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第三章 高谷まひる その6

     6 『ハンコのターン』

 ボクは鏡菜とともに戦郁の寝室へ飛んだ。一度、クールダウンするためだ。それを面白くなさそうに鏡菜が不平をもらす。

「逃げてばかりじゃ、どうにもならないぞ」

「今回の目的を履き違えないでくれ。戦郁を殺した犯人を見つけることだけに専念しなければならない」

「うむ。そうだな……」と、鏡菜は答えたものの、あきらかにまだまだ、まだまだ不満そうだ。

「ひとつだけ成果がある」と言うと、彼女の視線に興味という色が生まれたのでボクは安心して続けた。「少なくとも、まひるは犯人じゃない」

「何故、断言できる?」

「彼女は、感受性が豊かだ。それは挙動を見ていればわかる。他人の言動に精神を大きく揺さぶられるけれど、それをまひるは懸命に隠そうとしていた。それが弱さだと自分でも気づいているのかもしれない。ところがだ、鏡菜さん。ボクの最後の言葉にだけは、感情を抑えられなかった」

「最後の言葉、というと……」

「ボクは戦郁のことを、『愛する人』と表現した。そのとたん、彼女は逆上した。すなわち、的を射ていたんだよ、ずばりとね。愛するが故に殺した、という可能性もなくはない。だけど彼女の性格を(かんが)みるに、限りなくゼロに近づいたよ」

 鏡菜はあごに手をあてながら、まっすぐボクの眼を見据えた。それはボクの推理に疑問を持っているような感じだった。鏡菜が、ゆっくりと口を開く。

「風太郎、ワタシたちは、戦郁の嫁となるため、彼を愛するように教育された。まひるだけではなくて他のふたりもおそらく戦郁のことが好きだったろう」

「他のふたり?」

「そう、ワタシ以外だ」

 それって、もしかして、自分がやりましたという自白?

「まさか、鏡菜さん」

「勘違いするな。ワタシは無実だ。もしも自分でやったなら犯人探しをするわけがないだろ」

 それもそうだ、と安心する。

「なるほど、三人が戦郁のことを、ね。そうすると愛するが故に殺した、という線が最有力なのか……」

 まひるが消えたということは、残るは陽と塊子。このふたりが犯人だということになる。

「ところで風太郎、何かつかんでいるのか?」

 その質問でボクはこまるけれど、とにかく、今のところまとまっている推理を披露する。

「戦郁はこの部屋に来たとき、実はすでに死んでいて何者かに操られていた、と最初は考えたんだけど、どうも違うらしい。もっと複雑な理由がある。でも一番大切なのは、動機などではない。たった四つの謎を解くことが出来れば、犯人を割り出すことができる。


 一、戦郁が家に帰ってきたときハンコに返事をしなかったこと。

 ニ、割れたグラス。

 三、少しだけ開いていた窓。

 四、そして、未来を視る能力を持った戦郁が何故、いとも簡単に毒を盛られたのか。


 この四つの謎を解かないかぎり、真相は見えてこない。まあ、四番目はおおざっぱすぎるけれど……」

「そうか、つまるところ、わからないのだな」

 ごもっともです。もう少し時間と情報をください。

「月葉家の者でも特定できない犯人なのだ、そう簡単にはいかないだろうな。まあ、真相究明は後に取っておくことにして、風太郎。おぬしの時間は、終わりだ。ここからはワタシがバトンをもらおう」

