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モノクロロジック ――ハロウィンの夜に

作者: 赤柴紫織子

 十月最後の放課後。

 日直の日誌を書いていると廊下でパタパタと足音がした。

 九割方あいつだろう。

「ノアル君、デッド・オア・アライブ!」

 ドアを開きつつ満面の笑みでブランが言ってきた。

 それはもう、無邪気で可愛らしい幼子のように。

 一方の俺は持っていたシャーペンを落とし、軽く顔をひきつせていた。

 デッド・オア・アライブ――死ぬか生きるか。

 俺はいったいどんな状況に陥っているのだろう。

 というかそれ、どういう時に使うセリフなんだっけ。スパイ映画に出てきそうだが。

「あれ。『それはトリック・オア・トリートだろ』って言うと思ったのに」

「あ……ああ、良かった、ボケだったのか……」

「酷いよノアル君!こんなの余裕で知ってるよ!」

「一昨年真面目な顔で『デッド・オア・ダイ』って言ってた奴は誰だァ!」

「あ、あれはたまたまだよ!たまたまミスっちゃっただけなんだよ!」

「だまらっしゃい!その時の死神の仮装と相まって洒落にならんかったわ!」

「ああ、うん……そうだったね…」

 ブランが苦笑いした。

 もともとこの地域には各家庭にお菓子を貰いに行く企画がある。

 ボランティアとしてこの学校の生徒が小さい子たちの付き添いをする。

 もちろん前もって訪ねる家は決まっており、地図を見つつ子供たちを誘導し、事故に合わないように目を光らせるというなかなかにハードなものなのだが。

 俺とブラン、後は共通の幼なじみで年下のカルネとでとあるお婆さん家に行ったまでは良かった。

 ところが子供たちの一人が他の子供のお菓子を羨ましがってグズりだし、しかもチャイムを鳴らした後で運悪くお婆さんが出てきてしまった。

 そこでブランが慌ててしまい件のセリフを言ってしまったわけで。

 そしたら、だ。

 お婆さんは何を思ったか『わしゃまだ死なんぞえ!!ゲハハハハ!!』と叫んでモデルガンを持ち出す大騒動に発展したのだったか。

 いや、あんな元気ならまだ死なねぇだろ。本物の死神も躊躇するレベルだろ。

 フォローの達人カルネがいて助かったけど。 そういやあいつは他人の騒動に巻き込まれとばっちり食らうこと多数だから大変だな。


 などとまあ、お互い一連のことを思い出し小さくため息をついた。

「嫌な事件だったな……」

「うん……」

 ブランにしては珍しく口の端をひきつらせている。

 インパクトすごかったからな…。

 むしろ子供に深いトラウマを与えてもおかしくない事件だったのだが幸いかな、奴らは楽しんでいた。

「お婆さん、直前にランボー~怒りの脱出~を見て血がたぎっていたらしいよ」

 あの暑苦しく汗臭い映画か。

「ずいぶん危険な婆さんだな!モデルガンもってた辺りで思ってたけど!」

「デンジャラスばーさんだね!」

「嫌だなそれ!」

 叫びつつ日誌を閉じ、荷物をまとめて立ち上がる。

 冬に近く、もう太陽が沈みかけて外はオレンジ色だ。

 あと一時間もすれば空は真っ暗になるだろう。

「あ、キャンディーあるけど食べる?」

「何味だ?」

「えっとね、毒リンゴ味」

「ふ、ふーん。俺、白雪姫じゃないからいいや」

 どこのメーカーだよそれ。ネーミングセンスが悪いのにもほどがあるだろ。

 ブランは特に気にした様子もなく毒リンゴ味を口に放り入れた。

 ばったり倒れられたらどうすればいいんだ。

 ガラスの棺桶とかないし。七人小人を集めて出てきた竜になんとかしてくださいと頼めばいいのか。

 何か混じってる気がする。

「…味はどうなんだ?」

 気になったので聞いてみた。

 彼女は少し考えるように首を曲げる。難しい味みたいだ。

「…微妙」

「微妙なのかよ!」

「あ、青リンゴ…違った、青酸カリ味とかあるけどこれはどう?」

「マジでデッド・オア・アライブなことになるので勘弁してください」


 昇降口で靴を履き替えていると背中から声をかけられた。

「ブラン姉とノアル兄だ」

 振り向くと一個下だという色を示す上履きを履いた青年が立っている。

 噂をすればなんとやら、か。

「ようカルネ。今帰りか」

「そうだよ」

 道ばたの占い師に『死相が出とる』と絶叫されるほどに薄幸さがにじみ出ているすごい奴である。

 なにがすごいかは知らない。

 死相が出とる言われて早五年たったが、まだ死ぬ予兆はない。

「なんか今失礼なこと考えたよね」

「なんのことだよ。薄幸のくせに悪運だけは強いなんて思ってないからな」

「バリバリ考えてるじゃん!」

 なにか叫んだがスルー。

「あ、カルネ君」

 ローファーを鳴らしながらブランが隣の下駄箱から顔をのぞかせた。

「見るの久しぶりな気がするね」

 そういわれればそうかもしれない。

「通院してたから放課後すぐ帰ったからかも。腕折っちゃって」

 何があったんだよお前。

 完治したというように腕をふるが、確かこいつ毎朝牛乳飲んでいたはずだ。

 …俺だって牛乳飲んでも背伸びないし、骨が強くなるとかは神話なのかもしれない。

「牛乳飲むと背が伸びるとかわりと迷信だよな」

「え?私、小さいころから牛乳飲んでたけど」

 ……。

 なにが原因なんだよ。

 

