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第三章 高谷まひる その3

     3 『高矢(たかや) まひるのターン』

「一気にトップを叩く、というのはどうかな?」

 月葉の屋敷を見上げながらボクは言った。高い石垣、奇麗に並べられているので切込接(きりこみはぎ)布積(ぬのつみ)(うち)(こみ)だろう。まあそんなことはどうでもよくてただひとつ言えることはひとりで中に入っても迷子になるだけだということ。そんなところで能力はうかつに使えないし、鏡菜など内部構造を知っている者とでなければとても無理。五階建ての天守――(かく)は俗語なのでつけない――の最上階に栄の祖父、蘭松が居住している。本丸御殿ではなく天守に上段の間があるという、犬山城式だ。()狭間(ざま)鉄砲(てっぽう)狭間(ざま)、武者返しなどの量から警戒心が強いことがうかがえる。最上階までは複雑に入り組んでいるだろう。忍者屋敷よろしく隠し通路などもあるかもしれない。


 危険は避けたいのが人間の心情。まひるや陽たちとの戦いを避け、蘭松を打てばすべて終わると思っての発言だったけれど、強固な城を見て、だんだん自信がなくなってきた。

「あまり時間もないことだし、この作戦、どう?」

「確かに、な」そうは言ったものの、鏡菜はあまり乗り気じゃなかった。「蘭松の能力がよくわからないから不安なのだ。謎を解かないかぎり、決して、勝てないだろう」

「わからないという理由がわからないよ」

「あやつと対峙したとき、戦いが始まる前に、終わっているのだ」

 うん、説明を聞いてもまったく意味がわかりません。まあいいや。実際、相対したらおのずと正体なんて見えてくるはずだ。とりあえず蘭松の能力のことは後回し、だからまず、鏡菜のやる気を出そう。

「ボクと鏡菜さんのコンビなら、誰にも負けないでしょ。塊子を倒したときの流れって、必勝パターンだと思うんだけど。あれなら誰も防げないよ」

 川のせせらぎ、虫の鳴き声、それらをかき分け、鏡菜の声がこだました。

「まだ、足りない」

 一番恐れていた塊子はもう戦線を離脱した。それなのに何故、鏡菜はこんなにも警戒しているのだろう。パートナーとの相乗効果が理由か? だけどここは深く詮索することはやめておこう。

「わかったよ。陽とまひる、どっちを倒しに行く?」

「それなんだが……」

 はっきりしない態度に少々いらだった。

「慎重になりすぎてもダメだ。それじゃあ前に進めない。どうしたいかはっきりしてくれ」

 鏡菜は何事かを思案しながらゆっくりと答えた。


「ひとつだけなんだ。ワタシを躊躇させるのは。それは、未来のすべてを見通すことの出来た、完璧な能力を持っていた(せん)(いく)を、いともたやすく殺した者がいるということ」


 それは確かに納得が行かない。死の未来を知ることが出来たはずなのに、何故、殺されてしまったのだろうか。簡単に回避できたはずなのに。

「わかった。じゃあ、次の目的は戦いではなく、戦郁殺害事件の謎の究明。犯人を見つけ出そう。その後なら、戦いだけに専念できるでしょ? そして最後に、月葉家を滅ぼす」

 鏡菜の顔色がパッと明るくなった。

「それはいい。よく思いついた」

 本当は鏡菜を休ませたい一心で言葉にした作戦だった。戦いは、彼女が回復してからでいい。


 屋敷の東に建っている別棟。二階建ての洋館風木造家屋だった。入り口の前に立ち、鏡菜が振り返りざま言った。

「ここは戦郁個人の建物。二階の寝室で、吐血し、死んでいた。口腔内からピーナッツのような香りがしたらしい、毒の正体がなにかわかるか?」

「簡単だよ。青酸カリだ。で、第一発見者は?」

「ハンコという専属の女使用人だ」

「そのハンコという女性は? 会って話してみたいんだけど」

「今はまひる専属の使用人として行動している」

「げ! 敵地に乗り込まないといけないのか……」

 ここでボクはあることを思いつく。

「そういえば、栄さんはベイビー・ドライブを起こす人物、それと、戦郁を殺した犯人を知っているんじゃないの? 能力で未来が見られるんだから」

「そこが未熟と言われる所以(ゆえん)なのだ。あやつは、観たい未来を任意に選択はできない。閃きに近いのだ。たまにだが、コントロール出来るらしい、しかしそれも運任せ」

