【第2章】第1話
目の前のニヤニヤとした顔を見て、有希はまた悪態をつきたくなった。だが、それすらも見透かされているかのような気がして、結局口を包んだ。
「おや、てっきりこんな顔すれば罵られると思ったんだけどね」ざまあみろ、と心で愚痴る。
その人物は、一見そのセミロングの黒い髪の毛から女性のように見えて、少し低い声で聞くと青年男性のようで、男とも女とも言えない160cm前半の身長で、男性か女性か区別がつかない。事実、有希は彼(あるいは彼女)の性別を知らなかった。
有希が「結局男なんですか、女なんですか」と何度聞いても、「どっちだと思う?」だとか「実はどちらでもない新生物でね」だとかはぐらかされるばかりだった。
唯一の手掛かりの名前も、芦屋類という外見と合わせてなんとも判別のつかない名前だった。
「年頃の少女に悪態をつかれる趣味でもあるの」と皮肉たっぷりに聞いてみる。
「少なくとも年頃の少年につかれるよりはいいと思うよ」
芦屋はカルテをパラパラとめくりながら答える。全く気にしていないようだった。
「そうだね、正直この名目上の定期健診は今の状況だとあまり意味が無くなってしまったわけだけど、別に聞くこと聞いたら時間は好きに使ってもいいわけだからちょうどいい。このいくつかあるジェンダー病のチェック項目は問題なさそうだね」
有希はジェンダー病の定期健診に来ていた。県立のその病院は県内でも1・2の大きさで、有希が治療している間は、ここに入院していた。目の前の男でも女でもないような(それこそ彼あるいは彼女もジェンダー病だったのもしれない)芦屋が、彼女の担当医だ。
担当医といっても、芦屋はメンタル面―――すなわち、精神科医だ。ジェンダー病はその治療形態から、治療前や治療後の社会復帰後に、患者が情緒不安定になることが多い。自分自身の生活環境の変化はもちろん、家族でさえどう当人を扱えばいいのか、わからなくなる場合がある。
そんな時、芦屋といった精神科医が出番となる。芦屋が一見男性か女性かわからないということは、ある種の利点なのかもしれない。
「ところで今週から学校だったね。どう?友達はできた?」
彼は自称おせっかい焼きと言っている通り、おせっかいだった。有希にとってはどうでもよさそうなことをずかずかと聞いてくる。それが治療なのか、単に芦屋の趣味なのか、世間話のネタなのか、そういう判断はつかなかった。