 どういうこと? と不審に思ったら、彼女は窓のほうを凝視した。そこへ視線を移動させると彼女の言葉の意味がわかった。


 ベランダの手すりをつかむ、手。そしてヌッと、眼鏡をかけた女性が顔を出してきた。ハンコだ。一階から腕を伸ばし、昇ってきたのだ。

「いました、まひるさま」

「まったく」外から声がひびく。「そこではやらないって言ったでしょ。観念して出てきなさい」

 怒りからあきれに声音がかわる、話しながら落ちつきを取り戻したようだ。

「だけどね」その言葉のあとまた変化した。(とげ)が宿った。

「ハンコは違うのよ。私の命令をそむく場合がある」

 ベランダから手すりを乗り越え、部屋に入ってきたハンコ。眼が座っている。ボクはそのとき気づいた。右手に岩が握られていることに。

「戦郁さまの思い出は心の中に収められている。この別棟が破壊されても、蹂躙されても、私は問題ない」

 ハンコが腕を大きく振りかぶった。

「私の身体は(むち)。繰り出す攻撃は、音速を超える」

 まずい。ハンコは誰を狙っている? 投げる方向は……鏡菜!

 守るために鏡菜の前方に移動した。視界の片隅にハンコの姿が映っている。しかしボクの判断はコンマ遅かった。ハンコはもう、岩を投げている。最悪のパターン。ふたりでどこかへ飛ぶという作戦は却下。思い浮かべている時間はない。眼をつぶり、身体の隅々まで神経を集中させる。


 来た。腹部に何かが触れる感触。触れた物に意識を集中。そして、ボクに触れている物を、飛ばす。作戦成功。岩を飛ばした、が、数センチほどは腹にめりこんでしまっていた。衝撃が波紋となり、激痛が腹部から全身に伝わる。思わず膝をついた。

「すごい能力ですね」ハンコが冷やかに言う。「さすが婿候補のひとり、と言ったところでしょうか。でも、私も月葉家に選ばれた能力者。それをお忘れなく」

 ハンコがポケットからもうひとつ岩を取り出した。

「たしかにおぬしの能力は優秀だ」ここで鏡菜が前に出る。「だがな、初動作にすきが多すぎる」

 ハンコが振りかぶると同時に彼女のふところへ鏡菜がもぐりこんだ。

「腕が伸びきるまでは普通のスピードだからな」

そう言って、鏡菜がハンコの身体に触れた。

「おぬしの心をこのまま破壊してもいい。しかしな、ハンコ。それじゃあ面白くない。おぬしから、戦郁だけの記憶を消す、というのはどうだ?」

 えげつない、とボクでも思う。そして、本当にやりかねない、とぞっとした。

ハンコは額に汗を浮かべ、後ろに伸ばした手に握られていた岩を放り投げ、そのまま伸びきった腕でベランダの手すりをつかみ、縮むちからを利用して身体を後方に運んだ。そのまま外へ逃げる。

「追う?」とボクが聞くと、「もちろんだ」と鏡菜が答えた。

 腹部の激痛を気にしながら鏡菜の身体を持ち上げる。

「大丈夫か?」

 ときおり垣間見せる鏡菜の優しさ。思わず心がどきどきしてしまう。

「これくらい、なんともないさ」などとかっこいいことを言うけれど正直しんどい。

 だから、さっさと終わらせよう。


 外へ飛ぶ。戦郁の別棟よりも高い上空へ。まひるとハンコが並んで立っているのが見える。

「ターゲットはまひるだ」ボクは言う。「司令塔を失えばハンコも大人しくなるだろう」

 うむ、と鏡菜が返事をしたあと、ちょっと待て! と叫んだ。

 その声のせいでまひるたちがこちらを発見した。隠密作戦失敗。

 空中から空中へ場所を変えるがもうバレバレ。おもいっきり警戒している。

「どうしたの? 都合の悪いことでもあるの」

「失敗した。もっと早く教えておくべきだった。まひるのやつ、やりおる」

「だからどうしたの?」

「右眼を閉じろ」突拍子のないセリフにボクは「え?」ととまどった。「いいから言う通りにしろ」右眼を閉じる。視野が狭くなるだけ。「右脳だけを活動させろ。そして、脳から直接、左眼を通して物事を見るのだ」意味がわからないけど、やってみる。


