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吠える島  作者: 宮本あおば
第一章
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第二十二話・夜襲

〈これまでのあらすじ〉

 ホノルルのホテルで働く北本祐司を訪ねて日本から来た、河野由樹の妻、広美が惨殺死体で見つかり、警察は当初、無理心中と判断する。しかし河野は被害者の同居人、ヒイアカを共犯として次々と関連のない相手を五人、殺害していた事が判明した。

 祐司が被害者の娘、アリシアと出会う一方で、河野らは島の東側で更に三人を殺害し、市民はパニック状態に陥る。唯一の生存者の証言は辻褄が合わず、捜査班が混乱する中、河野が祐司に電話をかけて来るが、不可解な発言が多い。


 クリストファーは丹念にメモを取っていた。

 その隣にはジャスティンが控え、脇では到着した他の警官が録音の機材を設置しており、広くないリビングルームはかなりの混雑ぶりだった。昔と違って電話の逆探知は電話会社の領分だ。

 ユージ・キタモトと犯人の会話は日本語だったため、ユージの翻訳に頼らざるを得ない。

 幸い彼は比較的落ち着いて、会話の一部始終を覚えていたし、英語でそれを表現する事にも苦労してはいなかった。会話の間ユージがどんな反応だったかは、ケビンとアリシアが補足した。

「で、その時初めて祐司は『コーノ』と、名前を呼んだんです。だからアリシアは思わず電話を引ったくってしまった。それまで私達は、祐司が誰と話しているか分かりませんでした」

 ケビン・スギノという青年は半分だがクリストファーやジャスティンと同じ日系だし、日本語を解さないという所まで同じだ。断片的な理解はしたものの、会話の内容は掴めなかった。

 大方の話を聞いて、クリストファーは内心溜息を洩らした。アリシアが電話に飛びつかなければ、犯人は居所か隠れている場所を打ち明けたかもしれなかったのに。

 しかし、それを表面に出さない程度の芸当は、長い警官生活の内に身に付けている。

「後ろから聞こえた人の気配なんですがね」

 唯一とも言える手掛かりに関して、クリストファーは尋ねた。

 近さはどれくらいだったか、どんな雰囲気だったかなどだが、これまでの件からして共犯者とは考えられない。実際、コーノもヒイアカ以外の共犯者については何も言っていない。

 つまり、彼は人気の多い場所から電話して来た事になる。

 クリストファーは慄然とした。十数年前に起きた、ある大手企業での銃の乱射事件が頭を過ぎった。同時に携帯電話が鳴った。

 背筋が痙攣しそうになるのを抑えるのも、身につけた芸当の一つだ。何事もない風を装って電話に出ると、ジェイミーだった。この家と、ユージ・キタモトの携帯電話の通話記録が取れたと言う。

 彼女は番号だけではなく番号の登録者の名前も調べ上げていた。携帯電話は通話記録が一切なし。家の方は発信が市内へ二本、受信が二本で、内一本はかけた相手がかけ直したらしく、登録者名が同じだった。

 受信のもう一本は公衆電話ですね、とジェイミーは緊張した声で言った。

 携帯電話の普及で公衆電話が極端に少なくなっている事情は、ハワイも本土と一緒だ。しかし、まだあるにはある。電話料金も一通話五十セントだが、島内なら何時間でも話していられるのだから、利用する人間も皆無ではない。

 公衆電話と聞いて、クリストファーは自動的にワイキキだろうと思った。午前一時に人気が多い場所、まして今晩は土曜だ。それでなければ、市内に数多くあるナイトクラブの近辺だ。

 意に反して、ジェイミーが告げた場所は、サンディ・ビーチだった。島のおよそ最東端に位置するビーチだ。珊瑚礁で知られるハナウマ湾を越えて、さらに東へ行った場所にある。

 ビーチパークになっているから、当然シャワーの設備や公衆トイレといった設備と共に電話がある。しかし、ビーチパーク内でのキャンプ等は禁じられており、しかも最近は「切り裂きジャップ」のお蔭で、日没後にビーチパーク内にいる人間はまずいない。