 どうせ途中まで道は同じなんだからと一緒に帰ることになった。

 俺、153センチ。ブラン、183センチ。カルネ、175センチ。

 こいつらに挟まれてるとグレーとかいう宇宙人になった気分がして嫌だ。あの両腕を掴まれてるやつ。

「あ、そういえば今日ハロウィンだね」

「そうだよ。はい、飴あげる!」

 二つ渡す。

「ま、ま、待って、オレンジ味はともかくなにこの毒リンゴ味って」

「いちごの味がするよ」

 なんでいちごの味がするんだよ。

 結局カルネはオレンジ味を食べた。

「ハロウィンだからお菓子でも作ろうかな」

「関係なくね?あとお前はお菓子をつくるな、絶対だぞ」

「もう炭なんて作らないから!」

 言い合う俺たちをカルネは不思議そうに見る。

「……なんだよカルネ。こいつのお菓子食べたいのか?」

「いや、そういうんじゃなくて。ちょっと思い出したことがあるんだけど」

 なにを思い出したんだ。なんか怖い話に向かってる気がしないか。

 逡巡した素振りをみせた後、彼は少しだけ小さな声で言った。

「ノアル兄とブラン姉、十年前のハロウィンの日に行方不明になったんだよ?」

「……え、嘘だろ」

「本当だよ。警察まで動く騒動になっちゃったんだから」

「でも、私の両親はなにも言ってこないよ」

 ブランが唇に指を当てて呟く。

「…やっぱり二人とも綺麗さっぱり忘れてるんだね」

 おいちょっと待てどこのホラーだ。

 そしてなにげにこの先何かしらおこるフラグが建てられている。

 杞憂だといいのだが。

「忘れたのはすごい怖いことに巻き込まれたんだろうって。だから話さないのかもしれない」

「……嘘だろ?」

「本当だよ。すごい騒ぎだったんだから」

 真面目な顔だった。

 まあこいつは嘘をつくとすぐに顔に出るからな。信用はできる。

 十年前――といっても、昔過ぎて記憶がおぼろ気だ。

 まだ俺とブランの身長が同じぐらいの時であるのは確かだ。どうしてこうなった。

「誰が俺らを見つけたんだ?というかいつ見つかったんだ?」

「見つけたのは僕と姉さんだよ。真夜中じゃなかったかな」

「当時七歳で真夜中にふらつくなよ……」

「…うん。母さんにめちゃくちゃ叱られた」

 こいつの姉貴も年は離れているとはいえ当時十四だ。

 様々な大人にとってハラハラドキドキな一夜だったことだろう。

 記憶がないから俺としてはまったく反省はできないが。

「あれから区切り良く十年目だし、なにもおこらないといいね」

 ブラン、俺の不安を膨らませるな。


 買い物を頼まれたとかで途中でカルネと別れた。

 あいつめ、背筋が寒くなるような話を置いていきやがって。

 ブランの前じゃなきゃボコボコにしていたところである。待てよ、身長差って喧嘩にわりと関わるよな。勝てるか、俺。

「なにしてたのかな、私たち」

「さあな…案外寝てただけかもしれないぞ」

「ええー、夢がないよ」

「夢なんて布団のなかでだけみてりゃいいんだよ」

「某ネズミの国の立場がないよっ!」

「ネズミが犬飼ってる時点で夢もへったくれもないだろ」

 冷血だーっとブランの抗議が続くがスルーしてやりすごす。

 と。

 ぞわりと足元に冷気がまとわりついた。

「さむ…」

 寒いのが苦手な彼女だからか、不快そうな声が頭上から落ちてきた。

 同時に街灯がちかちかと点滅して、消える。

 あたりは真っ暗になってしまった。

