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吠える島  作者: 宮本あおば
第二章
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第二十七話・火の島へ

〈これまでのあらすじ〉

(第一章の詳しいあらすじは、第二章一話をご覧下さい)

 ホノルルを震撼させた連続殺人犯、河野由樹とヒイアカが壮絶な最期を遂げた後、警察の担当官だったジャスティン・ナカノに異変が起きる。

 河野とヒイアカの霊が悪霊になり、自分に憑いていた事を知ったジャスティンは追跡を開始する。悪霊は移動を続け、二人の市民に傷害事件を起こさせた後、立て篭もり事件を引き起こして多くの犠牲者を出し、さらに河野の友人、祐司のルームメイト、ケビンに乗り移る。

 祐司の同僚、ジュニアによって弟、ヴァアの身体に移された悪霊は、河野の言葉で秘密と共犯者について語る。同席の神官が悪霊の解説をした後、祓おうとするが危うく命を落としかけ、ジュニアが引き継ぐ事になる。


「で、どうするんだ、ジュニア。俺自身は万策つき果てたぞ」 

 三時間ほどで病院から戻ってきたジャスティンは、カフナの状態は安定しているが、念のために一晩入院することを告げたあと、強張った顔で聞いた。

 彼はジュニアが、カフナと同じことをして命を危うくする予想に緊張しているのかもしれない。同じ不安は祐司の中にもあるし、自分に出来る事はないのかと、地団太を踏みたい気分もあった。

 あー、と声を出しながら、ジュニアは目を剥いて虚空を睨んだ。何か考えている。

「うん」と声に出して一つ頷いてから、顔を祐司に向けた時には、しずかな笑みを浮かべていた。

「俺はカフナみたいな芸当は出来ん。土地の力を借りやろう。火にあてやるよ。ただの火じゃねぇ、ポリネシアの生きた火だ。明日、ハワイ島(ビッグアイランド)へ行きやる。奴らを完全に消しやるよ」

「俺も一緒に行く」

 即座に祐司はそう言った。出来る事は少ないかもしれないが、河野の本当の最期を見届けなければならない。

 一度真顔になってから、ジュニアは「助かりやる」と微笑んだ。


 カウアイ、オアフ、マウイ、ハワイの四島の間はかなり頻繁に飛行機が飛んでいる。

 ハワイを除く三島に、ラナイ、モロカイ、カホオラエ、ニイハウといった小さな島々を加えたよりも、なお大きいハワイ島には、西側にコナという大きな街があり、東側にヒロという小さな街がある。

 ジュニアが言ったのは、ヒロから少し離れた場所にあるキラウエア火山の事だった。

 祐司もジュニアも翌日はモーニング・シフトだったのだけれど、この際一日くらいは大目に見てもらおうと、祐司は仮病を使うことにした。ジュニアはあっさり「俺は無断欠勤(ノー・ショウ)でいいや」と言う。それなら勤務評定が悪くなるべきなのは自分だと、祐司が主張するとジュニアは笑って答えた。

「片が付きやったら、俺、サモアに帰りやるよ」

 妙に清々しく笑ったジュニアの顔が沁みた。

 ハワイ島への道行きは、アリシアとジャスティンも同行することになった。

 二人とも絶対に行くと言って聞かなかったからだ。ケビンも行きたがったが、まだ出かけられる程には体が回復していない。

 翌朝のフライトは一番早い時間のものを選んだ。

 五時半の飛行機に乗るためには、四時までに空港へ到着しなくてはならない。全員そのまま祐司の家に泊まり、ほとんど眠らずに空港へ向かうことになった。

 眠りっぱなしのヴァアをジュニアが抱えるため、一台の車に五人全員が乗るのは不可能だ。祐司の車の後部にジュニアとヴァアが座り、ジャスティンがアリシアを乗せた。日帰りの予定なので、ジュニアの車はそのまま路上に置いて行くことにした。

 昨日の火傷が回復せず、両手の包帯が目に痛いジュニアは、それでもヴァアは決して他の人間には抱かせない。幸いヴァアの熱は下がっている。

 日の出はまだ遠い。

 住宅地を抜けて高速道路に入ると、それでも結構な数の車が走っている。空港やその周辺で働く人々だろう。

「ジュニア、サモアへはすぐに帰っちゃうのかい」

 昨夜ジュニアが言った時には、その笑顔があまりにも爽やかで、尋ねる事の出来なかった質問を祐司は投げた。

「ああ、祐司にはこれの名前の意味を教えやったっけか?」

 腕の中のヴァアを指して、ジュニアは答えになっていない事を言う。何が言いたいのだろうと思いながら、祐司はバックミラーに向かっていいや、と首を振った。

「ヴァア、てな船って意味なんだ。これが生まれやったとき、すぐに普通の赤ん坊とは違うって分かりやった。特別な子だ。そんで祖父さんが名前をつけやったんだ。祖父さんは『この子は普通と違うものを乗せて旅する子だ』って。その通りになりやった」

