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Ⅲ「転校生」

 二〇五二五月十日、天気は晴れ。校庭の桜の木が、風に若葉を揺らしている。一か月前、高校二年に進級したばかりの築波(つくば)拓未(たくみ)は、まだ慣れない景色を一人でぼんやりと眺めていた。

 手元のコンピューター・モニターから、ピコピコという電子音が聞こえ、目を落とす。かわいらしい緑の恐竜のキャラクターが、画面の中で飛び跳ねている。画面の中央には金色の「win」の文字があり、プレイヤーが勝利したことを示している。

「ちぇーっ、また築波に負けたーっ」

 教室の隅で、そんな声が聞こえてくる。今日の対戦者は、黄色のオーバーオールを着たデブのキャラクターを使う、真野(まの)だった。

 真野にちらりと目をやり、ゲームの画面を閉じようとしたときだった。ふっと頭の中で光がはじけた。色とりどりのシャボン玉がはじけていく。その合間に見えるのは、右目が淡褐色で、髪の長い、着古したジーンズを履いたあどけなさの残る女性。その奥に見えるのは、どこかで見たことがあるような、白い壁……?

 それは始まったときと同じように突然終わった。拓未はいま()えたばかりの「映像」に首をかしげつつ、新しいゲームソフトを立ち上げた。


◇◇◇


 『Code Name:Evigt, Target:Takumi.

  I sneaked to him now.

  The contact is later.

  So, I’ll see you tonight.』


◇◇◇



 教師が入ってきたとき、クラスがざわめいた。教師の後ろには、転校生らしい女子生徒がいた。だが拓未は、べつのところで驚いていた。

「まさか、さっきの……」

 拓未が睨みつけるようにして見ている女子生徒は、髪が長く、着古したジーンズを履いている。左右で色の違う瞳が特徴で、左が濃褐色、右が淡褐色――それは、さっき拓未の頭の中に浮かんできた女性と一致した。後ろの壁は、電子黒板だ。

 ――そうか、さっきの「映像」は、転校生が来ることを予知していた(’’’’’’)のか。

「こちら、転校生の美坂(みさか)永遠(とわ)さんです」

 教師が紹介すると、転校生はかすかに頭を下げた。そのとき、ほんの一瞬だったが、拓未と目があった。鋭い視線が拓未の瞳を射抜く。

「美坂さんの席は、築波くんのとなりです。築波くん、よろしくね」

「あ、……はい」

 転校生はすたすたと歩いてくると、拓未に対して自己紹介どころか会釈すらせずにどさっと椅子に座った。拓未はしばらく彼女をぽかんと見つめていたが、やがて我に返ると、教師の話もそっちのけで新しいゲームをプレイし始めた。


「築波くん」

 昼休み、名前を呼ばれて顔を上げると、クラスメートの古葉(こば)奈乃花(なのか)が立っていた。高校二年生ではあるが、実際の年齢は十四歳で、彼女は飛び級制度(スキップ)を使って進級していた。

 日本に飛び級制度(スキップ)が導入されて約六十年。クラスの三分の二が違う年齢だというのはめずらしいことではない。実際、さっきゲームを挑んできた真野だって、拓未より二歳年下なのだ。

 古葉は遠慮がちに、

「あの、佐久間って人が呼んでるんだけど」

 そう言って廊下を見た。つられて拓未も目を向けると、高校の制服を着た茶髪のクルクル頭がたしかに廊下に立っていた。拓未と目が合うと、にやりと笑って背を向けて歩き出す。行先はきっと、いつもの屋上だ。

「ああ……ありがとう、古葉さん」

 とりあえずお礼を言って、席を立った。

「よう、拓未」

 屋上に出ると、フェンスにもたれかかった彼が片手を上げた。

 拓未を呼んだのは、一歳年上で高校三年生の佐久間(さくま)知尋(ちひろ)だ。拓未とは共通の知り合いを通じて知り合った。彼は茶髪でしかもクルクル頭だが、脱色しているわけでもパーマをかけているわけでもなく、地毛である。

