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第三章 高谷まひる その5

     5 『高谷 まひるのターン2』

 別棟の外へ。ボクたちの出現に木々が驚いたかのようにタイミングよくざわついた。虫も小動物も、近くには潜んでいないようで、その一瞬の後は静寂だけが支配した。

 

 みんなが出終わったところを見計らい、ボクは質問した。

「運命の日、戦郁は、どこへ行っていたのだろう。それを知りたい」

 まひると鏡菜が顔を合わせ、過去を思い出そうと何事かをつぶやきあった。

「ボクが知りたいのはひとつだけだ。戦郁が最後に会った人物は、誰か、ということだよ」

 口を閉ざしている鏡菜とまひる、代わりにハンコが受け持った。

「順番はわかりませんが、蜜神鏡菜、高谷まひる、心羅陽、凪裸坂塊子、この四人が、死亡直前の戦郁さまと、会っています」

「つまり、元嫁候補たちの四人が出会い、また、犯人である可能性が高いと?」

「最後に彼と会ったのは、蜜神さんよ」

 まひるからただならぬ気が発せられた。その『気』に圧倒され、ボクは言葉を失ってしまった。殺す気まんまんの圧力。抑えのない殺意。それを解除したのは鏡菜だった。ありがとう、鏡菜さま。

「たしかに会った。しかしワタシは、五分と話をしていない。他の連中はわからないが、問い詰めても仕方がないだろう。本音か虚実か、真相はわからないからな」

 殺気が消えてきているまひるがここで口をはさんだ。

「それは蜜神さんの今の証言もウソかもしれない、ということよね?」

 口元は笑っているが眼は座っている。怖い。

「ふたりとも落ちついてくれ。戦郁がどうやって殺されたのかさえわかれば、おのずと、犯人が絞られてくる」ここでボクはハンコを見た。「このあたりに、グラスの破片が飛び散っていたんだね?」

 ボクは足元を示した。よく手入れされた短い草が大地を覆っている。

 そうです、という返事を聞いて頭上を見上げる。眼の前に、キッチンの窓、さらに視線を上げる。戦郁の部屋のベランダがあった。

「鏡菜さん、君の能力で、他人を意図的に操ることは出来るの?」

 鏡菜は眼を細め、ボクの狙いを品定めするかのようにして答えた。

「無理だ。ワタシの能力はそこまで複雑には操作できない。そして陽もな。ところがだ、風太郎。塊子と、そこにいるまひるは、可能だ」

 そう言われてもまひるは態度を変えることなく、涼しい顔を浮かべたままだった。

「こんなことで疑われたんじゃたまらないわ。だから教えてあげる。戦郁さまが亡くなった日、最初に会ったのは心羅さん、次に凪裸坂さん、それから私、最後に蜜神さんという順番だった。そこで蜜神さんに質問するわ。あの日、戦郁さまの様子に変わったところがあったかしら?」


 みんなの視線が鏡菜に集まる。彼女は眼をつぶり、過去を思い出しているようだった。

「いつもと変わらない、戦郁だった……」

 ここでまひるがにっこりとする。

「つ・ま・り、戦郁さまの身体に細工を施すことが出来たのは、蜜神さん、ただひとり、ということなの。凪裸坂さんが犯人なら、私と会ったとき、戦郁さまはゾンビになっていたはずだもの」

 ふと、まひるの顔から笑みが消えた。それでも口調だけはやわらかだった。

「この際だからはっきりさせましょうよ。蜜神さん、あなたが、戦郁さまを殺したんでしょ? その指輪だって、あの日、戦郁さまからもらったんじゃないの。うん、そう、そうよ、だってそれまで指輪なんて、はめてなかったわよね」

「確かに戦郁からもらったものだが、ただのお守りだ」

「知ってるのよ。リングの内側に、M・Kと彫られているって」

 鏡菜が指輪をはずしてボクに手渡した。内側を見る。確かにあった。


 M・K=蜜神鏡菜。


 じりじりと鏡菜に接近するまひる。不穏な空気にボクは気づいた。そしてハンコも周りの動きを見逃すまいと意識を集中させている。

 ああ、これは完全にやる気だ。ボクたちの目的と大きくかけ離れてしまう。鏡菜を見る。

「寂滅の門を超え――」


 詠唱している!


