平穏を地続きにする為に ─コープスホワイト番外編─
エボネールという町は深い森に隣接し、その木材を用いた木工が盛んな街である。
そして、その恵みをもたらす森の屋敷には死霊術師の一族が住んでいた。彼らは治療、魔除け、弔い、貴重な仕事を引き受ける有力者として人々に慕われている。だから幼い一人息子もまた、多くの人々から愛されていた。
森に溶け込むように建つ立派な屋敷は昼の木漏れ日を浴び、温かな雰囲気をまとっている。暗い森を賑やかに彩る音が今日も響く。
「坊ちゃまー! どちらにおられるのですかー!」
使用人の老女、ブリジッドが呼びかけながら廊下を歩く。年齢を感じさせない真っ直ぐな姿勢が美しい。その後ろには部下の使用人も続いていた。
壁に隠れてその様子を見るのが、当の坊ちゃまであるデュレイン。十才にも満たない子供だ。
彼はごくりと唾を飲み込むと、音を立てないよう慎重に早歩き。そしてとある部屋に入った。
「クラミス隠れさせてっ」
「おやぁ若、どうされたのですかぁ?」
その部屋は怪しげな物が雑多に溢れていた。動物の骨や干した植物に器具、全て魔術の道具。
その主は父に師事する魔術師であり薬師、姉弟子のクラミスだった。
デュレインは口をもごもごと動かすばかりだったが、やがて意を決して喋り出す。
「……早く父様みたいになりたくて魔術の練習をしてたら、お庭の花を枯らしちゃって……」
「あらぁ」
代々死霊術を得意とする家系だが他の魔術も習得している。当主ともなれば多種多様な知識と技術が必須である。
だからデュレインも日々学習に励んでおり、今回は温度を下げる魔術を練習していた。しかし失敗。どうするか悩んで直そうと頑張ったが悪化させ、人の気配を感じて逃げてしまったのだった。
事情を聞き終えたクラミスは神妙にうなずくと、調合していた薬を差し出してくる。
「それでは秘密の薬をあげますねぇ。姿を隠す魔術を込めました。私が完成させた新作ですよぅ」
「ありがとうクラミス!」
満面の笑みで受け取り、一口で飲み下すデュレイン。両手を大きく広げて確認を求める。
「これで大丈夫?」
「はいぃ」
悪戯っぽい笑みでうなずくクラミスだが、デュレインは深く考えなかった。
意気揚々と部屋を出ると、念の為にこっそりと進む。次第に自信を持って堂々と。
しかし使用人にバッタリ出くわすと、自信は呆気なく崩れ去った。
「きゃあああっ! 若様ああ!」
使用人の少女、サンドラが絹を裂くような悲鳴を響き渡らせる。
驚いて固まるデュレイン。サンドラはしゃがんで肩を掴んだ。
「そんな血塗れで大丈夫なんですか!?」
「血まみれ?」
デュレインは不思議そうに応え、顔を下げて自分の体を見る。
すると肌が真っ赤に染まっていた。デュレイン自身も気付いて悲鳴をあげる。
それらを聞きつけ、ブリジッドが急ぎ足で現れる。
「今の悲鳴はなんですか。騒々しいですよ」
「若様がっ! 若様があ……」
「クラミスの薬を飲んだら赤くなったの!」
「……全く」
涙ぐんで大騒ぎする二人、ブリジッドは深々と溜め息を吐く。
そこに張本人が悪びれもせずのんびりと歩いてきた。
「あまり坊ちゃまで遊ばないように」
「少し色が濃く出過ぎましたかぁ。次は気を付けますねぇ」
「そのような問題ではありません」
ぴしゃりと注意されてもどこ吹く風。主人の息子を実験体にした罪悪感は皆無である。
ただ、今までもこんな事態は度々あったので、デュレインも警戒しているはずだった。
「ところで何故そんな怪しげなものを飲んでしまったのです?」
「……お庭の花を枯らしちゃって……怒られるから隠れたくて……」
「隠すのは感心しません。素直に言えばこんな目に遭わずに済んだのですよ」
「はいぃ。お仕置きのようなものですよぉ」
「クラミス」
ブリジッドがジロリと見る。妖しい笑みを浮かべて目を逸らされた。
険悪な空気を払うように、サンドラがぱんと手を叩く。
「そうそう、ちょうどお菓子を作っていたんです! 食べましょう!」
「やったあ!」
「その前にお片付けを致しませんと」
「はあい……」