「ところでさ、あの、古葉って子、かわいいよね。いくつ? 年下だろ?」

「古葉奈乃花ちゃん? 十四歳だよ」

「へえー……。今度、俺に紹介してよ」

 知尋はニヤニヤ笑う。拓未はぶすっとして、

「とくに用事がないなら、僕、戻るよ」

 そう言って背を向けると、慌てるそぶりもなく、のんびりと知尋が止めた。

「まあ待てって。おまえに訊きたい事があるんだ。――(あづさ)のことで」

 ぴたりと拓未が足を止めた。梓――その名前に拓未は聞き覚えがあった。渕野(ふちの)梓は、知尋と拓未の共通の友人だった。昨日十八歳の誕生日を迎えていたが。

「昨日だろ、あいつの誕生日」

 拓未はゆっくりと振り返った。

「行ったのか」

「ああ。……止められなかったんだ」

「わかってる」

 知尋は短く言って、目を閉じた。小さく息を吐いて、右手を開く。次の瞬間、右手に炎が出現した。

「知尋」

 拓未が咎めるような声を出したが、それを無視して千尋はどんどん炎を大きくしていく。しばらくすると、炎は鮮やかなオレンジ色にかわった。その色はたしか……。

「オレンジは、梓が一番好きな色だった」

 呟くように、誰にも聞こえないような声で知尋が言った。声が震えていた。「今度こそ、幸せな人生を送れたらいいんだけどな」

「……梓ちゃんが僕に言ったんだ。僕ならこの世界を変えられるって。変種(ラウナ)が安心して暮らせる世界を作れるって」

 ハッと知尋が顔を上げた。

「――僕なら、現代の『アスキ』になれるって」

 知尋が手をぎゅっと握りしめた。オレンジ色の炎は次第に小さくなり、やがて消えた。強く唇をかみしめている。

 ふと誰かの視線を感じて、拓未は振り返った。その瞬間、ペントハウスの陰から黒いものが見えたような気がしたが、背後には誰もいなかった。

 不思議そうに首をかしげつつ、もう一度知尋に向き直ろうとしたとき、突然、拓未をめまいが襲った。地面がぐらりと傾き、思わずコンクリートに膝をつく。目を閉じると、瞼の奥で光がはじけた。シャボン玉のようにパチンパチンとはじける合間に何かが見える。いまどき珍しいパソコン、その画面を見つめる五人の人間の後ろ姿。それから推測すると、五人のうちの二人は拓未と知尋、もう一人はおそらく美坂永遠だろう。だがあとの二人に見覚えはない。

 フッと光が消えた。瞼の裏は真っ暗闇で、もう光のシャボン玉は見えない。目を開けてゆっくり立ち上がると、立ちくらみはしたが、めまいはおさまっていた。知尋が拓未を見つめていた。

「大丈夫か?」

「ああ、うん、何とか」

「最近多くないか、()えるの?」

 何も言わずに苦笑する。知尋の言う通りだった。この前の四月に十七歳の誕生日を迎えてから、()えることがそれ以前と比べて倍以上に増えていた。おまけに、三回に一回はひどいめまいに襲われ、そのまま失神してしまうことも幾度かあった。

 原因は分かっていた。

 変種(ラウナ)と呼ばれる、拓未や知尋のような特別な能力を持った人は、十八歳になるとその能力が完成される。「未来予知」の能力を持つ拓未の場合、それに向けて、能力が大きくなっているのだろう。「発火」の能力を持つ知尋が出すことのできる炎も、この一年でかなり大きくなった。それを家などに放てば、油がなくても一瞬で燃え広がり、全焼させてしまうだろう。

「おまえがアスキか……」

 空を見上げながら知尋が呟いた。「じゃあ俺は、無口なチヒロってところか?」

「どこが無口なんだよ。知尋は……ノゾムだろ」

 ふふっと笑って拓未は言った。

「知ってるか」

 上を向いたまま、唐突に知尋が言った。

「何を?」

 拓未が訊き返すと、知尋が顔を戻して言った。

「ノゾムって、内通者(スパイ)だったんだぜ」

「え?」

「『死の七日間』を起こした五人、いただろ。そいつら全員殺されたけど、一人だけ殺されなかったって言われてる」

「ああ……聞いたことはある」

「それがノゾムなんだ。あいつ、政府に情報を売って一人だけ生き残ったんだ。――知ってたか?」

「いや、訊いたことない」

「そうなのか。結構有名な話なんだぜ、これ」

「ふーん……それで、何が言いたいんだよ? 自分が裏切り者とでも?」

「いや。ただ聞いた話を言っただけだ」

 拓未はあきれた目で知尋を見た。

 そのとき、チャイムが鳴った。午後の授業が始まる。

「そろそろ戻らないとな」

 そして知尋は、拓未の脇を通り抜けながら言った。

「梓が言ったんなら、俺らはアスキたちになれるのかもな。やって見るのもアリかもしれないぜ」

前回の更新からかなり間が空いてしまいました。

しばらくパソコンから離れていました……。

亀更新になりますが、これからも続けて行く予定ですので、

よかったら読んでやってください。

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