【第1章】第1話
我ながらいい高校を選んだな、と佐伯有希は思った。校舎はきれいで冷暖房完備だし、なによりエレベーターがついている。今の状態なら、まだしばらくは欠かせないだろう。
エレベーターが四階に着いたことを知らせる。車椅子はゆっくりと降りる。
担任の教師と自己紹介された後ろの藤森が「エレベーターは乗ってもいいけど、あまり大勢で乗らないようにね」と注意する。
無機質に、はいと返事する。元々他の人とあまり関わるつもりはない。後ろで車椅子を押している教師にも同じだ。藤森は少し笑った。緊張しているものと思われたのかもしれない。
有希を乗せた車椅子は、エレベーターを出て左に曲がり、突き当たった教室に向かう。途中、窓の開いた教室から容赦ない視線が突き刺さる。病院なら車椅子に乗っているなんて日常茶飯事だし、なにより他の人に構う人はいない。改めて自分の立ち位置を確認する。
5月10日、ゴールデンウィークも明けて入学式から一月以上経っていた。
彼女はとある難病で4月末まで入院していた。元々試験を受けて通っていたこの高校に、初めての登校だった。
兵庫県の神戸にあるその高校は、どちらかというと閑静な住宅地近くにあった。出ようと思えば三宮といった繁華街も電車ですぐなので、県下でもそれなりの人気がある。
有希は校舎がきれいで家から近いという、それなりな理由で選んだのだが、今は確実に正解だったと思った。目的の教室に着くと、先に教師が入って行く。
教室のざわめきが消え、藤森の声が聞こえる。
「おはよう。やっと今日で1-1も全員そろいます」教室が再びざわつく。
「静かに。……この前まで入院していた最後の一人が、今日登校してきました。――佐伯さん」
深呼吸する。やっぱり緊張していたのかもしれない。ドアは開けっぱなしだったので、有希はそのまま車椅子を漕いで教室に入った。