一気に高まった気分がしゅんとしぼむ。しかしクラミスのお仕置きが効いたのか素直に言う事を聞いた。
全員で庭へ。完全に枯れたものは抜き、まだ枯れかけのものには手を施す。庭を世話する庭師はいるが、これも勉強の一環。大人の手を借りてデュレインは自分の後始末を終わらせた。
そうしてお菓子の時間。甘くしっとりとした焼き菓子。にこにこと頬張る姿が微笑ましい。デュレインが勧めたのでサンドラとクラミスも一緒に味わう。
幸せの満ちる時間。
ただ、車輪が回る音と馬の鳴き声、馬車の到着を知ると一変。
デュレインはお菓子も放置して駆け出していく。
「父様! 母様! スタンダー!」
街中まで出ていた夫婦と猟師のスタンダーが帰宅。馬の世話をスタンダーに任せて両親は屋敷に、息子の下に来る。
父は膝に手をついてデュレインの頭を撫でた。
「おかえりなさい!」
「良い子で留守番していたかな?」
「あっ……ごめんなさい……」
笑顔を消してしゅんとうつむき、小声で謝るデュレイン。両親は疑問符を浮かべるしかない。
そして事情を聞くと、父親は柔らかい笑顔で抱きしめる。
「うん、よく言ってくれた。失敗を認めるのは立派な大人になる第一歩だよ」
「そうね。よく頑張りました。とっても偉いわ」
両親から褒められ、照れながらもデュレインは再び笑顔へ。
今回は失敗したが、もっと褒められたいと、尚更力を入れたくなる。
「練習するから教えて! ……あ、おやつを食べた後でね!」
「うん。それじゃあ一緒に食べようかな」
「ご用意しております」
「ありがとう。楽しみね」
両親に挟まれて手を繋ぎ、屋敷に入ろうとするデュレイン。
その後ろ姿に、戻ってきたスタンダーがにこやかに尋ねた。
「おや。弓の練習はされないので? 約束していましたよね?」
「順番だよ! 後でやるから待ってて!」
「あはは。やっぱりご両親には勝てませんよねえ」
明るい笑い声が高らかに響く。
微笑ましい空気は木漏れ日を浴びてきらきらと輝いていた。美しい絵画のように。
エボネールの森。その奥に建つ屋敷。今や無人。しかし手入れはされており寂しい印象はない。
かつての常冬の森は時を進め、緑溢れる豊かな姿を取り戻していた。
帰ってきた。
デュレインは強く実感し、しばし立ち止まって一心に眺める。潤む瞳。同行者も穏やかな顔でじっと佇む。
やがてゆっくりと移動した先は墓地。花を手向け、真摯に祈る。
「……父様と母様に及ばぬまでも、自分なりに懸命に生きてきました。ようやく胸を張れる大人になれたと思います」
「私も、国民もデュレイン殿に救われました。御両親と、皆様のおかげです」
眠るのは両親に、使用人達。魂は冥界に向かえど墓に参るのも重要な弔いだ。
隣にはアリル。かつての王女であり、魔術大臣。この森で出会い、縁を結び、戦って地位を得て、そしてこの度新たな関係へと変わったかけがえのない女性だ。
「これからは、あっ、愛する者を迎え、父様と母様と同じように、他者に誇れる道を歩んでいきたいと、思います」
「ふふっ。ええ。この人を守り、私と出会わせてくれた事に感謝します。今度は私が彼を助ける番です」
「……いやっ、じ、自分こそ助けられっぱなしだ。次こそ自分がアリルを、助けたい」
「ええ。ありがとうございます。二人で支え合いましょう」
二人の結婚は影響が大きい。それでも宮廷での調整、貴族の苦言を乗り越え正式に決まった。
その報告をすべく帰ってきたのだ。近衛騎士のセオボルトも背後に控えている。厳しい顔つきで、しかし二人の思いを尊重して見守っていた。
風が森を鳴らす。舞った葉が墓石に落ちた。
それを拾って、アリルは声を震わせる。
「皆様にも晴れ姿をお見せしたかったのですが」
「冥界から見ているとも」
「……ええ。それはわかっていますが……それでも」
寂しい。口に出さずに共有し、二人は手を取り合った。
死霊術はあくまで一時だけの手段。死者は戻らない。だから多くを生かすべく、権力を持つ二人は奔走している。生と死の重さを知るが故に。
報告を誓いを果たした二人は名残惜しくも墓地に背を向け、力強く歩んでいく。末永く、寄り添って。




