Ⅰ「戦い」
――時は二〇十二年。
国会議事堂の前に、五人の青年がいた。その中には、まだ少年と呼ぶ方がふさわしい者や少女がいる。
「――アスキ、来ると思うか」
五人の中で最も背の高い、銀縁眼鏡の青年が言った。
「来る」
そう答えたのは、唯一の少女、アスキ。強い光を放つ切れ長の瞳が、銀縁眼鏡の青年を射抜く。口元は固く結ばれている。
「あの、キリトさん、本当にあの作戦でいいんですか」
あどけない顔の少年が言った。不安そうに琥珀色の瞳が揺れている。口調にもそれはにじみ出ており、いまにも逃げ出したそうな雰囲気だ。
キリトと呼ばれた銀縁眼鏡の青年は、静かにうなずいた。
「ノゾムさんは――」
「アスキが考え、俺たちが慎重に組み立てた作戦だ。異論はない」
にやりと笑ってノゾムが答えた。風が吹いて、ノゾムの赤い髪がふわりと踊った。
「チヒロさんはどう思いますか」
唯一口を開いていないチヒロに救いを求める。チヒロは答えない。長い前髪で覆われたチヒロの表情は読み取れず、少年はため息をついた。
「俺たちを信じろ、トワ。どっちにしたって危険なのはかわらないんだ。このまま放っておいても、俺たちは抹殺される。戦って死ぬか、戦わずして死ぬか、トワはどっちが良いんだ?」
「……」
「俺は、どうせ死ぬなら、戦って死ぬ。いまこそ、『変種』の威力を発揮するときだ」
ノゾムの言葉を、トワは黙って聞いている。やがてその幼い顔に、あきらめの色が浮かんだ。
風が吹いた。
ハッとアスキが顔をあげた。
「――来た」
道路の向こうから、何やらうごめくモノが見える。
「はじまるんだ」
トワがつぶやいた。
やってきたのは、大勢の人だった。みな、手に武器を持ち、緊張し強張った顔でこちらに歩んでくる。
キリトとアスキが一歩前に歩み出た。同時に、大勢の中から体格のいい男が出てきた。
「――よく来てくれた」
「当たり前だろ。俺たちだって『変種規制法』には困ってるんだ。いくら言っても、政府のやつらは耳を貸さないし。そうなったら、もう実力行使しかないだろ。それに、あんたら五人なら安心だからな」
男はアスキを見てニッと笑った。
「信頼していただけるのは嬉しいのですが、作戦は万全とは言えません。何かアクシデントが生じるかもしれませんし、多少の犠牲は出るかと……」
「わかってる。けどな、犠牲を出してでも、俺たちはこの世の中を変えたいんだ。ここにはそういうやつらしか来ていない。思う存分、指示を出してこき使ってくれ」
きっぱりと男が言った。男の背後にいる人たちも、うんうんとうなずいている。
「午前十一時まで、あと三十分だ。さあ、準備を始めよう」
キリトの声に、それまでうつむいていたトワが顔をあげた。その顔には緊張の色が浮かんでいる。固く結ばれていた口元が、さらにきゅっと真一文字になる。琥珀色の瞳が見つめる先では、アスキとキリトがそれぞれに指示を出している。いよいよ、戦いが始まるのだ。
全員に指示を出し終えたアスキは、振り返って言った。
「チヒロ、ノゾム、キリト、トワ、いよいよです。勝つか負けるかはわかりません。しかし、私たちには戦うしか選択肢がありません。――奇跡を信じましょう。そして、お互いを信じてください」
一息ついて、四人をぐるりと見渡す。
「“私たち”の未来のために」
◇◇◇
二〇十二年十二月三日月曜日午前十一時。こうして、変種と政府との戦いが始まった。
十二月三日から九日まで、一週間にも及ぶ戦いは、後に「死の七日間」と呼ばれるようになる。勝者となった政府は、首謀者の五名のうち四名を処刑した。また、戦いに参加した「変種」も、何らかの罰を与えられた。
「変種」たちが敗北した原因には、様々な理由が考えられている。その中で最も有力なのは、仲間割れ、もしくは密告。
首謀者は処刑されたが、その五人の中に、唯一処刑されなかった者がいる。名前は知らされていないが、その一名が密告したのではないかと言われている。その者の行方は誰も知らない。
一週間の激戦の末、「変種」は負けた。その日から、「変種」に対する規制はさらに厳しくなった。十八歳の誕生日ちょうどに作動する「制御チップ」を「変種」の脳内に埋め込むことにしたのも、その一つだ。
――アスキ、キリト、トワ、チヒロ、ノゾムの名は一方では英雄として崇められ、もう一方では「変種」への風当たりを強くしただけだと忌み嫌われている。
「死の七日間」からおよそ百年。世界は変わり、さらに電子化が進んだ。そんな世界の中で、「死の七日間」の様子を知る者は誰もいない。「変種」に対する規制もさらに強まり、「変種」は誰にもそうとわからないようにひっそりと暮らすことを要求された。
十八歳になった「変種」は、次々と姿を消した。「変種」たちは十八歳になることを恐れた。すべての記憶を消され、世間から抹消されることを恐れた。しかし、「制御チップ」は容赦ない。誰も抗うことなく、一人、また一人と闇に消えていく。
そんな中、一人の「変種」が立ち上がった。政府と戦うために、この世界を変えるために――。
これは、その「変種」たちと政府との戦いを記した、いわば歴史書である。