 リアクションをとる前にすぐ辺りが見える程度の灯りがついた、が――

 それは街灯の灯りではなかった。

「え」

 いつの間にか、ブランの手には火が点いたろうそくと燭台が握られている。

 しかもそれだけではなく。

 開かれた門が目の前にあった。

 知らない屋敷があった。

 庭には顔を模してくり貫かれたカボチャが転々と転がっている。

「…なんだここ」

 いつか呟いたような言葉が口から溢れた。

「ノアル君、帰ろう。嫌な予感がする」

 いつか聞いたようなことをブランは言った。

 そして、二人で後ろを振り向いて――息を飲んだ。

 住宅街も、アスファルトの道も、跡形もなく消えていた。

 あるのは先の見えない深い闇だけ。


――おかえり


 庭に置いてあるカボチャがにぃっと笑った、気がした。



■ ■ ■


「お、おおおおおおちつくんだブラン」

 私の袖にしがみつきながらノアル君が悲鳴をあげた。誰がなんといおうと悲鳴にしか聞こえない。

「むしろノアル君が落ち着くべきだよ?」

「あああああわてちゃいけない、ここは冷静に熱くなるんだ」

「よく分からないよ」

 怖いものが大嫌いだから仕方ないか。

 それに冷静さをかなぐり捨てて怯えるノアル君も久しぶりだし、楽しくないことはない。

 それにしても、と足元の――表情が動いた気がするカボチャを見やる。

 確かに『おかえり』と言われたような気がしたんだけれど…。

 まさか、ここが十年前の私たちが来た場所だったりして。

 そんなまさか。ご都合主義にもほどがあるというものだよね。

「後ろは正体不明の暗闇、前は詳細不明の屋敷……ううん、進むか下がるかだね」

「どっちにしろ不明とか怖いな!」

「と、いうことで前進だぁ」

 迷ったら進めっておばあちゃんがよく言ってたし。

 何事も前進なのです。例え底無し沼に突っ込む危険があるとしても。

 ノアル君は止まったままだ。私が歩くと当然のことながら距離が開いていく。

「ちょ、ちょっと待って」

 ぱっと私の元にノアル君は慌てて駆け寄り手首を握った。

「おっと」

 危うく燭台を落とすところだった。これ以上暗さを加速させると私も冷静でいられなくなる。

 ぎゅ、とノアル君が握る手に力をこめた。

 手と手じゃなかったのはもう高校生だからだろうけど、ちょっと寂しい。

「置いていかないでよ、ブランちゃん」

「お?」

「あっ」

 ノアル君の口からしばらく聞いていなかったちゃん付けが出てきた。

 懐かしくて私はにやりと笑う。

「うふふ」

「な、なんだよ」

「いやいや別にー。ノアル君が可愛いなーと思って」

「可愛いいうな!忘れろ!忘れるんだッ!」

 手首掴んだ状態で言われても。離そうとしないのが、その…なんというか…チキン。

 まあ、これ以上からかうのもよくないかな。

 なんたって、私たちは今よく分からない屋敷に向かっているわけだし。

 ちらりと後ろを見る。やはり門から外は真っ暗闇のままだ。

「……玄関をノックして、誰か出てきてくれるかな」

「…心配しなくても出てきてくれるだろ」

「なんで?」

「おいおい、しっかりしてくれよ。ブラン」

 すっと細くした目には警戒を浮かべて。

 私を見上げて言った。

「相手が誰だか知らねぇが招待されたんだぜ、俺ら」

 今更気づいたのか、今いきなり出てきたのか私のもっていた燭台に手紙がくくりつけられていた。

