第七章 「七封家の責務」ラスト
「アスカ!逃げて!」
遠くからアスカたちに向かって走ってくるサクラが叫んでいる。
「しかし、マッカ様!」
「まだ力をコントロールできないの!巻き込まれる前に早く!」
サクラの言う通りに、その場から逃げ出そうとしたアスカ。
「逃すと思うか?」
リンはそう言うと紫の瞳でアスカを見つめた。
「させないわ!」
サクラが右手を伸ばすと黒い釘が射出され、リンに向かって素早く飛んでいった。
〜七封家の黒針〜
それは市販されている五寸釘だったが、サクラの強い呪詛が込められている。
直感で危険だと察知したリンは身体を右に傾けてそれをかわした。
「アスカ!振り返らないで!私たちだけでも生き残るのよ!リンを倒しても戦いは終わらないのだから!」
リンを倒してもおそらく半鬼が消えるわけではない。
アスカはその意味を理解して、建物の影に隠れながらうまく逃げ延びた。
「まあ良いさ。私から逃げられる者はもういない」
リンはニヤリと笑った。
サクラはリンとの距離、約二十メートルの所まで近づくと足を止めた。
七色全ての瞳の能力を携えたリンの力は、その距離間でヒシヒシと感じられるくらい大きかった。
「桃井サクラ・・・いや、七封の長、マッカ。あの時の決着をつけよう」
リンの瞳が橙色に染め上がる。
見つめられたサクラの身体全体が発火し、衣服を焼いていく。
「クッ・・・!」
(発火の範囲が広い・・・)
サクラには呪いでこの火炎を消化することができた。
しかしそのアクションが隙となって、リンの優位を築かせるくらいならと考えたサクラは、あえてその火に焼かれることを覚悟する。
〜七封家の呪詛発火〜
リンの身体もサクラの身体と同じように発火した。
「グ、グアア・・・」
リンはうめき声をあげた。
修練の森で極限まで集中力を高めたサクラの呪詛発火は、鬼として完成されたリンの橙の瞳と同等の火力を有していたのだ。
橙の瞳の特性上、自分の熱の効果をわずかに受ける。
つまり、瞳と同じ属性が弱点になるため、火力が同等ならばリンの身体はサクラ以上のダメージを受けることになるのだ。
もちろんサクラはその特性を知っていたわけではないが、道連れの策が功を奏した。
リンは瞳の色を緑に変えると、サクラの発火を強風でかき消した。
「炎術での戦いは、お前の勝ちだ・・・だが、格闘戦はどうかな?」
リンは強風に乗るとサクラとの距離を縮めた。
ビシィッ・・・!
風の推進力を活かしたリンの右ストレートをサクラは前腕の防御でいなす。
サクラも反撃し、しばらく殴る蹴るの応襲が続いた。
サクラは自己暗示によって身体機能のリミッターを解除し、追い風を受けたリンと互角に打ち合っていたのだ。
らちが明かないと判断したリンは、身体から爆風を放ち、その勢いでサクラを後退させる。
さらにリンは続け様に心臓を目掛けた右手刀による突きを放った。
サクラもそれに気がつき、同じく右手刀で応戦すると、二人の手刀が交わり、勢いに任せてお互いの身体すれ違う。
そして、二人とも素早く向き直ってまた構え直した。
(今のリンとはほぼ互角。そしてどんな瞳の能力にも一応対応策を用意しておいた。だから鬼眼の力をこのまま消費させていれば勝てるかもしれない。でも私の勘は告げている。リンはまだ底を見せていない・・・)
サクラは本能で鬼眼の先の能力を予感していた。
自分の使える最も残酷な七封の奥義を使って、リンを精神的に追い込むしかないと悟りサクラが動く。
突き出した右手から黒い布のようなものが現れ、リンの頭上に広がった。
〜七封家の侵蝕呪布〜
強力な呪いを帯びた布で対象を包み込む、七封家の裏技である。
強風を巻き起こしても効果がない実体を持たないその黒布を、左腕で防いだリン。
その左腕は黒く染まり黒い湯気が立ち昇っていた。
「クッ・・・疫病か何かか!?」
リンの表情が苦痛と不快感で歪んでいる。
リンは腕から身体へと侵蝕してくる呪いに危機感を覚えたが、冷静に次の行動に移った。
リンは瞳を黄色に染め上げ、サクラの目の前に光の玉を作る。
そしてその光の玉がどんどん大きくなっていく。
しかしサクラは紫の瞳でそれを睨み、紫の光に包まれた光の玉はすぐに消滅した。
しかし、光源は止んでおらず、地面を見ると自分の影が伸びている。
「まさか!?まずい・・・!」
サクラが慌てて後ろを振り向くと、目の前に今にも爆発しそうな大きな光の玉があった。
〜異眼戦型〜
「引っかかったなマッカ!アイが使っていた異眼戦型を一応訓練しておいたのだよ!左右で別の能力が使えるのであれば、同じ能力を二つ使っても良いだろ?」
4年前に戦った時の再現と前回編み出した防御法がミスリードとなっていることをサクラは一瞬で悟った。
リンが言い終えると、連続する光の爆発がサクラを包み込んでいく。
辺り一帯が弾け飛び、砂埃が辺りを包んでいる。
「別の領域に送れなかったようだな。どう防御したにせよ、致命傷は免れない。勝負はついたな」
リンは左腕の不快感が消えていることに気がつき、サクラが無事でないことを察していたのだ。
そしてリンは広範囲に舞う砂埃をしばらく見つめていた。
「ん・・・なんだ・・・?」
砂埃が薄れていくと立っている人影が見えた。
サクラを抱きかかえているであろうその人影に、映る赤い二つの光の点がリンに何者かを理解させた。
「アイ!」
リンが叫んだ。
砂埃が晴れ、淡く赤い光に包まれたサクラの体を静かに建物の影に隠すと、アイはリンに向き直った。
「リン・・・決着をつけよう・・・」
アイは氷眼でリンを見つめ、両腕を構えた。