 バックミラーの中で、ジュニアは窓の外を見ている。独り言のように静かにジュニアは続けた。

「ハワイに来やったのはどうしても来なくちゃいかんと思いやったからだ。絶対ヴァアを連れやらなきゃと感じやったのは、ヴァアの体にいいからだと思ってやったけど、違いやった。それは多分……、そう決まってやったんだろうよ」

「決まっていたって、どういうことだい」

 つられるように、祐司も声を低くした。ついでにラジオの音量も絞る。

「なくなったはずの悪い魂が出て来やって悪さをしやるときに、ヴァアみたいな子供が連れて行きやる。誰かが、ここでこんな事が起きることを知ってやったのかもしれん。そんで俺らを来させやったのかもしれん。俺は生まれやる前に、誰かと約束した気がしやる」

「そんなわけあるか」

 切実なものを含んだジュニアの口ぶりだったけれど、とっさに祐司は否定の言葉を吐いた。

「出来の悪い映画じゃあるまいし、ジュニア達がサモアから来て俺と知り合って、それで河野が日本から来くるのを、誰かが知ってたって言うのか。河野やあんたは何だよ。ドミノの駒か」

 深い呼吸一つ分の沈黙を置いて、ジュニアが祐司の名前を呼んだ。

「駒じゃない。皆、自分で決めやった事をしてやる。悪い魂はお前の友達がなると、決まってやったわけじゃない。俺は、誰かとしやった約束を大事に感じやってるだけよ。それは俺が決める、俺の人生」

 真剣な、しかし優しい声だった。

「心配せんで、祐司。これからも俺らはいつでも会えやるよ」

 空港の表示が現れた頃に、ジュニアは口調を明るくしてそう言った。本当にそうだと願いたかった。

 国内と島間用のターミナルは早朝にもかかわらず、利用客が多かったが、ジャスティン達とは無事に落ち合えた。

 車椅子を使用せずにヴァアを背負ったままのジュニアに、航空会社のカウンターの係員も、空港の警備員も怪訝な顔をしたけれど、ジュニアは涼しい顔で「眠ってやるときに車椅子に乗せやると落ちるから」と言っただけで済ませてしまった。

 傍から見れば、奇妙な一行に見えたかもしれない。

 ジャスティンと祐司は口さえ開かなければ同じ人種だが、フィリピン系のアリシアに、サモアンのジュニアとヴァアだ。皆一様に寝不足の冴えない顔を、ゲート前の待合室に並べた。

「何か買って来よう」

 複数のゲートへつながる待合室は大きく、入り口には軽食と飲み物を売るカートが出ている。祐司が立ち上がると、ジャスティンも続いた。

「元気だね」

 いつの間にか丁寧な口を利くのを止めていたけれど、ジャスティンはむしろ嬉しそうだ。

「仕事柄、徹夜には慣れてるよ。コーヒーがないとだめだけどね」

 買って来たバナナブレッドとコーヒーを手渡すと、ジュニアは「こういう時こそコーヒーだな」と頷いて受け取ったが、バナナブレッドは一口食べて「まずい」と嫌な顔をした。自然に微笑が洩れた。

 ジュニアは自分でよくバナナブレッドを作るのだ。ヴァアの好物だというせいもあって、以前はしばしばお裾分けに与った。

 朝食を食べる時間もなくモーニング・シフトに行った時などは、ロイに渋い顔をされながら柱の影で口に押し込んだ事もあった。退屈で平和で、明るい日々だ。

「またあんたが作ったバナナブレッドが食べたいよ。あれ、美味いんだよな」

 驚いた顔をしたアリシアとジャスティンに、ジュニアは車の中で祐司に見せた笑顔を向けた。

 幸い、飛行機は満席ではなかった。

 片側三人掛けの小型ジェットは、ファーストクラスを除いて自由席だ。ヴァアを抱いたジュニアが三席を使って座る事が出来た。あとの三人はその後ろの列に席を占める。乗客が全て席に着くと、拍子抜けしそうなほど事務的に、飛行機はホノルル空港から飛び立った。

 飛行機が上昇する重力に身を任せながら、祐司はこの前にそれを感じた時の事を思い出した。河野に送られた日だった。

 あの時もジェット機は暗い夜空に飛び立った。

 河野のくれたジャケットに包まれて、眼下に灯りが見えなくなった時には、日本から脱出できた安堵感で溜息が洩れた。今は河野と同じ機内で、彼を葬るために火山の島へと向かっている。


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