 ノアル君がそれをほどく。

「招待状、ノアル・フォルス様、ブラン・アストロロギア様両者様へ――だってさ」

「どうして……」

 どうして私たちの名前を。

 そう言おうとした時、玄関の扉が軋む音をたてながら開いた。

 ぎょっとして立ち止まった私たちの前に男の人が現れ深々と頭を垂れた。

 執事かな。

「ようこそおいでなさいました。お久しぶりでございます」

「久しぶり…?」

「さぁこちらへどうぞ。パーティーはまもなく始まります」

「はん」

 隣でノアル君が笑った。たぶん笑ったフリだろうけどね。

「俺たちはご覧の通り学生服だ。パーティーマナーとしていいのかよ」

 そりゃそうだ。

 私もノアル君も制服のまま。お誕生パーティーでももう少し着飾ってもいいぐらいだ。

「ご心配なく」

 執事さんは微笑したが、背筋が凍るほどに冷たい印象をうけた。

「あなた様方がいらっしゃることこそが重要なのでございます」


■ ■ ■


 陰気な執事に通されたところは広間らしき場所だった。

 体育館よりももう少し大きいぐらいか。

 すでに二十ほどのひとがいるが、中世のドレスっぽいのをきている。

 なにが心配なくだやっぱりドレスコードあんじゃねぇかあの執事め。

 とりあえず心のなかで毒づいた。

「ここは踊る場所…かな。ご飯はバイキング形式?」

「だろうな」

 真ん中の空間は大きく開けられているが、隅ではテーブルあり、その上に料理が並んでいる。

 一目で豪勢なものだと分かる。

 あとで金とか請求してこないだろうな…。

「スイカで支払えるかな…パスモじゃないとダメっていわれたらどうしよう」

「ブラン、たぶん悩むところはそこじゃないと思うぞ」

 トイカイコカとぶつぶつ呪文を唱え始めた。

 あのペンギンでも召喚する気なのかこいつ。

「お姉さん」

「お兄さん」

 ぱたぱたと俺と同じぐらいの背丈の双子と思える子供が近寄ってきた。

 見分けるためなのかそれぞれ太陽の髪飾りと三日月の髪飾りをつけている。

 真っ白な肌に黒髪、お揃いの黒いローブのせいで髪飾りがなければモノクロ写真から出てきたと思ってしまいそうだ。

「こんばんは」「こんばんは」

「あ、こんばんは。あなた達もこれに出るの?」

 ブランが目線を合わせるために屈んだ。

「うん、踊らないけどね」

「うん、踊れないもんね」

 ケラケラと笑った。

 さっきの執事よりは怪しくない。

「仮装の類いだと思ったんだが、そうでもないんだな」

「みんなパーティーがしたいだけなんだよ、お兄さん」

「このパーティーは暇つぶしみたいなものだからね、お兄さん」

 暇つぶしね。

「ねぇお兄さん」

「ねぇお姉さん」

 くるりと一回転して、ぴたりと制止しながら双子は言った。

「「帰りたいなら、なぁんにも口にしちゃあいけないよ」」

「どういうことだ?」

「「また後でね」」

 すたこらさっさと走って言ってしまった。

 なんだ、あの忠告みたいなもの。

「ね、ノアル君」

「ああ……」

 しかも、見覚えがあるのだ。

 一体どこで会ったのか思い出せない。

「ご飯に下剤でも盛ってあるのかな……」

「そこかよ!?」



 ――で、それから。

 貴婦人に詰め寄られたり食べ物詰め込まれそうになったり飲み物のまされそうになったりブランがナンパされたりブランが知らん男に連れ去られかけたりブランがお姫様抱っこされそうになったりして。