「けっきょく、自力で見つけるしかないんだね。やっぱり、まひるの家に乗り込んで、ハンコとやらを見つけよう」

「いずれはな。しかし、まずはここからだ」鏡菜がすたすたと歩き出した。「今は誰も住んでいない。出入りは自由になっている。事件発生当時の状況を説明しよう」


 引き戸を開けて中に入ると、長い廊下が一直線に伸びていた。少しだけカビくさい香りが漂っているが、埃はつもっていない。つまり、頻繁に、ではないが、時折、何者かが出入りしているのだ。その人物が誰なのか、見当もつかない。

薄暗い廊下は、人が殺されたという記憶を差し引いても、不気味そのものだった。右手に二階への階段がある。鏡菜は迷うことなく上へと移動した。

「午後九時くらいに、奥のキッチンにいたハンコが戦郁の帰宅に気づいた。そのとき『戻られたのですか戦郁さま』と声をかけたらしい」

 状況を思い浮かべながらボクも階段をあがる。

「無言のまま、戦郁は二階へ。そんなことは珍しいと、ハンコは後に証言した。普段はかならず言葉を返し、たまに顔を見せるという。不審に思ったハンコは戦郁を追いかけるように上へ向かった。しかし、すぐに移動した訳ではない。火を止め、手を拭き、調理中の料理にふたをかぶせてから行動を開始した。その間、約二分弱」

 階段をのぼり終える。左手にドアが三つ並んでいた。薄暗い廊下に木の香りが充満している。そのニスに近い香りを嗅いでヒノキを思い出し、命を落としかけたことを振り返る。記憶に捕らわれれば恐怖心で脚がすくみそうになる。だからボクはやらなくてはならないことに意識を集中させた。


 塊子は戦線を離脱した。ゾンビの脅威に怯える必要はない。


「奥が戦郁の寝室だ」

 廊下を進み、扉の前でとまり、鏡菜が開けようと腕を伸ばした。するとどうだ、扉がひとりでに開いたのだ。

 鏡菜の(なか)に緊張が走るのがわかった。ボクたちより先に、何者かが、この家に侵入していたのだ。


「物音がすると思ったら」眼鏡をかけた茶髪の若い女性だった。「こんなところに何の用があっていらしたのです?」

「風太郎、飛べ!」

 鏡菜が叫ぶ。

「飛べって、いったいどこへ」

「どこでもいい」

「ちょっと待ってください鏡菜さま」女が制する。「争うつもりはありません」

 その言葉で鏡菜が冷静さを取り戻した。

「おぬしがいるということは、まひるもそこに?」

 はい、と答える。

「もしかして、あなたはハンコさん?」とボクが聞くと、誰この人? という眼でボクをにらみ、一歩退いた。そのとき、寝室の中にいた女性の姿が浮き彫りになった。


 ベッドの上に座していた女の子が顔を上げる。

「驚いたわ蜜神さん。こんなところで会うとは思ってもいなかったから」

 高矢まひるがそこにはいた。ボブ・カットの白髪(はくはつ)で、もちろん、片眼には眼帯をつけている。それを見てボクは、そうだ、と思い出し、この部屋にいるのはまひるとハンコのふたりだけではないだろうと知る。

