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吠える島  作者: 宮本あおば
第一章
31/62

第三十一話・後始末

〈これまでのあらすじ〉

 ホノルルのホテルで働く北本祐司を訪ねて日本から来た、河野由樹の妻、広美が惨殺死体で見つかり、警察は当初、無理心中と判断する。しかしその後次々と起こった殺人事件も河野と、共犯者ヒイアカの仕業だった事が判明する。

 関係者の嘆きをよそに、河野らは島の東側で更に三人を殺害する。生存者、被害者の証言や、河野自身の言葉の中に、多くの謎が残る中、神官から霊的な指摘が入る。また祐司の元にも魔除けの葉が持ち込まれる中、犯行を発見された河野らは、追跡劇の末、山中の滝で拳銃自殺を遂げるが、その際にも不可解な現象が起きていた。


 四月二十九日のニュースは、地方版、全国版共に「切り裂きジャップ」がついに終焉を迎えたことをトップで扱っていた。逮捕出来なかったのは残念だが、ホノルル市史最悪の凶悪犯が地上から姿を消したのを喜ぶ市民の声も放映された。


 一方で、前日カラニアナオレ・ハイウェイで撃たれた青年達は、スティーブ・ドーキンスとリック・サルモン。サルモンは一命を取り止めたが、ドーキンスは胸部を撃たれたため、間に合わなかった。

 彼らは他の二名の友人とカリフォルニアから観光に来ていて、災難にあった。

 目撃者の話によると、被害者達はかなりスピードを出し、他車の間を縫うようにして走行していたらしい。最初に911通報して来た男は「一目で本土から来た若者だと分った。無茶な運転をするので、事故でも起こさなければいいがと思った」と語っている。

 被害者達のコンバーティブルが、犯人達の乗ったBMWの前に強引に割り込んだ時、一旦BMWは事故を避けるために急ブレーキを踏んだ。しかし、すぐに加速して、意図的に被害者の車の後部に衝突した。

 少なくとも、周囲を走っていた数人のドライバーにはそう見えた。

 後ろから衝突されて、運転していたドーキンスは怒ったらしい。鼻息も荒く車外に出て、BMWから降りて来たドライバーを怒鳴りつけようとしたところを撃たれた。サルモンは車外には出たものの、犯人からは距離があった。

 プナルウで殺害されたジェフリー・キムも、おそらく同様にして撃たれたに違いなかった。

 犯人達がマノアへ逃走途中ではね飛ばした老人もまた、命を落とした。名前はジャック・リウ。

 近所に住む中国系の老人で、家族の話によると最近はとみに耳が遠くなっていて、しかし補聴器を付けることは頑固に嫌がっていたそうだ。

 カラニアナオレ・ハイウェイからマノアまで犯人を追いかけ、負傷した737の警官の傷は大した事がなく、テレビ局のインタビューでは、最後まで犯人を追えなかったのが悔しいとコメントしていた。署長は賞与を出すつもりがあるらしい。

 そして、問題のBMWの持ち主はすぐに判明したが、同時にそれはクリストファーの懸念が悪い意味で的中していた事も判明させた。

 知られざる犠牲者はいたのだ。

 マノア渓谷の、滝とは反対の山側に住むマシュー・ヘンダーソンとその妻ルースは、自宅の庭と冷蔵庫の中から発見された。

 紺のビュイックも、彼らの持ち物だった。二台入るシャッター付きガレージには、トーマス・マホエのピックアップ・トラックと紺のビュイックが並んで停めてあり、ビュイックの前部バンパーには確かに衝突の形跡が見られた。

 カメハメハ・ハイウェイでジェフリー・キムを殺害した際には、この車に乗っていたに違いなかった。

 本土から数年前にハワイに移住して来たヘンダーソン夫妻は、近所付き合いが全くなかった。隣家とはかなり離れているが、それが理由ではない。

 隣の家に住む韓国系の中年男性は、

「あの人達は、いわゆる有色人種が嫌いみたいだったよ。道で挨拶しても無視したりね。そんならハワイになんて越して来なけりゃいいのに」

 と、素っ気なく言った。そんな背景があったから、姿を見かけなくても気にしなかった、とも。

 犯人達がそういう事情を知っていた可能性は低い。彼らが目を付けたのは、おそらく立地条件だろう。

 被害者の住まいは小川を背に、道路から低い場所に建てられてあり、ガレージだけが道路に面して作られてあった。木が繁っていて道路から家は簡単にのぞけない。

 建築物の一階分に相当する階段の下の、窪地のような場所に家が建てられており、庭は広めに取ってあった。その庭からも、被害者の遺体の一部が発見された。

 どのように犯人達が被害者と接触したのかはまだ分からないが、殺害の現場は玄関付近であるようだった。白い筈のタイルが茶色く汚れて、玄関の手前のポーチにも血の跡があった。

 住人を殺害し、その血を洗い流すこともせずに、コーノとヒイアカはこの家に寝泊りしていた。

 カーテンとブラインドをしっかりと下ろした室内に足を踏み入れた捜査課員達は、その異臭に顔をしかめたが、本当に犯人達の異常さに鳥肌を立てたのは、鑑識課がやって来て大型の冷蔵庫を開けた時だった。

 冷蔵庫の中段からは、足の裏が見えていた。人の形を保った物はそれだけだったが、タッパーや、密封式のビニール袋に入っているピンク色の物体の正体も知れた。最初に冷蔵庫を開けた鑑識課員の悲鳴で近付いて来た、他の鑑識課員が冷凍庫の扉を開けると、この家の主人が首だけになって入っていた。

 犯人達は被害者の遺体を食用にしていた。

 あまりにもセンセーショナルな事実には、緘口令も敷きようがなかった。あっという間に「切り裂きジャップ」は「人食いジャップ」の仇名まで頂戴した。

 もはや自分の仇名を知る事もない、ヨシキ・コーノの遺体はヒイアカの遺体と共に解剖に回された。

 驚くべき事に、彼らの血液にはほとんど薬物反応がなかった。そういえば、マノアのヘンダーソン家からは違法薬物は発見されなかった。

 しかし、わずかにあった胃の内容物は人肉と判定され、やはり彼らはヘンダーソン家の冷蔵庫を食料の保存に使用していたのだと、関係者を青くさせた。


 犯人が最期を遂げてから、一週間が経った。

 毎日家には帰れるものの、忙しさはちっとも減っていない。クリストファーはコンピューターの画面を眺めながら頬杖を突いた。署内のメールが表示されている。

 ヒイアカについてのメールだった。あれだけ騒がれたにも拘わらず、ヒイアカについては未だに本名も分かっていない。家族や親戚が名乗り出るのを躊躇するのは理解出来るが、知人程度の知り合いなら、勇んで知らせて来る人間がいそうなものだ。

 結局、まだヒイアカはヒイアカなのだ。

 メールを閉じてクリストファーは目を転じた。ジャスティンは自分のデスクでぼんやりしている。事件は終息したというのに、このところ彼の顔色は事件が解決する前より悪い。本人は「寝不足なんです」と言うだけだが、家に帰ってもきちんと眠れないのはよくない。

 休暇が必要かな、とちらりと思った。


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