 とりあえず思い出すのも嫌だ。何ページ使う羽目になるんだよ。

 それとブランがヒロインすぎる。水溜まりより広い俺の堪忍袋もプッツンだぜ。

「精神的に疲れたぞオイ…」

「お疲れさま」

「お前の巻き込まれ率高すぎるだろ」

「そうだね…」

 あれから双子は見ていない。ただ、忠告には従っておいた。

 いたずらならブランの言う通り下剤なりなんなり盛ったものを食べさせたほうが楽しいからだ。

 過去に俺が父親の育毛剤を脱毛剤に変えたように。う、古傷が。

 おそらく、パーティーも後半。踊り狂ってるやつらにも疲れが見えた。

「結局俺らは何で―――ブラン?」

 横に今さっきまでいたはずのブランが、いない。消えている。

 慌てて辺りを見回したがあの高身長は影も形も見当たらなかった。

 あいつは無断で離れるやつじゃない。しかもこんな時はなおさらだ。

「うっそだろ…ブラン!」

「あらあら、殿方」

 真っ赤なドレスを纏った女が近寄ってきた。

 目に、光がない。

「パートナーがいないのなら、いっしょに――」

「だーめっ」

 俺たちの間に双子の片割れが割り込んできた。

 太陽の髪飾り。

「行こ、お兄さん。今回はわりとやばいね」

「今回はって」

 手を引っ張られ、俺は最後まで疑問を言いきれなかった。


■ ■ ■


 なんで私はここにいるんだろう。

 双子ちゃんの片割れがペチペチと頬を叩いていた。

 さっきの広間じゃない。寒い廊下だ。

「三日月の髪飾り…」

 太陽の子はどこだろう。

 ノアル君は?

「良かったぁ。お姉さん、誘われやすい体質なんだね」

「え…ねぇ、ここは?」

「後で分かるよ。行こ、お姉さん。パーティーが終わる前に抜けなきゃ」

「う、うん。――終わったらどうなるの?」

「……」

 その子は一度肩をすくめてみせた。

「ボクたちみたいなことになる」


 どうやらこの子は人のいる場所を避けているみたいだ。

 異常なほどに。

「お姉さん、なんかお菓子もってる?」

 ふいに先導していたその子は私を振り向いて言った。

「あるよ。キャンディーだけど」

「ちょーだいっ」

「はい」

 オレンジ味とりんご味と不評な毒りんご味をあげた。

「キャンディーなんて久しぶりだよ」

 オレンジ味を口に放り、嬉しそうに笑った。

「そうなの?」

「うん。最後のはぶどう味だったかな」

「じゃあリュヌ君は私があげてからキャンディー食べてなかった…の…」

 あれ、今なにを。

 リュヌ君って、この子?

 私は以前にキャンディーを―――あげた。

 十年前に。

 ノアル君といっしょに、リュヌ君とソレイユちゃんに。

「おめでとう」

 混乱する私を前にリュヌ君はにっこりして言った。

「ブランちゃんはやつらに勝ったんだ」


■ ■ ■


「勝った?」

 キャンディーを求められてポケットにあった毒りんご味をあげた瞬間、十年前の記憶が蘇った。

 あの時も、今夜みたいなことが起きていた。

 ブランと双子にキャンディーをあげたんじゃなかったのか。

 困惑する俺の双子の片割れ、ソレイユは言う。

「うん。一度目、十年前にやつらはノアルくんたちを取り込もうとしてたの」

「ホラー!?」

「理由は簡単、メンバーを増やしたかったから」

「でも、俺らは……」

「わたしたちが手引きしたのもあるけど、二人を完全にこちら側に連れてこれなかった」

「だから記憶を消して再挑戦ってか」

「そうだよ。記憶を封じたってほうが正しいね」

 それからボソリと。

「――二人の繋がりが勝利の鍵だったのかなぁ」

 羨ましそうに肩をすくめた。太陽の髪飾りが鈍く光る。

「さ、早く行こうよ。執事に気づかれると大変なんだから」



「ノアル君だ」

「ブラン!」

 わりとあっさりと最初に来た玄関ホールで再会を果たした。

 お互いかわりないようでなにより。

 双子も再会に喜んだあと、手を繋ぎあって俺たちに向き直った。

「ブランちゃん、ノアルくん」

「ここを出たら」

「振り向かないで」

「絶対だよ」

 双子が言った矢先だった。

「逃しません」

 ゆら、と執事が出てきた。

「出た――――!!」

「ノアル君、そういう場合じゃないよ!?」

 うるせぇそういう場合なんだよ!

「新しい客人を、皆さま喜んでおいでです……」

 喜んでるというかブランに喜んでるだけだろ!

