第六章 「鬼迫る夢」ラスト
アイは通常領域を離れ、感覚に身を任せ、何処かもわからない支配領域に入っていった。
ヒロシがジワジワと半鬼になっていったのならば、彼が死んだのは少なくとも、ガンキの仕業なのだ。
自分が半鬼になる焦り以上に、その怒りがアイを突き動かしていた。
気がつくとアイは紫色の荒野にいた。そしてその目の前にはガンキが立っていた。
「ここまで感覚だけで追ってくるとは・・・」
ガンキはつぶやいた。
「その器用さはお前の扱い辛いところだったなあ」
アイは青の瞳でガンキを睨んだ。
「だがこの状況で青の瞳を使う保留癖は、お前の扱い易い所だッ!」
ガンキは瞳を緑に輝かせ、風に乗り突進してきた。
その疾風の推進力から繰り出される手刀は、簡単にアイの心臓を貫ける代物だった。
そうガンキの計算では・・・
ガンキの手刀がアイの胸を捉える。
「くッ・・・」
アイは手刀の衝撃を胸に受け後退する。
しかし、心臓を貫くまでには至っていない。
攻撃を繰り出す途中、ガンキの身体が急速に冷えていき、著しい動作の鈍りを感じさせていた。
アイが相手を凍結させる能力の速度がガンキの計算を遥かに超えるものだったのだ。
「恐ろしく成長している・・・!これまでの死闘がお前を強くしたとでも言うのか!?」
ガンキは橙の瞳で自身の解凍を試みる。
しかし、アイはその隙を見逃さなかった。
ガンキと同時に、アイも自分の瞳を橙色に染め上げていた。
「グワワッ・・・!」
二人の眼の相乗効果で、ガンキの身体がすぐに火だるまになっていく。
これはアイがリンとの戦闘時に、リンが橙の瞳を使って自分の解凍に試みたのを見て気がついた性質だった。
瞳の能力は染め上げるだけで、色の性質の影響を自身もわずかだが受けている。
なので瞳の性質を使っている間に同じ性質の瞳の攻撃を受けてしまうと、自身の瞳の力が上乗せされた状態で襲いかかってくる。
そして、それは冷気や熱だけでなく、風の推進力や光の感度、回復力などにも当てはまる。
アイの瞳の効果をガンキが軽減しようとすれば、逆に軽減効果が増進され身を滅ぼす結果になってしまう。
つまりガンキの取れる手段は、まだアイが理解していない藍の瞳か虹の瞳で攻撃する以外にはないのだ。
「簡単に勝てると鷹を括っておったが、そうもいかないらしい・・・虹の瞳を使わせてもらう・・・」
ガンキは肉を焼かれながら言った。
アイは橙の瞳を止め、本来の黒い瞳を向けていた。
祖父であるガンキの身体を、これ以上傷つけることはどうしてもできなかったのだ。
〜虹の瞳<地>〜
ガンキの瞳は鮮やかな虹色に彩られていく。
するとアイの意識に黒い波が侵入してくる。
「地の瞳は一度だけしか使用できない・・・だがお前の力を際限を超えて引き出すことで、虹の瞳を発現させることができるだろう・・・それが地の瞳ならもう一度使用できるようなものだ・・・」
「アハハハハ・・・」
アイは虚な表情で急に笑い出した。
「この力・・・やはり相当な気力を消費する・・・」
地の瞳の力がガンキの体力と精神力を大きく奪っていく。
衣服にはまだ火がついており、消火と怪我を治す余裕さえも、今のガンキには残されてなかった。
「この傷は支配したアイに治してもらうとしよう・・・」
ガンキが膝をついた。
アイは夢を見ていた。
ドス黒い世界を彷徨う夢。
やがて何もかも奪われてしまうような恐怖の中で必死にもがいていた。
(諦めたくない・・・このまま何もかもほっぽり出してしまったら、死んでいった人たちや、今も踏ん張って戦っている人たちに顔向けできない・・・)
その気持ちだけがアイを瀬戸際で踏み止まらせていた。
すると発光する三つの思念体のようなものが、前方に見えた。
その光は近づいてくるに連れて、今にも闇に染まりそうなアイを優しく照らしつけてくれている。
「ヒロシ、シロウ、サクラ・・・」
三人は優しく微笑んでいた。
「アイ、なんて顔してんの!」
サクラはアイの肩を叩いて言った。
「アイちゃんは一人で必死に戦ってきたんだ。しょうがないさ」
シロウは言った。
「アイは頑張り屋なところがあるからな」
ヒロシは言った。
「みんな、どうして・・・」
「俺たちは死んだ人間だ。もうすぐ天国からお迎えが来る」
シロウは言った。
「それまで、少しでも力になりたくてな」
ヒロシは言った。
「今のアイは見ちゃいられないんだもん」
サクラは言った。
「でもね。もう少しの辛抱だよ」
シロウは言った。
「アイツはかなり弱ってる。死への片道切符というやつだな」
ヒロシは言った。
「アイ!ファイトだよ!」
サクラは言った。
「みんな、ありがとう・・・」
アイはそう言って三人にしがみついた。
「そろそろお別れだな」
ヒロシは言った。
「本当はもう少しそばに居て守ってあげたかったんだけどね」
シロウは言った。
「あとのことはマッカに任せるよ」
サクラは言った。
三人の思念体が宙に霧散して消えると、アイは黒い夢から覚めていた。
眼の前には、身体が焼け爛れたガンキが倒れている。
「馬鹿な・・・!地の瞳が発動しないなんて・・・!気力が足りないのか・・・!クソッ・・・!消耗し過ぎた・・・!くッ苦しい・・・!馬鹿なぁ・・・!馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
地面に突っ伏していたガンキの声は小さくなり、心臓の鼓動すら聞こえなくなっていった。
ガンキは死んだ。
夢の中で見た三人は本物だったのだろうか?
いや、本物だったに違いない。
(彼らは何時も私に力をくれていた・・・)
そして、アイは彼らへの想いを闘志に変えていた。
リンと決着をつけるその時まで・・・




