから降りて行ったの」
「なんだよそれ。意味がわからないよ。弘美はまだ三歳だぞ。ロープとかまだ使えないだろ」
「それでも、よ」
「でも下にいないじゃないか。まさか、育児ノイローゼとかで捨ててないだろうな。おい、答えろよ優美」
「こんなバカみたいなウソつかないよ」
「…………おい、あそこ」
「ちょっと、どうしたの。弘美が見つかったの?」
「見ろよ、憂美……もしかして、もう、地球は終わりかもしれない……」
「え?」
「そこじゃない。あそこだ。赤ん坊たちが、マンションの壁を降りているんだ。見ろよ! 道具とか使ってないんだぞ。四つん這いで壁に張り付いている。みんな、同じ方向に向かっているみたいだ。あはは。あれは青子さん家の子どもだ。あっちは秀雅先生の子どもじゃないか? あはは。もうダメだよこの世は。あはは」
「弘美はどうなるの? ねえ、弘美を返して。ねえ、今すぐ、返してよ」
「あはは、あはははは!」
「待って、なにをするの?」
「俺にも出来るんじゃないか。あはははははは」
つづく