「以前はまだ幼すぎましたが…今宵、あなた方は」

 まわりから妙な気配が寄ってくるのを感じた。

 なんだなんだ、数で勝負か。

「ほら行って」

「止めておくから」

 リュヌとソレイユが執事の足元にしがみついた。

 それから、大声で叫ぶ。


「「トリック・オア・トリート!お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!」」


 その声でざわざわとあたりに満ちてきた気配が一瞬ひるんだように思えた。

「えいっ!」

 暴れる執事の顔に残っていたキャンディーを投げつけた。

 それと同時にソレイユが髪飾りを投げてきた。

「持ってってよ!」

「ありがとな!」

 それから俺はブランと手を握って玄関の扉を蹴っ飛ばす勢いで開け、走る。

 カボチャたちが口々になにか言うが聞いていられない。

 もときた道を二人で走り抜けた。

 残るは、あの暗闇だけ。

 何か閃き、手に持っていた髪飾りを渾身の力で闇に投げつけた。

 そして、眩しい光が目に突き刺さって、それから―――


「おかえり」

 その声に我に返る。

 目の前には若干息切れしているカルネがいた。まるで走ってきたみたいに。

 二人で呆然と立ち尽くしていたようだ。

 振り替えれば地平線、じゃなくただの住宅街が並んでいるだけだ。

「カルネ……?」

「やっぱり、ここだったんだね。十年前と同じだ」

「まさかのお前が黒幕か!」

「ええ!?疑心暗鬼よくない!」

 カルネがおたおたとしはじめる。怪しい。相当に怪しい。

 いつもか。

「嫌な予感がして。携帯つながらないし」

 俺がキレたからかちょっとむくれながら言った。悪かったって。

 しかしこいつの嫌な予感は大当たりだな。

「十年前も、二人ともここで見つかったからさ、まさかと思って」

「そしたらいたと。…なんだったんだ?ここでずっと夢でも……」

「違うみたいだよ」

 ブランが何かを拾い上げた。

 かなりの年代ものと思われる、太陽を象った髪飾りだった。




 後日談でもするべきか。

 あの後調べたところによると、あの位置に確かに屋敷があったそうだ。ずっと昔だが。

 パーティー好きの主が住み、毎晩のごとくパーティーしていたとか。

「……あの執事の執着とかはよく分からないけどな」

「ね」

 そして、これは別の話ではあるが。

百年以上もまえ、小さな双子がこの地域で失踪したらしい。

 名前こそ出ていなかったが。

 おそらく、彼らは取り込まれたのだろう。

 だからこそ似た境遇にあった俺たちを助けた。

「……なんてな」

「ん?」

「いいや」

 制服の衣替えをして、冬はもうそこまで着ている。

 日誌を書きながら俺はため息をついた。

 ちょっと待てよ、なんで俺はいつも日誌を書いてるんだ。


「新しい顔ぶれとかが欲しかったのかもな。なんで俺らが選ばれたのか定かじゃないが」

「うーん。男女ペアのほうが楽しいからじゃない?ダンスとかさ」

「だったら繋がりがどうとか言ってたことも気にかかるが。真相は闇のなか、か」

「そうだね」

 窓の前に立ち、ブランは徐々に暗くなる外を眺めていた。

 手にはあの髪飾り。それを持ちなにを思っているのか。

 ブランは髪飾りをポケットに大事そうに入れた。

「帰ろっか」

「そうだな。あの屋敷が出る前に」

 そして二人で笑った。


■ ■ ■


 僕が締めていいのかは分からないけど、補足しておくべきかもしれない。

 ノアル兄もブラン姉もまるで終わったことには細かい関心を抱かないから。

 図書館の奥で眠っていた蔵書を出してもらい、ページを開く。

 あの屋敷――僕は見ていないけど――について。

 あそこの主が遊び好きだったのが助かった。だからこそ後々まで資料が残っているのだから。

「謎のままのほうが楽しいんだろうけどね……」

 主がハロウィンの夜に死んだとか。

 執事はその後も狂ったように客人を集めたとか。

 主の想い人や友人が、なんとなくあの二人に似てるだとか。

 無自覚バカップルの堅い絆があったから屋敷の力に呑み込まれなかったとか。

 失踪した双子は当時大喧嘩していて、もしかしたら精神的に不安定だったかもしれないとか。


 とかさ。

 そんな予想も予測も考えていたけど。

 インターネットとか駆使して色々知ったが、あの二人が何も求めないなら何も言わないでおく。

 まあ、これは僕がでしゃばるものではないしね。

 調べものも終わったし、これを返して帰ろう。


 ポケットを探ると未だに封を開けてなかった毒りんご味が出てきた。

 好奇心から食べてみることにした。

「うん」

 僕はひとつうなずいた。

「微妙」





おしまい

カルネ君はいわずもがな、バイト探偵の主人公です。

もう少し平和な世界立った場合の、パラレルワールドみたいなもんです


さあこれからちょくちょくモノクロロジックをアップする作業が…

アップできんの?

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