「地区の警官にパトロールの要請を出しました。何かあればそちらにも連絡が行く筈です」

 ジェイミーはそう締め括って電話を切り、クリストファーは三人の青年への質問に戻った。

 ジェイミーが伝えて来た発信の番号の登録者は、二本ともアリシアの友人だった。ここに滞在している旨を知らせたものらしい。となると、やはり犯人からの電話はサンディ・ビーチからだ。

 ユージが背後の物音を尋ねたのに対して、犯人は誰もいないと答えている。その点を指摘すると、アリシアが自分も聞いたと主張した。

「祐司が受話器を取り返す前に、後ろで笑い声がしました。何人かが一斉に笑ったように聞こえました」

 どういう事だ。もしもこれが、コーノの言ったように混線ならば問題はないが、実際に数人の人間がいたのにもかかわらず、彼にはそれがいないように感じられていたとすればどうだ。かなりの薬物使用か、あるいは神経を病んでいるのは間違いない。

 もっとも、犯人の口振りの変化などから、いずれも充分に考えられた。急がなければならない。

 犯人からの電話に備えて、ユージ・キタモトには最低でもニ、三日家にこもってもらわなければならない。クリストファーが申し出ると、彼は複雑な表情で頷いた。

「警察からホテルの人事課にファックスでも入れてくれませんか。休みが取りやすくなる」

 そう言ったのは、ユージではなくケビンだった。難しい注文ではない。クリストファーは軽く請け負った。

 実はそういった話をしている間にも、犯人から電話がかかって来はしないかといささかの期待感があった。

 ただもう一方で、被害者の家族を自宅にまで上げているユージに、電話をかけて来る可能性は薄いとも思った。

「しかし、よくヨシキ・コーノはあなたの電話番号を覚えていましたね。それともこの番号はあなたの名前で電話帳に載っていますか? 彼はそれを見て電話して来たのかな」

 黙っていたジャスティンが口を開いた。クリストファーは思わず舌打ちをしたい気分だった。ジャスティンにではない。その事に気が付かなかった自分自身にだ。

 甲羅を経て、様々な芸当を身に付けつつも、同時に体も頭も老いて行く。年と共に徹夜が堪えるようになり、体が疲れると頭が働かなくなる。

 犯人がユージの電話番号を所持していたとすれば、ホテル・キングダムから出た時に、ユージに連絡する意志があったという事だろう。

「いえ、ここの電話はケビンの名前になっています。ヨシキは数字を覚えるのが得意なんです。スポーツ観戦が好きで、選手の背番号に置きかえて覚えるらしいんです。ええと、例えば51ならイチローとか……」

 頼りない口調で答えるユージに、ジャスティンが数回頷いた。

 なるほど、そうして覚えた電話番号を、思い出せる程度には犯人は正気を保っているわけだ。とはいえ、クリストファー自身、薬物摂取や神経病の際に、頭のどの部分が欠落するのかは知らない。妄想がひどくなったり攻撃が過剰になることだけは、今まで扱った事件からよく分かってはいるが。

 ともかく、ヨシキ・コーノから電話があった場合、出来るだけ引き伸ばし、次いで自首を勧めるようにと指導をした。


 聴取を終え、家を出る時に何の気なしにのぞいた腕時計は午前三時を示していた。夜気が心地よい。「運転しましょう」と申し出たジャスティンに鍵を渡す。

 車に近付くと、無線が何かわめいてるのが耳に入った。事件発生だ。携帯電話が鳴らなかったのは、たった今起きたからに違いない。

 素早い動作でジャスティンがドアを開け、無線のマイクを掴む。コードを言い、何が起きたのかを尋ねる。

「ワイアラエ・イキで傷害です。至急向かって下さい」

 ワイアラエ・イキは、今いるカイムキから東へ車で十分ほどの場所にある住宅街だ。コオラウ山脈に張りつくように、急な斜面のかなり上の方まで家が立ち並んでいる。

 ジャスティンが車をスタートさせた。


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