「ハンコさん! 二階の窓はどれくらい開いていたの?」

 一瞬にして空気が和らいだ。よし、成功。

「たしか、二十センチくらいです」

「まひるさん! それがどういうことかわかる?」

 まひるは何も答えずボクを見据えている。流れを変えたくなかったので返事を待たずにボクは続けた。

「ハンコさん! 戦郁が死んだとき、彼の部屋には確かに誰もいなかったんだよね?」

「月葉家の者たちがやってくるまでずっと戦郁さまについていましたし、先ほども申しましたとおり、家から一歩も出ていません。間違いなく、彼以外に人はいませんでした」

 ここでやっとまひるが口を開いた。

「こういう可能性は? 戦郁さまに毒を盛ったあと、蜜神さんは階段から上がってくるハンコに見つからないよう、窓から逃げた」

「グラスがベランダで割れていた理由は?」

「指紋がべたべたついていたから証拠隠滅のためよ」

「しかしそれなら、月葉家の使用人がグラスを直しとっくに真犯人に気づいて何かしらの制裁を加えているはずだ。復元能力を持った使用人がいるんでしょ? だけど、鏡菜さんは何ともない」

「じゃあ、手袋でもしていたんじゃないの?」

「その可能性は否定できない」鏡菜の眼が険しくなったのですかさず続ける。「でも、それじゃあ、グラスを割る必要がない。そしてまひるさん、『ベランダから外へ逃げたのなら、何故、少ししか開いていなかったのだろう』考えてみてくれ。先ほどハンコさんが言っていた。窓は、『二十センチしか開いていなかった』と。その理由は?」


 みんな黙った。頭グルグル推理状態なのだろう。待ってあげる理由もないのでボクは答えを言った。

「閉まっているはずの窓が開いていれば、そこから逃げたとハンコさんにすぐ見抜かれる。じゃあ、急いでいた、もしくは焦っていたから完全に密封することが出来なかった? 否、そんなんじゃ未来透視を持った戦郁を殺すことなんて不可能。犯人は入念に作戦を練り、犯行におよんだはずだ。すなわち、『窓が二十センチほどしか開いていなかったのには、理由がある』んだ」

 まひるに余裕がなくなってきた。眉間にシワを寄せながら食い下がる。

「作戦を練っていたにもかかわらず、予期せぬことが起こったのよ。犯人のミスだわ」

「予知能力者にたいしての予期せぬこととはイコール犯行の失敗につながるはずだ。だから、すべて順調に進んだと思う。窓は閉め忘れたのではなく、理由はまだわからないが、故意に開けていた。それは間違いない。ハンコさんの行動、月葉家の監視、すべて計算した上で、戦郁の殺害に成功した」

「そうだわ。ハンコの記憶を操作すれば、室内に誰もいなかったと思いこませることは可能よ」


 まひるは鏡菜を犯人に仕立て上げたいのだろうか。彼女には、焦りと焦燥がある。何故だ?

 可能性は無限にある。特定するのは無理だ。話題を変える。


「ハンコさんはどんな能力があるの?」

「何故、敵であるあなたに自分の能力を教えなくてはならないのですか?」

 おっと、調子に乗りすぎたか、と警戒したけどまひるがハンコに言う。

「大丈夫よ。教えてあげて」

「わかりました」と答えてハンコが動く。ボクを見つめながら、四メートルほど離れたところでとまった。そして、(せい)拳突(けんづ)き!


 正拳突き……①拳で対象を突く技 ②打撃系格闘術の技の一種 ③中腰になり、拳を突くとき腰をひねり、それと同時に『はっ!』と叫ぶとかっこいいこと(反対側の腕は、肘を曲げ、こぶしをにぎり、手のひらを上に向け脇腹につけるとなおかっこいい)


 いきなり何! と驚いた瞬間、ビシッと鼻がしらを指ではじかれた。そう、ハンコに。四メートルくらい離れたところにいるハンコに叩かれたのだ!

「これが私の能力です。身体中の関節をはずし、遠く離れた場所に四肢が到達する」

「すごい。じゃあ、外国まで届くの?」

「いいえ。七、八メートルくらいが限界です」

 まあそんな万能な能力はそうそうないよな、と納得してボクはまひるを見る。彼女はまだ、すっきりしていないような表情を浮かべている。

「これだけの情報じゃ真犯人の特定は無理だ。申し訳ない。でも、もう少しで、漂う雲をつかめそうなんだ」

 ボクは頭を下げた。

 まひるの反応を見る。変化はない。ボクはそのまま、彼女に視線を向けながら続けた。

「愛する人を殺した犯人が判明すると思ったけど、もう少し時間がかかりそうで、ごめん」

 賭けだった。容疑者のひとりを削るための。そして、ボクの思惑通り、ことは運んだ。

「お前に何がわかるって言うのよ!」

 まひるの怒号。殺意の爆発。その刹那、ボクはハンコと距離を取る。間合いをはずされ、困惑するハンコ。鏡菜が笑う。それを見てボクは彼女の性格にひとつの確信を持つ。


 戦闘狂。心羅陽と似ていると思った。もしかしたら、元嫁候補たちはみんな、心の底では戦いを楽しみにしているのだろうか。

 鏡菜が詠唱を開始する。

 まひるがこちらへ走ってくる。

 ハンコも距離をつめる。

 そして、ボクは……。


つづく

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