第三章 「二つの刺客」2
サクラは目隠しをされ、部屋の中央にあるベッドに拘束されていた。仰向けに寝かせられ、手足は四方から紐で引っ張られた状態で括り付けられていて身動きが取れない。
儀式の仕切り役であるセンエイの声が聞こえる。
「これから貴女の記憶の封印を解きます。念を押しますがしっかり意識を保ってください。どんなに受け入れ難く凄惨な記憶が流れ込んできたとしても自分の存在だけは見失ってはいけません。たとえ桃井サクラの記憶にしがみついてでも」
サクラにはもうどうすることもできなかった。
そして、家族や仲の良い友人、そしてアイの顔を思い浮かべていた。
やがて、黒い記憶が思考に流れ込みそれらを侵蝕する。
「うわあああああああああああああ!」
サクラの記憶と感情がマッカの記憶と混ざり合い、その不快感に耐えられず叫んだ。
七封家、それはかつて鬼を退治した七つの家系であり、それぞれが力のある後継者1人を呪い師として育て上げ家を守ってきた。
そして私は、その中でも抜きん出た力を持つ、七封家の長の候補としてこの世に生を受けた。
物心ついた頃には、1つ下の弟と共に呪力向上試練や実戦訓練をし、呪い師としてのありとあらゆる技術を叩き込まれた。
肉体的な疲労や怪我はもちろんのこと、呪いに対する抵抗力を上げるためと称し、大人達から意図的に呪いをかけられたりした。
1番恐ろしかったのは身体を徐々に蝕む呪いだった・・・
身体をジワリジワリと侵蝕する呪い、私は止めようと必死だった・・・
まるで死がにじり寄ってくるかのよう・・・
やがて激しい激痛と不快感に息もできなくなりパニックを起こす・・・
両親達のゴミを見る目・・・
あれは拷問に近かった・・・
本当にあれは現実だったというの・・・!?
「うわあああああああああああああ!」
サクラは再び叫んだ。
そして、あれは11歳の頃だったかな。
弟と実戦訓練をしていた時、なかなか弟が楽しませてくれたものだから、私は少し過激な呪いを弟に向かって放った。
弟はそれを間一髪で躱したが、私はそれを読んでいて距離を詰めて追撃した。
あの時は少し気分が高揚していてやりすぎてしまった・・・
勢いで弟を殺してしまった。
弟は私の手刀で首の動脈を切り裂かれ呆気なく即死した。
確かあの時は本当に「あーあ」くらいにしか思っていなかった。
一緒に厳しい訓練を頑張ってきた弟に対して、なんで何も私は思わなかったんだろう!?
今思うと愛おしくて涙が出てくる!
あの頃の自分は本当に私だったというの!?
「うわあああああああああああああ!」
サクラは泣き叫んだ。
サクラの感情は蘇ってくるマッカの記憶を拒絶したのだ。
その後、訓練中の弾みで殺してしまった両親にも何も思わなかった。
あの頃の自分では本当に何も感じなかった・・・
そして私は七封家の長となり、鬼島リンの監視を任され、鬼が復活する予言を聞いた。
そして、鬼島リンの始末が私の任務になった。
世界の秩序を守るため、そして本当の鬼と少し戦ってみたいとも思っていた。
今思うとあんな恐ろしいリンと戦いたいとは絶対に思えない。
鬼島リンと対峙し、お互いがお互いの出方を探っていた。
鬼島リンは瞳を橙色に輝かせると、私の身体が急に発火した。
しかし、私は火への恐怖をすでに克服してたから、すぐに呪いで鎮火した。
そしたらリンは瞳を緑色に輝かせ風に乗って高速で移動してきた。
しかし、私は戦化粧などのルーティンを行わなくても精神のリミッターを解除できるため、向上した身体能力と動体視力によって対応し何度か打ち合うと、私の手刀がリンの脇腹を切り裂き、激しく流血した。
リンは素早く後退したが、苦悶の表情を浮かべてたのを覚えている。
あの時に油断しなければよかったと、悔しさが蘇ってくる。
気がつくとリンの瞳は黄色に変わっていた。
リンの視線に気づき振り向くと光の玉が私の背後に浮かんでいた。
何かやばいと思い、すぐにその場から離れたが、すでに遅かった。
激しい爆音が聞こえた・・・
そして私は意識を失ったというわけね・・・
七封マッカとしての記憶が完全に戻り、気がつくと拘束が解かれていた。
ベットに座らされ目隠しを外されると、センエイ以外の3人は目の前に跪いていた。
「七封マッカ様、お帰りなさいませ」
「ちょっと、しばらく1人にして・・・」
サクラは頭を抱えて言った。
「サクラとして生活してきた記憶と感情の方が長いですから、無理もな・・・」
「いいから出て行って!!」
センエイの言葉を遮り、サクラは叫んだ。
センエイ達は一礼して退室し、部屋の外で待機していた。
「ううう・・・ああ・・・」
退室して1時間経ってもまだ、部屋から時々うめき声が聞こえてくる。
「センエイさん、マッカ様はあんな調子で大丈夫なのか?桃井サクラの記憶と感情の方が4年も長いんだろ?それはマッカ様ではなく桃井サクラなんじゃねえのか?」
テッケンはセンエイに聞いた。
「確かに、今の彼女は桃井サクラかもしれない。だが、2つの相反する精神が自己否定を重ねている。この精神的負荷は計り知れないだろう。だから彼女はもっと強くなる」
センエイは微笑みながら答えた。




