第一章 「廃館の怪物」3
アイ達が漆黒の空間を歩いていると何かがこちらに向かって歩いてくるのがわかった。
3人とも歩みを止め身構えて何かを注視する。
距離が近づくに連れて、その何かの全貌が明らかになっていった。
その姿はスラっとしていて怪物の様には見えない。
「ヒロシ・・・!」
サクラは安堵して叫んだ。
ヒロシはゆっくりと無表情でこちらに向かってくる。
「ヒロシどうした・・・?」
様子のおかしいヒロシにヤマトも思わず声をかける。
よく見るとヒロシの瞳は紫色に輝いている気もする。
何かを察したアイが後ろの2人に後退の合図を出すと、ヒロシはアイに向かって飛びかかってきた。
「キエイ!」
ヒロシは奇声を上げながらアイの肩に掴みかかる。
振り解こうとするが凄まじい指の力で肩に食い込んでくる。
「あっ!アイ!」
サクラは咄嗟に叫んだ。左からアイに猛スピードで突っ込んでくる怪物を見たからだ。
ドカッ!
まるで時速40kmの軽トラックにはねられた人間の様にアイの身体は宙に投げ出され、5メートル程吹き飛んで地面に突っ伏した。
「アイ!」
容易に動けない状況でサクラは叫ぶ。
「グヌヌ・・・アイ・・・キサマアアア!」
サクラは怒声に驚き怪物の方を見ると、怪物の右肩に柄の様な物が突き刺さって少量の血が流れていた。
アイはゆっくり上体を起こすとフッと笑った。
実は護身用に彫刻刀を忍ばせていて怪物のタックルに合わせて突き立てていたのである。
しかし、タックルの衝撃を完全に殺しきれておらず、身体の節々に痛みが残っている。
怪物が激昂してアイを目掛けて突進してくる。
アイはゆっくり立ち上がり、迎撃の構えをとった。
もう一度あの衝撃を受けてしまったら、立ち上がることさえできないだろう。
怪物の直線的な突進を最小限の動作で右に受け流す。
そして、怪物をただ見つめていた。
怪物が振り返ると空色の瞳で見つめるアイと目が合う。
約7年前・・・
小学5年生のアイは1学年上の兄と虫取りをしていた。
狙っている昆虫が見つけられず兄に連れられ、大人から「入っては行けないよ」と言われていた山道に入っていく。
アイは不安に思いながらも頼りがいのある兄の態度と言動に流されついていってしまった。
カブトムシにオオクワガタ、たくさんの虫籠にそれぞれの虫を詰め込んで満足していたが、虫に夢中で時計を確認するのを忘れていた。
午後6:30・・・
日が沈んできて流石に不安になった兄に手を引かれ、来た道を引き返していると急に兄が足を止めた。
「う・・・」
兄の向いている方向に目を向けると大きな猪がそこにいた。
猪が興奮していることは子供ながらに理解できた。
そして、勢いよく突進してきた猪に吹き飛ばされた兄を見て、アイの思考は止まってしまっていた。
アイが呆然と立ち尽くしている間に、猪はアイに狙いを定めていた。
アイが猪の方を見ると猪と目が合う。
(よく見ると猪も綺麗な目をしているんだね)
アイはじっと猪の目を見つめていたが、猪は動かなかった。
10秒くらい見つめ合ったが、猪は急に身震いすると山に帰っていった。
辛うじて意識を保っていた兄は、その時に見たアイの瞳が空色に輝いていたのを覚えている。
その日からアイは不思議な力を使える様になったのだ。
時は現在に戻り、見つめ合うアイと怪物。
怪物が見た水色の瞳は、実はすでに3回目だった。
サクラを襲おうとした時とヤマトを襲おうとした時もこの視線を感じていた。
この瞳に凝視されると心が徐々に冷やされる感覚があり足が動かなくなるのだ。
アイの視線に耐えられなくなった怪物は暗闇に姿を消した。
そして漆黒に包まれた廃館は少しずつ元に戻っていき、カーテンを開けると眩しい光が差し込んでくる。
窓から地面を見る限り、ここは2階に戻っているらしい。
「ヤマト、サクラ、アイ、みんな無事だったか!?」
ヒロシも正気を取り戻しており、外傷もないようだ。
怪物が去って安堵した4人は2階の階段を下ろうとして気がついた。
「そういえばこの問題が残ってたんだね・・・」
2階と1階を繋ぐ階段は跡形もなく崩れ去っていたのだ。
「窓から飛び降りた方が安全か・・・」
ヒロシはそういうと窓からぶら下がり、手を離して飛び降りた。
「え・・・」
サクラは絶句した。
グキッ!
「やっぱり痛いな・・・」
「カーテンか何かでロープを作って降りた方がいい!」
ヒロシは2階に向かって大声で言った。
残りの3人はカーテンを縛ってロープを作り、適当なところに縛って廃館を脱出した。
4人はそれぞれの家に帰り、生きている当たり前の幸せを噛み締め、やがて眠りに着いた。
七封アスカはアイ達と同じ天地高校の2年生だ。
勉強もスポーツも得意で恵まれた体格からバレー部のエースとして活躍している。
落ち着いていて大人びた性格の持ち主で男女共に慕われている。
放課後、今日は部活も塾も休みだったが、友達との下校の誘いを断って1人で帰っていた。
背後から優しげな声が聞こえる。
「七封アスカ・・・」
アスカが振り向くとアイが立っていた。
「鬼島アイさん・・・」
「私に何か用かしら?」
アスカはニッコリの微笑みアイに尋ねた。
しかし、アイの瞳が冷たい氷色に染まるのを見てアスカは蒼ざめた。