 右脳を動かそうと意識を集中させる。右脳から左眼になにかを働きかけるようにコントロールしているつもりになる。閃いた、と思ったけどそれは錯覚だった。


 鏡菜の顔を見つめてボクは無言で首を振る。

 ち、と小さく舌うちして鏡菜が言う。

「ワタシの能力は相手や対象に触れなくては発動できない。まひるは、それを逆手に取った。自分の身体をナノマシンで覆っている。おぬしにも見えるはずだ」

「まったく見えません! で、触れたら、どうなるの?」

「何千何万という小さな機械たちが、体内に侵入してくるだろうな」

「じゃあ、触れなければいいわけだ」

 そう言ってボクは地上に下りた。左眼のちからがなくても大丈夫だと判断したからだ。

 ハンコが砂利を握り振りかぶる。

 まひるが勝利を確信したかのような笑みをもらしている。

 そして、鏡菜が叫ぶ。

「これじゃあ、狙いうちだぞ!」

「大丈夫だよ」

 上空を指さす。鏡菜がその先を追う。その瞬間――

 まひるたちとボクたちの間に、こぶし大の岩がズドンと音を立てて落ちてきた。大地を穿(うが)ち、地面が()ぜ、土煙が舞う。


「戦郁の部屋でボクの腹部に触れた岩だよ。はるか上空に飛ばしていたんだ。まさかこんなにタイミングよく落ちてくるとは思わなかったけどね」

 岩は、緊迫していた空気を切り裂くのに成功した。すかさずボクは(ゆる)くなった状態を逃がすまいと続けた。

「今は争いをやめよう。試験はいつでも始められる。大切なのは、戦郁を誰が殺したか、のはずだ。いくつもの謎を残した不可解な死、ボクは、ひとつだけ、事実を発見した」

 まひるとハンコの眼の色が変わった。作戦成功。ここぞとばかりに(まく)し立てる。


 捲し立てる……①立て続けに勢いよく言いたてること ②口にした相手に、意味わかる? などと言ってしまうとほとんどの場合嫌われるのでやめたほうがいいこと


「戦郁の能力を考えた結果、導き出される真相はひとつだけ。それは、自殺だよ」


 今のところはね、と誰にも聞こえないように小さくつぶやく。

 隣で鏡菜が唾を飲みこむ音が聞こえた。

 まひるがそれに反論する。

「その可能性は私も考えたわ。でも、彼は誰よりも世界平和を願っていて、それを達成できるのが自分だけなのに、何故、自殺なんかを。説明出来て? 風祭さん」

「戦郁の能力はものすごかったのだろうね。みんなの話しを聞いているとそう思う。だからなのか、君たちは栄さんを軽視している。戦郁本人に会ったことがないからボクの中で栄さんのすごさが際立っているだけかもしれない。それはもちろん認識している。でも、戦郁が、あとの役目を妹に託した、とは考えられないだろうか。そうすることによって、未来が救われる、とは考えられないだろうか。細部まではもちろんわからない。だけど、そう考えることによって、未来予知能力を持った戦郁が死んだ理由が見えてくるんだ」

「では」ハンコが口をはさんだ。「戦郁さまがわざわざ他殺に見せかけた理由は?」

「すべてに理由がある。ひとつとして、無駄なことはない。それらがつながり、道をつくり、世界を救う理由となる。未来を変えるには、この方法しかなかったのかもしれない」

 ハンコがなおも食い下がった。

「戦郁さまは悩んだ様子などいっさいなかった。それこそ、亡くなる当日ですら! 私は信じません。戦郁さまが自ら命を絶ったなんて――」


「戦郁は自殺した、ということで決着だな」


 どこからともなく響いてきた声。少女にしては低く、影をおびている。ボクは以前、この声を耳にしている。そう、鏡菜の家で。

 鏡菜が叫ぶ。まひるが怒鳴る。

『陽!』

 すう、と現れた心羅陽。刀を薙ぎ払い、ハンコはその凶刃に倒れた。そのときボクは見た。

 ハンコがうっすらと、笑顔を浮かべていたことを……。


つづく

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