「戦わないなら出てきてもいいんじゃないですか、要地さん」

「ここにはいないわよ」

 答えたのはまひるだった。ベッド脇にある木製のサイド・テーブルの上に手にしていた写真立てを戻し、こちらへ顔を向けた。

「私の家で夕飯の用意をしているの。すてきでしょ、彼は料理が上手なんだから」まひるは大げさに眼を輝かせて見せた。「で、何しに来たの?」


「戦郁の死の真相を調べに」


 鏡菜の言葉に彼女の顔色が変わった。しかし、それは一瞬のことで、またすぐにケラケラと明るい笑顔を浮かべた。

「無理よ無理無理。だって、月葉家の者が総動員したにもかかわらず犯人の特定が出来なかったのよ。それをあなたごときでどうこう出来るもんじゃないわ」

「ワタシだけじゃない、風太郎もいる」

 まひるの視線がボクに注がれた。その視線にどう返せばいいのかわからなくて顔の右半分だけを吊り上げて無理やり笑顔をつくった。

「はあ、期待できないわ」

 横眼でちらりと鏡菜を見る。まひると同じ顔。すみません。ボクは顔の右半分をもとに戻してから言う。

「ハンコさんに質問。戦郁さんが帰宅して、あなたがここまで来るのに二分くらいと聞いたんだけど、死体発見当時、なにかかわったことは?」

 ハンコは当時を思い出すかのように、部屋を見回した。

 きわめてシンプルな室内だった。小さな冷蔵庫に埋め込み式の書棚、ベッドにサイド・テーブル、そして南向きの大きな窓と西に設置されているベッドとその上にある小さな窓。不思議なのはパソコンとテレビがないことだけだった。

「窓が少し開いていて、足元に、ガラスの破片が散らばっていました」

「破片? 窓が割れてたの?」

「いいえ」

「じゃあ、なんだったの?」

「ガラス製のグラスです」

「ふうん」ボクは南に位置する窓へ移動した。「開いていた窓って、ここ?」

「そうです」

 開けてみる。手すりの向こう、木々の上に、少しだけ鏡菜の屋敷の天井が顔をのぞかせている。見下ろす。短い草が生い茂る柔らかそうな地面が広がっていた。

「グラスの欠片は下にも落ちていたのかな?」

 ハンコが近づいてきてそれに答える。

「ええ。でも、すぐに月葉家の者が回収して行きました。ベランダに落ちているのも、すべて」

「月葉家の人はすぐに来たの?」

「ええ、三十秒ほどで」

 早!

「戦郁さまは大事な跡取りだったので、いつも監視されていました」

 ここで鏡菜が間に入る。

「使用人の中に、物質復元能力を持った者がいるのだ」

「復元されたグラスを見せてもらったの?」とボクは言う。ハンコを見るが、彼女は首を横に振った。

「いえ。表に出さず、隠し続けています」

 自分たちの過失、そして、犯人に気づいていて、それを外部に知られたくない? しかしグラスひとつで真相にたどり着けるものだろうか。それとも、さじを投げている事実を知られたくない? まあいいや。

ここで、ボクの思案を妨げるようにまひるが手を叩いた。

「あらあらどうして。バカっぽい顔をしているけど、驚いたわ」

 ムッとしたけど、相手にしている暇はない。

「戦郁はその日、窓を開けたまま出かけていたのかな?」

 ハンコは眼鏡の位置を直してから、眉根を寄せた。

「間違いなく、閉まっていました。たいへん几帳面な方でしたから」

「誰かが侵入したという可能性は?」

「いいえ。私はずっと建物内にいましたから間違いありません。誰も、来なかった」

 そう……と答えて振り返る。

まひるはベッドに腰を下ろし、鏡菜は出入り口のドアの前で立っている。戦う意思がないことを、鏡菜はまだ疑っているようだった。もう一度、顔の右半分を吊り上げようかな、と思ったけどやめておいた。

「風太郎」鏡菜がしかめっ(つら)のまま言う。「自殺、という可能性もあるんじゃないか?」


 しかめっ面……①しかめた顔 ②渋顔 ③怒られても我慢しましょう あなたのことを思っての説教だと思います


「それはない。よく考えてみてくれ、鏡菜。自殺だと仮定しよう。戦郁が部屋に戻り、窓を開けて、薬を飲み、それからグラスを外に投げた。もしも自殺なら、そんな回りくどい行動を取るだろうか。そうする、理由が見つからない」

 間違いに気づいたらしく、鏡菜はそのまま黙りこんだ。

ボクは三人に向かってこう言い放った。

「戦郁は、何者かに殺された、という事実は、疑う余地がない」


つづく

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